◎ 久々の出番のPCバッグ

 このバッグを買ったのは二十世紀である。秋葉原のラオックスコンピュータ館だ。ひとめ見て気に入り購入した。5万円ぐらい。牛革製である。造りはしっかりしている。

 当時はパソコン小物を手当たり次第に買っていた。いま、秋葉原の象徴だったラオックスコンピュータ館も閉鎖した。よく買い物をした石丸電気コンピュータ館も閉じるらしい。時の流れを感じる。

 CPUやHDDのような部品はもちろん、PCデスク、チェアもあれこれ買った。キイボード、マウス、マウスパッドは数え切れない。PCバッグも様々なタイプを10個以上買っている。
 時が流れCPUやHDDは時代遅れになった。壊れてなくても能力的に使いようがない。ところがこの種のものは今になって役立ってくれる。アナログの強さだ。今回もこの押入の奧で眠っていたバッグに助けてもらった。



 気に入ったPCバッグがあるとすぐに買った。とはいえ買ってからますます気に入るものもそうはない。ほとんどは見こみ違いによるハズレである。私の場合気に入ったのはふたつだけだった。ひとつはB-5ノート用のもの。これはもう世界中を一緒に駈けまわった。PCはDynabookとThinkPad。2台に仕えている。小柄で、その分厚味のあると構造だった。大袈裟に言うとサイコロ状。半面にノートパソコンを入れ、あと半分にデジカメ、数冊の文庫本が入る。機内持ち込みバッグとしても理想的だった。いま現役のB-5ノートはないし、またあたらしく買ったとしても、そのバッグはさすがに使いすぎてへたっているからお役ご免になる。感謝の気持ちを込めて今度写真をアップしておこう。もういちど同じバッグが欲しいぐらい気に入っている。機会があるたびに探しているが見掛けない。なかなかにいい商品なのになぜだろう。

 もうひとつは「パラシュート生地で作った最軽量PCバッグ」というもの。PCバッグとしてよりその軽さからふだん持ち歩くバッグとして気に入った。競馬場を始め都内を駆けずりまわるときはいつもこのバッグと一緒だった。これはまだ現役である。これまた傷んできたのでもうひとつ同じものを買いたいと思うぐらい気に入っている。先日同じようなものを見掛けた。「軽さ」はいまも重要ポイントなのだろう。これはほぼ同じものが入手できそうだ。



 さて写真のバッグ、実は「最も失敗したと思った買い物」だった。
 外見に惚れ、造りがしっかりしているのを確認して買った。しかしその分、重いと知る。厚味のある本革で、金具を使い、しっかりした作りなら重くなって当然である。左右からの衝撃にも強い。PC本体はバッグの中で浮くような感じになるから、ちょっと乱暴にどすんとおいたとしてもPCが床に当たることはない。PC大好きの私はそんな乱暴なことはしないけど。

 都内を持ち歩くには重厚すぎて不適。旅先には重くて嵩張るので敬遠。そんなわけでまったく使用せず十年近くを経ても新品同様だった。写真でいくから傷んでいるように見える箇所があるが、それはみな今回の旅で出来た疵である。出発前まで疵は一切なかった。それだけ今回の旅がハードだったことになる。





 私のいまのノートパソコンは「A-4ワイド」というヤツである。なんでそんなデカいのを買ったかというと安かったからだ。
 と書くと不満があるようだがそんなことはない。いま考えるとどうしようもない低能力ノートパソコン(当時は最新型なわけだけれど)を長年30万円以上投じて購入してきた私は、これだけの能力をもったノートパソコンが10万円以下で買えるようになった時代に身震いするぐらい感動した。ノートパソコンがなければ旅その物が成立しない。なのに予算がすくない。いつものよう高級品を買うことは可能だし買いたかった。今までいつもPCだけは最高級品を買ってきたというへんなプライドが顔を出した。しかしそれをすると旅先での生活が苦しくなる。バランスを考えたらノートパソコンの値段は12万円ぐらいが限度だ。しかしそれでは満足できる能力がない。Vistaが快適に動かない。八方塞がりのときにこの商品を知った。うれしかった。その時点では「安かろう悪かろう」だと思っていた。覚悟していた。だって安すぎる。だが届いた商品は想像以上によく出来ていた。ありがたかった。感謝した。

 ただおおきなものであるからモバイルではない。会社や家庭で据えおきで使うものだ。持ち運び用には作られていない。剛性が低い。それはしかたない。据え置き型に移動用の剛性など最初から考えられていない。それ用に量産しているから安いのだ。

 たとえばPanasonicのLet's Noreは軽くて剛性が高いから値段も高い。それが売りだ。いわば運動能力抜群の青年のようなもの。対して私のこれはおっとりした小太りの小母さんのようなものだ。僻地の冒険にどちらが向いているかは言うまでもない。だが私はその小太り小母さんのような据え置き型大型ノートパソコンを云南の山奥まで持って行かねばならないのだ。

 私のお気に入りのPCバッグのふたつ。B-5用にはもちろん入らない。パラシュート生地バッグには入るが、これは怖い。多少のクッションがあるとはいえ衝撃がもろに伝わる。軽くて助かるけれど、いくらインナーケースを使用するとしても、こんな薄地のバッグには入れられない。(これは今思っても正解だった。このバッグに入れて来ていたら私のPCは確実に壊れていた。)

