2017
1/7
●私はシャイだった
──メガネ話──初めてのプラスチックレンズ

●私はシャイだった

 2016年の暮れ、「眼鏡市場」にパソコン用の眼鏡を作りに出かけた。
 春先から目の調子がわるい。いまの私には深刻な悩みだ。とはいえ、十時間ぶっつづけでPCに向かっても平気だった目玉が、一時間半ほどで疲れてしまい、細かな文字が二重にぶれてきて、休まねばならない、という程度の状況であり、すこし休めばまた再開できるのだから、これぐらいで泣き言を言ってはならないのだろう。しかし人間は健康なときの状態を常とする。かつての自分を思えば今のそれが不満でならない。

 私なりになんとかこの不調から脱出したいと、調子がよかったときのことを思い出しては解決法を模索している。
 八年前に作り、三年前にレンズが傷だらけになって廃棄した視力0.3に設定したパソコン用眼鏡があった。あれが快適だったことを思いだし、また作ってみようかと思った。この辺、溺れるもの藁をも掴むの感覚である。目の問題でありメガネを新調しても解決にはなるまい。わかっていても、「あのメガネを使っていたときは快調だったな」の思いがあるから、すがりたくなる。「メガネのパリミキ」というところで作ったのだった。今回は、二年前に作り先日まで使っていたメガネを購入した「眼鏡市場」に行くことにした。「パリミキ」で作って快適だったのだからそこに行くべきなのだが、なぜちがうところに行くのかと言えば、値段の問題である。パリミキは高い。眼鏡市場は安い。この辺、手段としてまちがっているのかもしれないが懐事情もある。できたものが気に入らず、「やっぱりパリミキにすればよかった」と悔いないといいのだが……。



 ところで、パリミキで作ったパソコン用メガネを傷だらけにして廃棄したのには、笑えない思い出がある。無智による愧じ話なので後味は苦い。
 私は物持ちが良い。それなりにいい品物を買い、長く使うというのが私の物品に対する基本姿勢だ。楽器やバッグ等。だから古いメガネも、近視の度数や乱視が合わなくなったりして、作りかえてきたが、ほとんどを今も保有している。みな美麗である。大学生時代のものまである。いま掛けるとくらくらする。
 私の使っていたのはずっとガラスレンズのメガネだった。そういう時代だった。ところが八年前にそのパソコン用メガネを新調するまでに、世の中はみなプラスチックレンズになってしまっていた。高価だったコンタクトレンズが使い捨て時代になるように、もうガラスレンズなど過去の遺物になっていたのである。たしかにガラスレンズは割れやすく重いからプラスチックレンズがそれに匹敵する透明性を備えればそうなる運命ではあったのだろう。軽いし加工が簡単で安価に大量生産できる。

 私はパソコン用に新調した弱い度数のそのメガネが初めて使うプラスチックレンズであることに気づかなかった。ガラスレンズと同じように扱った。汚れたらメガネ用のクロスで「拭く」のである。それはしかたない。今までそうやって使ってきたのだから。私にとってメガネとはそういうふうにして手入れするものだった。だが軟らかなプラスチックに傷防止のコーティングを施したレンズは、「拭く」と「こすれて」、コーティングが取れてしまう。コーティングの取れたそれは傷つきやすい軟らかなプラスチックでしかない。「拭く」のではなく「洗う」が正しかった。しかしそれは後の祭。

 なんとなくメガネに「曇り」を感じるようになった。その時点でもうコーティングが取れてしまい、プラスチックが剥きだしになっていたのだろう。スッキリしない。曇っている。汚れているのか。きれいにしようと拭く。きれいにならないのでより強く拭く。やがてそのメガネは曇りガラスのようになってしまった。そこまで行ってやっと私は、これは「汚れ」ではなく、レンズが傷だらけになったのだと気づいた。鈍いと言えば鈍いのだが知らないのだからしょうがない。無智から来た現実である。

 それでもいま思えば、この「パリミキ」のメガネはとてもよくできていたと思う。あんなに強く拭いてきたのに五年間も保ったのだから。最近まで使っていた「眼鏡市場」で作ったものなど、プラスチックレンズであることを意識し、決して「拭く」ことはせず、常に叮嚀に「洗う」ようにしてきたのに、二年でもう曇ってしまった。
 それでまた思ったのだが、これってメガネ屋の戦略ではないのか!?



