02/3/6 お茶漬け-永谷園



「嫌いなものを遮断する」といえば、「お茶漬けのコマーシャル」があった。永谷園が「日本一かっこいい男の食うお茶漬け」を企画したものらしい。そこでテレビ屋が、いやこの場合は広告屋が意図したのは、「お茶漬けを食う音」であった。選ばれた日本一かっこいい男が在日朝鮮人であったことは、義理堅い韓国人が大好きで友人の多い日本人として喜ぶべきなのか国粋主義者として悲しむべきなのかわからんが、確かなのはその「ワシャワシャワシャ、ズズッ、ズズッ」と思いっきり強調された咀嚼音が極めて不愉快だったことだ。よってぼくはその音が聞こえてくると瞬間的に反応してリモコンで消音するようになった。

 たまにならともかく、不幸にもそれはぼくが毎週リアルタイムで観ることにしている新日本プロレス中継とかの深夜番組で圧倒的に多いのだった。たいしてテレビを観ないほうなのに、そのあたりに集中しているのだ。毎晩何度も何度もそれをやることになる。そのコマーシャルが流れてきたらとっさにリモコンを手にして消音するのだ。滑稽である。滑稽ではあるが不愉快だからやらねばならない。みっともない笑い話ではあるが、消音する当人はけっこう真剣だった。

 最近やっとあのコマーシャルはなくなったが、あの手法にはかなりの抗議があったはずだ。それを広告屋は「アンケートによりますと、反町さんかっこいい、おいしそうだ、思わずお茶漬けを食べたくなるという若い女性からの支持がこんなにあります。たしかに一部の年輩者からの不支持もいくぶんありますが、CMは話題になっていることがもう成功と同義ですから」なんて詭弁で永谷園を押し切ったのだろう。そういう世界にいたからとてもよくわかるリクツだ。革命的という言葉を使うなら、あれだけ人を不愉快にさせる音を垂れ流し続けたコマーシャルとして、たしかに革命的ではあった。でもそのマイナス効果に気づかなかった永谷園はおばかさんだね。
02/7/22 おけいはん-コンビニ


 深夜のニュース。偶然つけたテレビが「CMの後は、関西で今、話題のCMです」と言ったので楽しみに待った。「おけいはん」。京阪電車のCMだった。と書くと、大阪の人はすぐにわかり、関東の人はぜんぜん知らんのでしょうねえ。私もこのニュース番組を見なけりゃ知らなかった。知るはずもない。名古屋のさとしは知ってるだろうか。京阪電車のCMは名古屋じゃ流さんだろうし、関東のニュースショーも流れないだろうしなあ。さとしは大阪人だから帰宅したとき家で見ているかも知れないけど、それはともかく。北海道の人も九州の人も知らないよなあ。


 ぼくが言いたいのは、CMそのもののことではなく、そういう「情報」についてである。この狭い日本の今の時代でさえ、こういうふうにまだまだ地方差はあるわけで、それをぼくらの世代にまで遡ったら、やはり育った地域ってのは大きいと思う。
 たとえば差別問題がどうのこうのと小学生の時から教えられる地域と、ぼくのように二十歳過ぎまでなにも知らないのとでは、意識の差はかなりになる。もちろんぼくは知らないほうがいいと思っている。知らないのだからそんな意識が生まれるはずもない。あまねくそういう問題をすべての人に知らしめて、それで根絶したいと考える発想があることはわかるけど、そうなのかなあ、それこそがきれいごとであり、知ればわかってくれると思いこむ性善説の発想だと思うのだけれど。
 あ、そういえば今は、あいのこのことを、ハーフではなくダブルと言うんだってね。あいのこ(合いの子 かな? そのころもう「愛の子」なんて字合わせはあった。青山ミチの時代ね。「亜麻色の髪の乙女」の最初の歌い手だ))が差別用語となり、混血と言ううになって、混血は混じっているのが悪いイメイジだからとハーフとカタカナにして、今度はハーフは半分の意味で印象が悪いのでダブルだって(笑)。次はどんなかな。ほんとに笑ってしまう。バカな国だ。
 大阪のことを考えていたら思い出した。あの「勉強しまっせ」の引越センターのCMだ。あれがまだ関東で流れていない頃、大阪の青年が最高に面白いCMがあるのだと自慢げに言っていたのだ。「ほんまにしりませんか、関東にはないんでっか」と。その青年とはバンコクのジュライホテルで知り合った。その後すぐ彼が東京のぼくの住まいに遊びに来ていたときの話だ。いま書いている小説にも登場するので(モデルキャラのひとりになってもらった)懐かしく思い出した。みんなどうしてるんだろうね。彼がぼくの小説を偶然本屋で手にし、「このキャラ、おれやんけ」と思う日は来るだろうか。
 これも思い出した話。ネタは先週だ。
「セブンイレブンが愛知県に進出」のニュースが大きく扱われていた。すでにセブンイレブンは全国展開していると思いこんでいたぼくには新鮮なニュースだった。なにしろバンコクやチェンマイにもありすぎるほどあるので。

 名古屋のさとしのところに行ったとき、彼が缶コーヒーを買ってくれたことがあった。一緒に笠松競馬場に行くときだ。そのとき、この辺のコンビニはなにが多いんだと尋ねた。彼は応えてくれた。ぼくはその名を覚えていない。それはあまりに知らないコンビニ名だったからだ。今回のニュースで思い出した。「愛知県はサークルKが圧倒的に強く、長年セブンイレブンも進出できなかった」と。ほおほお、そうでした、あのときさとしの言ったのはサークルKだった。正直なところぼくは、さとしの言った聞いたことのないコンビニの名前に、勘違いなんじゃないかと思ったほどだった。そうじゃなく本当に愛知県じゃ圧倒的に強いらしい。しっつれいしました。「これでセブンイレブンは全国32都道府県に進出した」。ああ、まだそんなものなの。こういうのも地域差だね。愛知県の人は東京に来たらサークルKがなくて驚くはずだ。