 最寄りのビックカメラに行きアルミケースバッグを買うかどうか悩んだ。外部からの衝撃に強いことではこれが一番だ。外側が金属性である。買うべきだった。PCを護らねばならない。
 やはり買うべきだ。買わねばならないと決断した。しかし最安値の2万円でも雲南に行けば10万円程度の価値になる。出来るならよけいな買い物はせずすこしでも多く現金をあちらに持って行きたい。



 苦しまぎれにふと「あれはどうなんだろう」と思った。ひと目ぼれして買ったまま押入の奧にしまったままの本革製PCバッグである。あれが使えるのではないか。あれが使えるなら新たにバッグを買う必要はない。高い金を出して買ったのにまったく使っていない。ゴツくて重くて失敗作だった。でももしかしたら今回役立つかも知れない。まずは帰宅して、あれが実用に耐えるかどうか確かめてみよう。アルミケースを買うのはそれからでもいい。そう思って帰宅した。

 調べてみるとA-4ワイドノートでも入る。作りがしっかりしているし、これなら云南のハードな旅でもしっかりPCを護ってくれそうだ。念のため、さらにインナーケースも買って使用した。写真にある白いものがそれになる。これも役だってくれた。重装備していって本当によかった。今しみじみそれを思うほどきつい旅だった。

 重い。大型ノートを入れて、デジカメを入れて、機内で読む文庫本数冊を入れたら、肩にくいこんでくる。それでもこの廃品利用?でPCバッグ代を浮かせたので、その分妻子にあれこれ買ってやれる。そう意気込んで私は出発した。





 結果、本当に助かった。頭の下がる思いである。この時期の悪路を知らなかった。耕運機で胃が飛びでるような悪路で飛びはねた。妻にとにかくパソコンを頼むと戦地に出かける夫が妻に子の無事を願うようにこのバッグを托して言った。耕運機の荷台には十人ものひとと多くの荷物が載り、私のこのPCバッグもそれらに紛れている。妻も足もとにおいて気をつけてくれているのだが、とにかく想像を絶する難行なのだ。いつもなら私はこれを膝の上に抱き、我が子を護るように抱き抱えて行く。今回はそれすらも出来ない。

 適当な写真がないので、これは10年以上前の写真。まあ状況は似たようなもの。ただこのときは乾季なので道路は比較的よかった。それでもこの耕運機の幌用手摺に掴まり、着いたときはへとへとになった。

 今回はこの手摺に掴まり谷底に振り落とされないよう必死の態勢。いやはや道路の状況によってこんなにも辛さが変るとは知らなかった。

 あとはひたすら足もとに置いたこのバッグの、「PCを宙に浮かせて護る状態」に期待するのみ。クッションとして白いインナーケースがあり、これはこれでなかなかのシロモノなのだが、それ以上に耕運機の揺れは凄い。床にぶつかったらおしまいだ。バッグの中空状態に期待し、そして最後はPC自体に「根性だ!」と気合いを入れるしかない。



 約25キロの道を2時間かけて走る。私自身が「ナチュラルWii Fit状態」なので、断崖絶壁から振り落とされないよう自身の命を守るので精一杯。あいするPCには「がんばれ」と心の中で声援を送るのみ。

 自分で掲載した写真に「この写真は適切ではない」というのもへんだが、その「揺れ」と上の写真の悪路は無関係。写真のような状況では耕運機はスタックする。女こどもは降りて歩き、男は耕運機を押す。バッグは妻の胸に抱いて歩いてもらうから写真のような悪路のときはPCはむしろ安泰なのである。
 こういうところで時間を取られるので、その後の凹凸の激しい固い路面の箇所で耕運機はとばす。これがきつい。躰は跳びはね、胃袋が飛びだしそうになる。足もとのPCに頑張れ、こわれるなと心中から声援を送る。

 とはいえ私以外の連中はみなにこにこして世間話などしている。慣れとはすごいものである。



 妻の家に着いて、義父母との挨拶もそこそこに真っ先に部屋に飛びこみPCの電源を入れる。祈るような気持ちで「動いてくれ」と思う。うんともすんとも言わなくてもしかたのない状況を通りこしてきた。無事起動したときは涙が出そうになった。いや大袈裟じゃなくそれほどとんでもない状況だったのだ。(別項「悪路話」参照。)

 かっこいいと思いデザインに惚れて買った。でも重くて鈍重なので愛想を尽かし使わなかった。押入で眠って十年。触れることすらなかった。買って失敗だと悔いた。今回も代役起用だった。だがさすがにそれなりの値段、しっかりした作り、重さだけの価値を発揮してくれた。いまは心から感謝し、いとしいいとしい一品となった。

 今回のハードな旅で、たった一回の使用なのに傷だらけになった。帰国したらワックスを塗って手入れをしてやろう。それでもこれからの愛用ですぐにボロボロになってゆくだろう。それは年季の入った皮製品の誇りだ。「すげえいいバッグですね。相当使いこんでるでしょ。いい色ですよ」と、価値の判る人に誉められるようになるのももうすぐだ。

