2008
1/22
 佐川急便嫌い

●通販生活──宅配便の使い勝手──ヤマト>佐川

 ネット通販で商品を注文した。配達は宅配便。
 ひとつの会社は楽天を通じて。すぐに「ご注文ありがとうございました」のメールが届いた。配達日、配達時間の通知が来て、クロネコヤマトの宅急便(宅急便ということばはクロネコ専用)で、注文の翌々日に配達された。

 もうひとつは大阪の通販会社。佐川急便利用。注文後、なんの連絡もない。確認のメールが来ない。こちらのミスで注文が成立していないのならもう一度するし、別会社にしてもいい。もしも成立していたら二重買いになってしまう。音沙汰がないのは困る。
 三日経った。その通販会社にメールを送った。「これこれこういう者だが、注文をした品がまだ届かない。同日に注文した他社のものはすでに届いている。私の注文は成立しているのだろうか。ダメならダメで他社に注文するから確認を御願いしたい」と。それが朝。
 その日、その後も通販会社からメールは来なかった。注文は通っていないと判断して他社にもういちど頼もうと思った。もしも通っていたとしても、ここまで待ったのだ。この会社はキャンセルになる。

 すると夕方電話がかかってきた。見知らぬ電話番号に、通販会社からだろうと思った。違った。佐川急便からだった。商品がどうたらこうたらで到着が遅れているが、なんとか明日以降になるべく早くお届けしたいとか言っている。注文は通っていたのだ。なのに通販会社が連絡のメールをくれるのでもなく、いきなり配送会社が電話をかけてきて言い訳を始めた。

 どういうことなのだろう。推測できるのは、私がメールで問い合わせた大阪の通販会社が佐川急便に確認を求め、そこから連絡が来たということだろう。しかしこれはおかしい。だったらまず通販会社が私にメールで状況を説明し謝罪すべきである。通販会社に非はなく佐川の問題だったとしても、いきなり佐川からの言い訳は筋が通らない。この通販会社も嫌いになった。もうなってたけど。

 配達はいつが都合がいいかと今更ながらのことを問うので、出来るだけ早いほうがよい、同時に注文した他社の商品はとうのむかしにもう届いている、と言うと、「うっ」と詰まった。内心は、もうキャンセルすると言いたかったがここまで来ているのだからそこは我慢する。

 ということで明日の午前中(=今朝の午前中)に配達するというので待っていた。
 昼近くになっても来ないのでおかしいなと玄関に行くと紙切れが一枚入っていた。届けに来たが不在なので帰る、都合のいい日を連絡しろと書いてある。
「ああ、また佐川だ」と思う。佐川急便はいつもこうなのである。

 書かれていた運転手の携帯電話に掛けて再配達を希望する。言うまでもないがここで私からの「携帯電話料金」が発生している。佐川はいつもこうなのだ。午後二時までに行くとの返事。いま昼。出かけられない。出かけたらその隙にまたやられる。結局二時間ほど待ち、午後二時すこし前に来て、なんとか商品を入手できた。もう佐川急便はいやである。

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 このことだけで佐川急便を責めると気の毒がる人もいるかもしれない。通販会社にも責任があり、それはたまたまであろうと。
 そうではないのだ。もう二十年以上前からさんざん体験していることになる。
 当時売れっ子だった私(笑)には、多くの出版社や広告会社から毎日のように出版物、ゲラ、書類等が届いた。郵便、ヤマト、佐川、エトセトラである。

 その中でいつも問題なのが佐川だった。一番しっかりしていたのは郵便局。これは午前中、たまたま私が寝ているときでもしつこいぐらいチャイムを鳴らし、ドアを叩いて呼び起こしてくれた。というか、私は寝入りばなでもチャイムが鳴るとピクンと飛び起きる。やりすごしたことはない。郵便局とは問題なし。
 ついでまともだったのがヤマトの宅急便。ここともまともにつきあえた。

 そして謎だったのが佐川である。
 部屋で待っている。ヴィデオを見たりして。事前連絡がありその日の午前に届くはずなのに届かない。お昼。おかしいなと思って玄関に出てみると紙切れが一枚落ちている。届けに来たが留守なので帰る。この番号に連絡しろと。いったいいつ来たのだろう。
 いつもそうだった。私は最初の佐川の訪問で受け取ったことは一度もない。それこそ何百回もの届け物があったがただの一度もないのである。とんでもないことだ。毎回玄関に落ちているその紙切れを見て電話を掛け再配達を要請した。そしてその再配達でも帰られたことが何度もある。真面目な話、佐川急便のいいかげんさにはノイローゼになりそうなほど苦しめられた。必要なものが一回では届かないのだ。

 中でも大阪の広告会社とやっていた競馬会のインフォメーション・コピーは、毎週スポーツ紙に掲載された新聞のコピーを送ってもらい、きちんと確認を取りたかったのに、毎回持ち帰られてしまい、再配達の電話を掛けるのにはほとほと難儀した。切実だった。私は部屋にいるのである。なのに「忍者宅配便」の佐川は私に姿を見せないのだ。いつの間にか来て、いないので帰るとメモが入っている。何度か「私はいたんですけどね!」と声を荒げたこともあった。

 関西の会社は佐川急便が好きだった。私の関わったいくつかの会社がみな佐川急便利用だった。あちらの企業だからだろう。私は担当者に電話をして、まことに申し訳ないが郵便かヤマトにしてほしいと御願いした。取引先への依頼は一括処理であろうから私に関してだけ佐川から他社にするのは面倒だったと思う。だが我が儘を言わない私もこの件に関してだけは譲らず佐川から他社への変更を強引に要請した。それほど切実だった。代えてもらったら、それからなんの問題も起きなかった。いかに佐川急便が異常だったことか。

 その後も私は佐川には苦しめられ、いくつもの取引先に「申し訳ないが私へは佐川急便で送らないで下さい」と御願いして業者を代えてもらった。
 大のプロレスファンだから猪木の窮状を救ってくれた佐川社長には好意をもっている。しかしこの現状には我慢がならなかった。

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 これは単なる佐川と私の相性の問題ではない。しっかりと事情がある。
 佐川急便の歩合制とその厳しい仕事内容は有名だった。躍進企業として話題になったころ、京大卒の人が運転手になり、厳しい歩合制の中、ほとんど寝ずにがんばって月収百万以上というのが話題になったりした。
 基本はその後も変らないのだろう。いるかいないかわからないヤツに長々と関わってはいられない。チャイムを鳴らし、返答がなければすぐに次ぎに移る。何度もチャイムを鳴らしたり、ドアを叩いて呼びかけたりはしない。まして私の場合は平日の昼間であり、ひとり暮らしが見え見えのアパートだったから、一度チャイムを鳴らして返事がないとさっさと次の配達先に走ったのだろう。寸暇を惜しんでの歩合稼ぎだ。だが真実は、チャイムすら鳴っていない。

 このころ、街を歩いていても佐川急便のクルマはあぶなかった。歩合で稼ごうと必死であることが傍目からもわかった。
 それはノルマのない郵便局と比べると明白だ。
 同じ家に二度も三度も来たくないのは郵便局も佐川も同じである。でもやりかたに違いがあった。佐川は在宅か不在かを素早く確認してすぐに去る。一度のチャイムで。
 郵便局は何度も呼びかけてきた。二度手間は面倒なのでいるなら出てこい、寝てるなら起きろ、の姿勢である。ノルマのない餘裕だ。
 これは考えようによっては「北風と太陽」みたいな寓話になる。しつこいほどの郵便局が一度でクリアしているのに対し、あわてている佐川は結果として二度も三度も足を運ぶことになる。急がば回れだ。
 かといって私が午前中高いびきだったとか、音楽やヴィデオを大音量で聞いていて気づかなかったとかでは絶対にない。郵便局ともヤマトともまともにつきあえているのだ。姿を見せない「忍者佐川」が異常なのである。

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 私は職業柄、徹夜しての寝入りばなでも電話が鳴ったら一度で飛び起きる。熟睡していて気づかないということはない。
 と考えると、佐川急便の運転手が鳴らしたチャイムに気づかないということはあり得ない。まして一度や二度ではない。何百回もだ。そんなことがありえるか? ありえない。郵便局やヤマトとは問題がないのに。

 そのことから正解が解る。佐川の運転手はチャイムすら鳴らしていないのである。歩合のために。効率のために。
 つまりこういうことだ。一件でも多く配達して歩合を稼ぎたい運転手は、ひとり住まいが明白(=代理で受け取る家族がいない)な真っ昼間の住居にはチャイムすら鳴らさず、前日、あるいは当日の朝早くあらかじめ書いておいた不在通知書をドアに差し込んで行くのだ。そして確実に配達できる家族住まいを重点的に配達して行く。ひとり住まいの部屋でチャイムを鳴らして待ったりするより、不在配達書さえ入れておけば、そいつが帰宅したときに今から配達せよと連絡が入る。これなら時間的にも確実だ。空振りがない。昼間は家人のいる家を重点的に配達、ひとり住まいのところは、夕方、連絡をもらってから配達。一石二鳥である。それが佐川運転手のセオリー、佐川マジックである。そういうことなのだろう。

 これが私が一度も出会うことのなかった「忍者佐川」の正体である。平日の真っ昼間、今か今かと到着を待っていた私がチャイムが鳴ることもなく時が過ぎ、おかしいなと玄関に行ったら紙切れが落ちていた、というトリックの正体だ。毎度毎度再配達の電話を掛けさせられた裏事情になる。


 たまたま読み返していて気づいた。「玄関に不在通知が落ちていた」はまちがいである。そうではなく「道路沿いの郵便ポストに入っていた」のだった。そのことでまた佐川のやりかたが明確になる。
 安アパートは道路に面した塀に住人全員用のポストがある。私の部屋は階段を上った二階の端だった。着くはずなのに来ないとポストまで降りて行くと、必ずそこに不在通知がはいっていた。
 このことからも部屋まで来てチャイムを鳴らしたりせず、不在通知を配達して回っていたのは確実だろう。

