競馬雑記

2004


04/1/26
 イントゥザグルーヴ──かっこいい馬名

 日曜日、武豊を鞍上にデビュ戦楽勝したと知る。馬名もデビュもなにもしらなかったからかえってうれしかった。
 3年前、エアグルーヴの初子がアドマイヤの近藤利一さんに買われたと知る。またも馬名はアドマイヤなんとかかとイヤになった。当然第一候補はアドマイヤグルーヴになる。ベガの仔もアドマイヤベガなのだからそれに決まっている。

 だいたいが近藤さんはそんなドイツ語(だっけ?)の冠なんかにせずご自分の「リイチ」で行って欲しかった。人気薄で勝つリイチイッパツ。暴走気味に逃げるフリテンリイチ。追い込みのオッカケリイチ。テンパイソクリー。いくらでもいい名前があった。マージャン好きの作家・藤原伊織の本名は利一だそうだ。今までの人生で何千回、いやもう何万回か、利一一発と言われて来たことだろう。ぼくだったらそれがいやでマージャンはしなかったかもしれない。

 近藤さんの馬になったと知り、またもだっさい名前のアドマイヤグルーヴなのかとうんざりしつつ口にしたら、優駿編集者が「今回だけは違い、馬名公募するそうです」と教えてくれた。そうか、あれぐらいのいい馬になったら近藤さんもすこしは考えるのかと見直した。
 ところがデビュしたらアドマイヤグルーヴである。公募は嘘だったのかと思った。飲み会でそう愚痴っていたら、やたらそういうことに詳しい競馬仲間のおばさんが「いや、公募したが、その中でいちばんアドマイヤグルーヴが多かったからそう名つけたそうだ」と教えてくれた。ほんまかいな。いや本当なんだろうけど。アホらしい。

 マイネルの岡田さんが社台から3億で買った馬もマイネルの冠はつけないと言われていた。でもぼくはどうせまた、と思っていた。しかし岡田さんは奥さん名義にして「カーム」とつけた。かっこいい。Calm 静けさ、である。が、だっさい名前のアドマイヤグルーヴは大活躍し、かっこいい名前のカームはいまだに未勝利なのだった。世の中うまくゆかんものだ。

 そのアドマイヤグルーヴの妹がこれである。コトバ遊びの馬名はこうでなくちゃおもしろくない。母のグルーヴの名を継いで、マドンナのヒット曲だ。世界に通じる馬名である。馬主は社台RHなのかな。近藤さんでないことだけはたしかだ。ぼくはエアグルーヴの初子の名前としてこれがいいと思っていた。母の名を継ぎ、それでいて遊んでいる。それがアドマイヤグルーヴになって落胆したのだが妹がそれをやってくれた。
 調べたら馬主はサンデーホース。以前のダイナースである。社台RHの分身。ダイナースの親元が富士銀行からシティバンクになり、外国の銀行傘下では馬主事業は出来ないことから名を変え獨立組織になった。ここも社台RHも馬名はデビュ間近になった3歳(いや今は2歳というのか)時に決める。去年の夏にこのイントゥザグルーヴという馬名は決まっていたことになる。最近そういう情報収集をしていないのでまったく知らなかった。知らなかったからこそよけいにうれしかった。武豊絶賛の大器であるらしい。大成を祈る。

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【附記】カームは岩手競馬に。
 ネットで調べたら中央未勝利のカームは岩手競馬に移っていた。馬主もフツーの人らしい。いったい3億2千万円の馬がいくらで売られたのか。今度岡田さんに尋いてみよう。先日岩手で初勝利をあげたそうだ。読売新聞にドキュメントが連載されていたのでついつい読み込んだ。しかしまあ熱くない文である。もうすこしおもしろく書けないものか。むかしは作家以前の職業は圧倒的に新聞記者だったが今はもう聞いたことがない。対して伸してきたのが広告業界出身だ。理の自然であろう。新聞記者の文は味も素っ気もないもので(事実報道だから味も素っ気もあってはならないのだろう)、それは作家の文章とは正反対にある。わかっちゃいるのだが、こんな高額馬復帰の道というドキュメントをパサパサの文で読まされるとがっかりする。

