チェンマイ日記-2002秋 9月
    

      
2002年9月

9月26日(木)  朝七時半、家を出る。
 昨日、きょうのチケット予約と駐車場予約をした。サンダル、食料等の買い物をする。化粧品類は先日東京に出た際に買い揃えてあった。炭シャンプーはクレファーではないとダメなようだ。さすがに3800円のシャンプーをを使う身分ではあるまいと感じ半額の(それでも十分に高いが)見た目は似たような物を買ってきた。これはリンス成分が入っているのか、どうにも使い心地がよくない。それでもとりあえず小瓶に入れた。あの強すぎる香りの女物を使うよりはいい。オヤジが甘ったるいシャンプーの匂いを振りまいているのはみっともない。

 迷ったのは餅。餅と海苔と醤油をもってゆくかどうかでぎりぎりまで迷った。今回はハードケースを持って行かないため量の関係で断念したが果たしてどうでるか。その代わりラーメンを持ったのでこれは楽しめそうだ。

 ハイビスカスが心配だ。自然に給水するようにしてバケツ一杯の水を用意したが果たしてどうなるか。後はあいつの生命力の問題だ。

 ホームページはぎりぎりまでアップやら手直しやらをやっていたが仕上がらず。半端なまま、それでもアップする。それをやっていたので寝るのが午前四時になってしまった。目覚ましは六時半にかけた。
 起きる。さすがに眠い。そのままうとうとしながら七時近くまで過ごす。黒革バッグの荷物は昨夜まとめてクルマに積んであった。最後のパソコンバッグに必要なものを入れ出発する。
 飛行機の席は三人がけ中央席の真ん中だった。トイレに行くのに苦労したし、いい思いはない。次回からはしっかり席を主張しよう。TGは以前よりもサーヴィスが落ちているように感じた。それでも九月の末という時期なのに満席なのだからたいしたものだ。

 バンコクについて三時半。通路であのジャスミンの匂いを嗅いだら、ああまたタイに来たんだなあと、なんとも切ない気持ちになった。間違いなく自分もタイ好きであるようだ。
 トランジットルームからチェンマイのスッタッに電話。迎えに来てくれることになった。バイクもあるという。これで一安心。雨模様なのにカッパがないのが気になる。

 待合室でThinkPadを拡げる。
 後ろの席のタイ人が携帯電話で話しているのがうるさくてたまらない。席を替わる。すると日本人カップルの女の声がうるさくてたまらず、また席を替わる。それにしてもどうしてあんなに携帯電話の話し声というのは不愉快なのだろう。不思議だ。

 チェンマイに着いたのは出発が遅れたからか六時二十分を過ぎていた。イミグレを出たときは二十五分。スッタッを待たせたことが気になった。

 成田バンコク間の座席が狭くて、さらには枕が異常に高くて眠ることも出来ず腹立った。それが普通なのかとも思ったのだが、バンコク・チェンマイ間の飛行機はいつものよう広くて快適だった。配列は前者が3.3.3であり、後者は3.4.3である。前者のほうが広いはずなのにこれはどういうことなのだろう。ともあれ、腹立ったことが異常感覚でなかったことに安心した。あの飛行機の枕がヘンなのだ。

TGのシート

 スッタッと一緒にホテル探し。スリ東京、ノーススターイン、共に450。結局Zゲストハウスに行き、五泊することで350を300にする。100バーツのゲストハウスでいいと思っていたが、あまりに蒸し暑くクーラーが欲しくなった。
 以前Aとつきあっていた女が受付をやっていた。イタリアとタイのハーフである。太ったおばさんになっていて驚いた。まだ三十前だろう。ハーフは早熟でグラマラスな分、老けるのが早い。五泊分1500バーツ、キーディポジット200。
 当然のことなのだが、プリペイドカードの期限切れでケイタイが使えなくなっていた。どうしよう。使えるようにするか。短期間の滞在だからそんな必要はないか。迷うところである。
 『サクラ』へ。Hさんとパパ。Hさんがしゃべりまくりパパと話せない。でも三年ぶりだ。元気になってよかった。ビール一本、ヤキソバ、揚げ出し豆腐、センチップ小瓶。160というので間違いだろうと直させる。正しくは280バーツ。安い値段をこちらから高くして払うのだからいい客だ(笑)。