 私はアニミズムの傾向が強い。物品に相棒としての思い入れを抱く。今回あらたにこのバッグが加わった。
 まだ旅は終っていない。いまこれを書いているのは町の旅社。明日にでも妻の家に帰るため、また「悪路話」の写真にあるようなとんでもない道を走破しなければならない。そのとき私は「頼むぜ相棒」とこのバッグをポンと叩いて耕運機に乗る。


◎ ゴアテックスの靴

 これも写真で見るとなんかだいぶくたびれた靴のようだけど実際はまだピカピカの新品。買って一週間後ぐらいの状態。水分を含んだ悪路で泥だらけになり、水で洗い、ハードな使いかたをしていたら、こんなに傷んでしまった。

 中国ではまだ「靴磨き」が街角にいる。私は靴を履いたまま他人様に靴を磨かせることを好まないので、利用するときは靴を脱いで渡す。靴ぐらい自分で磨きたいのだがさすがにその用品を持参する餘裕はない。今回も何度か磨いてもらった。値段は2元(30円)。手入れしたのにこんなにくたびれて見える。

 妻の家に着き、翌日にまた悪路を通って町に出る。そこで半ズボンやサンダルを買う。あちらでの生活態勢である。それからはサンダル履きの生活になるので、しばらくはこの靴の出番はない。なのにこの傷みよう。いかにひどい旅であったことか。



 すこし餘談の靴話。
 私は脂性ではない。若い頃から靴下を二日履いても臭くならないほどだった。それがここ何年かひどいことになっていた。二年前、友人の会社を手伝い毎日通勤したときは、朝清潔な靴下を履いて出かけたのに、昼休みに靴を脱ぐともう臭くなっていた。これは加齢による体質の変化なのかといぶかった。なにしろ自由人(笑)なので通勤のような生活をしたことがない。いちばんそれに近いのが競馬場になる。週末の二日、朝の10時から夕方の5時まで競馬場内を歩きまわる。これはかなりの距離になる。得意先を訪問して廻る営業マンぐらい歩く。夕方から飲み会になる。座敷だ。靴を脱ぐ。今まで一度も臭かったことはない。なのにその勤め人もどきの半年、朝の7時から通勤すると昼には臭くなる。サラリーマンもどきをすると臭くなるのか。それとも体質の変化なのか。

 二年前に雲南に行ったときも、食糧を重視し衣服類は何一つ持たずに出かけたら、初日の昆明の宿で靴下が臭くなって閉口した。せっかく風呂に入ってもまたそれを身に着けると思うとうんざりだ。そうならない自分の体質を信じたのだが、さすがにパンツと靴下は替えを持ってくるべきだったかと悔いた。深夜到着の翌朝出発なので洗っても乾かない。我慢したいが湿った臭い靴下ほど不快なものはない。翌朝、ろくにまだ店も開いてない情況下で靴下捜しをした。結果、今どきピエール・カルダンなんつう他人の名前が入った薄地の紳士用靴下(しかも本物かどうか極めて怪しい)を高い値段で買わねばならなかった。それでも懸命に捜しまわったからそれを買えて地獄に佛の気分だった。いやな思い出である。



  今回そのときのことをふまえて、このゴアテックスの靴を買ってみた。完全防水なのに通気性が保たれているというアレである。加齢による体質の変化は充分に考えられることだったが、私はそれ以上に靴の問題ではないかと思っていた。それで今回すこしばかり奮発してこれを買ってみた。
 日本で試して驚嘆した。私の体質は変っていなかった。この靴を履いていれば相変わらず私は二日続けて同じ靴下を履いてもまったく臭くならない体質を維持していた。やはり靴が悪かったのだ。靴代はケチってはならない。なんとまあすぐれた商品なのだろう。

 前回のことがあったので今回は靴下の替えを持っていったのだが、まったく同じ状況の昆明のホテルで、私の足はまったく臭くなかった。げにゴアテックスの通気性は偉大である。靴底に通気穴が開いている。それでいて靴底から水は入ってこない。グレイトである。

 その後も、乾季のはずなのに雨が降りつづく云南の異常気象のもと、ぐちゃぐちゃ粘土で泥だらけになったり、大雨の中をゴム長のように歩いたりしても、すべてクリアしてくれた。私は今回の一件ですっかり「ゴアテックス信者」になってしまった。次ぎに買う靴もまちがいなくそうする。ハーフコートも欲しい。今ごろの季節になると雑誌によくゴアテックスのハーフコートの広告が載る。「完全防水なのに通気性がある」と。前々から欲しいと思っていたがそれは漠然としたものだった。いかによいものかを知ったいまは切実である。

 一緒にハードな旅をして我が身を護ってくれたものは、靴ひとつでもこんなにいとしい。

【附記】 私淑する高島俊夫先生は、うつくしい日本語の「いとしい」に支那文字を当てることを好まない。うつくしさが損なわれると。
 私も先生に倣って好きな日本語はなるだけ支那文字を当てないようにしている。「いとしい」はそのひとつである。それは日本語のいとしいは漢字の「愛」とは別物であろう。