 興味ある人は読んでみてください。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/iwate/kikaku/013/main.htm

【附記】なかなかうまくゆかんものだ

 05年春、古馬となったイントゥザグルーヴはいまだオープン馬になれず出世できずにいる。もちろんクラシックも出られなかった。ケガによる長期休養があったとはいえ物足りない成績である。
 一方アドマイヤグルーヴは、春こそ惜敗が続き無冠だったが3歳秋にはスティルインラヴの牝馬四冠を阻止してエリザベス女王杯を勝ち、4歳になってからは天皇賞・秋3着のあと、またもエリザベス女王杯を連覇して見せた。見事である。
 これから競走馬として妹が姉以上になる可能性はまずない。母になってからはともかく。
 こうなってくると「かっこいい馬名」も怪しくなってくる。他人様のものによけいなことを言うのはやめよう。
(05/4/5)
04/4/2  深夜の「ハルウララ」番組──踊る世間 
 午後11時半に階下に降りてゆくと茶の間が明るい。何かあったのか、体の具合が悪くなったのかと心配して覗く。いつも父母は10時過ぎに寝る。こんなことはない。
 すると母が嬉々としてテレビを見ていた。隣には父もいる。何事かと問うと父が母に勧められてどこかのテレビ局の「ハルウララ特番」を見ているのだと言った。
 以前も母から武豊がハルウララに乗るそうだなと声をかけられたことがあった。母は私が競馬関係の仕事をしていることを知っている。兄の名が豊であることもあって父母は武豊の競馬を超えた社会的人気にも興味を持っていた。そこまではまあフツーだろうが、まさかあのくだらん仕掛けであるハルウララ人気がこんな田舎のばあさまにまで届いているとは思わなかった。

 武豊が乗るそうだなと声をかけられたときも、その後の彼が乗ったがそれでも10着だったと残念そうに言っているときも、私は母になにも意見を言わなかった。しかし今回の九十と八十四が夜中の11時半にそんなものを見ているのにはあきれ、こんなくだらないものを見る必要はない、こんなのは一部の人間が金儲けのために仕掛けたくだらんものだ、疲れるから早く寝たほうがいいと口荒く言ってしまった。言われた父は母に無理矢理つきあわされていたらしく、そうかわかったもう寝ると応え、さっさと寝る準備をし始めた。競馬関係の仕事をしている私が同意してくれるものと思ったのに口荒く否定された母は意外な顔をしたが、それまで見ていて思ったよりもおもしろくなかったらしく(笑)、しばらくすると明かりが消えたから、おそらく最後まで見ずに消したのだろう。

 母を見ていると女は一生女であると感じる。たとえばああいう年でもバレンタイデーなんてものに興味を持つのだ。とにかくマスコミに踊らされやすい。みのもんたの言う健康法を丸ごと信じている。メモして実践している。もっともこれはオーハシキョセンだって信じたんだからしかたないか。石油ショックの年にも必死にトイレットペーパーを買いに走っていた。父はそんなものなくなったら新聞紙で拭けばいいと鷹揚に構えていた。あんなもの新聞紙がなくなっても手で洗って水で流せばいい。そのほうが清潔で健康にもいい。まったく女ってのは……。いや女にだって父と同じようにそんなものなんとでもなるとどっしり構えていた人もいたろうし、そういう女のような性格の男もいるだろうから女全体を否定するのはやめよう。私の母が踊らされやすい女の典型であるだけか。

