(中国の妻の実家で。ThinkPadと『お言葉ですが…』)

2000年の春、旅に持っていった何冊かの文庫本の中に、高島さんの『本が好き、悪口言うのはもっと好き』(第11回講談社エッセイ賞受賞)が入っていました。その時点では、それは出発前に購入した何十冊かの文庫本の中の一冊でしかなく、旅に随行する一冊に選ばれたのも「むずかしそうな内容なので何度も読まないと理解できない=旅先で長持ちする」という、ある種うしろむきの理由からでした。私は意図的にこの種の本を旅先に持ってゆきます。勉強せねばと思いつつなかなかしないジャンルの本とかです。怠惰な私も旅先で本に餓えると、あまりおもしろくないそれでもないよりはましと何度も読みますから、勉強にはうってつけなのです。高島さんの本も当初はそんな一冊の候補でした。

 ところがこれが李白や杜甫のことなど学術的なことを扱っている内容なのに、おもしろくてさくさく読め、あっという間に読み終ってしまったのです。意外でした。簡単に読めてしまったので期待外れともいえます。でも本当のすごみはこれからでした。私は一度読んだ本はほとんど読みかえすことはないのですが、旅先で無聊をかこっていたこともあり、もういちど読んだのです。すると、またあらためて発見するおもしろさがありました。三度目、四度目と続きました。そのことがなんとも新鮮でした。

 おもしろい本や勉強になる本はいくらでもありますが、高島さんのこの一冊が私にとって特別だったのは、「テーマをふくらましてくれる」ということでした。そこに書かれていることが貴重な興味深い、専門的知識をお持ちのかたによる学術開陳であることはもちろんですが、それ以上に、高島さんの本を読んでいると、「それがそうなら、じゃあこれはどうなのだろう!?」と思わされ、いつしかべつのことを考えていることが多いのです。それはこちらの想像力を刺激してくれるということです。

 旅先で読んだ本は縁のあったところに置いてくるようにしています。たとえば日本人がよく泊まるという旅社とか。
 高島さんの本にそれだけ感銘を受けたなら、後に続く旅人のためにもぜひともそうすべきだったのですが、この一冊に限ってはその気にならず、何十回も読んでよれよれになった文庫本を、私は日本に持ち帰って来ました。それは、その「じゃあこれはどうなのだろう!?」という本から受ける刺激が、それだけ読んでもまだ出尽くしていなかったからです。
 それまでも高島さんの文章は『週刊文春』の『お言葉ですが…』で読んでおり、そこそこのファンだったわけですが、旅先でこの文庫本から受けた刺激はまた格別のものでした。

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今夏(2001年)、私は『お言葉ですが…』の第一巻と、第二巻『「週刊文春」の怪』の二冊を持って雲南に渡りました。そして、実に中国での二十日間、私は毎日この二冊を読んでいたのです。でもそれは意外ではありません。私は『本が好き……』で、高島さんの本の楽しみ方をもうマスターしていたのです。この二冊さえあれば二十日間などあっという間だと確信していました。

 旅先で私は日記をつけます。といってもなにをしたこうしたという日常の記録は書きません。あくまでもこれは物書きとして、毎日文章を書いていないと頭が鈍ってしまうというトレイニングの代わりです。今回の旅では、日記と題した文章を二千枚ほど書きました。たいしたことではありません。運動選手にたとえるなら毎日缺かさずランニングをしていたというぐらいの意味でしょう。そのことに、毎日刺激を与えてくれたのが高島さんの二冊の本でした。



餘談ながら、私の文章には「原稿用紙にして三百枚になり」のような数字がよく出てきます。これ、思いつきでいっているのではありません。概算でもありません。正確な数字です。
 テキストエディター(パソコン上で文章を書くソフトウェアですね。色々な種類があります。あ、そんなことも知らない人がいまここを読んでいるはずはないか。いやいるんですよね、世の中には『MS Word』しか使ったことがないって人も)のすぐれものには、ふつうに文章を書いていると、いつでも現在四百字原稿用紙にして何枚目であるかを表示してくれるものがあります。私が旅日記をつけるのに使用するのは『QXエディター』ですが、これにもその機能が附いています。

 私は、旅先で毎日日記をつけつつ、「おお、きょうは三十枚書いたぞ」とか「きょうで通算五百枚突破だ」とか思いながら書いていました。ですから私の書く「チェンマイ日記1999夏は七百枚ほどで」のような言いかたは雰囲気だけのことばではありません。割合正確な数字です。

