2010
2/10  インスタントコーヒーの香り──ネスカフェゴールドブレンドのこと

 またビンボ臭いことを書いて笑われるが、自分への記録なので正直に書いておこう。
 ネスカフェゴールドブレンドが出たのはいつだったか。調べる。欧州等で1965年発売、日本では1967年(昭和42年)発売のようだ。私が愛飲していたのは70年代だから時代的にもあっている。「違いがわかる男のゴールドブレンド」と高級感をあおったCMが連日流れていた時代だ。

 まったくあのころはコーヒーばかり飲んでいた。金もないのに毎日喫茶店に行っていたし、飲むのは必ずコーヒーだった。部屋でも何杯もインスタントコーヒーを飲んでいた。友人が来たときに出すのもコーヒーだし、友人の家で飲むのもコーヒーだった。不思議な気がする。けっきょく「タバコとコーヒー」というムード=時代に振りまわされていたのだろう。ワンパターンだった。

 上のネスカフェゴールドブレンドは左の写真の品(以下、レギュラー)とは、外見からして違い、値段もすこし高めだった。ラベルのデザインがいくらかちがうが、基本的なびんの形、色合いは当時から変っていない。
 フリーズドライ製法とかによる大粒の粉は、レギュラーよりも明らかにかっこよく、私は貧乏学生のくせに好んでゴールドブレンドを飲んでいた。味の違いがわかっていたのかどうかは怪しい。なにしろヘビースモーカーだったし、コーヒーは会話の合間のアイテムとして存在していたようなものだ。飲物というよりアイテムである。味など判っていたのかどうか。インスタントだしたいしたことではないが。
 重要なのはCMによって作られた格差のイメージだった。貧乏学生だったのにゴールドブレンドを愛飲していた、のではなく、貧乏学生だったから、そんなことにこだわっていたのだ。きっと。



 その後も私は「コーヒーに凝るのはかっこいい」という思い込み(=インスタントコーヒーを飲むのはかっこわるい)から、サイフォンを買ってきて淹れてみたり、パーコレーターを買ってみたり、水出しコーヒーをやってみたり、ずいぶんとコーヒーに手を出した。引っ越しのとき、捨てるものを整理していると、ほんの数回しか使っていないサイフォンとアルコールランプがいくつも出て来たりして、しみじみと自分の凝り具合と、身につかなかったことを思い知ったものだ。
 なんでもかんでも手を出すわけではないし、手を出した以上、趣味的なものは人並み以上になるまできちんとやっている。途中で投げだしたこの「コーヒーに半端に凝った(=凝りきれなかった)は、片手で足りる私の恥の経歴になる。

 長続きしなかった理由は、そもそもの凝る動機が「コーヒーはうまい。最高だ」ではなく、「そういうことはかっこいい(に違いない)」だったからだろう。
 同じ事で楽器を思い出す。あのころ「ギターを弾くのはかっこいい」という思い込みで関わってきたひとたちがいた。アパートの隣人を始め、私もずいぶんと教えてやった。でもみんなやめてしまった。「かっこいいと思うこと」と、それに対応する「努力」が釣りあわなかったからだろう。私は倦きることなく今も楽器に親しんでいるが、それは、かっこいいとかもてたいとかの理由ではなく、それ以前に単純に純粋に好きだったからだ。

 私はサイフォンで淹れるコーヒーの味が好きなのではなく、サイフォンで淹れたりすることがかっこいいと思って凝った。長続きしないのは当然だった。

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 さて、時は一気に何十年も流れて今。コーヒーを飲まなくなった私がいた。それでも夏場、喫茶店に入ったならアイスコーヒーを頼むだろうが、そもそもその喫茶店に行かなくなった。友人との待ち合わせも、駅前で待ちあわせて、いきなり居酒屋だ。喫茶店も潰れるはずである。
 では夏場、部屋にいて市販のアイスコーヒー類を飲んでいるか、あるいは自分で作って飲んでいるか、とふりかえると、これまた飲んでいない。昨年はなぜか懐かしいカルピスに凝って毎日のように飲んでいた。もちろん既製のカルピスウォーターやカルピスソーダではなく、濃縮のあれを買ってきて自分のわりあいで割るのである。でなきゃつまらない。