 まったくくだらんことが話題になるものである。競馬で勝ち続けることはたいへんだが負け続けることは簡単だ。3連勝する馬はめったにいないが10連敗する馬はいくらでもいる。そんなの人間世界を考えればすぐにわかる。マラソン大会10回完走はたいへんだが100回途中棄権は申し込みさえ繰り返せば誰だってできる。そんなの記録じゃない。まったくもってくだらん。
 じゃあ今までなんでハルウララのように100連敗もする馬がいなかったのかと言えば(私の記憶でも3頭いるからもっといるだろう)、そこまで負け続ける前に競馬世界から消え、この世からも消えるからである。それが優勝劣敗、淘汰世界である競馬の基本ルールだ。かつて100連敗した馬がまったく話題にならなかったのに今回こういう騒動になったのは仕掛け人がいたからである。80連敗前後だったか。こりゃ商売になると目をつけた。もしもその仕掛けがなかったらこの愚かな騒動はなかったしハルウララはもうこの世にいなかったろう。ではハルウララという一頭の馬が生きているだけでもよかったかと思うかというと、そうもまた思わない。

 年に1万頭弱生産される日本のサラブレッドで天寿を全うできるのはどれぐらいだろう。100頭いるだろうか。よい成績を収めて種牡馬になれた牡や血統がよくて繁殖牝馬になれた牝を合わせれば千頭ぐらいいるだろうが天寿となるとまた話は違ってくる。
 種牡馬は仔が走らず種つけ申し込みがなくなったらお荷物になる。近年では皐月賞、菊花賞を勝ったセイウンスカイの父シェリフズスターが、皐月賞馬の父としてスポットライトを浴びたとき「行方不明」になっていたのが有名だ。家出したのか(笑)。行方不明という名の屠殺である。
 牝馬も不受胎が続いたり強い仔を産めない年寄りになったらじゃまなだけだ。殺す。サラブレッドは犬猫と違いほっておくわけには行かない。野良馬にはなれない。手がかかる。金がかかる。億の金を生み出してくれる馬もいるだけでじゃまな馬も同じケアをしなければならない。餌代だけでも年に何十万もかかる。よって用済みの馬はみな用途変更という名で殺されてゆく。残酷なようだがそれを残酷といっていたら競走馬の生産なんてできやしない。なにしろ近親配合は気狂いと天才が出やすいので、気狂いが出たら外れ、天才が出たら大もうけと、数少ない当たりを求めてそれを繰り返す世界なのだ。「3×3のインクロス、さらには母系からもクロスが」なんて言うと聞こえがいいが人間世界で考えたら気持ちの悪い近親相姦である。天寿(30歳前後)を全うできるのは図抜けた成績を収めた数えるほどの馬か、牧場に栄華をもたらした繁殖牝馬ぐらいであろう。

 あれは皐月賞馬ヤエノムテキの牧場だったか。放牧地に毛が抜け足腰も弱っている老齢の牝馬がいた。牧場でこんなよれよれの馬を見かけることは滅多にない。どういうことなのかとおどきろ質問した。息子夫婦に身上を譲りすでに引退している、でも家族牧場だから毎日馬の世話をしている先代が語った。いちばん苦しい時期、毎年その牝馬が子を産んでくれた。よい種をつけるお金もなかったからたいした馬は生まれなかったが、それでも毎年確実に生んでくれるその仔を売って生き抜いてきた。子供たちも育てられた。生産者用語で言う「かまど(=台所を支えてくれた)馬」である。やがて競馬ブームになり経済情況もよくなった。もう仔を産めなくなっていたその年寄りの牝馬は真っ先に処分される対象だった。家族四人で面倒を見られる馬の数は限られている。先代は、この馬だけは最後まで面倒をみさせてくれ、自分が責任を持って面倒を見るからと、身上を譲った息子に頭を下げて頼んだ。家族だけでやっている小さな牧場で、それはとんでもないわがままになる。自分が誰のお蔭で学校に行けたかを知っている息子はそのとんでもないわがままを許してくれた。放牧地にたたずむよれよれの牝馬とそれを見守る風雪を経た年寄りの姿はうつくしかった。