  ヘッドライト

 ヘッドライトってのもへんな言いかただが、あれです、炭坑夫なんかが使う頭に固定して使う電池式照明器具。私は今回それを頭に附けて云南で読書しました(笑)。その話。

 今回使ったヘッドライト?の評価を◎にするか△にするか迷ったがとりあえず真ん中の○にした。頭に附ける電灯をなんと呼ぶのか知らないがとりあえずヘッドライトで話を進める。



 中国の旅社で私がこだわるのは読書灯の有無である。本を読みつつ寝るのを無上の楽しみとしているのでこれにだけはこだわっている。だいたいは天井の灯りだけなので、ベッド横に読書灯があるとうれしくなる。その有無だけで値段が倍になったりするがこれだけは譲れない。読書灯は20ワット程度の白熱電灯でたいして明るくはない。でもあるとないとでは大違い。だいたい一泊100元(1500円)を越すと附いている。それ以下の値段だと、充分に美麗で清潔で私ごときにはもったいないような部屋でもないことが多い。こういう部屋はお湯は出るがシャワーのみだ。バスタブと読書灯の有無で料金に一線が引かれている。

 以前云南の田舎で一泊30元(500円)という安宿に泊まったことがある。深夜の途中下車の町で、そこしかなかったのだ。そこでは天井の白熱電球で本を読んでいたら、夜だから電灯を消して寝てくれと言われた。電気代節約である。



 読書灯のあるなしに関してもうひとつ大事なこと。それは「読書灯の電球が切れていないかどうか」。重要である。
 これはひどい話。中共らしい手抜き。私は今回合計三軒の旅社で、読書灯の電球が切れていることに抗議し、電球を入れかえてもらったり、替えの電球がないというので部屋を交換してもらったりした。そういうケア──保守点検というのかな──が中共はものすごくいいかげんなのである。
 ツインベッドで読書灯がふたつあるのに両方とも点かないのはざら。電球が切れている場合も多いが、覗くともともと入っていなかったりする。だから私は片方でも点けばもう文句は言わない。それだけでありがたいと思う。本が読める。

 しかしさすがに両方とも点かないと、なんのために高い金を払ってその旅社に泊まったか意味がないので抗議する。すると旅社の人間は露骨に不満をあらわにする。「なんちゅう細かいことにケチをつけてくるイヤなヤツだ」という顔で私を見る。腹の中じゃ「だから日本人は嫌いなんだ」と罵っているかも知れない。
 自分達に読書の習慣がなく、こちらのその需用も知らないから、「なんでこんな電球が切れていることにこいつはむきになっているんだ」という顔をする。日本人としては、それ以前に部屋の電球を切らしたままにしておくなよ、こういうことに気を遣うのがあんたの仕事だろう、と言いたくなる。



 今回連泊した旅社は残念ながら読書灯はなかった。探しまくり検討し、月極めで借りた部屋だった。電灯は写真のように天井にひとつである。暗くてとてもそれで読書は出来ない。

 写真を見るとわかるが、最近の中国での「電球型蛍光灯」の普及は目覚ましい。白熱電球より値段が張るが、ずっと明るいし、電気も食わない。いたるところこればかりになった。妻の家では煤けたような(実際煤けていた)白熱電球を使っていたので、私が四ヵ所ほどこの蛍光灯電球に替えた。ずいぶんと明るくなった。白熱電球はもうすぐこの世から消えるだろう。



 妻の家にいたとき、到着早々町で蛍光灯のスタンドを買った。読書環境を作るのはいつも真っ先にやることである。いやPC環境構築が最初だから二番目か。それは妻の家に置いてきてしまった。なんとしても長居する旅社に読書環境を作らねばならない。

 読書灯がなく日暮れてからの読書が出来ない。無理すればなんとか読むことは出来るがどう考えても目に良くない。その気になれない。この旅社は三間あった。テレビのある居間がひと部屋、ベッドルームが二部屋である。私のいるベッドルームは、考えてみれば六畳程度の部屋に蛍光灯電球だから、それでも昭和三十年代よりは明るいのか。ロウソクだけの江戸時代のことを考えたら贅沢は言えない。まして蛍の光窓の雪を考えたら、とは思うのだが、どうにも暗くその気になれなかった。ふだん私はかなり明るい部屋にいる。読書が出来ないことは大きなストレスになる。



 妻の家で深夜に外便所に行くときに使う懐中電灯で手元を照らすことを思いついた。苦慮の一策である。写真の懐中電灯が薄汚れているのは、そういう日々の使用とバイクが故障したときに泥だらけの箇所を照らしたりとかの歴戦の勇士だからだ。

 この懐中電灯、充電型である。いまこちらは「充電ブーム」だ。安物の中国製乾電池はすぐになくなる。長持ちする日本製は高い。ということから生まれた必要性だったのだろう。以前来たときは目にしなかったのに、今回はどこもかしこも懐中電灯は充電型になっていた。とはいえ「充電型乾電池」は普及していない。電機屋で見たがまだまだ高い。先日見掛けたのは充電器と単三充電池2本で98元だった。誰がそんな高いものを買うのか。こちらの人としても充電型の乾電池を頻繁に充電し入れかえるような生活はしていない。その点でこのコンセントに直接差しこめる形の懐中電灯が大ヒットしたのは自然だった。

