苗字はむずかしい


順 位 苗 字 人 口
1 佐藤 約1,928,000 藤原秀郷の後裔、左衛門尉公清が佐藤を称するに始まる。
2 鈴木 約1,707,000 物部氏族穂積氏の後裔、紀伊国熊野の豪族で熊野神社勧請で広まる。
3 高橋 約1,416,000 物部氏族の高橋連、伊勢神宮祠官、弥彦大宮司など全国的に諸流多し。
4 田中 約1,336,000 蘇我氏族の田中臣、清和源氏、桓武平氏、藤原氏、橘氏などの諸流多し。
5 渡辺 約1,135,000 嵯峨源氏、源融四世の孫、渡辺綱の後裔。摂津国西成郡渡辺発祥。
6 伊藤 約1,080,000 藤原秀郷の後裔、佐藤公清の曾孫基景が伊勢に住み称したのに始まる。
7 山本 約1,077,000 賀茂社神職家、清和源氏、桓武平氏、藤原氏、日下部氏など諸流多し。
8 中村 約1,058,000 中村連、清和源氏、宇多源氏、桓武平氏、藤原氏など諸流多し。
9 小林 約1,019,000 大神姓、清和源氏、桓武平氏、藤原氏秀郷流など、神官系が多い。
10 斎藤 約980,000 藤原利仁の子、斎宮頭叙用が斎藤を称するに始まる。
 ホームページ「日本の苗字七千傑」より。感謝。
http://www.myj7000.jp-biz.net/kensaku/fkensaku.htm



「日本の苗字の読みかたはむずかしいなあ」って話を書く。が、だからといってこの種の話によくある「××って書いて××って読むんだって(苦笑)。そんなの読めないよねえ」なんて難しい苗字の話は出てこない。私は今まで読めないほど難読の苗字の人と知り合ったことはない。なのに「明日出来ることをきょうするな」を信条とする私が、そんな未体験のことについて書くはずがないのである。そんな難しい苗字の人と知り合い、感心したなら、知り合ってから書く。それで間に合う。しかしたぶんこれからもそんな珍名の人と知り合うことはないだろう。まず書くことはない。
 人の常として、ちょいと人を感心させる雑学の類を身につけたい欲求はあるけれど、誰もが読めないような難読地名、難読苗字をすらすら読めるような知識は欲していない。それよりも切実にいま身につけねばならない知識が周囲にごろごろろしている。

 よって以下に続く文章の中身は、「苗字の読みかたはむずかしい」という話なのだけれど、「へえ〜、なるほどなあ、こう書いてそう読むのか」なんて話は皆無である。「誰もが読める苗字なのに、細かく違っていて、苗字ってのはむずかしいね」の話である。



 このことを最初に感じたのはマンガ「釣りバカ日誌」だった。つい最近のことのように思うけど、これも「ビッグコミック オリジナル」に連載されて二十数年経つから、私がそう思ったのも二十数年前になる。
 ちなみに私は、マンガのほうは全部読んでいるけど、今じゃ「寅さん映画の後継」とまで呼ばれる映画のほうはつまらなくてぜんぜん見ていない。見てなきゃつまらないのがわからないか。何本か見たけど、その後見る気がなくなってしまった、が正しい。友人だったHさん等はこれを見ることを無上の楽しみにしていて、一度見たものをまたテレビでやるときでさえ朝から楽しみにしていた。私とは逆でマンガは読んでいない。映画のキャラの魅力なのだろう。一部の人には熱狂的な人気があるらしい。舞台とする場所が観光地として話題になるので、映画側がロケ地に何千万円かの補助を要求したとかで週刊誌ネタになっていた。それはともかく。