 そんな世界で、なんの取り柄もない最低の馬であるハルウララのような馬が天寿を全うできることが(仕掛け人によってそうなることが確定した)異常なのだ。ハルウララと同じ高知競馬に所属している馬で天寿を全うできる馬は一頭もいまい。最高の成績を収めた馬でやっと乗馬に転用できるかどうかだ。あとは殺される。もっともハルウララだって天寿が保証されているわけでもない。引退後数年は観光牧場で優遇されるだろうが、世間から忘れ去られて単なるお荷物老馬となったとき、どんな運命が待ち受けているか。
 勝つからこそ美しい世界が、「勝たなくても一生懸命走っている姿が」「がんばることから勇気をもらったようで」とすり替えられてゆくのは気味が悪い。まさに屈折した時代に咲いたあだ花である。これの根柢にあるのがあの薄気味悪い「徒競走で、最後はみんな一直線に並び手をつないでゴール」という思想であることは言うまでもない。

【附記】
 このことで救われるのはこれが競馬の外の話題であり競馬に詳しい人でこれを賞賛している人は誰もいないことだ。
 仕掛け人からのつてで騎乗を受けてしまった武豊もハッキリと「GⅠを獲った強い馬よりも負け続けている馬が話題になるのはおかしい」と自分のホームページで意見を述べている。またその受けるに至るつての件でも「今回で引退というので受けたのに……」と(これは受けてもらうための仕掛け人側の嘘)不満を表明している。
 競馬ライタは皆このことに触れねばならないと思いつつ書きたくないととまどっている。基本は武と同じく「どんな形であれ競馬が話題になるのはよいこと」である。だから同じ業界に生きる一員としてせっかくの話題に水を差したくない。まして「世間的な明るい話題」を否定したら嫌われ者になる。だが書かねば、とも思う。そうして書いたのは結局本音である否定になる。アサ芸で私の後任になった花岡貴子さんもきっちり否定していた。この辺にまだ救いを感じる。

 先日のサンスポではタカハシゲンイチローがこのことに触れていた。「自分の生産馬が何度も大差で負けていた。ある日いつものよう大差で負けている馬に対する罵声を聞いた。『そんな馬、走らせるな!』。それを聞いて思ったのは怒りでも悲しみでもなくひたすら恥ずかしさだった。そういう足の遅い馬を自分の生産馬だからと走らせたのは、ファンにもその馬に対しても失礼だった」と。まったくもって正論である。「たとえ勝てなくても一生懸命走る姿が」なんてかってなことを人間は言うが、ハルウララからすれば生き恥地獄になる。
 またハルウララの生産者もブームに浮かれたりすることなく、速い馬を作ることが仕事なのだからこんな形で取材にこられても迷惑だと正しい姿勢を出していて好ましい。ここで「牧場にいた頃からかわいい仔で」なんて調子に乗られたら目も当てられない。さすがに無関係な世間がどんなに浮かれようと地に足が着いている。

 競馬マスコミ関係でひとつだけ残念に思ったのは、つい先日知ったのだが、吉川良さんがハルウララ本を書いたらしいのだ。わけのわからんハルウララ人気便乗本が何冊も出ている。競馬人情派の吉川さんのところに話が行ったことはわかる。しかしなぜ受けたのだろう。もともと吉川さんはこういうタイプのテーマは好きな人だが、それは自分で見つけるから好きだったのだ。こんな大盛り上がりの軽薄ネタに便乗するのは納得できない。今度会ったら聞いてみよう。その前に読んでおかないと。
4/11  桜花賞──騎手のガム──鮮やか武豊
 東京日帰り往復。
 ウインズで見たスタート間際のゲート横からの映像。1番枠の騎手がガムをくちゃくちゃやっていた。ここまで来たのかと思う。ガムをかむことが唾液の分泌でどうの、脳に刺激を与えてどうの、緊張感を解いてどうのと、そういう効用を聞いてやっているのだろう。だけどなあ、馬に乗りながらガムをかむのか……。
 元々大リーガーのガムやあのかみたばこのペッというのをたまらなく下品な性癖と捉えてきた身には、日本人がみなそれをやるようになったことになんともたまらない気分になる。マツイカズオなんてのが金髪に染めてガムをかみながらバッターボックスに立つとうんざりする。タカダノブヒコというバカが引退試合にガムをかみながら出てきたときは、すでに見切った後だったことを感謝したものだ。しかしまあなんでこんなつまらないことに日本人てのはすぐ染まるのだろう。そういうことの効用以前の日本人としての美意識がないのだろうか。ガムをかみながら馬上にいる騎手を応援する気にはなれない。