 午後十時過ぎ。Tさんのところへ行く。
 町中で食事をしようとしたらHさんの店に行きたいと言う。行ってみる。いない。それに経営者が替わったという。とにかく知っている店員がいなかったのはたしか。

 二人でロイコー通りへ。最初の店。リンダの隣。かわいい娘だったが話がつまらない。ハンドン出身。400B。二軒目。スリン出身のトイ。イサーン娘。500B。三軒目。スポットライト。ここで話したメイはチェンライ出身。リス族。明日一緒にボーリングに行こうと約束。400B。
27日(金)  イミグレに九時半。同じ敷地内だが事務室の場所が変っていた。目つきの鋭い女事務員(その顔つきから中国人だとばかり思っていたが前回タイ人だと判明)は同じ。30日に出来る。

 チケットを買いに行く。10月1日の景洪行きがあったのでそれにする。なぜか5600は満員で6400のになった。この違いがわからないが、まあ安いからどうでもいい。帰りのチケットはTGの45日オープン。12月10日ぐらいまでにまた来なければならないがなんとかなるだろう。
 支払いは合計で3万1000バーツ。ダイナースだから手数料がプラス1500バーツになる。これはバカにならない。現金で支払うべきだったが、万が一中国で金がなくなったときのことを考え、カードにする。1500バーツはもったいない。

 今後の予定が立ったのでほっとして『サクラ』に行く。途中でぶらぶら歩いているHさんと会う。朝晩は店番をライがやっているようだ。シーちゃんの姉さんである。以前からの仲良しだ。昨晩久しぶりシーちゃんにあったら、なにがあったのかげっそりと痩せてしまいガリガリになっていた。シーちゃんもタイ人女性らしくスタイルがよかったのに、なんともかわいそうだ。パパは癌なのではないかと心配していたが。
 野菜炒めと冷やしうどん、カールスバーグ二本で285バーツ。

 藤沢周平の短篇をひとつ読む。やはり乙川優三郎よりも遙かにうまいなと感じる。乙川さんの場合、貴重な時代劇作家育成のために賞をやったのだろう。けっこう読んでみてワンパターンだなと感じ始めている。本を読んでしまうのはもったいないので日記をつけ始める。するとCDが買いたくなりコンピュターセンタに出かける。六時半だった。

 コンピュータプラザでKITARO、Jazz、Classicの三枚を買う。これは受け取りが明日の午後三時。KITAROなんて買ったのは初めてだ。当たるといいが。
 『サクラ』に行く。カツカレーセットにカールスバーグ。195バーツ。パパ、ランプンのTさんと話す。知らない人が何人かいた。
 遅れてHさんがやってきた。彼女を連れている。三十三歳。思ったよりもずっと可愛く知的な感じの人だった。これはHさん、本気になるはずだ。

 深夜。なぜか腹が減っていた。午前中に『サクラ』で野菜炒め、冷やしうどんにビール二本、バナナシェイクを飲んでいる。午後七時にカツカレーを食った。まともなおとなだと足りないだろうが私は小食であるし腹の減るようなことをしていない。不思議な気がした。腹が出てきたし減量しようとも思っている。それでも空腹感は悪いことではないので食事に出ることにした。
 週刊新潮を手にする。さてどこにへ行こう。ソンペット市場はしまりかけだった。この食事のためにナティ近くの屋台まで行くのも面倒だ。どこでも飯は食えるが新潮を読みながら食える明るいところがいい。対岸の屋台街に行く。バーミー20,カオパット20,野菜炒め20,目の前のセブンで買ったビアチャン37.合計97バーツ。うまかった。満腹。文句なしである。明日からもここに来よう。これだよなあ、チェンマイではこういう食事をしなければ嘘だ。『サクラ』に行く意味を考えるのはこういうときだ。最近は親しい人もいないし、しばらくは行かないようにしようか。昨日、パパからボーリング大会が休みになっていると聞いた。メンバーがいなくなったのだ。Aさんの「うまくならないのでやめる」には笑った。Aさんらしい。
 部屋に帰って一時半。Hさんの部屋の電気も消えていた。
 乙川さんの「椿山」を読む。
28日(土)  起きだしたのが十時半。朝っぱらから「軒に石ころが落ちてくるようなパラパラという音」がひっきりなしにしてよく眠れなかった。あれはなんなのだろう。時間的にはそれなりに寝たが長時間熟睡ではない。
 本を読みたい。がもったいなくもある。どうしようかと思いつつ『オール読物』を手にする。伊集院静の「やや寒し」という寿司職人ものを読んだ。おもしろいのだがどうも引っかかる。そのことを書いておこう。これは「毒字感想文」というホームページのネタにすることにした。