 冬場は熱い緑茶だ。いや夏でも汗を掻きつつ飲む熱い緑茶を好む。これは他項でも書いたが、私は緑茶好きの母の影響で緑茶の味が判るこどもだった。緑茶にはうるさい。学生時代緑茶を嫌っていたのは、よくある形で当時は日本的なそれがかっこわるく、コーヒーがかっこいいと思ったからだった。そんな上っ面が消えたら、もともと好きな緑茶をすなおに好むようになったのもまた自然だ。

 コーヒーとは縁遠くなったが、それでも田舎でクルマに乗っていたころはまだ運転するときの相棒に重用していた。定番は写真のカフェラッテだった。運転するときは必ずセブンイレブンでこれを買い、ドリンクホルダーに挟んだ。いきなりコンビニをセブンイレブンと指定してしまったが、茨城の田舎はセブンイレブン一色だった。
 もう何年も飲んでいない。最後に飲んだのは2005年か。いまコンビニで見かけても飲みたいとは思わない。あくまでも運転の相棒なのだ。今も、もしも運転するとしたら、すぐにこれを買うだろう。そんな条件反射がある。



 コーヒーとは無縁の生活になっていた。とはいえいつも買い置きはあった。私が部屋で飲む飲物は、緑茶7、コーヒー、紅茶、ジュースが1という割合だった。毎日何杯もの緑茶を飲むので、たまに気分転換に飲むのがその他だった。それがなぜか突如去年の秋からまた頻繁にホットコーヒーを飲むようになった。どういう味覚の変化なのか。いきなり緑茶5、コーヒー4、紅茶1にまで迫ってきた。

 それまでのたまに飲む買い置きのコーヒーは左上写真のキイコーヒーのレギュラーが多かった。見た目がゴールドブレンドと同じでそこそこかっこよく、それでいて断然安かったからである。スーパーで400円ほど。ゴールドブレンドは700円。たまにしか飲まず、それも牛乳と砂糖をたっぷりいれてのカフェラッテ風にしてだったから、味も香りもどうでもいいことだった。

 突如またむかしのように毎日何杯もコーヒーを飲むようになった。牛乳を温めてカフェラッテにするのは、たまにするから出来たこと。頻繁に飲むようになると面倒になり粉末乳を買ってきた。クリープは高いのでマリームにした。これまた何十年ぶりの買い物だ。グラニュー糖を買ったのも何十年ぶり。せいぜい週に一杯飲むかどうかぐらいだったし、さらにそれはコーヒー牛乳のようなものだったからふつうの砂糖を使っていた。いつしか学生時代から二十代のように、インスタントコーヒーに粉末乳、グラニュー糖で、一日に何杯も飲むという昔懐かしい習慣が復活していた。インスタントコーヒーの消費も早い。すぐに空になる。

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 さてやっと本題。
 私は先日、それこそいつ以来か記憶にないのだが、むかし愛飲していた「ネスカフェゴールドブレンドを買った」のである。安売りで見かけたからだった。気紛れだ。私は安い値段設定をしているキイコーヒーに好感を持ち、たかがインスタントのくせに高級ぶっているゴールドブレンドに反感を抱いていた。「ずいぶんと高い値段設定をしているけど、そこまでの価値はあるのかな」と(はす)に見ていた。そのときの気持ちは、「差もないくせに高級なふりをしやがって」という冷笑気分だった。飲んでみても差は感じず、「やっぱりな」と思うはずだった。

 ところが封を切ったせつな、しみじみ「いい香りだなあ」と思ったのだ。瓶口に鼻を近づけて、しみじみいい香りだなと感嘆していた。今まで飲んでいたいくつかの安物インスタントコーヒーとは別物だった。飲んで、味も「うまい」と思った。それはタバコとコーヒーが必須アイテムであり、毎日コーヒーをがぶ飲みし、タバコをスッパスッパ喫っていた長髪の時代には気づかない感慨だった。初めてネスカフェゴールドブレンドを飲んでから40年、私は初めてその価値を知ったことになる。やっと「違いがわかる男」になったのだ(笑)。たしかに違っていた。