 たとえばいま、インクジェットプリンタ製品は異様に安い。私は1990年に発売されてヒット機種となったCANONのBJ-10vから愛用してきた。タイのチェンマイまでこれを持参し、プリントした原稿を日本にファクスした時代が懐かしい。ファクス代が高かった。

 いま、インクジェットプリンタは最新製品が信じがたい安値で買える。一万円台だ。以下だったりする。ところがその分、インクの減りが早い。五色インクの、純正品で一色千円程度のものが、あっと言う間になくなる。イエローが、マゼンダが、シアンが、と次々となくなって交換しろと警告してくる。この補填費用と交換の手間隙が煩わしい。これは「ハードを安くして普及させ、その分を、消耗品で稼ぐ」という手法であろう。それはメーカーも認めているようだ。となると当然、純正品ではないが値段は半額、という隙間商品のインクが出てくる。それをメーカーは違法と告発して裁判沙汰になり、ああだこうだとやっている。

 私はこのメーカーの〝方法論〟に馴染めず(ハード好きの私には最新機種が安く買えるのは魅力的ではあったが)、いまもインクジェットプリンタ複合機(二年落ちになる)はもっているが、印刷のメインはカラーレーザープリンタに鞍替えした。こちらも交換トナーは高く「ハードは安く、その分を消耗品で」は同じなのだが、値段は高くてもレーザープリンタの交換トナーはインクジェットプリンタのインクよりも遥かに長持ちする。この〝長持ち〟には意義がある。五色インクをいくつも用意し、頻繁に交換するよりはずっと使い勝手が良い。いま私のインクジェットプリンタ複合機は、スキャン専用機のようになっている。インクは切れたまま補填していない。インクジェットプリンタの「ハードは安く、その分、消耗品で」という商法はわかるけれど、いくらなんでもあれは頻繁すぎる。この商法がインクジェットプリンタを衰頽させてしまうのではないか。



 メガネもむかしからすると信じがたい安値になった。そのことにプラスチックレンズは大きく貢献しているはずだ。
 私は二年前に「眼鏡市場」で初めて遠近両用メガネというのを作った。わずか三万円だった。いや、その程度の値段で作れると知ったから作ってみたのだけれど。
 何十年も前、父が初めてそれを作ったとき、単にそれは近視用メガネレンズの下部が四角く素通しになっているだけというお粗末な製品なのに十万円もした。当時の物価を考えるとどれほどのものだったことか。ほんとにほんとにむかしのメガネやコンタクトレンズは高かった。

 興味本位で作ってみた遠近両用メガネだったが、これは無意味だった。もう作らない。でもまあ一度ぐらい関わってみたい気持ちもあったから、これはこれでいいか。その「興味」とはやはり父の十万円眼鏡から来ているのだろう。いまならどう安く見積もっても三十万円である。それが三万で買えるというのでやってみたかっだけでもともと必要でもなかった。

「メガネのパリミキ」で作ったプラスチックレンズのパソコン用メガネを、それまでのガラスレンズと同じ感覚で、クロスでぐいぐい拭いていた私は、コーティングをこそげ落とし、曇りガラスのようにしてしまい使用不可となった。プラスチックレンズの手入れ方法を知らない無智による恥ずかしい出来事だった。愧じた。私はこういうことにはすなおに反省し、二度としまいと心懸ける。実践する。だからその後に眼鏡市場で作ったそのプラスチックレンズの遠近両用メガネは、決して拭かずこすらず、汚れが目についたら、液体洗剤で叮嚀に貴重品を扱うかのように洗って汚れを落とした。なのに二年で曇りガラスになった。これはいくらなんでもひどい。プラスチックレンズのコーティングとやらがどういうものであるのかは知らないが、拭かずこすらず、鄭重に扱って、それで二年で曇りガラスはひどいではないか。パリミキの製品がごしごしこすったのに五年も保ったから、どうにもこの眼鏡市場の二年には納得出来なかった。