 猛獣数年前のことだが(もう十数年前ね、相変わらずIMEはバカだ)大阪のカメラマンが東京に来たとき、会話の中で、「その辺のローソンで買ってきたら」と「コンビニ=ローソン」で話したことがとても異様に感じられた。なぜならそのときまだぼくはローソンというコンビニを見たことがなかったからである。大阪で圧倒的にローソンが強いことは知識としてあったのでなんとか話は合わせられたが、まだまだそんな地域差はあるんだと、楽しくなったものだった。。

 物書きとしてやって行けるなら、関西に住んでみたい気持ちは強まるばかりだ。品川の住まいの近くに、うまいたこ焼き屋が出来た。テイクアウト専門だが、これはうまい。でも今は田舎暮らしがメインなのでめったに食えない。
 たこ焼きとビールは合う。セブンイレブンのレンジで温めるたこ焼きを食うたび本物が食いたくなる。大阪にはうまいたこ焼き屋がいっぱいあるんだろうなあ。大阪の家庭にはどこでもタコ焼き器があるというのは本当なのだろうか。しばらく旅行に出ていないこともあって、そういう欲求は高まるばかりである。
03/5/9 「午後の紅茶」CM


 キリンビバレッジのCM。きれいなネーチャンが体を揺すりつつ、グラスに飲み物を注ぎ、飲み干して宣伝をするヤツ。四月末から流れ始めた。

 あれってもう二十年ぐらい前(もっと前か)に、サントリーウイスキーのCMで、サミー・デイビス・JRがやっていたのの焼き直しだよね。まったく同じだ。真っ黒けな顔のサミーがハミングして踊って、キメに「う〜ん、サントリー!」って真っ白な歯で言う。

 あれ総入れ歯だったそうで、インタビューの時、いま身につけているものでいちばん高価なものはと問われ、「入れ歯の200万」と応えたって記事を読んだ憶えがある。サミーが死んだのは何年前だろう。



 不思議なのは、あれがサントリーの飲み物だったなら、ウイスキーの名作CMが、日本人タレント、清涼飲料水で復活、となるのだろうが、サントリーじゃなくてキリンであることだ。
 すこし調べたら、飲み物は「午後の紅茶」ってので、ねーちゃんはなんとかアヤって人気者らしい。ま、それはこの場合、どうでもいい。

 ここで考えるのは「CMを作った制作会社、あるいは制作者は同じなのか」ってことだ。その場合「スポンサーが違っても過去に自分たちが企画立案したCMだから、同じコンセプトを使用することに支障がない」となるのだろうか。

 ぼくが興味を持っているのは、「CMの著作権」のようなことである。ぼくの考えでは、もしもそんなものがあるとしたら、それは制作会社ではなく、スポンサーのサントリーにあるように思う。
 だから、サントリーのCMと同じ事をキリンの商品でやることがどうにも納得できない。

 あるいはこれ、あのサントリーのCMを好きだった若者がおとなになり、かってに真似をして作り、むかし作った人は「CM界の仁義を知らん」と怒っているのか? どっちなんだろう。

 こういうのってどこで調べればいいのか。何でも揃っている2ちゃんねるだけど、あそこはサミーのCMなど知らない世代の集合場所なので今回ばかりは頼りになりそうにない。いや、あのきれいなネーチャンのおたくファンが集って大騒ぎしているか。でも原形は知らないだろうし。

 サミーのCMを真似をしたことは間違いない。まったく同じなんだから。それが同一系統のよきことなのか、あるいは仁義知らずの盗人なのか、真相を知りたいものだ。



 私が思うのは、私がキリンのこのCM制作に権限を持っている立場の者だったなら、他社の昔の有名な広告の焼き直しを自社のたいせつな商品に使うことはイヤだ、と拒むだろうってことだ。企画会社を怒鳴りつける。バカにするな、と。
 キリンの担当者に誇りはあるのか、それともこんなことがおしゃれだと思っているのか。わからん。

 そして、私がこのCMクリエイターだったなら、どんなにそれが過去の名作であれ、ああいう形の真似はしない。だってそれでこそクリエイターなのだから。創作が模倣から始まることとこれは意味が違う。真相はどうなのだろう。
(調べることは簡単なんだけどね。サントリーの広報に電話をかければわかる。そこまで熱心ではない。)

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 原作は昭和48年!

 仕事で昭和年譜を調べていたら、このCMが話題になったのが昭和48年(1973年)とわかった。上記の文は2003年だから、ちょうど30年前になる。

 この文にはすこしひねくれている箇所がある。それは、私はこのとき松浦亜弥もアヤヤの愛称も知っていたのに、いかにもそんなことは知らないおじさんのふりで、「なんとかいうネーチャン」と書いていることだ(笑)。
 けっこう本気で怒っていたらしい。その怒りを見せるためには、アヤヤなんて軽々しく使わないほうがいいと判断したのだろう。



 五年経ったいまは、「まあ、あれはあれでいいんじゃないの」の気分。かわいいアヤヤが故人となったサミーの真似をしたのだから、それはそれで追悼だろうと解釈している。
(2008/3/12)


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