xishuangbanna
    


↑西双版納の打洛。いいとこです。

 二十年ほど前だろうか、中国雲南省にあるタイ族の自治州、西双版納という地名を覚えた。中国のガイドブックで知ったそれには「シーサンパンナー」とカナが振ってあった。

 タイにすこし関わるとタイヤイという言葉を知る。現在のタイ王国を築いている人々は源流から南下してきた小タイ族であり、それをさかのぼったミャンマー、シャン州の人々はタイヤイ=大タイ族と呼ばれるという。

 私はバンコク時代、初めてタイヤイというコトバを知ったとき、それを「タイ人とミャンマー人のハーフ」と間違って覚えてしまった。初めてタイヤイというコトバを聞いたのは(ごく一部のマニアには有名な)ジュライホテルのポンからだった。彼女は自分をタイヤイだと名乗り、ミャンマーとタイのハーフだと言ったのである。そのことからタイヤイとはそういう意味だと誤解してしまったのだった。ポンのほうにその意図はなかったろう。タイ語を知らなかった私の勘違いである。
 チェンマイに居着くようになると、気に入った娘がみなタイヤイであるものだから、私にとって〃美人の産地〃シャン族の都・チャイントンはあこがれの地となった。ちょうど時期的にチェンマイの娼婦館に、地元のチェンマイ娘、チェンライ娘よりも、シャン州からの出稼ぎ娘が増えつつある時期だったこともあろう。とはいえそんなことを差し引いても、シャン州の娘は最高にかわいかった。その評価は今もかわらない。

 ここを読んでいる友人はそんなことは知っている人ばかりだが、すこしだけ関係ない人もいるので念のために説明しておくと、ミャンマーは多民族国家である。ミャンマー美人というとスーチーさんタイプを思い浮かべるだろう。それはそれで正しい。ただタイヤイであるシャン族の娘はチェンマイ娘、チェンライ娘に通じる、色白で小柄なかわいいタイプであってスーチーさんタイプとはまったく異なっている。元々がまったく別個のシャン王朝なのだから民族の流れが違う。

 この辺の出稼ぎ娘の流れというのもおもしろいもので、タイという国が経済発展するにつれ、チェンマイ美人は地元の安娼婦館からグレードアップして、バンコクのソープランドのようなところでより高給を取る身分になってゆく。空いた穴を補填するように地元の安娼婦館には身分証明書もなく言葉も不自由なミャンマーからの娘が入ってくるのだった。

 当時、チェンマイには、日本人が俗に「ビルマ屋」と呼ぶミャンマーの娘だけの娼婦館も多かったものである。また大きな娼婦館では、当然のごとく「地元チェンマイ組」「チェンライ組」「ミャンマー組」と、それぞれが住居を別にして不仲なのだった。

 いつも「ミャンマー組」の気に入った娘のところに通っていた私は、ある日その娘が見えないので、「チェンマイ組」のところに行き、そこの個室でビールを飲んでいた。するとしばらく後、そのいつものミャンマー娘が(彼女が外出していたのか、他の客を取っていたのかは記憶にないが)、「あたしの日本人はどこにいる!」と「チェンマイ組」の館に乗り込んできたことがあった。
 廊下の騒々しさに、ドアから顔を出すと、血相を変えた彼女が私を捜し回っているのだった。私を見つけ、チェンマイ娘の部屋に飛び込んできた彼女は、腕にカミソリを当て、切って見せた。血が滲んだ。まあ、ためらい傷のようなものであるが、男に対する心意気である。自分は娼婦だがそれだけの気持ちであんたに接している、あたしのその覚悟がわかるか! という問いかけであろう。
 当然のごとく私はチェンマイ娘とはなにもせず、服を着たままビールを飲んでいただけだったから修羅場にはならなかった。「一軒にひとり」は基本中の基本である。
 それがどこまで本気だったのか、遊女とのただのお遊びであったのか、そんなことはどうでもいい。私のようなものには、そういうまるで大江戸のような遊びが出来ることが楽しかった。
 私や友人のミャンマー娘との物語はまたあらためて書くことにして。そういうミャンマー娘の故郷であるシャン州の首都・チャイントンはあこがれの地としていつも輝いていた。


 そうしてそのシャン州をさらにさかのぼったタイ族の源流が、雲南省にあるシーサンパンナーという地なのだと知る。いわば大河の最上流、渓流のせせらぎである。私の中でそれは、チャイントンを超えた幻想として膨らんでいった。
 音楽を吉田拓郎から始め、そこから彼が真似たボブ・ディランを知り、さらにボブ・ディランに影響を与えたR&Bを知り、そこから遡ってデルタブルースを知ったにたとえるなら、タクローがバンコク、チェンマイはディラン、チャイントンはR&B、シーサンパンナーは究極のブルースに匹敵するのだった。あたしのなかでは(笑)。

 なにしろ西双版納という中国地名はシーサンパンナーと読み、タイ語から来ているのだという。タイ語でシーサン=13,パン=千、ナー=たんぼ、で、13かける千で13000の田んぼ、日本語で言うなら加賀百万石みたいな意味であるらしい。かつてのチェンマイ王朝の名はラーン(百万)ナー(田んぼ)王朝である。チェンマイ語もラーンナー語という。文字通り百万石だ。それと同じ地名の由来なのだろう。