 で、思ったのである。インクジェットプリンタのインクと同じ商法なのではないかと。かつて五万円はしたメガネがいま安いものなら一万円で買えるようになった。これが十年も保ったら商売上がったりである。よってすぐに傷つき、一、二年で新調せねばならないようにしたのではないかと。たぶん正解だろう。

 今回あらたにメガネを作る際、あれこれ確認した。するとコーティングの強いレンズとか、紫外線カットとか、いろいろオプションがあると知る。それは前回も説明されたのだろうが、そのときはプラスチックレンズの脆弱さを知らなかったから、「強いコーティングレンズ」なんてものに興味がなかった。聞きのがしたと思われる。
 やはりそういう商法らしい。つまり「メガネ一式19800円です!」とアピールするのだが、そこから2千円、3千円のオプションがいくつもあり、あれこれ足して行くとそれなりの値段になる仕掛けだ。こういうのに引っ掛かりたくないが、2400円プラスで「標準の5倍強いコーティング」というのがあったので、これだけは附けてみようかと思った。プラスチックレンズを拭きすぎて曇りガラスのようにしてしまったトラウマである。



 目の不調からなんとか逃れたいと、パソコン用眼鏡をまた作ってみようと思い、「眼鏡市場」に出かけた。
 そこでの検眼で、私の目玉は「斜位」という缺陥を抱えていることを知った。
 しかし自分の目玉の缺陥を知ったことは希望にもなった。以下、斜位の話である。

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●私はシャイだった──斜位について

 まともな目玉のひとは、下のようなディスプレイ画面を、左眼を閉じて右眼だけで見ると、右のような位置になり、右眼を閉じて左眼だけで見ると、左のような位置になり、

              

 両眼で見ると、利き目に合わせてひとつになる。右眼が利き目なら左の画像が右に合うことになる。

                  

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 左右の目玉のズレである「斜位」という缺陥は、軽度のものは誰にでもあるのだそうだ。今回私がかなりの斜位であることを発見してくれた眼鏡屋店員は、自分は左右の斜位なのだと語っていた。
 彼の目玉は、上の画像で言うと、

                            

 左右の目でこれぐらい離れているそうで、両眼を使うときは、これを目の筋肉でぐっと引きよせているのだそうな。彼の場合、そのとき、ふたつの目玉がぐっと近寄ろうとして、寄り目になるという。

 上下の斜位がひどい私の場合、あの黒いしゃもじのようなので片目ずつの検眼をすると、左の目玉が、利き目の右眼の画像に合わそうと、キュッと上がるそうである。



 私の場合、左右の斜位はそれほどではなかったが、右斜め上と左斜め下という、縦のズレがあった。左右と上下、両方の斜位である。
 それはずっと前から実感していた。なぜか両眼で本を読むことに疲れ(その疲れこそが斜位から来ていたのだが)、片目で本を読んだりする。そのときに右眼だけの画像と左眼だけの画像に位置的なズレがある。そのことはもう何十年も前から気づいていた。意識していた。ただ無智故に、みなそうなのだろうと思っていた。缺陥とは知らなかった。今回初めて知った。私は極度の斜位という缺陥目玉だったのだ。

 上の図で言うと、右眼だけで見た私の画像は

                              この辺にある。

 

           左眼だけの画像は、このへんになる。

 上下にズレ、さらに左右にもズレている。これが私の斜位という缺陥目玉だ。軽い斜位は誰にでもあり、だいたいは左右のズレらしい。私の場合は、左右と同時に上下にもズレているのだから重症である。この右斜め上と左斜め下を、目玉の筋肉でひとつにするのだから、そりゃ筋肉も疲れるだろう。よくぞいままでがんばったものだと褒めてやりたい。

 私の目玉は、右眼が「利き目」らしい。それは眼鏡屋で言われた。よって両眼で見る場合、上の画像の右斜め上の位置に、下の左斜め下画像を合わせるのである。その努力?によって、本当は右斜め上に合わせているのだが、本人的には、こういう真ん中の画像のように感じられる。そうして生きてきた。


                     