 と、このままだと、むかしのようにネスカフェゴールドブレンド党になったというハッピーエンドなのだが、私はまたそこでひねくれた。
 まず「香りがいい」と思ったが、そのときには比べる対象がなかった。それは単なる思い込みではないかと。いや、たしかに香りはよかった。でもそれと味は別だ。「味がいい」はあやしい。たかがインスタントコーヒーにそんなに明らかな味の違いがあるだろうか。

 二瓶買ってあったネスカフェゴールドブレンドがなくなった。私はまた安物を買ってきた。スーパーでいちばん安かった品。それで満足できると思っていた。どうでもいいことなのである。ポットからお湯を注ぐだけの粉末コーヒー。粉末乳と砂糖を入れて掻き回して飲む、たかがインスタントコーヒーではないか。だが……まずくて飲めないのである。香りも味もあまりに違うのだ。インスタントコーヒーの味がこんなにも違うとは知らなかった。この次はぜったいにネスカフェゴールドブレンドを買う。でも今は、買ってしまったのだから、このまずいのをきちんと空ける。それまではゴールドブレンドは我慢だ。

 ネスカフェゴールドブレンドが、インスタントコーヒーとしては、抜群に香りが良く、味もいい、のはたしかなようだ。今回の体験から自信を持って言いきれる。という寝惚けたことを、まさか今ごろ書くことになるとは夢にも思わなかった。

 クリープはマリームの倍の値段がする。これまた生意気である。かっこつけやがってと敬遠していた。理由はマリーム等が植物性なのに対し牛乳が原料だから、とか。ゴールドブレンドのうまさを確認したので、粉末乳もクリープはうまいのかも、とふと思ったりする。学生時代はクリープだった。というかあのころはこれしかなかったのだが。
 以前は液体ミルク(「コーヒーフレッシュ」というのは和製英語らしい)の「スジャータ」や「クレマトップ」を愛用していた。砂糖もガムシロップを買っていた。だからもうほんと、粉末のクリープなんて何十年使っていないのだろう……。

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 ところで、またコーヒーを飲み始め、以前よりは味が判るようになったから、道具に凝って本格的コーヒー道を歩むのかというと、そんなことはない。あくまでもこれは「ポットから湯を注げばすぐに飲めるインスタントコーヒー(レヴェル)の話」である。一ヶ月後にはまた飽きて、すっかり飲まなくなっている可能性も高い。そういうことを繰り返してきた。

 愛煙権を主張する有名人の多くは下戸だ。酒を飲めない人が多い。浅田次郎さん、すぎやまこういちさん等。
 同じように、コーヒーに凝る人にも下戸が多い。

 私は自分の飲物を、緑茶7、コーヒー、紅茶、ジュースが1と書いたけど、それを言うならその上に「酒類10」がある。若い頃、コーヒーに凝ろうと思いつつ凝りきれなかったのは、豆を買ってきてミルで挽き、手間暇掛けてサイフォンやパーコレーターで淹れた香り高いコーヒーより、自動販売機で買ってきて飲むカンビールの方がずっとうまかったからだ。私が下戸だったらこの辺の感覚もだいぶ違っていたろう。

 しかしなあ、まさかこの齢になってゴールドブレンドの価値を見直すことになるとは思わなかった。恥ずかしいけどほんとの感想だから正直に書いておくことにする。

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【附記】
 むかしのことのように書いてしまったが、ネスカフェゴールドブレンドの「違いの分かる男」CMは、いまもやっていますね。ずいぶんと長いシリーズだ。
 一方、いまだになんとかのひとつ覚えで使うひとのいる「クリープを入れないコーヒーなんて」は、もうずっと前から流れていない。あれ、芦田伸介がやっていた。昭和44年ごろ。
6/10  麦焼酎麦茶割り

 などと書くと本格的な麦焼酎を飲んでいると誤解されそうなので恥ずかしいけど現状を正直に書けば私の飲んでいるのはおそらく麦風味の安焼酎であり本物の麦焼酎ではないだろう。


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