拉致の拉は引っ張るのラ

『お言葉ですが…』の一章に「大学生らイタされる」というのがある。こういう凝ったタイトルの意味は最初「えっ!?」と思い、読んでから「なるほど」とうなづいたりするものだが、これはすぐにわかった。私もこの種の新聞用語にはかねてから不満を持っていたからである。

 「拉致」である。「拉」が限定漢字に入っていないので「ら致」になり、「大学生拉致される」が「大学生ら致される」になる滑稽さを嗤ったものだった。
 ここで高島さんは「なぜ"連れ去られる"ではだめなのか、どうしてそんなことばを使いたがるのか」と疑問を呈する。以前は『誘拐』が多かったがこのごろは使わないようだ。そりゃあのことばは子供に使うものでおとなにはおかしいだろう、と添えて。

 が、それだけじゃ表層的な批判でしかない。なぜ「拉致」ということばを、ひらがな混じりの「ら致」なんてみっともない形にしてまで新聞は使うのだろうとなり、ここからが高島さんの本領発揮で、「拉致」ということばは、いつ生まれ、いつ頃から使われ始めたのかと、その歴史を遡って行くのである。



「拉致というのは漢語ではなく比較的新しい日本で作られた和製語である」から始まり、「拉という字が支那の文献に見え始めるのは清代末期十八世紀以降」となり、「日本の漢字使用法はほぼ平安時代にかたまっているから、この字に用法がないのは当然である」となって行く。いやはや勉強になる。

 そして、日本ではこの「ら致」ぐらいしか使われない珍しい漢字の「拉」は、中国ではありふれた日常語なのだと紹介され、その意味は「引っ張る」なのだと書いてある。さらに、ではなぜ、どのようないきさつで「拉致」ということばが出来たのかと、ここからは高島さんの想像が働いて行く。それは本を読んでください。一気に戦争が絡んでくる。

 「拉致」ということばは知っていた。けっこう使ってもいた。高島さんはこういう意味のない漢字をやたらに使いたがる=それが高級だと思っている新聞記者の感覚を嗤っているが、私はちょうどその新聞記者レヴェルだった。連れ去られるではなく拉致を使いたがる気持ちもまたよくわかるのである。

 それが「ら致」になってしまう新聞用語は嫌っていたが、それ以前に拉致の拉が、「引っ張る」という意味だとは知らなかった。拉致ということばの意味は知っていても、拉の字の意味など考えたことがなかったのである。だからだろうか、そのことが妙に心に遺っていた。そうして出会ったのが下の写真である。





これは昆明のデパートのドアである。おお、たしかに「拉」はPullなのですね。思わず写真を撮ってしまいました。なかなかこんなものの写真を撮るヤツもいないでしょう。私も『お言葉ですが…』を読んでいて、そのことが心に遺っていなかったらこんな写真は撮りません。
 時は01年の七月です。この写真を撮ったとき、今ここに書いている原稿は書き上げたことになります。


さてここで問題です。
 拉致の「拉」が引っ張る=Pullなら、おす=Pushはどんな漢字でしょうか。

 日本と同じ「押」ではないんですね。
 なんでしょうか?
 答は推薦の「推」です。
 今度看板を見かけたら撮ってきます。(01/10/28)





 というわけで、上記お約束しましたように「推=Push」を見つけたので撮ってきました。これは02年1月23日に景洪の郵便局で取った「おす」の写真です。
 ついでに銀行で、こんなかわいい「拉」も見つけました。こういうのが現れるということは、中国もサーヴィスとか自由主義的競争に目覚めつつあるということですね。
(02/1/24 景洪にて)






 英語よりも中国語よりも日本語!?

 2009年のダウンタウンマツモトヒトシの番組。「細かなことに腹が立つ」というコーナーで、彼が「英語は押すも引っぱるも似てるでしょ。PullとPushでPuまで一緒や! まぎらわしい!!」と怒っていた。なるほど。
 中国語も「推」と「拉」で手偏まで一緒だから似ている。その点日本は「押」と「引」で見た目にも識別しやすい。よいことである。

 これで思い出すのは年号のこと。明治大正昭和をM.T.Sで表すことが多いので、昭和の次はこれらと別になるように考えられていたとか。こういうことへの気配りがいかにも日本人らしい。よっていくつかの候補の中からHである平成が選ばれた。
 M.T.S.Hと来ているから、次の年号有力候補の頭文字はK,N,Yあたりになる。(09/12/5)


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