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 今の住まいに超してきてからもヤマトとも郵便局ともうまくつきあえている。なのにすでに佐川だけ今回を含めすでに三度も再配達になっている。以前の住まいでもそうだった。佐川の運転手がノルマに追われせっかちな体質であるのは今も同じなのだろう。かわいそうな会社である。こういうことをすることが会社の体質弱化になることにいまだに気づいていない。

 今後、佐川が配送する会社では通販購入しないことにする。ヤマトであることを確認してから買おう。

 せっかくだからこの文章を佐川の広報部にでも送ってやるか。武士の情だ。
 佐川にもまともな人間がいるなら、ヤマトとの体質の差に気づいて反省するだろう。むりか(笑)。

2/13
 命名センス──難読名前が増えている

 現在、新党日本の副代表である有田芳生(ありたよしふ)の「よしふ」は、共産党員の父親がヨシフ・スターリンから名つけたものである。1952年生まれ。
 スターリンが同胞2千万人を虐殺した「大粛清」は1930年代の出来事だ。1952年、日本の共産党員にはまだスターリン批判は起きていなかったのだろう。それにしても、すさまじい命名センスである。この時期にスターリンを英雄視して我が子の名前にするとは……。毛沢東、スターリン、ヒットラーは世界三大残虐者だ。順序は虐殺した数の順。悪人としてヒトラーばかり言われるのは世界を支配しているのがユダヤだからか。

 父親からこういう名前をもらった有田は長じて父と同じく熱心な共産党員になる。後に脱党(除籍処分)しているが、氏の心の変転はどうだったのだろう。
 思想的なことを語りたいのではない。「こういういわくから名前をつけられた少年の心、重荷」である。自分のこととして考えるとたまらない気持ちになる。

 ニュートンやガリレオやアインシュタインから名前をつけられた人がいたとする。物心つくころからそれを意識して育つ。いいことばかり書いてある伝記から卒業し、彼らがドケチだとか変態だとかのいわば裏伝記まで読んだとしても、さほどの傷は負わないだろう。偉人であることに変りはない。
 しかしスターリンは同胞を粛清しまくった虐殺者だ。讃えるべき点はひとつもない。こんな命名をされた人はどんな気持ちで生きるのだろう。

 逆も考える。こんな名前をつけられたらぐれて当然と思う。すんなり父と同じ共産党員になっているのはなぜだ。虐殺者スターリンから名づけられた自分に悩まなかったのか。真実を知ろうとしなかったのか。そしていまタナカヤスオと新党日本。わからん人である。

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 作家馳星周の本名は板東齢人(ばんどうとしひと)。齢人(れいにん)ウラジーミル・レーニンからとっている。1965年生。これはまだわかる。この時点でレーニンは信奉されていた。ペレストロイカからの崩潰で銅像が倒され、レニングラードの名が元のサンクトペテルブルグにもどるまで、ソ連共産党の象徴だった。共産党員の父親がレーニンを崇拝していたなら時代的に問題はない。

 でも我が子にこんな命名ってありなのだろうか。
 いま馳星周がレーニンをどう思っているか知らない。子供のときからいまに到るまで常に意識してきたことはまちがいあるまい。そのことでからかわれたこともあったろう。
 犯罪小説を書いて人を殺しまくっているのとレーニンは関係ないのか。でもスターリンよりはいいな。私はスターリンの名をつけられていたら、きっと……。

 馳は北海道出身。開拓地である北海道は共産党員が多い。こんな形で名前をつけられたこどもは他にもいるのか。レーニンがいるならマルクスもいるだろう。

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 田中角栄が庶民宰相と話題になったとき、自分のこどもに「角栄」と名づけた人がいた。姓は田中。つまり同姓同名である。
 子供が就学したころ、田中角栄はロッキード疑獄事件のまっただ中にいた。学校でいじめられると改名届が出される。正当な理由として認められた。珍しい改名理由として新聞に載っていたことを覚えている。たしか九州だった。
 憧れの庶民宰相の座から堕ちた田中角栄に問題があるのか。そのことで同姓同名のこどもを虐めた同級生がわるいのか。私はそんな命名をした親の責任と思う。

 むかし、バイト仲間に「佐藤栄作」という青年がいた。高度経済成長期に最長政権を築いた首相と同じ名前である。異人になって欲しいという親の気持ちは判るが確実に学校の教科書に出て来る名前だ。こどもはからかわれる。果たしてよいことなのかどうか。「伊藤博文」も同じく。

 そういえば何年か前、こどもに「悪魔」と名づけようとして役所で拒まれたことが話題になった。後々この親は覚醒剤で逮捕され、まともでないことがわかる。まあまともな親ならそんな命名はしない。これってたしか、どうしてもその親が「アクマ」の響きにこだわり、最後は「久麿」とか、そんな名前で落ち着いたのだった。その後、親は離婚している。母親に引き取られた。もう小学生か。まともな人生を歩めるのだろうか。がんばれよ。

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 ここのところ日本の赤ん坊の名は、漢字制限があるかわりに「読みは自由」という抜け道?を使って、信じがたい名前が連続している。連想クイズのようだ。親は楽しいのかもしれない。それを一生背負ってゆくこどもはたまらんなと同情する。

 先日友人の親戚というのに関わったら、もろにそれだった。男の子ふたりを産んで離婚した三十半ばの母親が東京に遊びに来た。友人からそれの世話役を頼まれた。人なつっこいこどもたちですぐに仲良くなった。ふつうの名前である。私は普通の字だと思い、どの字かと尋ねる。そうではなかった。「××と書いて△△と読む」という連想クイズの世界だった。どういう発想で名づけたのか尋ねたかったが、別れた亭主の趣味かもしれないから控えた。母親が自慢たらしく息子の名を言っていたから彼女の趣味でもあるのだろう。凝った名前をつけて離婚である。たまらん。現実にその名で生きてゆくこどもがいるのだから名前の公開は控える。ひどい連想クイズだった。バカとしか思えない。そんな名前を考えるよりこどものために離婚するなと言いたかった。

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 電車の中、ランドセルに「宇宙(そら)」と書いた名札をつけた少年がいた。この子は生涯で「ウチュウと書いてソラと読みます」と何度口にするのだろう。小学生、中学生の時はいい。社会人になったらちょっと恥ずかしい。三十代、四十代。よれよれになって病院でも「ウチュウと書いてソラと読みます」。介護施設のベッド。宇宙の横にソラとふりかな。
 それでもこれはまだわかりやすいほうか。「ウチュウ」がふつうの人なら通じる。

 社会的な話題になったので「稀星」というのがあった。「きらら」と読ませるそうだ。富山県の話。ある市は「通常では読めない」と、この届けを受理しなかった。なのに別の市では受理したから話題になった。
 この女の子がこれからの人生で何万回も繰り返すであろう「マレなホシと書いてキララと読みます」が痛々しい。「マレ」をわからない人もいるだろう。「ノギヘンにキボウのキです」。ノギヘンをわからない人もいるだろう。領収書に「ウエサマと書いてくれ」と言ったら、ウエサマという苗字だと思い、どんな字ですかと問われる時代だ。たいへんである。気の毒でならない。

 親は生まれてくる子に「五体満足」を願う。これは言葉狩りに遭うなと思っていたら、予測したとおり最近では「差別的表現」として封じられつつある。
 親が我が子に五体満足を願う気持ちは、肉体的に障碍のない子であって欲しい、出来るだけ苦労なく生きて行けますように、という願いだろう。なのに日々使う名前、一生使う名前に、まともではとても読めないものをつける。それが、子供に重い荷を背負わせることだとなぜ気づかない。

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 西洋風の名前に漢字を当てはめるという、西洋と漢字の二大コンプレックスからの命名が主流のようだ。まるで暴走族の当て字である。夜露死苦。まあ日本らしい。この二大コンプレックスは日本人の中核をなす。
 そんな中、「さくら」とか「ひなた」のようなひらがな名が活躍するのもまた日本らしい。そりゃあ私は漢字連想クイズよりはこっちを支持する。

 しかし「」なんて羊に羽という字からわかるように、吹けば飛ぶような、というか吹かなくても飛ぶものすごく軽い名前がなんで流行るんだろう。ヨコハマギンバエあたりが使うのはわかるけれど(笑)。
 白鵬が、土俵上をえっさほいさと駆けるだらしない軽さは、この名前のせいじゃないのか。

 でも名前は多数決原理だ。時が流れると、大地、太陽なんておじいさんと、陽菜、花音なんておばあさんの時代になる。なんだか種まきから食物が育つ過程のようでわかりやすい。太陽と陽菜の子供には「光合成」とでもつけてほしい。

 連想クイズの凝った名前が恥ずかしいというのは、そうではない私の感覚であり、みんながそうなればすぐに慣れるのだろう。
 ただこういうのは常に揺りもどしがあるから、凝った名前が流行った後は、また誰でも読めるシンプル名前の時代が来るだろう。

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 王監督の命名法

 ジャイアンツの王選手がふたりの娘に、ともに「理」の字をつけて命名し、その理由として、「理は王篇であり、嫁に行っても王家のことを忘れて欲しくないから」と語っていたことを、つい昨日のことのように覚えている。かっこいい命名法だと思った。

 時は流れて、その娘が何度も出もどってきて、いまも苗字が王なのはなんとも皮肉である。福岡の包茎医者に三度目の嫁入りをするのだろうか。ってのはどうでもいい話。(たぶん私は何年後かにこの文を読み返したとき、「福岡の包茎医者」の意味がわからず悩むことだろう。)