 この作品の中で、主人公浜崎伝助の苗字は「ハマサキ」である。濁らない。これを上司の佐々木課長が「ハマザキ」と呼ぶたびに、温厚な事なかれ主義のハマちゃんは、顔をしかめて「チッチッチッ、ちがうっす。ハ・マ・サ・キ、濁らないの!」と言い直しを要求する。ハマちゃんの性格がそういういいかげんなヤツという設定だったから、この苗字発音の濁りに関する異常なこだわりは異様に映った。
 それは原作者の姓から来ている。原作は「やまさき十三」。やまさきさんは漢字だと山崎なのだろう。それをヤマザキと濁られるのがいやでいやでたまらず、とうとう筆名を「やまさき」とひらがな苗字にしたのだ。どれほどそう濁られるのがいやかは、作品中でハマちゃんにくどいほどこだわらせていることでわかる。この辺、当事者には切実な問題なのだろう。

 同じくマンガ家の弘兼憲史さん(「課長 島耕作」他)もそうだ。フツーだと「ひろがねけんじ」と読んでしまう。「ひろかね」である。濁らない。名前も「けんし」と濁らないらしい。これは本人も主張し、作品の表紙に「HIROKANE KENSHI」としている。知らなかったら、まず間違いなく私は「ひろがねさん」と話しかけている。

 こういうものに接すると、すぐに「自分は人にそれをしてこなかったか!?」と考えてしまう。さいわいにも、周囲にそういう人がいず、それを要求してくる人を間違った呼び方で呼んできたことはないようだ。ただし、そう要求しない人を間違えて呼んできた可能性は大きい。
 字ではある。「長澤」という苗字の後輩を、長年手紙でも「長沢」と書いてきた。彼はしあわせの幸が含まれている「澤」の字に誇りを持っていて、逆にまた略字の「沢」が大嫌いだったらしい。だけど言ってもらわないとこちらはわからない。
 長沢と書いて不快にさせたのは学生時代のことで、二十代半ばにそれを知ってからはあらためている。それから二十年。もう時効だろう。知ったのは、酔ったとき、第三者に彼が不満げにそう言っているのを聞いたからだった。私個人に対しての不満ではない。一般論としてだ。直接言ってくれよと思ったものだ。



 その他、私のいいかげんレヴェルで悩むもの。
渡部」。これ、ワタナベもワタベもあって困る。どっちかにしてくれ。もちろんさらには「渡辺」にワタの字からナベの字までとんでもなく変化が多いのは知っている。それにこだわる人がまた多いことも。
 Windowsでは限界があるが、日本製OS「超漢字」はそれを完璧にフォローしていることが自慢だ。なんでも首相・吉田茂は「吉」の字の上の棒が長いことが嫌いで、かならず「上の棒が下より短い吉の字」を書いたそうな。この字さえも「超漢字」はフォローしている。すごいね。
 ATOKのワタナベで出るのは、渡辺、渡部、渡邊、渡邉と4種類のようだ。十分なように思うけど、これでも十分ではないのだろう。この4種類以外のもっとむずかしい字のワタナベさんで、それで書いてくれないと困るという人とは知り合いたくない。苦労なんてまっぴらだ。万が一知り合ったらひらがなで書こう。

 プロレスラの「田上=たうえ」を知ったときも、「はあ?」ってな感じだった。長年「たがみ」で親しんできたからである。私がうまれ育った環境では、「田上はたがみ」だった。でも音訓の統一読みにこだわるなら、「たうえ」のほうが筋が通っているか。
 のように、私が「苗字の読みかたはむずかしい」と、ここで言いたいのは、そういう種の話である。

 浅間山荘事件指揮で名高い佐々敦行さんの著書に、ローマ字で「SASSA」とあったときは一瞬、誤植かと思った。Aがひとつ多い。そうじゃなかった。この人の苗字は「ささ」ではなく「さっさ」だったのである。
 ちなみにATOKでは「さっさ」は出てこない。いろいろと不満だらけのATOKだが(それでもこれを使ったらもうMS-IMEは使えない)苗字方面だけは妙に充実している。なのに出てこないのだから「さっさ」はかなりの珍名なのだろう。ワープロ、IMEに入っていない珍名は、芸能人スポーツ選手に有名人が登場するとすぐにフォローされる。「さっさ」さんも今ではワイドショーのコメンテイタとして露出度が多いから、次の版では入ることだろう。