 毒字感想文-やや寒し

 倉坂鬼一郎のエッセイを読む。


 Provitaを買う。マルチヴィタミン剤。350バーツ。前回より50バーツ安かった。なんででしょ。

 左耳の調子が悪いのでいつもの病院に行く。ルアンペット病院。以前浅田次郎のエッセイに、同じような形で医者に行ったら、耳の中にカビが生えていると言われ、その治療がとんでもなく痛かったという話があった。大の男が泣いてしまうほどだ。そのことから痛いことを覚悟していた。でもここしばらく続いている耳鳴りのようなものが治るならそれに越したことはない。原因としては湯浴みの際に耳に水が入ったと、そう解釈している。
 けっこうドキドキしていたが、女医者はすこしだけ先端に明かりのついた器具で覗くと、耳クソがあるだけだと言い、薬をくれた。拍子抜けである。耳の中に三時間毎に注せとちょっと油っぽい水のような薬をくれた。一日三回の飲み薬二種類。痛み止めである。よくわからん。この水を耳に注すと痛みが生じるのであろうか。軽く見ていた。後にひどい目に遭う。350バーツ。

 パソコンプラザ「アイコン」に行きビジネスソフトを買う。『DreamWeaver』の最新版。Versionを示す数字がなくなりMXとなっているのだが、これは実質5のことなのだろうか。その辺の物を買った。5枚で600バーツ。

 その後『サクラ』に行き、ビールを飲みつつ閉店までいて450バーツ。
 この話は別項で書く。実にくだらない場だった。二度と行きたくない。

 これが「日記2003暮れ」に出てくる「ゴリラおやじと消費税」の時。

 ライとデンとカラオケに行き、つまらない思いをして2200バーツ。シーバスをボトルで入れた。あれはもったいないので帰国までに飲んでしまいたい。不思議なのは先日の金沢のKのときも思ったのだが、ぜんぜんカラオケをやる気がないのである。どうなったのだろう。頭の中ではKと一緒に作った曲が鳴っている。再び自作の音楽熱に火が点いたのでカラオケに興味がなくなったのか。

 いつも行くセブンイレブン前で地元の不良女子高生のようなのが車座になって宴会をやっていたので参加(笑)。ばんばんビールを差し入れして喜ばれる。午前様。いくら使ったのか記憶にない。たいした金額ではないが。ライは遅くまで付き合ってくれていた。こういうとき、その不良高校生が意外にいい娘で、なんて予想外のことがあるとうれしいのだが、不良は不良。顔を見れば解る。くだらん連中だった。『サクラ』での不快なことがなければ関わることもなかったろう。不快な思いを消そうと思ってもがけばもがくほどより不快になったような夜だった。
29日(日)  宿酔い気味だ。床が濡れている。何ごとかと思ったら、昨夜帰りがけにセブンイレブンでセンチップとコーラと氷を買って来て、飲まずに寝たからその氷が溶けたのだった。記憶にない。気分が悪い。同じ深酒でも楽しいときとはぜんぜん違う。まいった。
 両替、二万円。6936バーツ。