 宇宙でなさ──イラネーム

 上記、「宇宙と書いて『そら』と読む名前」のことを書いた。
 世はさらに錯乱し、宇宙と書いて「なさ」というのもいるそうである。こうなるとNASA、アメリカ国立航空宇宙局 (National Aeronautics and Space Administration, NASA) を知らないひとには意味不明である。ぜったいに読めない名前だ。
 いま宇宙開発の無意味さが論じられている。それに改称だってある。将来NASAがなくなったり改名したりしたらまったく意味のない名前となり、「なんでなさなの?」と問われたら、その子は「むかしアメリカ国立宇宙開発局ってのがあって」と説明せねばならない。こどもにこういう名前をつける親は何を考えているのか。もちろん父親がNASAに務めていてそのことに誇りを持っているとかなら判る。しかしそうではあるまい。

 ワイドショーで「イラネーム」という流行りことばを紹介していた。当て字で読めない「苛つくネーミング」のことだとか。こんな流行りことばはどうでもいいが、親の自己満足で、こどもにこんな読解不明な名をつけていいものだろうか。こどもの今後を想うと気の毒でならない。(09/9/10)

3/26  難読漢字ブーム──Wikipediaの漢字のつかいかた

 前々から気になっていた。Wikipediaで頻繁に使われている漢字がやたら難しいのだ。いまも「懇ろに労う」と見て、なんでこんなに好きなのだろうと首をかしげる。こういう言い回し、漢字の使い方が好きなのはわかるが、どう考えてもこれを使う必要のない場面なのである。とすると、使うことに酔っているのか。不可解だ。

 先日、同じくWikipediaに「業と間違う」とあった。この場合の「わざと」はこれじゃないよなと思った。といってすぐに正解は思いつかず辞書を引いた。「態と」が正しい。しかしそれ以前になんで「わざと」を無理矢理漢字で書こうとするのだろう。もっともこの場合、「業と間違う」だから、わざと間違えているのか(笑)。

 テレビがクイズ番組ブームである。四月からはますます増えるとか。制作費が安く、そこそこ視聴率がとれるので楽なようだ。そこでこの種の難読や当て字の問題がよく出題されている。どうなのかと思う。出演するタレントも各局同じメンバーだ。鼻につく。

 とはいえそれは消されようとしていた日本文化だから、「一切なかった今までと比べるとよいこと」だとは思う。このかねあいが難しい。



 私は「当用漢字」を学んで育った。今はそれよりはましな「常用漢字」である。調べたら「1981年から」呼称を変え、制限を緩くしたようだ。

 こどものころなんの疑問も持たず読み書きしていた「当用漢字」が、「当面用いて、そのうち全廃する予定の漢字というもの」だと知ったときはおどろいた。「当面用いる」までは想像もつくが、そのあとにある敗戦コンプレックスによる漢字全廃の思想は知らなかった。アルファベットにあこがれ、日本語をぜんぶローマ字で表記しようと本気で考えていた学者がいたのだから正気とは思えない。読みづらかったろうなあ。朝鮮人はハングル文字の機能性を自慢するが、私はむしろ気の毒になる。自分たちの創案した文字、という誇りはわかるが、誇りも高くなりすぎると苦くなる。漢字とハングルを混ぜるともっともっといいのに。なぜその柔軟性がないのだろう。それがあの民族か。

 漢字全廃の思想を知らないので、私は当用漢字という枠組みを「漢字は数が多すぎるので、常識的に覚えるべき数を決めた」とのみ解釈していた。

 私の世代が当用漢字から悪影響を受けた代表的な例として「退廃」がある。こどものころ、辞書を引いて、退廃、頽廃と二種類あるので、同じ意味、どっちでもいいのだと思った。当然画数の少ない「退廃」で覚える。このころの私はむしろ「頽廃」と難しい方を書いて粋がる連中を嫌っていた。時代遅れだと。お恥ずかしい。
 後に、「退廃」は、頽廃の「頽」の字が当用漢字の使用制限で使えないから、同じタイの音の「退」を当てただけの造語=熟語としての意味がない、と知る。まさに頽廃である。交叉点を交差点とか、その辺は高島先生の本からいくらでも例を引けるが長くなるので先を急ぐ。



 文部省から押しつけられる漢字で育ってきた私が、それに疑問を感じるようになったのは、あの「かな混じり語」からだった。理由は不自然でかっこわるいからである。この「かっこわるい」は判断基準として有効だ。中でも新聞でたびたび目にする「ら致」は印象的だった。それと「だ捕」である。前者が北朝鮮、後者がロシアだから、両方とも共産国家と関わっている。

 新聞の見出しになっている「ら致」が、みっともない。「なぜそのことばにそんなにこだわるのか。他の言いかたをすればいいではないか」とは高島俊夫先生がたびたび書いている。こういうかっこわるさに平気な新聞社、新聞記者の鈍さがわからない。彼らに「ら拉」という表記に関する疑問はないのだろうか。
「ら致」のみっともなさが果たした役割は大きい。それは「拉致」という小学生でもかける簡単な漢字だったからである。単に役所が決め、それに従っていたから表示できないというだけの理由だった。

 かといって私はむずかしい漢字を礼賛する気はない。たとえば「薔薇」とはまず書かない。ふだんこんな画数の多い字を書く必要はない。「バラ」で通じるのだからそれでいいだろう。躊躇と書いているなら「ためらう」にでもして先を急ぐ。画数の多いむずかしい漢字を書けることを自慢するようなのは、この世で最も嫌いな人種になる。
 しかし「ら致」はいやだ。かっこわるい。まして簡単な漢字だ。拉致と書きたい。

 私の心理を分析するなら、最近の難読漢字ブームを、よしとするのは、「ら致ではなく拉致と書くべし」の感覚。なんとなく鼻についていやだなあと思うのは、「薔薇はバラでいいだろう」の感覚から来ている。

※  ※  ※

 本題にもどって。
 Wikipediaは、「拉致」と表記できるようになってからのメディアである。書き込むひとは、ネットで使える可能な限りの漢字を使おうとしているかのようだ。手書きではなくキイボードだから画数が関係ないという理由もある。
 先日2ちゃんねるで印象的な書き込みを見た。それは《手書きのときは「ない」は、ほとんどみな「ない」と書いていた。それがワープロの普及でやたら「無い」が増えた》というものだった。なるほど、手書きなら「ない」をわざわざ「無い」と書くひとはすくない。「薔薇」は面倒でもこの漢字でなければならない場合もあるが、「ない」が「無い」でなければならない場合はまずめったにない。Wikipediaの難読漢字の多さも画数に関係なく変換するIMEが主だった原因なのだろうか。

 それとはまたべつに、「簡単な文を書くと軽く見られる」もあるのだろう。なにしろ素人が、失礼、その分野のエキスパートが、誰でも自由に書き込んでいる文である。次から次へと上書きされてゆく。そうか、すると、最初の人が「ねんごろに」と書いたのを、次のひとが「懇ろに」と書き直したりして、どんどん難しい漢字になっていった、という経緯もあるのだろうか。とにかく不自然なほど難読漢字を使っている。

 ねんごろとは、ネモコロから来ている和語だから、むしろ「念ごろ」「根んごろ」とでも当てたほうがまだわかりやすい。「懇」は単なる当て字に過ぎない。漢字コンプレックス、英語コンプレックス、この国の劣等感は複雑だ。



 漢字とかなの線引きはむずかしい。
 私が「ら致」のようなかな混じり語を嫌ったのは、それが幼稚に見えたからである。かな混じり語はこどものとき誰もが経験する。「大変だ」と書くのに、まだ「変」はむずかしくて習っていなかったりして、「大へんだ」と書いたりする。いまの私なら「たいへんだ」と書くが、それは今の話。こどもはこうして字を覚えてゆく。そこにはこどもなりに「変の字がまだ書けない=自分は未熟である」の感覚がある。「大変だ」と書けるようになると一歩進歩だ。
 それがあるから新聞の「ら致」があまりに不自然に映ったのだった。新聞記者が拉致を書けないわけがない。なのにその不恰好な見出し。それが漢字制限から来ていると知ったときのおどろき。それじゃ新聞社に自由や文化を語る資格はない。

 難読漢字を高学歴タレントやらが読みこなして喝采を浴びるテレビ番組は、スイッチを切れば見ずに済む。
 だがこれからも世話になるWikipediaのやたら難しい漢字からは逃げられない。こういうのって、気にしないようにしようと思えば思うほど目につくからたちが悪い。

※  ※  ※

 「漢字は日本語である」のかな?

 先日本屋でこの本を見つけた。「漢字は日本語である」とは、日本人に対するインパクトを狙ってのタイトルだろうが、こんなことを言ったら漢民族は怒りそうだ(笑)。あそこは本気で国家レヴェルの抗議をしてきたりするからな。だいじょうぶか?
 それになんだか、剣道でも柔道でもなんでも朝鮮起源にしたがる朝鮮人みたいで、どうにもこのタイトルには同意しかねる。

 ただし言いたいことはわかる。読まなくてもわかるぐらいだから立ち読みで内容は十分に理解した。
 漢字は漢民族の偉大な発明だが、それをいじくり回して自分たちに都合のいいように作り替えたのは日本人である。
 自動車の便利機能がみな日本人の発明であるのに似ている。洋式便器を知って日が浅いのに、電熱であたたかい便座にし、水で洗うウォシュレットを発明し、風で乾かすまでいってしまった。西洋人はあたたかい便座ですら感激する。まして水が出て洗って乾かしてくれるとなるともう驚愕だ。それが日本人。

 西洋語の概念を次々に漢字に置き換えたのは日本人の功績である。結果、本家は国名の「中華人民共和国」にすら、日本人の作った「人民」や「共和国」を使うことになった。日本人の作った漢字熟語を使わないと国名も名乗れないのが本家なのである。なんたる皮肉であろう。

 高島先生の「漢字と日本人」にあるのだが、日本では日常的に使う「四面楚歌」「呉越同舟」のようなものが、本家ではまったく使われていないという。まったくと言ってしまうと語弊があるので補足すると、ふつうに出回っている新聞や雑誌ではまず目にしないそうだ。これなんか「楚」「呉」「越」という中国の古代国家を知らないと出てくるはずのないことばだ。