 値段は7元(110円程度)。中国と日本の物価差を考えても安価ですぐれた製品である。物価差を5倍と考えても日本で600円でこの製品はありえない。いま中国は狂乱のインフレでとんでもないことになっているが、こんなすぐれた製品もまだある。大ヒットと大量生産によって可能になったのだろう。ただし中国製であるからどの程度の充電回数に耐えるのかは未知数である。しかし私の知るかぎり、すでに30回は使っているが問題ない。乾電池の値段から考えたらそれだけでもう合格点だ。100回ぐらいは行けるのではないか。

 こちらでいまガソリンの値段が、いちばん安いところで1リッター6.4元である。リッター100円だ。日本との物価差を5倍とするならリッター500円である。山奥だと運搬の費用もありリッター10元である。日本的に言うとリッター750円になる。この充電型懐中電灯がいかに価値のある製品であることか。ガソリン1リットルと同じ値段なのだ。



 日没後はこの懐中電灯を使って読書していた。しかし左手で文庫本を持ち、右手で懐中電灯でページを照らしての読書は疲れる(笑)。最初はこの方法を思いつき読書が出来るだけで満足していたのだが、やがてよりよい方法はないかと考えるようになる。
 それで市場で見掛けたこれを使うことを思いついた。これなら頭につけておくので両手はフリーになる。早速買いに出かける。

 そのとき午後七時、市場はもう閉まりショッピングセンターしか開いてなかった。市場はふたつの顔を持っている。昼間は野菜や食物、こういう雑貨類を売っている店が主。夜になると酒を出す店、つまみを売る店が主になる。

 昼間は同じ物を売る店が十数軒並んでいて、夕方になると一斉に店終いしてしまう。私の感覚からすると、夜でも需用はあるはずだから一軒でも開いていれば儲かるのではないかと思うのだが、どうもそういう商売はしないらしい。
 その理由を考えてみると「灯り」の問題のようだ。長年この種の市場はそれこそ「夜はローソク」でやってきたのだろう。細かなものが並ぶ名前通りの「小間物屋」は大陽の光の下で、酒と肴の飲み屋が月の光の下で、が基本だったのだ。その慣習が今も続いているように思う。ひとと違う営業として、一軒だけ小間物屋が夜に商売をしたら、充分に成りたつように私は思う。ここで「電気代がかさむのでは」との疑問が出そうだが、中国は電気代は安い。共産国家だから生活必需品は廉価に設定しているようだ。携帯電話賃のようなものは高いけれど。



 市場が閉まっているので行きたくない割高のショッピングセンターに行くしかない。
 数年前に出来たこのショッピングセンターという気どった大型店舗がクセモノで、なんでもかんでもやたら高い。役に立たない店員がごちゃごちゃいる。いくら人件費が安いといっても居すぎである。昭明も派手だからかなりかかるだろう。それらが反映されて値段が高い。大型ショッピングセンターだから個人でやっているちいさな店より安そうだが(日本の量販店はそうだ)中国では逆なのである。私は極力このショッピングセンターには行かないようにしているが市場がぜんぶ閉店なのだから背に腹は替えられない。

 私が目にしたこのヘッドライトには65元という値段が付いていた。呆れる。千円である。日本円にしたら5千円は超す。なんちゅう値段だ。なにより同じ充電式の懐中電灯が8本も買える。こんなバカな値段はない。おそらく市場ならどんなに高くても懐中電灯の倍の15元はしないだろう。まず10元で買える。假に高い分だけ良質であり照明時間が長いとしても、私は命を懸けた洞窟探検に行くのではない。今回逗留する旅社で読書に使うだけだ。そんないい品は必要ない。

 そしてこれが重要なことだが、たぶんそれは良質の品ではない。開発されたときは新製品でたしかに65元したが、一気に製品が普及し低価格化が進み、市場等では安価で良質の製品が出まわっている、なのにそのことに疎い気どった店では、開発された当時の旧製品が高額のまままだ置いてある、という流れ。中国ではまだそれがある。この美麗な大型ショッピングセンターでこんなものを買う客はいない。あきらかにそれは流れを無視した製品価格だった。

 いや中国に限らず日本でもある。先日100円ショップで自転車の前カゴに附けるゴムを買った。するとちかくの西友で同じものを980円で売っていた。西友はゴムが良質でまったく違うのだと言うかも知れない。しかし私は両方共しっかり触りいじった。どう考えても10倍の値段はおかしい。勘違いした店はこんなことをする。でも西友の客がそれをその値段で買うのなら私が文句を言うべきことではない。このショッピングセンターに関しても同じ。いやなら買わなければいいのだ。明日の朝になれば市場が開く。



 ひと晩読書を我慢して、明日の朝、市場で買えば10元ですむ。いや我慢しなくてももうひと晩懐中電灯読書をすればいいことだ。だが私は我慢の利かない性格であり、これは絶対にしてはならないことなのだが、「まあ高いといっても千円だからなあ」と思ってしまった。正しくはいま欲しくて堪らないから自分にそういう言い訳を思いついたのだろう。65元で買ってしまった。