 目玉の筋肉で。それを長年やってきた。齢を取って目玉の筋肉も衰えてくる。左眼の筋肉ががんばって左眼画像を右眼に合わせ、右眼の筋肉もがんばって左眼の画像に合わせようと、がんばる。そして上の画像のようにひとつになって、ディスプレイの細かい文字を見る。以前はそれが十時間でもできた。ところがここのところ、一時間もすると、目玉の筋肉が「もう疲れました、限界です」と合わせられなくなる。するとそれまでがんばってひとつにしていた左右のズレた画像は元通りにズレてゆく。正しくはズレ始める。

 ぶれて、こんな感じになる。
                   

 私の「文字が二重に見える、ディスプレイが霞んで作業ができない」悩みとは、これが原因だった。



 眼科に行って精密検査を受けても指摘してもらえなかった缺陥を、今回の眼鏡屋店員が見つけてくれた。ただただ感謝である。

 しかしなあ、その眼科は、白内障や緑内障の傾向はないか、最新の機械で時間を掛けて検査してくれ、結果はただの疲れ目ということで眼薬のサンコバをくれただけだったのだが、斜位から来ている疲れ目と発見できなかったのだろうか。もちろん「重度の緑内障です。すぐに手術しないと失明します」なんて言われるよりは「ただの疲れ目です」のほうがずっといいけれど。そしてまた「ただの疲れ目」は当たっていたのだから文句は言えないが……。






 ところで蛇足ながら、斜位と斜視はちがう。斜視は見た目からして、いわゆるロンパリ、がちゃ目だから、鏡を見れば自覚できる。斜位は、見た目の目玉はふつうだから、自分はおかしいと気づかない。

 斜視の場合、まともな機能している目玉はひとつだけで、見当違いの方向の目玉は機能していないのだとか。一つ目だから、距離感とかくるってたいへんらしいが、目の筋肉の疲れはない。斜位は、必死に左右の目玉が一緒に機能しようと努力する。それが目玉筋肉の疲れになる。

 ただ、調べてみると、下の図が「上下斜位」の目玉であり、私はそれらしいのだが、いくら見ても、ここまで目玉はズレていない。つうかもう、こんな目玉だったら、見てくれを気にする高校生時代に気づいて悩んでいる。なんだろね、よくわからん。とにかく、私は「斜位」なのだった。



 私はこの「上下斜位」らしい。この図のようなら見ればわかるのだが、いくら見てもわからない。これほどはひどくないのだろう。この図だと片方が上にズレているが、私のは下にズレている。で、片目検眼のとき、隣に合わせようと下からキュッと上がるのだそうだ。



 ふつうのレンズではなく、斜位を治そうとする筋肉の動きを助けてくれるプリズムレンズというのでメガネを作ると楽になると言われた。作ってみた。それによって安い「眼鏡市場」製品もけっこうな値段になってしまった。

 12月27日に発註し、正月休みを挟んで1月6日にできあがった。
 右眼レンズは上のほうが厚く、ふつうのレンズではないのがわかる。左眼レンズは逆に下のほうが厚い。これによって、右眼レンズは右斜め上にある画像を真ん中のほうに、左眼レンズは左斜め下にある画像を真ん中のほうにと、ズレを矯正してくれるわけだ。

 初めて眼鏡屋で装着するときは、掛けたらいきなりスッキリ画像になって感激するのかとわくわくしていたら、案に相違して、気持ちが悪くなるぐらい頭がグラグラした。なんじゃこりゃと思った。こんなものでまた快適なパソコン作業ができるようになるのかと疑問だった。それはまあプリズムレンズとやらが強烈に補整しているのだから慣れるまではそうなるだろう。店員には、「一ヵ月ぐらいは覚悟してください」と言われた。



 数日が経過して、いま非常に好調である。

 こんな感じで右斜め上と左斜め下に離れている右眼と左眼のふたつの画像を
                                   

 

        


 いままではすべて目玉の筋肉でひとつにしてきたのだが、
 これからはプリズムレンズの力で、下の図ぐらいのズレに矯正してくれるので、

               