 妻によると、中国の小学校での歴史教育は、「毛沢東出現以前の中国にはまともな国家はなかった」というものらしい。皇帝はすべて悪なのだろう。毛沢東皇帝が最悪のように思うが(笑)。そういう歴史観だから、そりゃ四面楚歌も呉越同舟も使われないはずである。きっと「三国志」も日本人オタクがいちばん詳しいだろう。

 そういう本家でも使われない古い表現を日常的に愛用したり、現在使われている漢字熟語の半分は日本人が作り出したと言われているから、この本のタイトルはあながちまちがいではない。でもやっぱり漢民族を不快にさせるこのタイトルはどうかと思う。



 漢民族に対して気兼ねしているのではない。たとえるなら「おまえは漢だ」と粋がって使う日本人若者に対する苦笑と同じ感覚である。「おまえは男の中の男だ」の意で使っているらしいが、ふつうに解釈するとそれは「おまえは漢民族だ」と言っているにすぎない。それと同じ気恥ずかしさをこのタイトルに感じる。でも私が編輯者だったらやはりこのタイトルにするか。いちばんインパクトがあって話題になり、売れそうだ。

 それもこれも漢字ブームだからだろう。それは間違いなくネットから生まれた右傾化と関連している。民族としての誇りを確認しようとする流れがそっち方面に向かったのだ。しかし正しくは右傾化ではなく、今までが心の壊れたままの時代だったのだ。日教組による歪んだ指導体制への反発である。まともにもどるためのひとつの傾向と解釈したい。過渡期である。
 よいことだ。でも難読漢字の連発するWikipediaを読んでいると、そろそろ一息ついて欲しいと思うこのごろ。過渡期だからしかたないとは思うが、ほとんど「難読漢字使用ごっこ」のおもむきだ。

 高島俊男先生の「やたら漢字を使いたがるひとはバカ」「無教養な人ほど漢字を使いたがる」は至言である。中身に自信のないひとほど鞏固な鎧を着たがる。


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 常用漢字の「常用」ってなんだろね?

 当用漢字と常用漢字の違いをWikipediaで確認した。Wikipediaには日々感謝している。手持ちの辞書で調べるのと比べたらその便利さは計り知れない。なにより連想で、次々と興味をもった項目を調べられるのがありがたい。
 こんな箇所があった。


《常用漢字には、府県名の「阪」「鹿」「奈」

「岡」「熊」「梨」「阜」「埼」「茨」「栃」「媛」は含まれていない》



 有名な話であるが、あらためてこれらの字を見るとしみじみと考え込む。う~む、「常用」ってなんなのだろう。これらの漢字が常用ではないらしい。役所仕事のすさまじい矛盾を感じる。
 当用漢字になかったのはまだわかる。なにしろ「全廃するまで当面使用する漢字」なのだから、そりゃあいいかげんな選択だったろう。だがそれを直した常用漢字はもっとしっかりすべきだ。すでに「全廃はない」と確定しているのだから。

 高島先生は「JIS漢字のいいかげんさ。そのことによる漢字文化の崩落」を指摘した。するとJISからかなり憎まれるようになったとか。役所ってのはいいかげんなくせに逆らうものには牙をむくらしい。しかし上記の字がはいっていない「常用漢字1945字」って……。

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 わきまえたいものだ

 Wikipediaで「弁える」とあった。なんて読むんだっけとしばし考える。「わきまえる、かな?」と思いついて辞書を引く。当たった。
 しかしなあ、どう考えてもそれはどうでもいい芸能的なテーマで、「弁える」なんて使う必然性がない。無理に使うにせよ「わきまえる」でいいだろう。やだなあ、こういう流れは。(08/5/30)

2/23


 
黒人演歌歌手デビュー

黒人演歌歌手のジェロに歓声 (スポニチアネックス)

 米国出身の黒人演歌歌手、ジェロ(26)のデビューイベントが20日、東京・渋谷の外資系CD店「HMV」で行われた。

 同所で演歌歌手のデビューイベントが開かれるのは初めて。今月に入ってテレビの計30番組以上から出演依頼が来るなど話題沸騰中とあって、会場は限定120人のファンに加え、報道陣70人で超満員。

 神奈川県内に住む兄マイケルさん(35)夫妻も駆けつけた中、デビュー曲「海雪」を持ち前の甘い歌声で披露。得意のヒップホップダンスを交えての“歌って踊る演歌”という斬新なパフォーマンスも公開。故吉田正氏作曲のカップリング曲「東西南北ひとり旅」では滑らかにコブシを回し、流ちょうな日本語で「皆さま、手拍子をお願いします」。と目を潤ませた。

 この日の発売日にはカセットと合わせ計8万3000枚を出荷。オリコンデイリーチャートにも16位で初登場。

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 黒人演歌歌手という仕掛けはおもしろいし、この青年にも好感を持つ。やたら日テレが押していて、経歴やキャンペーン風景を流していたので、デビュウまえからみょうに詳しくなってしまった。

 ただ、この「海雪」という歌は、彼らしい新味を出そうと練られた曲だからなのだろうが、今風J-Popの早口の歌詞があったかと思うと、いきなり演歌風にまったりしたりして、本来の演歌ファンが親しめるものではない。衒った奇が実を結んでいない。かといって若い世代がよろこぶものでもない。中途半端なろくでもないものだ。

 素材としておもしろいのに、もったいないと思う。あんな曲なら彼が大好きだという「夜桜お七」(これを唄ってNHKのど自慢に合格したとか)のカヴァーでもしたほうがよほどいい。
 ま、勝負は次の楽曲の出来具合だ。(投稿予約原稿)

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【附記】 秋元康と宇崎竜童

この曲の作詞は秋元、作曲が宇崎だと知る。有名どころに頼んだ力の入った曲になる。推測通り、あの演歌には不似合いな早口の箇所等も、「ラップも得意な黒人演歌歌手」というコンセプトからの仕掛けなのだろう。

でもやはりつまらないものはつまらない。ゆったりした演歌が好きな本来の演歌ファンには唄いづらい曲であろうし、かといって今までの演歌とは一味違うと若者が飛びつくとも思えない。
どっちつかずの失敗になるだろう。(2/24)

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【附記・2】 大ヒットらしいが──08/5/3

 うまく話題性が当たり、演歌としては大ヒットらしい。テレビでもかなりの露出度だった。日本語もうまいし、好感を持ってむかえられている。しかしこの曲を称える気にはならない。

 今度名曲をカヴァーしたアルバムを出すそうだ。聞いてみたいのはそっちである。
 

7/5 読めないけど書ける不思議


 最初に左の書のこと。これはギャンブルで生計を立てている自称「博奕屋」こと梶山徹夫さんが、友人の書道展に出かけて撮った写真である。梶山さんのブログに掲載されていた。ちょうどこの拙文に適しているので拝借した次第。以下本文。

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 四年前まで生活の中心を茨城の田舎において、十数年老父母の世話をしていた。田舎町の「芸術祭」とやらも父母を送迎する関係で毎年目にした。父は詩吟や水墨画、母はアートフラワーや木目込み人形等で関わっていた。田舎のひとはそれはそれで真面目に取り組み、楽しんでいるのだろうから、ケチをつける気はない。私の父母も長男一家との同居がなく、さびしい老人二人だけの暮らしだったから、こういう趣味の世界に走ったのだろうし、こういうものがあることはよいことなのだろう。ただそこには田舎の定番である「ふれあいの里」なんて看板があったりして、そういう言語感覚にけつがこそばゆくなるのはいかんともしがたかった。

 書画のコーナーに、拝借した写真のような書がずらりと並んでいる。それが私には不思議だった。書いたのは近所の農家のおばさんなのである。言っちゃわるいが言わないと話が進まないので言うと、人品骨柄卑しからず、ではなく卑しい人である。誤解のないようさらに補足すると、私は田舎の無学なじいさんばあさんが大好きである。一所懸命生きてきたひとは自分の哲学をもっている。それはうつくしい。高学歴のやたら横文字を引用するような手合いよりもずっとずっと好きである。しかしだからといって田舎のじいさんばあさんがみんないい人なんてことがあるはずもない。これも重要な真実だ。写真のような見事な書を出展しているばあさんは、こどもの頃から大嫌いなおばさんだった。とにかく下衆な人であった。いわゆる根拠もなくひとの悪口を言ったり、ひととひとを不仲にして喜ぶようなタイプである。こども心にもそれはわかったし、こどもとして傷つけられたこともあった。とにかく嫌いな人である。なのにそのひとがほんの一、二年前から習いはじめた田舎のサークル「書画愛好会」から写真のような見事な作品を出品しているのである。私には驚きだった。無学なあのおばさん(いまはばあさん)が、なぜこんなものが書けるのか、不思議でならなかった。

 家に父が友人からもらった墨書の「脚下照顧」なんつう額がある。出入りしている京都出身の庭師がそれを正しく読んだと父母が語らっていた。さすが京都出身だ、この辺のひとは誰も読めないのに、などと。まあ京都に行けば下駄箱にある四文字ではある(笑)。そんなものを麗々しく床の間に飾ってあるのが茨城の田舎らしい。
 私はあの漢詩の日本読みが大嫌いだった。あの返り点とかレ点とかを使っての行ったり来たり読みだ。何事も学ぶことはうれしく、学問はみな好きになり真剣に取り組んだが、どうにも嫌いでやる気にならなかったのがこの漢文というやつだった。高一のころはしかたなくやっていたのでまずまずだったが、やがてまったく勉強しなくなった。テストでも解答を書かなかった。出来ない以前に書く気になれないぐらい嫌いになっていた。高三の後期、それで通信簿に2をもらった。通知表だけはよかった私の生涯最初で最後の2である。もっともそのあとの大学ではD連発になるのだが。