 さて結果としての使い勝手。
 たしかに両手が自由になり懐中電灯と比べたら快適だったのだが、やはり頭に負担が掛かる。頭にこれを附けて本を照らしつつ1時間も読んでいると額のあたりがこってくる(笑)。疲れてくる。なにやってんだ、オレ……と疑問が湧いてくる。
 でもまあこれを附けて読んだ本もそれはそれで思い出。

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 期待外れですまんな(笑)

 ミャンマーとの国境が近いせいか県境には麻薬の密輸を取り締まる検問所がある。そんな兇悪なヤツがいるとも思えないが、警官は防弾チョッキを着用し小銃を持っている。気分のいいものではない。写真を載せたいが撮れない状況であるのは言うまでもない。

 外国人の私はいつもここで厳重な取調に合う。他の乗客が身分証明書を見せるだけなのに対し、私は下車しパスポートナンバーとビザナンバーを控えられ、身体検査をされる。荷物もすべてチェックされる。私一人のチェックのために15分は待たされることになり、バスの乗客は私のことを「あいつはいったいなんなんだ」と白い目で見る。云南にいてもっとも憂鬱に感じる時間である。

 私の小説本を見つけると興味深げにページをめくる。
 デジカメを見つけると、必ずディスプレイで写真を見せろと言う。しかしこの辺は取調というより若い警官達の好奇心であることは見えている。
 数人が集まり、私がモニターに映す写真を興味津々で覗きこむ。日本人はいったいどんな写真を取っているのかと。

 すると蚊取り線香や、こういう懐中電灯の写真が出て来る(笑)。みな戸惑う。キョトンとした顔をする。なぜデジカメに蚊取り線香や懐中電灯、天井の電灯の写真が写っているのか理解できないのだ。そりゃできんわな。「なぜこの日本人は懐中電灯や蚊取り線香の写真を撮っているのだろう? もしかして重大な意味があるのか?」と考えてもなにも思いうかばない。うかばないはずだ。なにもないのだから。

 かといって「こんな写真を取ったのでカメラを没収する」とも言えない。困ったような顔をして、「ああ、あの、もう行ってもいい」と言う。私はこれみよがしに作り笑いを浮かべて謝々と言う(笑)。



 × 離れない蚊取り線香

 蚊には悩まされた。刺されて痒いのもそうだが、私は眠っていても耳許であのプ~ンという羽音がするだけで目覚めてしまい気になって眠れない。むしろこっちのほうが問題だ。実際に刺された箇所の痒みはそれほどでもない。羽音が聞こえなければ眠っていられたかも知れない。とにかくあの羽音はいやだ。
 といってなんでもかんでも音に敏感なわけではない。日本の住まいで道路から聞こえてくるクルマの音などはまったく平気だ。なのに蚊の羽音はちいさくてもすぐに反応する。



 日本の優秀な電池式蚊取りを持ってこようと思っていた。その種の小物を持ちはこぶのが好きである(笑)。タイへも持参した。バンコクの安宿で日本製の電池蚊取りを使うのは日本的快感だった。
 今回は季節的にたいしたことはないだろうと判断し、荷物が毎度のグラムであらそうような状況だったので断念した。

 妻の家にいるときはマット式の電気蚊取りがあった。広いコンクリート土間と寝室をそれひとつで兼用していた。やはりひとつでぜんぶをカヴァーするのは無理らしく、深夜、羽音に悩まされた。電池式の日本製をもってくればよかったと悔やんだ。



 写真の蚊取り線香は町の旅社暮らし用に買ったもの。値段は3元(50円弱)。日本のこれって今いくらぐらいするのだろう。部屋に液体式電気蚊取りは複数あるがもう何年も使ったことがない。田舎育ちの者としては、夏、蚊取り線香をつけなくてもすむ環境には感嘆している。都会だけではなく田舎でもそうなのだ。逆に考えると、いかに農薬だらけで蚊すら生存できない環境になっていることか。

 利き目はそこそこ。煙の量もにおいも不満はないのだが、またしても雑な作り。蚊取り線香はふた巻でひとつになっている。それが離れないのだ。無理すると折れる。丁寧に切りはなそうとするのだが、けっきょくは折れてしまいボロボロになる。真ん中に線香立てを差して利用は出来なかった。渦巻き状ではなく断片で使用した。

 なぜこういうことに利用者が不満を言わないのか、会社が品質改善に努めないのか、不思議でならない。それは大陸の「おおらかさ」なのか。こんなことに不満を漏らす私が島国根性なのか? 実際これをつけていると蚊は来ず、そのありがたさはおおきい。それこそが大事であり、このふた巻が離れないとか、離そうとすると折れてしまうとかに不満を言う私は心が狭いのか?