 さて、長年あたためてきた(?)このテーマをこうして実際に書くきっかけとなったのは、先日テレビで聞いた「やなぎたくにお」だった。
 朝方のニュースで、若い女アナが、民俗学者の柳田國男のことを「やなぎた」と濁らずに発音したのである。なんでも彼の書簡が大量に見つかったそうで、それは研究上貴重な資料になるだろうとの話だった。
 私は彼のことも同姓同名の作家・柳田邦男も、両方「やなぎだ」と濁って発音していた。野球選手もそうだった。「柳田」を「やなぎた」と濁らずに発音するなど思ったこともなかったのである。もしもこれが番組の中で、学者がそう言ったとしても気にしなかった。専門分野ではそうなのだろうと思うだけだ。専門分野でそうであろうと、どうでもいいのである。俗世界の身には。

 ところがそんなことをまともなら知っているはずのない大学出て三年目って感じの若い女アナがそう言ったということは、それは「厳守すべきルール」として、局内に一覧として張り出されている常識なのに違いない。「作物」は「さくもつ」、「農作物」は「のうさくぶつ」と分けるようにだ。こんなのもただの慣習であり、私はどうでもいいと思っているが、とりあえずこれは人名であるから、「やなぎた」を「やなぎだ」と誤読し続けてきたのならかなり恥ずかしい。
 といっても私は「遠野物語」しか読んでいないし、人前で柳田國男の話などしたことはない。もちろんその程度のレヴェルだからして知らなかっのである。そういえば文学部の英文専攻の友人は何人かいたが国文はいなかった。
 かなり恥ずかしい話ではあるが、「覚えるのに遅すぎるはない」も私の信条である。これでひとつ知識を蓄えたと思えばわるいことではない。もともとそういう恥をさらしつつ書いているコーナーだ。なんて、こういう書きかたをするから私を憎んでいる変質者に「自分に甘く他人に厳しい」と書かれるのかな(笑)。

 ところで、ここを読んでくれている私の友人三十人の中で、これはどの程度の常識だったのだろう。若い人でも授業で接していれば知っていたろうし、そうでなければ、かなりのインテリでも盲点だったかもしれない。今度の飲み会で尋ねてみよう。
(03/6/15)





 ネットで柳田國男を検索してみた。「民俗学の父」と呼ばれる高名な人ゆえ、兵庫県の出生地が「柳田國男の故郷」と謳えば、兄が医院を開業していて何年か住んだという茨城県利根町も、「第二の故郷」と町のホームページが主張していた。
 上揚の写真はその利根町のホームページから借用したもの。

 私がネットで検索したのは、言うまでもなく明確に「やなぎた」と濁らないことを知りたかったからである。ところがざっと検索しただけで300件以上もヒットしたのに、それら上位を読んでいっても、どこにも「やなぎた」か「やなぎだ」か書いてない。
 町や記念館がやっている公式なものから、個人が思い入れたっぷりに書いているものまで、いきなり「柳田國男は」と書き出している。まともな日本人なら誰もが「柳田」という姓は読めるから、どこにもふりがながないのだ。こまった。知りたいのはそれなのである。

 それどころか思わず苦笑してしまうような出来事があった。上の写真を借用して、自分のサイトに保存しようとしたら、写真名が「yanagida kunio」となっていたのだ。「第二の故郷の利根町」が間違えちゃいかんでしょう(笑)。世の中こんなもんだ。

 さらにそれから検索してヒットしたものを探していき、やっと下の文にぶつかった。出版社のもの。

著者詳細

 

ISBN 4-87525-134-3村と学童

柳田 國男(ヤナギタ クニオ)


 濁らないんですね。ひとつかしこくなりました。でもうすらばかのぼくは、今回のことがなく、上記のようなものを見たなら、「ヤナギダ」を誤植で「ヤナギタ」にしていると思ったろう。そうしてこれからもヤナギダクニオと濁って言い続けた。今回のこの話は、あくまでもテレビのアナウンサーがそう「発音した」から気づいたのである。音で聞いたから鈍いぼくも「もしかして」と感じたのだ。まことに苗字はむずかしい。
(6/17)