  これはずっと後に知ることだが、メコン川の源流である雲南省を流れる瀾滄川の瀾滄(ランチャン)も、タイ語のラーン・チャン(百万の象)に漢字を当てはめたものなのだった。その他、シーサンパンナーにはタイ語に漢字を当てはめた地名やものがたくさんあるのだが、これは後に知ったことであり、また別項で書くことにする。
 ともあれそんなわけで、タイが好きになればなるほど私のシーサンパンナーに対するあこがれは膨らむ一方だった。そうしてやがてたどり着き、とうとうそこのタイ族の娘と結婚までしてしまうのだが、それは先の話。今ここで書こうとしているのは別のことになる。

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↑田舎駅で見かけた案内図

 さて拙稿で書こうとしているテーマはその「シーサンパンナー」という発音についてである。それが正しいかどうかだ。上記したように私はシーサンパンナーと覚え、その意味を「13の千の田んぼ」と理解していた。今もそう発音する人は多いだろうし、シーサンパンナーはシーサンパンナーで正しいのだが。

 初めて妻から「シップソンパンナー」と聞いたときの衝撃は今も覚えている。妻の家から、小旅行として今じゃ目をつぶっても歩けるほど詳しい景洪(じんふぉん=シーサンパンナーの首都)に初めて行こうかと思ったときだった。思わず「えっ?」と聞き返してしまった。
 シーサンパンナーのシーサン=13を、源流タイ族の妻はシップソン=12と言ったのである。言おうとして言えるものではない。地元タイ族の人にとってシーサンパンナーはシップソンパンナーなのだった。単純な話かもしれないが、私にはとんでもなく意外だった。
 シップソンとはタイ語で12のことである。つまり「13の千の田んぼ」に対し、妻は「12の千の田んぼ」と言ったのだ。数字がひとつ違う。一万三千石が一万二千石に目減りしてしまった(笑)。

 どっちが正しいのだろう。タイ語の××××に漢字を当てはめたコトバである。漢字には意味がある。じっと観る。西双版納である。西がシー、パンの版、ナーの納もわかる。問題は「双」だ。これをどう発音するか知らないが、日本人ならすぐにそれが「双子」に代表されるように「ふたつ」の意味であることがわかる。だったらこれは「サンの3」よりは「ソンの2」のほうが明らかに意味として通っている。

 それでもまだ私は半信半疑(という言いかたもおかしいが)だった。妻の発音は新鮮だったが、とりあえず人と話すときはシーサンパンナーと発音していた。私の知る日本人が、行ったことのある人もない人も、みなシーサンパンナーと発音していたこともある。

 ところが、チェンマイの中国領事館の女性係員と話しているとき、彼女がやはり「シップソンパンナー」と言ったのである。あれもおどろきだった。意味としてそちらが正しいとわかっても、まだ心の片隅に妻の地域の訛りのように思う部分があった。そうではないと確認する。西双版納はタイ人にとってはシップソンパンナーだった。

 この領事館の女性はきつい顔をしているのでてっきり支那人だと思っていたのだが顔なじみになり世間話をするようになったらタイ人だと知った。中国領事館に勤めているとタイ人も中国的な顔になってしまうのであろうか。これも不思議である。こういうところで仕事をしているのだから、かなりいいところの娘さんなのだろう。
 その彼女と妻の住む地域の話をしていたら、彼女もはっきりと「ああ、あなたの奥さんはシップソンパンナーの人なのか」と発音したのである。以後私は、西双版納はタイ語ではシップソンパンナーと発音するものと解釈して、そう言うことにしている。
     
↑建物は打洛のイミグレ。ここを通り抜けれはミャンマーのチャイントン、タチレク、川を渡ってタイのメーサイと行けるのだが、ミャンマー人、中国人以外には開放されていない。なんとも悔しかった。

 思うにこの日本製ガイドブックにおける誤解というか勘違いは、ガイドブックの著者が、中国語の西双版納の発音、XISHUANGBANNA(シースアンバンナ)を、「シースアン=シーサン=13」と、半端知識でタイ語に当てはめ、それがこんがらがったものなのだろう。今となっては確かめようもないが十五年ぐらい前のガイドブックには、たしかに「シーサン(13の)」と説明してあったのである。

 私個人の勘違いは、そういうガイドブックを読んだからであったが、マージャンに十三不塔(シーサンプトウ)という役もあってシーサンという中国語になじみがあったことから来ていた。どう考えてもシップソンよりはシーサンのほうが発音しやすい。

 チェンマイの西双版納に遊びに行くようなお金持ちタイ人はどう発音しているのだろう。まず間違いなくシップソンパンナーだとは思うが、そのうちチェンマイ在住のタイ語上手である、あいさんのお智慧を拝借して附記を書くことになるだろう。いずれにせよ、西双版納の「西双」の意が、13ではなく「12」であることは間違いあるまい。
(書き始め01年10月。アップ03/3/30)


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