 私がケビン山崎に心酔しトレイニングに励む千代大海を好きになれないのも、そういう筋肉を鍛えるという以前の相撲における美意識を彼から感じない(=彼が考えていない)からである。それこそケビンから突進力を高めるために効果があると言われたら土俵上でガムをかみそうな男である。

 1番枠は熊沢か。どうでもいい騎手だからどうでもいいが、まさか武豊はかんでいないだろうな。信じているが、今の世の中どうにも不安になる。

 ダンスインザムード、スイープトウショウ、ムーヴオブサンデーの三強と言われていたが、あまりに鮮やかな武ダンス一強の桜花賞だった。先日亡くなった偉大な母ダンシングキーを忍ぶかのように隣にはレディインブラック(喪服の女)がつきそっていた。とタカモト式(笑)。
04/4/24  いよいよ『PRIDE』グランプリ開幕!──毎日王冠の思い出 
 地上波の放送は火曜の午後七時からになった。ゴールデンタイムで2時間だからずいぶん豪華な中継ではあるのだが、やはりこういうのはリアルタイムで見たい。サムライのPPVで2000円か。試合順に見られるし、よぶんなものもカットされるものもないし、いいなあ。と言いつつ契約しないけど。
 きょうから情報を断って火曜午後七時まで結果を知らないようにしよう。ネットからの情報はここのUP以外繋がないから安心だ。日曜のテレビも競馬中継あたりは見ても問題はないだろう。深夜のフジはもう見てはならない。他局は一切結果を伝えないからこれまた問題なし。つまりコアなファンにとっては大関心事なのだが世間的には無視されているって事か。これがプロ野球だったら二日間結果を知らずにいるにはテレビや新聞を完全にシャットアウトせねばならない。

 これで思い出すのは毎日王冠だ。何度もの紆余曲折を経て完全に能力発揮状態になった5歳(今だと4歳)のサイレンススズカがいて、それに4歳(今だと3歳)のグラスワンダーとエルコンドルパサーが挑む。サイレンスは当時5連勝(4?)だったか、ぶっちぎりの連続で最強街道をまっしぐらだった。それに挑むグラスワンダーはGⅠ朝日杯3歳ステークスを好時計で勝ちマルゼンスキーの再来と呼ばれる逸材だった。エルコンドルパサーもGⅠNHKマイルカップを制していた。そしてなによりこの4歳馬2騎は無敗だった。なんでこんな豪華な対戦が実現したのか今もって不思議なほどの毎日王冠だった。ここにぶつけなければグラスワンダーもエルコンドルパサーもまだまだ無敗街道を突っ走れた。なのに、4歳の最強馬2頭が雌雄を決するだけでもすごいのに、その前に武豊を鞍上にサイレンススズカが立ちはだかる。夢のレースだった。