 冒頭のホームページ「苗字調べ」はとても便利だ。同じ事を「苗字辞典」を買ってやるとしたら一万円ぐらいかかる。それが無料で、本よりも手早くできるのだからありがたいことである。感謝。
 でも残念ながら今回ここで知りたい「読みによる違い」は調べられなかった。つまり、ヤナギタもヤナギダも漢字の「柳田」に統一されてしまっていて、それ以上のことは調べられないのである。ぼくとしては例に引いた、「ハマサキ」と「ハマザキ」はどっちが多いのか、どれぐらい数に差があるのか、ノヨウナコトを知りたかったのだが。

 「引っ越し話──捨てる本」を書くために古い『週プロ』をスキャンしていたら正道会館の角田が出てきた。小柄な中堅選手。前田のリングスに参加して、ディック・フライにいいとこなしで負けている。まだK1は始まっていない。今じゃK1の顔としてタレントとしても大活躍だ。
 この人の苗字は角田で「かくた」。ミュージシャン・つのだひろは「角田」でつのだ。競馬の騎手もつのだ。ぼくの近所の人はかくただった。マンガ家のつのだじろう、弟のつのだひろがひらがなで名乗るのはかくたと読まれる誤読を嫌っているのかもしれない。なお、いちおうつのだひろが藝名として真ん中に☆を入れるのは知っているけど、そこまで従う気もありません。あ、いちおう知人ですけど。(プロレスのおかげ)。

 将棋界に天才少年として羽生善治が登場して早十七年、かな。谷川以来の中学生棋士誕生と話題になったのが十五の時だから、そうだよね、たしか。早いなあ……。

(餘談。実力により選別され、だいたい六級ぐらいから始まる棋士は四段になったらプロになり給料がもらえるようになります。序の口から始まる力士は十両から給料がもらえます。よって引退した棋士や力士が思い出を語るとき、「いちばんうれしかったこと」として、名人や横綱になったときより、世間的に一人前と認められ給料をもらえるようになった四段や十両になったときのことをあげることが多々あります。すなわちそれは、四段や十両になれずに去ってゆく人がいかに多いかの証左でもあります。前記の「中学生棋士誕生」とは、二十代半ばぐらいでなるものに中学生でなったというとんでもなく早い出世を指しています。近代の将棋史上三人しかいません。〃神武以来の天才〃と呼ばれた加藤一二三九段が第一号でした。)

 この名も初めての時は奇妙に感じた。ぼくの知っている人の苗字で、羽生は「はにゅう」だったからである。近くに地名としても「羽生=はにゅう」がある。ましてハブと言えば沖縄の毒蛇がすぐに思い浮かぶ。へんな苗字だ。そう感じた。といってもこれもとんでもない読みかたではなく、生であるからハブとは読めるけど。
 今じゃすっかりなじんだし、はにゅうさんで有名人は出ていないから、全国的にはもうはぶのほうが読みかたとして有名かもしれない。(6/18)

 マスダさんと知り合うと、開口一番どんな字ですかと尋いて怪訝な顔をされる。増田さんがほとんどである。いやまだ増田さんとしか出会ったことがない。将棋ファンなので大好きな升田名人の名を思い浮かべてしまうのだ。IMEで出るままに変換してみると、その他、益田(バスター・キートンから名を取った役者・益田喜頓がこの字だった)、枡田舛田桝田とある。相撲の舛田山は本名の舛田に山をつけて四股名にした。いまは千賀ノ浦親方。

 升田さんと知り合ったら真っ先に「将棋の升田名人と同じですね」と話しかけるだろう。ご当人も、今までそればかり言われてきたはずである。早く出会ってみたいものだ。(7/7)



 西城秀樹が脳梗塞で倒れた。人ごとではない。そのことを『作業記録』に書くとき西城を西条と書いてしまった。後日気づいて直す。書くときからなんか違っているような気もしたのだが、なにしろ彼の名前など書いたことがない。西条は最上品寺、なんだこれ? 西条凡児のほうか。あの人、ご存命なの? ついでなんで「苗字調べ」で順位を調べてみる。どっちが多いんだろう。そりゃ西城だと思うのだが。西条が1258位。西城は、おおお、3329位だって。わからんもんだなあ。でもこういう読みが同じの違う字は順位が調べられる。前記のような「羽生でハニュウとハブ」みたいなのは調べられない。