 私は「あきらめ」だと思う。こんなものなのだ、というあきらめ。みな「しかたない」と思っているのだ。ひどい国だと思う。こまかなことに気を配り努力する日本はいい。それがまともな国だ。



 この次はこれを持って行く。

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 × 開けられない接着材

 二液を混ぜるタイプの接着材。工作が好きなので日本でも愛用していた。日本のは「エポキシ系接着材」と呼ばれていたが、臭いからしてそれとはちがうようだ。エポキシ系は交ぜると白濁するがこれはしなかった。値段は2元(30円強)。

 この種のものはフタの内側に尖った突起があり、それで開封して使う。(へたくそな解説でわかりづらいが使ったことがある人はすぐにわかることなのでよしとする。)

 ところがその突起で蓋で開けようとしたら、蓋に附いているその突起がふにゃふにゃで開けられない。強く差したら潰れた。呆れた。目が点になった。どうせろくでもない商品なので一度使ったらだめになるだろうと思っていた。使い捨て感覚である。でもそれ以上だった。一度どころか開封する前に使えなくなったのだ。

 なんでこの国はこんなに「安かろう悪かろう」なのだ。消費者は怒らないのか。生産者は品質改善の努力をしないのか。生産した自分の品物を売る前に確かめてみれば、まともに開封できない缺陥品であることにすぐに気づくだろう。ポッチの材質をすこし固い物にすればすぐ解決する。なぜそれをしないのか!? 理解しがたい杜撰さである。

 こういう形の接着材を作り、製品の使用感を確かめれば、穴を開けるはずの突起が硬度が足りず穴を開けられない、使用できないとすぐに気づくはずなのだ。なぜそれをしないのか。それは商人の基本ではないのか。

 しないんだろうな、思えばこの國で、「買ったら着る前にボタンの取れた服」なんてのはざらだった。糸がほつれていて取れてしまうのだ。ひどいのはそれなりの値段をする上着(ジャケット)を昆明のデパートで買ったら、ポケットが抜けていたことがあった。右手をポケットにいれたらズルっと下まで抜けて手が出た。ポケットの下が縫い忘れてある。だからやっぱり「出来上がった商品をチェックするということをしない」のだろう。



 日本の100円ショップの品はほとんどが中国製である。みなきちんした作りだ。安物だから値段にあった品質だけれど、すくなくともこちらで出会うようなとんでもないものはない。それは日本人が品質管理をきちんとした中国の自社工場で生産したり、生産品を買いいれる場合でも、製品の質に厳しく意見を言って監督するからだろう。日本で売られている中国製品と同じ感じでこちらの品を買うと激しく落胆する。いや憤怒する。

 それは「言えばやる=言われれば直す」「直さないと売れない=売るためなら改良する」であり、蚊取り線香でもこの接着材でも雑な作りのいいかげんなものが通用しているのは、「文句を言われないから」であろう。中国人だって文句は言いたいのだ。そういう「文句を言うシステムがない」ということなのか。それが一党獨裁共産党が指導するエセ資本主義の限界なのだろう。

 妻の言う「中国製電池は二、三日でなくなる。外国製は一週間保つ。日本製は1個月保つ」に答があるように思う。中国製は品質が悪い。その代わり安い。日本製は品質がいい。でも高い。安いものは悪い、良いものは高い。良いものが欲しければ高い金を払え、というシンプルな結論。資本主義の真髄でもある。その意味では中国は真の資本主義感覚であり、人民はそれを理解しているとも言える。言えるのか?

 だがだからといって安いものが粗悪品であってよいということはない。簡単にきれいにふたつに分かれる蚊取り線香が発売されたなら、ひとはみなそれを買うようになるだろう。それが企業努力であり、ただしい商売の競争はそこにある。

 この問題の根源は、「共産党一党獨裁の弊害」か、それとも「漢民族のずぼらさ(=おおらかさ)」のどちらなのだろう。



「白物電気(洗濯機、冷蔵庫等)」の生産で中国は世界一である。日本やアメリカのような先んじた国々へも輸出し売れているのだから、その種の製品をこまめに見れば、日本的な細かな機能をあれこれつけて、それで差をつけようとしている製品も多々あるのだろう。そうでなければ他国では勝ちぬけない。その気になれば漢民族はなんでもやる。

 と書いて気づく。そういうことか。「その気になれば漢民族はなんでもやる」のである。それは「その気にならないとなにもしない」ことでもある。蚊取り線香を分離しやすくするとか、接着材を開けやすくするとかの努力は、大金につながらないからどうでもいいことなのだろう。それにしても「日本人である私」には耐えがたい不快さだった。

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 そもそもこの接着材を買ったのが、「買ったばかりのバイクリヤカーがあちこち壊れるから」だった。鍵の差し込み口のカバーとか、そこいら中の装着品が走っているとポロポロこぼれ落ちる(笑)。それを修理するために買った。
 なんでもうすこしきちんと仕事をしないのだ、もっと自分達の作る商品に責任をもてと腹が立つ。写真のように一応見た目はいいのだが、それこそベニヤ板で作った舞台セットのように、裏から見るとひどい作りなのである。

 これも蚊取り線香や接着材と同じで、自分達の作った製品を使用して確認していないのだろう。なにしろ「買ったその日に動かなくなった」のである。それも後輪のクランクシャフトが外れて車輪が回らなくなるという大缺陥だった。妻と二人ひとの通らない山道で、さてどうしようと途方に暮れた、日も暮れた。その後、真っ暗な道を10キロ以上押して帰った。あの苦労は忘れがたい。なにしろ「買ったその日」なのである。

 とすると、上記の「蚊取り線香のような安い商品だから品質改善の企業努力をしない」は当たらないことになる。中国においてバイク生産はいま伸び盛りの大きな産業である。値段も高い。なのにこの雑な作りだ。お国柄、と割り切るべきなのか。