 そういう経緯もあって、この種の書をすらすらと書き、読みあげるひとに一目置いてしまう。嫌いだし興味がないし、自分がそうなりたいとは思わないのだが、それとはべつに、それを出来る人はやはりすごいと素直に思う。
 その思わず尊敬してしまう凄いことを、軽蔑している田舎のばばあが、というかそのばあさんに限らず、出品している何人もの田舎のじじばばがこなしていることが不思議だった。

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 その謎が「Web草思」に連載されている高島俊男先生の一文を読んで解けた。(なにがあったのか髙島先生はこの連載を休んでしまい、そして草思社そのものが倒産することによってこのサイトもなくなくってしまうのだが……。)

 手短にまとめると、
・髙島先生に「これは何が書いてあるのか教えてくれ」と、写真のような書を手に知りあいが言ってきた。
・「誰が書いたんだ」と問うと、「もちろん自分だ」と言う。
・自分で書いたものの意味がわからないのだから呆れる。
 という話。

 私はこのような書を書くことは、当然書く漢字はすべて読めて、文章も理解しているものと思っていた。自分がそう取り組むからだ。それがまちがいの始まり。これらは野山を描く「スケッチ」と同じだったのである。文の意味も解らない、字も読めない、当然くずしてある字が何の草書体であるかすらも知らない。ただ目の前にある書を「絵」として、ひたすら真似るのである。それだけなのだ。わかってみれば手品と同じで簡単なことだった。だが私は自分を規準にして、わかっていなければ書けないものと思っていた。

 ここで他者の気分で考えてみると、世の中には、こういう田舎の芸術祭の書なんてものを見て、即座に「こういう書なんてのはね、読めもせず、意味も知らずに書いてるんだよ。田舎のじいさんばあさんがね。書以前にただのスケッチだね」と即座に看破するひとも多々いるのだろう。いや看破なんて以前に、そんなことは苦笑しつつの常識なのかも知れない。

 世の中の多くの詐欺事件は、詐欺師が上手に相手の劣等感にもぐりこんで、そこから崩して行くものが多い。鞏固な鎧で自分を護っている人にも、必ず弱い部分があるのだ。
 この勘違いも、漢文嫌い、書が苦手という私の劣等感から始まっていた。なるほど、ひとはいろんなことを引きずるものである。勉強になった一件だった。

08/11
 610ハップ、製造中止──硫化水素自殺の餘波



 車内に排気ガスを引きこんでの自殺や煉炭自殺に次いで硫化水素による自殺というのが話題になっていた。
 そういうことに興味がないので詳しい方法は知らない。興味がないというのは自殺にではなく、そういう薬物による方法にである。というのは、自殺は首吊りが一番なのだ。まったく苦しくなく、それどころか最後に脱糞放尿、射精までしているように、気持ちのいいものであるらしい。自殺の王道だ。あえて目新しいものを探す必要はない。

 私がしたくないのは飛び降り自殺。地面につくまでの時間が溜まらない。この場合、よく言われることだが、地面までの数秒で、それまでの人生を早送りで見る気がする。もうひとつは電車への飛びこみ。ガツンという衝撃で死ぬのはこわい。まして瀕死の重傷で助かってしまったりしたらたいへんなことになる。それと他人様に大迷惑をかけるのもいやだ。死ぬのだから他人への迷惑などしったことか、とは思わない。鉄道への飛びこみ自殺は傍迷惑である。これはしない。
 私は富士の樹海にでも行って首吊りをする。自殺の場合、そう決めている。

 自殺方法の流行りもけっきょくは気持ち良く死にたいということなのだろう。たしかにクルマの中に排気ガスを引きこみ、睡眠薬を飲んで、家族そろって苦しまずに死ねるならそれは流行るだろう。首吊りより死に様がきれいだ。日本人は死体となってからの自分にも気を遣う。私の場合もどうせ首吊りなら近所でいいようだが、やはり青木ケ原まで行く。垂れながしの死体を見られたくない。部屋はきれいに整理整頓してから出かける。



 この硫化水素による自殺で感心したのは、そういう薬物に詳しいかたが「決して楽ではない」と忠告していたことだ。ガスを発生させ、それを吸えば一瞬にして意識がなくなって死ねるようなことが伝えられていた。それに対しそのかたは、「絶命するまではのたうちまわるような苦しみがある」とし、苦しいことを自覚せよとブログに書いていた。このかたは基本姿勢として「自殺をしてはならない」と警鐘を鳴らしているわけだが、同時に、薬物智識があるので、「苦しまずに楽に死ねる」という誤解が不愉快のようだった。
 もちろん私はこの自殺方法に興味はないから、それはいま調べたことである。六一○ハップのことがなければ、この「硫化水素による自殺」は私とは無縁の出来事だった。

 以下の青字、赤字は2チャンネルの「ニュース速報+」からのコピー。

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練炭自殺に代わる、新しい自殺方法が開発されました。
火を起こす必要はありません。練炭よりも簡単です!

薬屋で簡単に買える2種類の液体の原液を、狭い密閉区間でただ混ぜるだけ!
一酸化炭素より強力な毒性を持つ【硫化水素】が一気に発生します。

★よく「塩素ガス」と誤解されることがありますが、こちらはもう少し強力な【硫化水素】です。
★ 
1000ppm以上の【高濃度硫化水素】を一気に吸えば、一瞬で意識を消失(ノックダウン)できます。
 ※ 「塩素ガス」では「ノックダウン」ができません!

 サソポ一ノレ ( ゚д゚)  厶卜ウ八ップ
       ヽ/| y |ヽ/
※風呂場や自動車の中なら、各2リットルづつでじゅうぶんです。
※サソポ一ノレの代わりに自動車バッテリーの硫酸でもいいですし、厶卜ウ八ップの代わりに石灰硫黄合剤という農薬でもOKです。 すぐに1000ppm以上の致死濃度に達します。 (実際にはバケツなどの容器の中で混ぜましょう)

用語解説
厶卜ウ八ップ(六-○ハップ) : 硫黄(硫化カルシウム)入りの入浴剤。医薬品なので薬局・薬店でしか買えません。通信販売でも買えるところもあります。
★石灰硫黄合剤 : 厶卜ウ八ップとほぼ同じ成分の農薬。ホームセンターのガーデニング用品コーナーで買える。
★サソポ一ノレ : 有名なトイレ用酸性洗剤。塩酸が9.5%含まれている強酸性の液体。 (自動車用バッテリー硫酸液でも代用可能)

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 これは硫化水素による自殺が話題になったときにみたもの。これを読んだとき、、「ああ、風呂場に六一○ハップもサンポールもあるから、おれもいま流行りの硫化水素自殺ってのが出来るんだな」と思ったことを覚えている。それだけだった。 ところがしばらくしてから、同じく2チャンネルの「ニュース速報+」に、「六一○ハップ製造中止へ」というスレが立ったのでおどろいた。

今年前半に日本各地で相次いだ硫化水素による自殺を受けて、販売自粛要請を受けた入浴剤「ムトウハップ(六一〇ハップ)」を製造していた創業102年の老舗企業、武藤鉦(むとうしょう)製薬が業務を終了することが明らかになりました。
すでに工場は停止しており、会社自体も業務を終了する予定であるとのこと。

業務終了へと至った経緯は以下の通り。

GIGAZINE編集部が武藤鉦製薬に電話で問い合わせたところ、武藤鉦製薬は10月いっぱいで「ムトウハップ」などを製造していた工場を停止したそうです。そしてカスタマーサポートなどのために一定期間業務を続けた上で、会社自体も業務を終了するとのこと。

そしてその背景として、相次ぐ硫化水素による自殺を受けて日本チェーンドラッグストア協会が加盟しているドラッグストアに対して、今年の4月に「ムトウハップ」の販売自粛要請を行ったことが大きく影響しているそうです。

これは「ムトウハップ」の全体の7~8割がドラッグストアで販売されているため、販売自粛による売り上げの大幅な低下や大量の返品に加えて、販売自粛要請が7月いっぱいで解除されたものの、解除されたこと自体がドラッグストアに周知されておらず、ひどい場合は顧客からの問い合わせに対してドラッグストアが「会社が無くなった」などと回答していたことにより、販売の見通しが立たなくなったことが挙げられています。
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20081125_610hap/


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 以下は、そのスレで見掛けた書きこみのひとつ。

確か20人とかそのくらいの社員数だったんだよね。
少人数で真面目にコツコツ長い年月続けてきた真っ当な会社が、こんな形で倒産に追い込まれるなんて…ひどすぐる。
社長さん以下、みなさん今後どうやって生計をたてていかれるんだろうか。
気の毒に…。


 なんともたまらん気持ちになった。社長の武藤さんが「六一○」と自分の苗字に数字を当て、それと「ハッピー」から命名のしたのが六一○ハップだ。ムトーが610ではなく六一○であるところに時代を感じる。そんな長命の商品がこんなことでつぶされるとは……。
 すでにどのドラッグストアも返品しているのでもう入手は困難だという。しかし数日前、ちかくのチェーン店のドラッグストアで見掛けた。いつもそこで買う。買い溜めせねばならない。



 私が六一○ハップを知ったのは高島俊男先生の『お言葉ですが…』でだった。ちょうどいま手元にあるので正しく書ける。『お言葉ですが…』第8卷「百年のことば」の中にある「ムトウハップは生きていた」である。
 そのへんの経緯は以下に書いたので省略。

《『お言葉ですが…』論考》──六一○ハップのこと

 2005年に田舎から引っ越したとき、引っ越し先のマンションに前住人が残していったのだった。それがなかったら私はいまだに接していなかったろう。以来、缺かせない入浴剤になっている。といって頻繁には使わない。たまに使うからいい。それと、私の感覚だと「冬の入浴剤」である。夏場はクールタイプがいい。強烈な硫黄の匂いで芯からポカポカ温まるこれは冬場の入浴剤である。