在日朝鮮人の和名
 ここでまったく関係ないことに脱線。西条秀樹の本名は木村である。在日朝鮮人だから帰化名になる。ではその前の朝鮮苗字はなんであるか、だが。
 金さんが金村、金田、金本、金沢のようにわかりやすい日本名にすることは有名だ。同じく安さんの安田もわかりやすい。張本も張の字を残したい故だろう。友人の中国人、黄さんは帰化して黄田にした。これもわかりやすい。
 この辺の改名はするが先祖伝来の名を残したいという気持ちは、わかるようでわからなかったりする。どうせ改名するならべつのものにすればいいのに、とも思う。あるいは、そんな同じようなものならしなければいいのに、とも。どちからというとぼくは朝鮮名で通している人のほうが好きだ。でも熟慮の結果帰化して改名し、それでも先祖伝来の名を残したいと思う気持ちは、自身のこととして経験しないとわからないものなのだろう。

 こういう元の名が帰化名にも残っていると朝鮮名もわかりやすい。では在日朝鮮人が帰化名によく使う木村さんはなんなのだろう。憂歌団の彼もそうである。これ、朝鮮に多い苗字のさんが多いようだ。木ヘンを大事にするのに木村は最適らしい。音のパクとモクも似ているからいいのだろう。そういうわけで西城秀樹の朝鮮名は朴さんだと思われる。
(後日註・不確定情報だが西条秀樹は李さんらしい。といわれて、李の字も木があると気づく。木村さんをみな朴さんだと推測したのはあさはかだった。)

 野球の選手は、娘二人の名前に「」の字をつけた。その理由は嫁に行って苗字が変っても王の字をもっていてほしいからとのことだった。理は王ヘンなのである。初めて知ったとき、いい話だなあと思った。王選手が結婚し、娘が出来たばかりの頃である。ON砲のころは野球好きだったので、王選手の婚約会見まで覚えている。ふと思えば、あのきれいだった恭子夫人はもう亡くなり、その娘さんも離婚したりしている三十代である。なんとも時の流れが早い。しかし王、長島が年俸2000万時代にアメリカのプロレスで1億稼いでいた馬場はすごいなあ。
 友人の小野が娘に里実とつけた。気づかなかったが、やはり小野の野の里ヘンを伝えたかったのだと最近知った。自分にそういう感覚がないのでうかつだった。なるほどね、娘に託す男親の気持ちってそんなものなのだろう。

 苗字の雑学として
 世界でいちばん苗字の多いのはアメリカで約100万だとか。日本人が2位なのだがいきなり30万と減る。アメリカが多いのはわかるよね。宇宙飛行士のアームストロングとか知ったとき、腕相撲が強いだろうなと笑ったものだ。移民やネイティヴ・アメリカンが、どんどん好きな名前をつけてゆくことによって増えたのだろう。けったいな苗字が多い。
 日本人も明治以後に一気に姓が増えた。近年、江戸時代に庶民も苗字を持っていたと声高に喧伝する傾向がある。一部の歴史学者の説だ。それは事実だ。が、もっていなかった水飲み百姓が多かったのもまた確かな事実である。それらの人々は、アメリカのように自由に作ったのではなく、お世話になっている金持ち筋(=庄屋、お大尽)の苗字をわけてもらったのが多い。

 ぼくの近所だと河野(コウノではなくカワノ)になる。手広く醤油屋をやっていたお大尽がいて、江戸時代には大型船で利根川を上って江戸まで出荷していたとか。明治になったとき、姓のない水飲み百姓はみなその姓を分けてもらったらしく、近辺は右も左も河野だらけである。時が過ぎ戦後の農地解放でお大尽は没落し、なにかの商売で一山当てた百姓が出世したりする。今ではどこの河野が本家かわからなくなってしまった(わかるけどさ)。でも血ってのはおおきいと思う。やはり本家の河野さん一族は没落してもなおそこはかとなく漂う気品があり、どんなに大金持ちになっても成り上がりの河野さんは下品なのである。いつもそれを見るとうなってしまう。良くできたものだ。