 飯は食いたいが『サクラ』には行きたくないし、どうしようと思っていたら、午後三時だというのにまだ開いているカオマンカイ屋を見つける。うまい。最高。コーラを飲んで35バーツ。

 ワンカムマッサージに行く。三時四十五分。なじみの人が四時半からなら出来るとのことなので、それまで待つことにする。誰でもいいはよくない。必ず後悔することになる。さんざん経験済み。
 Aホテルに行きC子さんと会う。忙しさのあまりやつれているかと思ったらふっくらしていた。それが意外だったので思わず「太ったねえ」と言ってしまう。これは後々まで「会って10秒後に太ったねえと言われた」と尾を引くことになる(笑)。色々と話す。四時半まで。ちょうどいい。
 明後日景洪に行くと言ったら今夜食事をしましょうと誘われる。七時に待ち合わせ。A子さんへの連絡を頼む。

 四時半から六時半までマッサージ。終ってすこし時間があったのでナコンピンコンド近くにあるインターネット屋に行く。湾曲したひどいディスプレイで(いいのもあった。あまっていたのがそれだけだった)パソコンも調子が悪く10分でやめる。ここにはもう行くことはないだろう。

 七時にAホテルでC子さんと会う。A子さんも来た。
 Tさんに電話をしてもらい誘う。れいによって金欠病だからと遠慮するが無意味な心配はしないでと言って誘う。遅れたのはC子さんの旦那。アルバイトで白人の引っ越しを手伝っていたらしい。相変わらずまだ納得できるだけの仕事には就いていないようだ。

 カフーの近くにあるというドイツ料理屋に行く。ドイツ料理でジャガイモが食いたいと言ったのはぼくなので文句は言えないのだが、そこは看板にはジャーマンとか出ているが、ドイツ風のブルワリーがあるだけで、料理はタイ料理だった。この単語を調べた。『広辞苑』にはない。『英次郎』にはあった。カタカナ日本語はブルアリーとブルワリーの二種類がある。両方書いてみたらブルワリーが変換されたのでそれにすることにする。

 ステージがあってタイのポップスをがんがん生演奏しているものだからうるさくてしょうがない。大嫌いな場所だ。料金は980バーツ。A子さんが払おうとしたので急いで私が払った。A子さんはそういう気遣いの出来る人である。
 しかしこれはもったいない金だった。だってホカホカジャガイモにビールを飲みたかったのにジャガイモなどないのだ。C子さん夫婦がかってに注文したものなど、とんでもなく辛くタイ料理そのものである。辛いタイ料理とビールは合わない。

 C子さん夫婦が帰り、A子さん、Tさんともう一軒行くことにする。いつものナイトバザーのドイツ料理の店。前のよりずっといい。860ぐらい。私が500を出す。残りをA子さん。食べたかったジャガイモを食べられ機嫌を直す。

 その後、ソンペットの屋台にTさんと行く。部屋から昨夜買ったままになっていたセンチップの大瓶を持ってくる。いつもの屋台で20と20で40バーツ。あ、いま思い出した、コップを借りたり氷をもらったりしているのだ。20バーツぐらいチップをやるべきだった。昨日と違い、気持ちよく飲んだ。
 既に死を意識しているらしいTさんが、まるで自分の一代記のように延々と子供時代から今に至ることを話すのが気になった。さすがに三十代ぐらいまでの一代記を聞いていたら疲れたのでこちらから断ち切ってしまった。もう肝臓が痛むらしい。最後は自殺すると言っていた。心配である。でも医者に行かないのだからしょうがない。
30日(月)  八時半に起き出して日記をつけ始める。きょうは九時半にビザを受け取りに行く。
 出かける前に耳に薬を入れ、他の錠剤も飲む。

 九時十五分に昨日食べたカオマンカイ屋に行く。20バーツ。最高だ。
 ビザを無事受け取る。1100バーツ。
 なんとなく疲れているので部屋にもどりそのまま二時まで寝る。
 後で聞いた話だが一時にTさんは私に会おうと『サクラ』に行ったらしい。もうしわけないことをした。ただし私は『サクラ』には行く気はなかった。