 私はこのGⅠ以上の毎日王冠にどうしても行けなかった。どんな仕事だったのか、その日に限っていくつもなぜか打ち合わせが重なった。競馬場に行けず留守録にした。部屋にもどってヴィデオを見るまで結果を知るまいと思っていた。午後十時過ぎ、仕事が終り家路を急ぐ。駅売り速報のデイリースポーツも見ないようにした。今も覚えている。新宿から乗った山の手線。渋谷をすぎてもうすぐ五反田という辺り、つい隣を見てしまった。するとそこでデイリーを読んでいるサラリーマンがいて、そこにでっかく「サイレンススズカ勝利、エルコンドルパサー2着、グラスワンダー5着」と書いてあったのである。そのあと部屋にたどり着いてみたヴィデオは気の抜けたビール。こういうのも競馬場に行って観戦し、その感動を再現するために見るのならそれはそれでいいのだが、結果を知らずにわくわくしたいと思っていた身には、なんとも悔やまれるあの一瞬だった。いま思えばメガネを外していればよかった。そうすれば見えなかったのに。

 後にシンボリルドルフ以来の有馬記念連覇を達成するグラスワンダーと4歳でジャパンカップを勝ち凱旋門賞を2着するエルコンドルパサーの、サイレンススズカとのただ一度の邂逅だった。このあとの天皇賞・秋でレース中にサイレンスズカは故障を発症し予後不良の薬殺となる。あの競馬場が凍り付いた瞬間は今も覚えている。新聞は場内に悲鳴が満ちた、のように書いたが、そうではない。一瞬静まったのだ。映画等で狙撃のクライマックスのとき無音にして効果を演出したりするが、まるであれのように、10万人以上が詰めかけ歓声と怒号に満ちていた競馬場が数秒間無音になった。
 グラスワンダーはこのあと断然人気に支持されたアルゼンチン共和国杯をまたも5着に敗れて評価を下げる。それは初めて自分より強い相手に出会ったショックではなかったか。そこから立ち直り有馬を勝つ。エルコンドルパサーはジャパンカップを勝つ。フランスに渡りサンクルー大賞典を勝ち、凱旋門賞は果敢に逃げ惜しくもゴール前差されたが真に完敗したのはサイレンスズカのみだった。あの毎日王冠のヴィデオ、どこにあるだろう。見たくなった。

 今は田舎住まいだからそういう偶然はまずない。日曜深夜のフジテレビを見ず、月曜にコンビニに行かずに火曜の夜を待てば大丈夫だろう。
 まあ今回は順調にヒョードル、ミルコ、ノゲイラの三強は勝ち上がる。ヒーリングも間違いない。勝ち負けが気になるのは小川とレコ戦ぐらいか。シウバと戦闘竜も気になる。
 ヒーリングと言えば、ミルコに氣魄負けして実力を発揮せぬまま惨敗した。両者に力の差はない。あれはテキサスの陽気なアメリカンとクロアチアで犯罪者を銃殺してきた者の肝っ玉の違いだ。
 ヒョードルがロシア語、ノゲイラがブラジル語(ポルトガル語)ってのもいいな。ミルコにもクロアチア語でしゃべってもらいたいのだが弱小国故英語だ。ずいぶんとうまくなった。
 ステファン・レコがクロアチア人だと知らなかった。ドイツに住んでいるからドイツ人だとばかり思っていた。そうなるとブランコ・シカティックが第一回K-1GPで優勝することから始まったこの流れは、クロアチアという国家にとっても大きな意味のあったことになる。今回もきっと衛星中継で流すのだろう。480万人クロアチア人が、母国の英雄であるミルコとレコに声援を送るのだ。それはかつての日本の力道山時代と同じだが、あれが作り物であったのに対しこれはリアルファイトである。クロアチアからはこれからもヒーローが続くだろう。
 大相撲力士・黒海の故国グルジアでは、毎場所大相撲中継を流している。これもまたグルジアでの相撲熱によりよく作用するだろう。琴欧州はブルガリアだ。これも入幕したらそれぐらいのことをやるかもしれない。

 それにしても三強プラス小川、ヒーリングが一気に見られるのだからたまらない。
 なんとか見ないままこのテンションを火曜午後七時まで保たせよう。
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