 一週間前ぐらいに、いつも買う近所のドラッグストアにあった。たしかにあった。製造中止ということはこれからはもう買えなくなるのか。この時点でまだ私は事態を軽く見ていた。さほど焦る必要もあるまいと。
 歩いてそのドラッグストアに行く。するとかつて華やかな色取り取りの各種メーカー品の端っこに、好事家ご用達とばかりに竹酢液や木酢液と並んでおいてあった六一○ハップが見事なまでに消えていた。以前見掛けたとおり、2本おいてあった場所が空白になっている。あの事件と報道で片づけられたのは明白だ。あらためて、くだらん自殺騒ぎから製造中止(=会社閉鎖)に追いこんだ連中に怒りが湧いてきた。
 

武藤鉦製薬:入浴剤「六一〇ハップ」製造中止 硫化水素自殺の影響

 薬用入浴剤「六一〇(ムトウ)ハップ」を製造、販売していた武藤鉦(むとうしょう)製薬(名古屋市中区)が、同製品の製造を10月末で中止し、工場も来年中ごろに閉鎖することが分かった。別の薬品を混ぜて硫化水素を発生させて自殺する事件が多発した影響で、売り上げが落ち込んだのが原因だという。

 同社は1906年創業。六一〇ハップは、硫黄、生石灰などが含まれた医薬品で、腰痛や肩こりなどに効果があるという。

 年5月、「日本チェーンドラッグストア協会」(本部・横浜市、約1万2700店加盟)が、六一〇ハップなど硫黄成分の入った製品の販売自粛を加盟店に要請。7月に解除されたが、売り上げの大幅な減少や大量の返品で出荷量が昨年と比べて3分の1以下に減少。経営が悪化し、9月に製造中止を決めた。

毎日新聞 2008年11月27日 東京夕刊


 この流れを作ったのは民主党の「はたともこ」という議員である。この女が自分のブログで《民主党は、「六一〇ハップ」の販売停止と、「石灰硫黄合剤」の販売規制を、直ちに政府に求めるべきです》とがなりはじめた。5月である。そこから上記のドラッグストア協会が動き、六一○ハップは生産中止、会社閉鎖に追いこまれた。かつて「週刊金曜日」がやった「買ってはならない」と同じサヨクによる企業テロである。

 このバカ文章には心有る人びとから抗議が殺到し、へたれバカ女はすぐに削除した。ドラッグストア協会も己の愚に気づき7月には解除した。しかしもう傾いた六一○ハップには立ち直る力はなかった。
 この民主党のバカ女議員のキャッシュは残っている。ぜひ読んで欲しい。まことに腹立たしい文だ。こういうバカ女がいるのが民主党の現状だ。

http://s04.megalodon.jp/2008-1125-1424-02/blog.goo.ne.jp/
hatatomoko1966826/e/41d98ebb542ea1ebedec6ce31723e5d1


 この件で看過できないのは、大手キンチョウが発売するサンポールはなんら問題にはならず、弱小企業の六一○ハップが狙い撃ちでつぶされたことである。私はむろんサンポールも同罪だなどと寝惚けたことを言うつもりはない。サンポールも六一○ハップも両方共存在すべきだと言っているだけだ。自殺に利用するバカがいるからと入浴剤を生産中止に追いこんでなんの意味がある。煉炭自殺が連続したら煉炭も作らせなくするのか。なんちゅうバカ女だろう。悔しかったろうなあ、六一○ハップ関係者は。まことに腹立たしい。

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 自転車で町中の薬局を走りまわった。どこもみなすでに片づけ、返品してしまってなかった。
 もう入手は無理だと諦めた。あとはネットでなんとかならないかと探すだけだ。

 そんな中、無駄とは思いつつ、まだ諦めきれず、あるチェーン店のドラッグストアに入った。同じ名前のチェーン店にすでに三店入っていた。どこでももう片づけてなかった。同じ系列なのだからあるはずがない。無駄とは思いつつ行ってみた。すると入浴剤置き場に、「ムトウハップを御希望のかたはカウンターでお申込みください」との貼り紙を見つけた。

 カウンターに行くと、まだ商品があり、それを売切ってお終いだという。思うに、この店の薬剤師(三十代の女だった)は、自殺騒ぎによって入浴剤が発売中止になり商品をすべて返却するという流れに反撥していたのだろう。私は好意的にそう解釈した。同じチェーン店でも他店がみな一斉に返品して1本もなかったのに、この店では在庫品をあえて返品せず保有していたのである。

 私はここで写真のように大瓶3本を購入した。1本880円だった。あとまだ大瓶が1本と小瓶が3本あるという。一瞬、ぜんぶ買ってしまおうかと思ったのだが、世の中には私よりももっと切実に六一○ハップを必要としているひとがいるかも知れない。その人がここに来て、「先程来た男の人がぜんぶ買って行きました」となったら気の毒である。薬剤師が返品しなかったのも、熱心な固定客がいることを意識したのかも知れない。まだ製造中止が決定したばかり。なのにドラッグストアの返品は早かった。その固定客はまだ製造中止を知らず、知ったら急いで駆けつけてくるかも知れない。私はこの店の常連ではない。捜しまわって見つけた店だ。大瓶3本だけにした。たまにしか使わない。これで一年は保つ。

 六一○ハップを当面充分な量、確保できてほっとしたが、製造中止、会社閉鎖に追いこまれた関係者の無念を思うと楽しい気分にはなれない。くだらん国である。

08/10  <Shop99>が<ローソンストア100>に

 <Shop99>──Wikipediaより

 2005年春に国立市に引っ越した。そこで初めて<Shop99>という「生鮮食料品もある100円ショップ」を知った。それまで存在すら知らなかった。便利だった。ありがたかった。24時間好き勝手に生きているから、買い物をしたいと思ったときはスーパーが閉まっていたということが多い。買い溜めをする感覚もない。また国立のスーパーは土地柄なのか気どっている店が多く好きではなかった。安くていいものを売ろうと努力している一般の店もあった。がこの種の店はさらに閉店時間が早い。午後八時前に閉めてしまう。夢中になってPC作業をしていて気づくと零時過ぎ。腹が減ったが何もない。何かを買ってきて作りたい。開いているのはコンビニだけ。弁当ぐらいしかない。そんな私に<Shop99>はちょうどいい存在だった。それからずっとお世話になっている。(思い出した、近所に24時間営業のオリジン弁当があって助けてもらった。)

 なんでこの地域にはこんなユニークな店があるのだろうと思ったら、この辺が発祥の地なのだった。本部は小平市。1号店は立川となっている。



 いまの住まいに引っ越したときも、すぐに<Shop99>を探した。生活に缺かせない店になっていた(笑)。さいわい、あった。すこし遠いけど。

 何度か行った近所のレンタルヴィデオ屋が潰れた。この地域では老舗だったらしい。というのは、この地域出身の旧友がずいぶんとむかしからあったと言っていたからだ。気の毒だったが時の流れである。大きな<TSUTAYA>が出来て繁昌している。かなわない。

 <ローソンストア100>──Wikipediaより

 その店の跡地に出来たのが<ローソンストア100>だった。<Shop99>と同じである。ローソンがこんな店を始めたのかと感心した。<Shop99>は私の住まいから2キロはあり、自転車で通っていたが、こちらは500メートルほど。ちょうど散歩がてらにいいので、いつしかこちらを主に通うようになっていた。すぐちかくにファミリーマートがあるのだが、それと比すと、いかに<ローソンストア100>がすばらしいかを実感する。それでも寒くなってくるとこの500メートルが面倒で、ついついファミマを利用してしまったりするのだが。

 2キロほど離れた<Shop99>は、一連の店の中でもかなり大きい方で2階建ての店舗だ。一階の食糧品はもちろんだが、二階の雑貨が充実していてずいぶんと世話になっている。

 店頭の生鮮食料品──Wikipediaより

 先日その店で買い物をしたとき、一品が105円だった。<Shop99>は一品99円で税込104円である。値上げしたのかな、でもそれだと99円ショップじゃなくなっちゃうなあと店の前で看板を見あげると<ローソンストア100>になっていた。大袈裟じゃなく「はあ!?」としばし呆然とした。<Shop99>が<ローソンストア100>に突如変身したことが信じられなかったのだ。だって店内は<Shop99>時代とまったく同じなのである。どういうことなのだろう。商品や外観が変ったのならまだ理解できるのだが。

 帰宅して調べる。するとTOBで乗っ取られたことが判った。<Shop99>は<ローソンストア100>になるのだ。店舗の名称変更は徐々に進めて行くらしい。まだほんの数店の段階。この店は<Shop99>の地元なので実験的に選ばれたのだろう。しかしまあおどろいた。だって数日前に行った<Shop99>がいきなり<ローソンストア100>に変っていたのだ。事前知識があればともかく、なにもなかったからこんがらがった。



 そうして調べているうち、ローソンの本部が東京だというのでまだおどろいた。私にとってローソン=ダイエー=関西、である。二十数年前の話になるが、大阪のカメラマンと電話で話していたら、彼がコンビニという意味で「ローソン」と言っているのがとても印象的だった。つまりそれだけ関西ではローソンが普及していることになる。東京ではローソンを見掛けたことがなかったから(すくなくとも私の行動範囲である品川にはまだなかった)彼の言うローソンということばすら新鮮だったのである。

 そのころ見たアメリカ映画で、登場人物が「ティッシュ、取って」というセリフを、「クリネックス、取って」と言っているのが同じように新鮮だった。普及している固有名詞は一般語に成り得る。そのアメリカ人にとって(脚本家だけれど)ティッシュペーパー=クリネックスであるように、大阪のカメラマンにとってコンビニ=ローソンなのだった。ちなみに、言うまでもないことだが、当時もいまも私にとって最も馴染み深いコンビニとはセブンイレブンである。