 これを自力で
                   

 こうするだけだから、だいぶ楽になった。

 かなり強いプリズムレンズを作り、検眼の時は、左右の目の斜位を完全に補完し、右眼画像左眼画像の上下左右がぴったり重なったはずだったが、実際にできたメガネを掛けてみると、上の図のようにすこしズレていた。でもそれで十分だけど。



▼穴あきメガネの思い出

 ところで、もうずいぶんと前の話だが。
 こういう穴あきメガネというものがある。視力矯正メガネだ。アイディア商品である。

 初めてこれを知ったとき、ぜひ使いたいと思った。テレビで見たのだったか。これを掛けた近眼のタレントが「わあ、すごい、見える、見えます!」と昂奮していた。欲しかったが高かった。原理はわかったので、黒紙に穴を空けて自作してみた。すると、たしかに効果がある。メガネを掛けなくてもテレビ画面がくっきりと見えた。なるほどと感心した。そのうち安いのも出てきて、ドンキホーテのような店(なんという店だったか)で800円だったので買ってみた。

 私の視力は裸眼で0.1しかなく、2メートル離れてテレビ画面を見るとぼやける。だがこれを掛けると穴の隙間からくっきり見える。近眼の矯正にも役立つというので、これから毎日使おうと思ったものだった。

 ところが、頭がぐらぐらして気持ちが悪くなってきた。始めは理由が判らなかった。すぐにそれは目玉筋肉の疲れのようだと気づく。このちいさな隙間を通してよりよく見ようと目玉の筋肉はフル回転する。それはふだん使わない筋肉だ。頭が痛くなり気持ちがわるくなったのも当然だった。

 とはいえこれは今もすばらしいアイディア商品だと思う。視力が落ちてきた中学生なんかは安易にメガネに走らず、これで目玉筋肉を鍛えるといいだろう。私も、気持ちがわるくなったのは、ふだん運動をしていないのがいきなり激しい運動をしての筋肉痛のようなものだったろうから、がまんして使い続ければ、やがて効果があったのかもしれない。しかしあの悪酔いしたような気分の悪さはひどいもので、すぐに抛り投げてしまった。



 パソコンで1時間ほど、この文字の大きさ(12ポイント)の作業をすると、目の筋肉が疲れてくる。プリズムレンズを使用しているからなのだろう、それはかなりのもので、たびたび目蓋を押さえてマッサージしたりする。

 やさしいATOKがと気遣ってくれるので、すなおに休むことにする。

 だがプリズムレンズのお蔭で、一時間以上作業すると目の筋肉の疲れはかなりのものだが、画面はぶれていない。
 以前は目玉の筋肉の疲れは感じなかった。疲れはなく、やる気十分なのに画面がぶれてしまい、文字が二重に見えるので、ごしごしと目をこすったりした。どういう病気なのだろうと焦った。
 実際は、目玉筋肉が疲れてしまいダウンしたから文字が二重に見えたのだが、それは何十年も使ってきた筋肉だから、特別の疲れという自覚がなかった。いまはプリズムレンズによる矯正という、今まで使っていなかった筋肉使用と思われる。とんでもない疲労を感じる。

 今こういう細かい文字の編集をしていると、頭がくらくらして、吐き気がするほどの目玉筋肉の疲れを感じる。
 それはそれでストレスだが、やがて慣れるだろうという希望があるし、文字がにじんでしまい見えなくなるよりはずっといい。

 ともあれ原因がわかってほっとした。プリズムレンズの眼鏡を作ったからと調子に乗らず、これからはこまめに休憩を取りつつ、作業をするように心懸けよう。しかたない、齢なのだから。



【補記】──くだらんギャグを我慢するつらさ
「斜位」だと言われたとき、「そうですね、どちらかと言えば恥ずかしがり屋ですから」というオヤジシャレを言いそうになったが、なんとか我慢した。なぜなら、眼鏡屋の店員は客に「斜位」を説明するとき、うんざりするほどそう言われているはずだからだ。クリエイターとして、こういう黴の生えたシャレを言ってはならない、と耐えた(笑)。




この畳の壁紙は
http://www.aoiweb.com/aoi2/back8.htm#
より拝借しました。

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