 今夏の「2001年夏旅日記」は、正確には四百字詰め原稿用紙に換算して2152枚でした。
 それはさておき、閑話休題ですね、本題にもどります。そういえばこの「閑話休題」の話も『お言葉ですが…』の一項にありました。


その日記をつけるときにも、とにかく『お言葉ですが…』をパラパラとめくると、その度に刺激を受け、いくらでも書くネタが浮かんでくるのでした。

 『お言葉ですが…』は、高島さんという中国語の先生が書く、「学者の調べもの文章」です。あれこれと辞書を引き文献を当たり、調べられたことが積み重ねられて構成された極めて密度の濃い文章です。パソコン的にいうなら、一枚のフロッピーディスクでありながら、圧縮されたおもしろソフトがいくつも詰まっていて、解凍すると次から次へと新ネタが飛び出し、何倍にもふくれあがるというような奥深さとなっています。

 二冊の『お言葉ですが…』は、毎日読んでいるのに、二十日間私を飽きさせることがありませんでした。
 その旅先で書いた原稿用紙二千枚の日記の中には、「そういえば『お言葉ですが…』の中にこんなことが書いてあったが……。」というような表記がやたら出てきます。話の糸口です。
 このホームページに雑文を書く際にも、「というのは高島俊男さんの『お言葉ですが…』からの引用だが」のような言い回しがやたら目立つので、だったらそれらを全部まとめてひとつのコーナーにしてしまえとしまえと思い作ったのがここになります。
 よくあることのようですが、私にとってひとりの人にここまで心酔することは極めて珍しいことです。二十歳のころの筒井康隆以来かも知れません。

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私は毎週『週刊文春』を買っているので、高島さんの『お言葉ですが…』は、連載開始の1995年夏から読んでいました。しかし缺かさず読んでいたかとなるとそうでもありません。さっとタイトルを見て、興味のないテーマだと読まないこともありました。
 これは、熱心な読者としてはおかしいと思われるかも知れませんが、最初に読んだころから「あ、この人は信用できる」と思ったので、とりたてて応援(?)する必要もなかったし、夢中で追いかけることもしませんでした。

 ごく初期の作品に『はだ色は差別色?』というのがあります。ここには高島さんの世界観とか考え方とか(それらをまとめてここでは「思想」とします)がすべて出ています。それは私とまったく同じものでした。第一回の『ミズもしたたる美女四人』からすでにそうでした。
 私にとって高島さんというのは、自分と同じ感覚の立派な学者さんであり、心から尊敬し共感しているけれど、私のボンクラ頭じゃついて行けないむずかしいテーマを、熱心な読者とやり合っている遠い人というイメージでした。信じている人だから、毎週やっていることをこまめにチェックしなくても安心していられるのです。いてくれれば、それだけでいいという存在です。今にして思えば、これはもったいないことをしていました。毎週おもしろい問題を投げかけてくれていたのに、私は気づきませんでした。

 というのは、私は雑誌や新聞を異常に数多く読むので、一誌(紙)につきひとつかふたつの記事しか読まなかったりするのです。ですから『週刊文春』でも、巻頭のスクープらしい政治的な記事だけを読み、目次で高島さんがまだ無事に連載していると確認するだけで安心し、肝腎の本文は読まないままということがよくありました。
 そこで投げかけられる日本語の問題に関して、それなりにわかったつもりになっていました。ですから単行本はもっていなかったのです。

 今回単行本や文庫本をまとめて購入し、それで知ったのですが、週刊誌に連載されたものに読者からの意見が寄せられ、それらを附記として各項の後にまとめてあるのが単行本です。この附記に価値があるので週刊誌を読んでいても単行本は買わねばなりません。
 さらにその単行本を読んで寄せられた意見も含んでまとめたのが文庫本の附記になります。週刊誌上で高島さんがまちがったことを書いてしまい、博識な読者から意見され、修正したと単行本に書いてありますが、そこからまた一転して実は自分のほうが正しかったなんてことが文庫本にまとめてあったりします。この単行本と文庫本にある微妙に違っている附記の《あとからひとこと》が抜群におもしろく、価値があるので、両方とも買わずにいられません。

そういうわけで、その他の高島さんの作品もぜんぶ読みました。まさに座右の書となりました。最新刊の『漢字と日本人』(文春新書)をいま読んでいるところです。

 この写真は、雲南の妻の実家で、庭の水牛の前に、その二冊の文庫本を差し出させて撮った写真です。高島さんの本は私のような読者によって世界中を駆け回っているでしょうが、中国の南部に限っては、私が極地なのではないかと思い、この写真を印刷してお送りしようかなと思うこのごろです。
(01/11/11)


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