 2001年正月に名古屋に遊びに行った。友人のSにそういうことを問うたとき、彼が「サークルK」と言った。私はそれまでその店を見たことがなかったし、名古屋は関西のローソンの支配下にあると思っていたから、Sのことばを冗談かと思ったほどだった。もちろん冗談ではなく名古屋はサークルKの牙城だったから、そこいら中サークルKだったし、さらにその後、石川県を走ったとき、あっちのほうにもサークルKは強いことを知る。全国どこでもコンビニ=ローソンと思っている大阪のカメラマンの地方感覚を私はおもしろがったわけだけれど、私もまたコンビニ=セブンイレブンと思っている東京ローカルなのだった。



 思えば、そんな地方感覚があった時代は楽しかった。いまローソンは関東にもあふれるようになったし、サークルKも合併して中央に進出してきた。いまでもきっと「その県でだけ強いコンビニ」はあるのだろうが、十年前とはもうまったく異なっている。
 私の中で「ローソン=関西」という意識はかなり強かった。ローソンの中にあるのは大阪の商品であり、食べ物の味つけも大阪風とすら感じていた。セブンイレブンとのちょっとした違いを見つけると、「やっぱり大阪だなあ」と感心したり貶したりした。それはもちろん私特有の大阪への恋慕と嫌悪から来ている勘違いなのだろうが。
 ローソンが本部を東京にしたのは2007年だった。ついこのあいだである。それまでは吹田市だったらしいから、あながち私の感覚も間違っているわけでもない。
 今はもうなんのためらいもなく日々ローソンを利用している。

 品川で十数年利用していた「脱サラしたサラリーマン三人が資金を持ちよって開店したレンタルヴィデオ屋」が、ちかくに大型店が開店したため潰れてしまったときは無常を感じたものだった。でもしかたない。盛者必衰も有為転変も世の常である。それは割り切っている。割り切らねばならない。一利用者としては、便利でリーズナブルが店があれば、その看板はなんでもかまわない。

 <ローソンストア100>はすばらしい店でありよく努力もしている。がんばって欲しい。心から応援している。それでも、小平市から始まり、東京都下のあたりを中心にがんばってきた「生鮮食料品もある99円ショップ」<Shop99>が、ローソンという名にすべて変ってしまうことには、一抹のさびしさを感じる。

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 手が空いているときには袋詰めをすべきと思う

 私の行く<ローソンストア100>では、開店のころは店員が袋詰めをしてくれた。ところが最近客用の袋詰めの場所を設置し、店員による商品の袋詰めはなくなった。客が列を作るような忙しいときはそれは当然と思うが、深夜の誰もいないときでもそうしている。こちらに商品の入ったカゴを渡した後、店員は手持ち無沙汰だ。ああいうふうに空いているときは袋詰めをしてくれてもいいのではないか。そう思った。というようなことをここに書いていても意味はないのだが。

08/12 浅田真央効果──ハチャトゥリアンの「仮面舞踏会」が話題

 テレビのフィギュアスケート中継で聞こえていたあの重厚な曲に大ヒットの兆しだ。浅田真選手央(18)が今季、フリープログラムで使用しているクラシック曲「仮面舞踏会」を収めたCDの売れ行きが急上昇。クラシックでは異例の1万枚をうかがう勢いだ。

 浅田の華麗なスケーティングを支えるどっしりとしたワルツ。この「仮面舞踏会」は、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチとともに「ソビエト3巨匠の1人」とされるハチャトリアン作曲だ。
 名前は聞いたことがなくてもこの人の「剣の舞」は多くの人が耳にしたことがあるはず。
 浅田がGPファイナルで3年ぶり2度目の優勝を飾った翌日の15日、「仮面舞踏会」を収録したCD「浅田舞&真央 スケーティング・ミュージック2008-9」を発売するEMIミュージックには全国のCD店から注文が殺到。
 この1日だけで3000枚を突破したという
 出荷数はまもなく1万枚に達する勢いで、クラシック界ではまさに大ヒット。
 楽曲のダウンロードも好調で、GP開催中の3日間で1万を突破したが、その半分が「仮面舞踏会」だった。
 CDは大手ネット販売のアマゾンでも16日午前8時ではCD総合ランキングで堂々の30位。順位はさらに上昇中だ。(サンスポより)

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 私もテレビ中継を見た後、HDD内を検索し、ハチャトゥリアンの「仮面舞踏会」を聴いた。ひとはみな考えることは同じらしい(笑)。
 ハチャトゥリアンと言えば「剱の舞」だ。中学生の時にブラバンでやった。
 歌劇は好きではないのであまりもっていないが、運よく「仮面舞踏会=Masquerade」は保有音楽の中にあった。聴きたくなったときに聴けることは重要だ。

 私は真央ちゃんがこの曲を採用したのは最近だから上掲写真のようなCDがすでに出ているとは思いもしなかった。すばやい商売である。えらいと思う。今季採用した曲なのにさっそくもう連繋している。もっともディープインパクト級である真央ちゃんだから出ればメダルに絡む。ハズレがない。彼女がこの曲を採用したという時点でもうCD化は決定していたのだろう。著作権もないし(演奏者にはあるけれど)すぐに行動できる企劃CDである。

 こういう形でクラシックの名曲が縁のなかった人達にも好まれることはいいことだ。浅田効果は大きい。

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 花形スケーターには良い時代

 テレ朝の中継のとき、CMはみな浅田真央出演のものだった。一方、いまや落ち目韓国の期待の星である金妍児も10本のCMに出ているとか。1本7千万円だと報じていたからCMだけで7億の収入があることになる。

 フィギュア・スケートは持ちだしのスポーツだった。才能ある娘に花開かせたいと両親が必死で有り金を注ぎこむ競技だった。衣裳代や遠征費に金が掛かる。父親の給料の大半を注ぎこみ、母親はパートに出て、が常識だった。メダルを取った選手がプロスケーターになるのは、苦労を掛けた親に金銭的孝行をしたいという願いから来ていた。いまもう荒川は出来ただろう。
 浅田真央はスーパースターだから特例としても、むかしほどそのパターンはなくなりつつあるようだ。才能ある娘達がその才能を磨くのに苦労する話は聞きたくない。
 
12/21 M1──笑えない決勝戦

 若手漫才トーナメント「M-1グランプリ」決勝が21日、東京・六本木のテレビ朝日で行われ、NON STYLEが8代目王者に輝いた。00年5月にコンビを結成してストリート漫才で技を磨き、01年からM-1に参加。昨年までは準決勝止まりだった。今年4月に上京。初めての決勝進出で快挙を成し遂げ、優勝賞金1000万円を獲得した。
(ニッカンスポーツより)


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 毎年見ている。今年はつまらなかった。今までで最悪である。それは決勝戦前からわかっていた。盛りあがらないのだ。

 白ける要素もあった。キングコングの異常な自意識だ。春先からもう優勝宣言をし、優勝できなかったら離婚する等と放言していた。これはM1の雰囲気を盛りあげるためにはよいことなのだろうが、彼らが意識するほど彼らの実力を買っていず、昨年も惜しかったとは毛ほども思っていない当方にはこっけいだった。いやそれを通りこして不愉快だった。うるさいだけで、彼らのネタをおもしろいと思ったことはない。昨年も決勝まで残り、票が入ったことの方が不思議だった。あの辺にあの企劃の作意を感じる。それでもサンドウィッチマンが勝つという正当な結果になったのでよかったが。なによりマツモトとシンスケがサンドウィッチマンに入れていたので安心した。この企劃のファンはけっきょく彼らふたりが誰に入れるかに注目しているのだろう。私もそうだ。それが自分と一緒だから毎年見ている。

 キングコングが一時撤退していたM1を、昨年から再び目ざすようになった経緯は知っている。なんでも「テレビを見ていたら、それほど売れていない先輩達がおもしろい漫才を披露していた。その合間に自分達の出演しているCMが流れた。恥ずかしかった。漫才を磨くこともせず人気に浮かれている自分達を反省した。もういちど一回戦からM1にチャレンジすることにした」というものだった。それはそれでその意気や良しと言いたいところだが、ここにも彼らの過剰な自意識が出ている。大阪のことを知らないこちらは、そんなにおおげさに意識するほど彼らを売れっ子だとは思っていないから奇妙に感じる。うまいともおもしろいとも才能があるとも思わない。過剰な自意識に鼻白むだけである。彼らには実力通り負けて欲しいと願う。彼らが優勝するようならもうM1は見ない。まったく興味の湧かない今年のM1グランプリだが、そういう本筋とは関係ない興味がひとつだけあったことになる。

 このイベント、「前年惜しかったと思われる候補」は、翌年優勝したり高得点を得ることになっている。すると今年は順送りでキングコングが優勝するのか。それじゃつまらない。昨年のネタもちっともおもしろいと思わなかった。そこを見とどけたい。私がまったくおもしろいと思わないキングコングが高得点で優勝するなら、もうM1は見なくてもいい。

 昨年が盛りあがったのは敗者復活戦からのサンドウィッチマンが一気に優勝したからだった。そしてたしかに彼らはおもしろかった。そのことでM1はガチンコであることを証明した。ひとのやっていることであるから意図が働くことはしょうがない。というか自然だ。そういうことで言うなら、キングコングがすいと決勝戦に出て来ることがまず「意図」である。そこには彼らの大阪での人気と吉本の意図がある。その彼らを破ってサンドウィッチマンが優勝するのだからM1は暮れの歳時記として見る価値がある。



 神戸に住む同じくM1ファンのSに、その辺の気持ちを正直に書いてメールしてみた。するとSもキングコングをまったく買っていなかった。Sは三十代半ばである。キングコングというのは早々と大阪で冠番組を持ち、CM等にも出演している人気者だそうだが、Sのようなファンには支持されていないらしい。もっと若いネーチャンファンに受けているのか。私はお笑い好きとして、彼らよりももっと下の世代にも笑っている。なのにどうにも彼らをおもしろいとは思えないのだ。まあこれは個人の好みか。