 ちかくの町はいたるところ「携帯電話屋とバイク屋ばかり」である。これは笑える。いくら伸び盛りの商品、儲けのある商売とはいえ、ちいさな町にあんなに乱立しては潰れるのは目に見えている。バカとしか思えない。でも目先の儲けがあったらまず飛びつくのが漢民族の鉄則なのだろう。
 「バイクの修理屋」も異様に多い。以前とは違い、いまはもうそこいら中バイクだらけだから当然のようだが、それでも冷静に見れば、やはり異常な数だ。それはまた「それだけ故障するから」なのだろう。

 このバイクリヤカーは農作業にも役立つからと妻が欲しがったので買った。私はふつうのバイクが欲しかった。その場合、中国製よりもずっと高いけれどHONDAを買おうと思っていた。HONDAのバイクをばらして部品一つ一つをコピーして作りあげたのが中国製バイクだ。その廉価さで東南アジア諸国を席巻しHONDAは危機に陥った。たしかいまではもう諦めたというかHONDAも中国製部品を使うようになっているのではなかったか。

 話が拡がりすぎとりとめがなくなってしまった。とにかくまあ中国の品は信用できない。しかし日本人が指導している品は信用できる。そういうことだ。
 蚊取り線香も、渦巻き型で切りはなせずポキポキと折れてしまっても、蚊が殺せればいいというのが大陸型の発想であり、「なんできれいに切りはなせないんだ!」と怒る私は島国根性なのだろう。

 △ 中国製乾電池

 まだ使っていないので評価は△と保留しておく。値段は1本2.5元。45円ぐらい。2本で5元、デジカメ用に4本買って10元。持参した日本製電池が切れかかったとき、中国製品では比較的これがよいと妻が推奨したので買った。あちらの人には値段の高い高級品になる。



 毎度書くけれど、私の妻は少数民族のタイ族である。中国籍ではあるがいわゆる支那人、全中国人の98%を占める漢族ではない。その漢族にいじめられている少数民族だから、中国に対する思いは複雑なのだが、基本的には漢族の教育を受けてきたから毛沢東崇拝であり中国万歳である。だから私が中共の悪口を言うとふたりの仲は気まずくなる。周囲にはコウタクミンの言った「あと50年もすれば日本なんて国はなくなっている」を信奉し、妻にそれを行ったりする漢人もいる。中国びいきではあるが日本人の妻でもある彼女は、日々その真ん中で戸惑っている。

 でもひとことでいえばやはり妻は中国びいきである。育ってきた国であるのだから当然だろう。日本人のように日本で育ちながら日本の悪口を言う国民が異常なのだ。
 たとえば飴ひとつをとっても、どう考えても日本のものの方がうまいのだが、中国製の方がいいと言いはって聞かないようなところがある。
 そういう妻だが、こと電池に関しては体験から一切文句を言わない。日本製を絶讃する。それはもう私のあげたウォークマンのような電化製品で、中国製は二日で切れる、日本製は一ヵ月保つ、をさんざん体験すれば愛国心とはまた別の感覚が芽ばえるのだろう。こと電池に関しては言いあらそったことがない(笑)。



 この種のデザインには黒と黄色というPanasonicを真似たデザインが多い。私はPanasonicファンなのでニセモノとわかっていてもこの色合いを見ると安心する。

 でもこれからも電池は日本製を持参したい。衣類はもちろんPCからDSまですべてMade in Chinaだ。せめてひとつぐらい日本製を持っていないとさびしくなる。安く買えて確実に日本製というと私の場合電池ぐらいしかない。

 さいわいデジカメでは帰国ギリギリまで日本製電池がで踏んばってくれた。この電池は使わずに妻にあげてきた。日本にいて、そこいら中中国製品に囲まれて暮らしている。なにも中国からわざわざ中国製品を保ってくる必要もあるまい。

× 目覚まし時計

 帰国便の出発が朝八時だった。早い。空港に朝の六時に行くことになる。まだ真っ暗である。この時期、云南の夜明けは朝七時過ぎだった。

 持参した携帯電話にアラーム機能があった。モーニングコールを頼むことも出来る。しかしケイタイのアラームなんて普段使ったことはない。何度か実験してみた。出来た。私は機械音痴ではない。だが実験すればするほど不安になる。寝過ごして飛行機に乗り遅れる悪い予感ばかりが増大する。中国のホテルのモーニングコールも不安だ。

 万が一を思いこれを購入した。帰国一週間前である。何度も時刻設定して、まともに動くかを確認する。値段は12元。200円。でもこれも日本人なのでぼられたらしい。ほんとはもっともっと安いようだ。今回中国のインフレを書いているが、この種の製品の値段は安定していた。とにかくおどろいたのは衣類だ。



 昆明の旅社では無事ケイタイもこのアラームも鳴ってくれて、遅刻することなく飛行機に乗って帰国できた。というか私は緊張のあまり目覚ましが鳴る前に起きていた。しかしこれがなかったら一睡も出来なかったろうから価値は絶大である。

 色もデザインも気に入っていたので愛用したかったが、帰国してすぐ赤い秒針が動かなくなり御臨終。ほんと、中国製は壊れるのが早い。

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