 近くの公衆電話からA子さんに電話。しかしまあこうして考えるとケイタイは便利だ。 昨日と同じ場所でTさんと待ち合わせ。午後七時に集うことになる。

 ワンカムに電話をしてマッサージに行く。ここでおかしくなった。悪寒。歯の根が合わないほどひどい。寒くて寒くていられない。カムノーイが十枚ぐらいバスタオルを掛けてくれる。それでも寒い。薬もくれたので飲んだ。なんだろう、考えられるのは耳に薬の副作用である。風邪の薬が効いたのかいくらか楽になった。

 五時半に部屋に帰る。空腹だ。七時近くまで休むつもりでいたが六時過ぎに出かける。腹が減っていられなかったし、今夜の飲み会は軽く済まそうと思っていた。
 ゲストハウス出口でHさんと彼女と会う。買い物をしたり食事に行ったり楽しくやっているようだ。明日の朝早く彼女は帰る。

 ソンペット市場で食事。カオパットガイを食う。けっこううまかった。
 さて待ち合わせ場所に出かけようかと思ったら、隣の店にHさん夫婦がいる。先ほどどこかで夕飯を食べようかというのでソンペットを推薦したのだが、違うところに行くようなことを言っていた。なぜここにいるのだろう。時計を見ると六時四十分。すこし時間があったので話す。Hさんにビールをご馳走になったのは初めてか。ぼくと知り合ったときにはもうHさんは飲まなくなっていた。それでも彼女がビールを飲めばつきあうのだから、男は女に弱い。

 待ち合わせ場所には五分遅刻。その後K子さんを迎えに行くが、なかなか出てこない。焼肉『すずらん』に着いたのは七時四十分ぐらい。もう八時近かったか。
『すずらん』の看板。白い大きな字がすずらん。でもタイ語にはZがないので「すすらん」である。下の青い文字は「ヌゥア・ヤーング・イープン」イコール「日本風牛肉焼き」。

 A子さん、K子さん、Tさんと話す。Tさんは昨日より元気だ。調子の悪いのは私で、左耳がふさがっている。気持ち悪くていられない。酒も不味い。九時を過ぎたぐらいは覚えているが、K子さんを送り、A子さんのクルマが『サクラ』の前を通るとき、十時二十分だったから、かなり『すずらん』にいたことになる。
 薬を飲んで寝る。
10/1(火)  10月1日、朝。
 ひどい一夜だった。「すずらん」でも体調は悪かったが、かなり恢復したと思っていた。寝る前にまた熱冷ましを飲んだこともあろうが、一晩中びっしょりと汗を掻き、うなされる一夜だった。それでも出発時間があるから七時には起き出す。うとうとし、汗をかいて起きる、の繰り返しだった。いつの間にか十時近くなったいたので飛び起きる。

 荷物をまとめチェック・アウトに階下に行くと、見知らぬ人に話しかけられる。真っ黒な顔とその出で立ちからタイ人だと思ったら日本人だった。最初彼がフロントの女と話していた。見かけからしてタイ人なので無視していた。これからバスでウボンターニーに行き、ノーンカイからラオスに行くという。話し好きの人で、話もおもしろかったからもっと話していたかったが(奥さんがタイ人でタイにすでに家もあるらしい)時間がないので出かける。残念である。

 スッタッのところに行く。彼はいなかったがラーの作ってくれた珈琲を飲みつつ待つ。すぐに来る。空港へ。
 税金500。入ろうと思ったら、切符もぎりの係員はいたが、入国の係員がいず、飯でも食ってこいと言われる。あいかわらずいい加減だ。で、ThinkPadを拡げたのだが、『QXエディター』の反応が鈍くてやっていられない。時間を掛けて再起動。それですこしだけ書いた。
 ああ、これからまた中国である。あの喚くように大声でしゃべる連中、いたるところタバコの煙、考えるだけで憂鬱になる。妻に会える慶びを中国に行かねばならない不快感が押しつぶす。
10月1日から21日まで雲南省。
雲南でじかめ日記-日記02秋
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