 韓国の苗字は600しかなく世界でも下から数番目というほどすくない。従兄弟という近い血筋と結婚できる日本人を朝鮮人が畜生のようだと軽蔑する気持ちはよくわかるのだが、同姓とは結婚しないというぐらい徹底して血を遠くしている朝鮮人は、苗字がすくなくてたいへんだと心配する。この辺、真実(というか現実)はどうなのだろう。
 中国も14億人もいるのに苗字は1万ぐらいしかないらしい。いちばん多いのが王選手の王(ワン)で1億人以上いるとか。すなわち「世界で一番多い苗字は王」となる。単純計算で世界中の人間、60人にひとりがワンさんになる。そんなに広域に平均して分布しているわけでもないから、中国にはずらりずらずら村中町中ワンさんだらけなんて地域がたくさんあるのだろう。
(後日註・先日テレビで「世界でいちばん多い苗字は李さん」とやっていた。たしかに欧米の中国韓国系でも有名人にリーさんは多い。ワンさんではなくリーさんのほうが正しいのか?)
 ところでこの雑学、どこで手に入れたのだったか。記憶にない。もういちど探し求めて確認しないと。とりあえずここに書いたことに間違いはないはずである。
(7/22)
 誤字脱字を修正するとき苗字で検索してみたら、素人のやっているらしいもので「日本人の苗字は30万。世界で一番多い」と書いているところが多かった。アメリカのはずである。
(7/23)
 テレビで「世界で一番多い苗字は李(リー)さん」とやっていた。なるほど、これだと中国系のみならず朝鮮系にも多い。そうかもしれない。どっちなのだろう。
(11/10)
 テレビで通販のジャパネットタカタを見ていて、「ああ、これも濁らないんだ」と思った。高田タカタなんて読んだらぼくの田舎じゃ、濁音の苦手な朝鮮人の真似でもしているのかと嗤われる。ところが濁らない「タカタ」もあるのだと、東大卒才媛タレントのタカタマユコで知った。なぜか彼女は当初、タカタと濁らないことを強調していたが最近ではタカダさんと呼ばれても反論しないようだ。彼女は東大卒以上に本物の金持ちの娘だからかっこいいね。かっこいいといえば亭主のハカセタロウは、お笑い系の顔と体型なのに、ひとたびヴァイオリンをもったらかっこいいのなんのって。芸術家はやっぱりかっこいいね。

 もう四十年ぐらい前。三田明がデビューした頃。関西から来た近所のおじさんが「サンダアキラ」と言ったので笑い転げた。なんちゅう無知かと話題のない田舎の格好の餌食となった。ミタアキラを知らないおじさんだった。関西に三田(サンダ)という地名があることを知るのはおとなになってからである。今のぼくなら、嗤った周囲の人をたしなめられるのだが……。当時は一緒に嗤うだけだった。そのおじさんは関西から来た足を洗ったヤクザで、真夏のどんな暑いときでも裸にならなかった。見事なクリカラモンモンがあったらしい。行商をしてこつこつと生きていた。昭和三十年代のお話。
(8/2)



 四十九の若さで安倍晋三幹事長が誕生した。
 北朝鮮の拉致問題で活躍し、2ちゃんねるの政治板に登場したころ、安部と間違えるパターンが多かった。いちばん馴染みがあるのは阿部と思われるがどうだろう。
 冒頭にURLのある「日本の苗字7000傑」で調べてみた。やはりそうらしく、阿部が24位。こんなに上位とは思わなかった。安部が259位、安倍は一気に1340位まで落ちる。
 苗字の書き間違いで多いのは、珍名ではなくこういう似たものである。おそらく安倍さんは安部さんと書かれる不愉快を数多く経験してきたはずだ。自分がそういう粗忽者なので赤面しつつそう思う。強力な有名人(総理大臣間違いなし)の登場で今後は激減するだろう。
(11/10)





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