 Sからはまたもうひとつ情報があった。「今年の優勝候補はナイツだとみんな言ってます」というのだ。これまたビミョーである(笑)。
「ヤホーで調べたんですが」のナイツは浅草の演芸場出身を誇りにしている。年間500回は舞台を踏んでいる、テレビから出て来た芸人には負けない、と。
 私は「ヤホーで調べたんですが」で始まる、間違いという小ネタを何十発も連発し、合方が隣でひたすらその間違いを訂正して行くという彼らの話芸を、彼らが開発した「獨自の一芸」としては認める。でもM1チャンピオンとは違うと思うのだ。

 そういう意味で言うなら、トータルテンボスの「こういう仕事をしてみたい」で始まる一連のネタや、ブラマヨの「恋人がほしいんやけど」から脹らんで行く妄想ネタも「獨自の一芸」のようだが、あれは拡がりのある「漫才の王道的話芸」だろう。ナイツの「ヤホー」は、こぢんまりと内側を進んで行く一芸だ。あれがチャンピオンになるのはいやだなあと思っている。だが前評判では1番人気らしい。

 旅に例えるなら、ナイツのネタは、旅先で見掛ける「山岳民族のおばちゃんが縫った刺繍のようなもの」である。「手間が掛かったろうなあ、獨自の模様がきれいだなあ、なのにこの値段は安いよなあ」と思う。感心する。感激と言ってもいい。だけど最も肝腎な「おまえはこれを買いたいか。買って部屋に飾りたいか」と問われると、「いや、欲しくはない」になってしまう。
 ナイツの漫才も、「凄い数のボケが散りばめられているなあ。台本作るのたいへんだったろうなあ。ネタ合わせだって時間が掛かるよなあ」と思う。感心する。だけと私は彼らのネタでくすりとも笑ったことがない。
 一方、ますだおかだのおかだがスベって追い詰められているのを見ると噴きだしてしまう。ナイツのあれは見事な「藝」かもしれないが、お笑いは笑いがあってのものだろう。私には、彼らがM1チャンピオンにふさわしいとは思えない。



 これは個人的な好みの問題であり、偏見と言われるのを承知で書くが、彼らが創価学会員であることも私は好まない。創価大学出身の彼らは熱心な学会員であり、しかも近年ヒサモトマサミに口説かれて入信したような浅いものではなく、あの若さで地区部長も務めるすごい人達なのだ。いわばふたりとも創価学会のエリートである。当然その進路からして一家もみなそうなのだろう。兄のハナワもそうだし。(ナイツの熱心な学会普及活動はその後、『週刊新潮』が詳しく報じた。)
 例の「ヤホーで調べたんですが」で始まるネタには、集会などで披露する入信を誘うネタや公明党を紹介するネタもあるそうだ。その「ヤホー」がM1チャンピオンになるのはイヤなのである。私的な感情だが。

 ヒサモト、シバタ、ヒコマロを始め、研ナオコ、高橋ジョージ、三船美佳夫婦、氷川きよし、オサル、ナガイヒデカズ、と書きはじめたら三十人ぐらいはたちどころに書けるほど今の芸能界は学会員が活躍している。名のある人でも百人は思いつく。大勢力である。見ない日はない。見たくない私はテレビから遠ざかり、そのお蔭でよく本を読むようになった。ありがたい。「秘密のケンミンショー」が好きなのだがヒサモトの顔を見たくないので見ない。{Youtube}にアップされているヒサモトとヒコマロの布教ヴィデオはすごい。イケダ先生に会えて泣きじゃくるヒサモトの食いだした歯ぐきは醜い。

 アイネスフウジンという馬で学会員の調教師と騎手がダービー優勝したとき、聖教新聞は一面で報じた。そりゃ当然だ。学会員の栄光なのだから。応援のため競馬場に集った学会員が騎手の名をコールしたぐらいだ。何を勘違いしたのかそれに附和雷同したバカもいた。
 ナイツが優勝したらもちろん一面トップである。私は、どうにもそれを気分の良い出来事とは思えない。あそこはマスゲームをやるからなあ。北朝鮮と似ている。

 ただし、誤解のないように書いておくが、抜群におもしろければそんなことは関係ない。断固支持する。それは熱心な学会員であり折伏用の講演まで行っている宮本輝(私は某編集部経由でそのテープを聴いたことがある)の小説を愛読していることでも証明される。いやそれより学会員である中川家の私はファンである。

 だいたいが、学会員が嫌いだなんて言ったら「悲しい色やね」をはじめとして、私はカラオケで歌う曲がなくなってしまう。歌手も学会員だらけだ。在日朝鮮人が「おれたちがいなければ紅白歌合戦は出来ない」と言うのと同じく絶対的真実である。紅白歌合戦なんて見ないから私には関係ないけど。

 重要なのは、私が彼らの藝をそれほどのものとは思っていない、というそのことである。メンバー手薄の今年優勝し、また聖教新聞の一面で報じられ、優勝はイケダ先生のお蔭とヒサモトが歯ぐきを食いだして喜ぶ様を、「なんとなくいやだなあと思う」ということだ。それだけ。文句なしに笑わせてくれたら心からおめでとうと言う。だけど今まで一度もくすりとすら笑ったことがないのだから、今回だけ大爆笑なんてことは有りえまい。

 ナイツは、「ヤホー」連発でYahooから感謝されたそうだ。Yahooから連絡が来たとか。私はYahoo大嫌いのGoogle派なので、この件でもナイツは容認しがたい(笑)。

 というわけで今年のM1に、私は「キングコング」と「ナイツ」というふたつのテーマで接した。両方とも優勝して欲しくないというマイナステーマだ。さびしい話である。本来なら「絶対優勝して欲しい!」と思う藝人を応援しつつ見るのが望ましい。
 といって、メンバーにいないのだ。そう思う人が。つまり、やはり、今年は低調なのである。



 結果、やはり低調な年になった。唯一、敗者復活戦からのオードリーが盛りあげてくれた。優勝はノンスタイル。ナイツも決勝まで進んだが敗れる。

 M1の発案者であるシンスケが、総評として、「今年は決勝戦までの流れがあまり盛りあがらないからM1もそろそろお終いかと覚悟した。優勝戦は低レベルだと思っていた。だがみなすばらしくレベルが高く、やってよかった」のようなことを言っていた。

 私は違うと思う。残念ながら今年は低レベルだった。それはどうしようもない事実だ。フットボールアワー、アンタッチャブル、ブラックマヨネーズ、チュートリアル、サンドウィッチマンらが優勝したときのような爆発する熱気はなかった。また、審査の方法も違うし黎明期であったけれど、実力者の中川家やますだおかだがきっちり優勝したときとも違っていた。

 その一例として、翌日テレ朝ワイドショーで、「M1優勝コンビがM1優勝ネタを披露」と早速破格の扱いを受けていたのだが、まったくおもしろくなかった。私はノンスタイルのあの優勝ネタを決勝戦のときからおもしろいと思わなかったけれど、図らずもそれが、おっかけもいず何にでも笑うネーチャンもいないテレ朝の静かなスタジオで証明されてしまった。司会者やアシスタントが時折無理矢理笑って笑い声を入れるのが痛々しいほどだった。見ていて気の毒になった。客観的に見て、つまらないネタである。シンスケが「ぼくの中ではぶっちぎりでした」と評していたが、あれでぶっちぎりなら、ぶっちぎられた方のレヴェルがいかに低いか、になる。

 かといってシンスケが心配したようにM1が終りとも思わない。たまたま今年が低調だったのである。シンスケの言った「ぶっちぎり」から競馬に譬えるなら、今年のM1優勝戦というダービーのレヴェルが低かったのである。ノンスタイルはぶっちぎって勝ったかも知れないが、時計が悪すぎる。相手が弱すぎる。でも彼らはダービー馬だし、ダービーそのものが否定されたわけではない。

 曲がり角ではあるだろう。その理由は、主催する吉本の演出だ。聞くところによると何人かの放送作家が予選を捌いているらしい。おもしろいのに決勝進出できない連中もいよう、あらかじめ決勝進出を約束された人気者もいよう。イベントなのだからそれは有って然りである。その辺が今後どうなるかだ。いずれにせよ暮れの風物詩として定着し、最高権威となっている。楽しみな行事だ。来年がレヴェルの高い年になるよう願う。

【後日記】
 視聴率は過去最高とか。よかったね。瞬間最高は、関東では23%、関西は37%。いまはテレ朝でやり、敗者復活戦を大井競馬場でやっている。
 吉本主催であり、審査員も関西の芸人中心だから東西の天秤ばかりとしてはこれでつり合いが取れているのだろう。決勝戦を関西で開催し、客も関西の若者ばかりになったら笑いの質も変ってくる。それならキングコングも優勝できるのかも知れない(笑)。

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 お笑いブームの価値──それでもM1効果は高い

 優勝すると関東への進出が顕著となる。晴れて全国区だ。今やブラマヨもチュートリアルも関東の番組に出まくっている。だが「レッドカーペット」の大成功等により、すこし形が変りつつある。

 M1優勝をすることで「徹子の部屋」や「はなまるマーケット」のゲストになることがひとつのステータスだった。ところが昨今のお笑いブームにより、M1優勝じゃなくても人気のお笑いコンビとして出演できてしまったりする。私は「はなまる」のゲストにM1優勝の中川家やますだおかだが呼ばれて感激していたことをつい昨日のことのように覚えている。だが昨年、M1優勝戦以前にオードリーやクールポコが出ているのを目にした。それだけお笑いブームなのだ。たまたま見た私でも彼ら二組を見ているのだから、実際はもっともっと多くのお笑い芸人がすでに出演を果たしているのだろう。

 サンドウィッチマンは日テレの「エンタの神様」に数回出ている程度だったから、優勝してから「はなまる」に呼ばれた。それが普通。ということはやはり何かで優勝したわけでもないオードリーやクールポコが出演出来た2008年は2007年とはさらにブームの質が違っていたのだ。その理由は「レッドカーペット」人気だろう。



 M1いじりとして私の大好きなものにくりぃむしちゅうの「くりぃむナントカ──N1グランプリ」があった。「なんとかワングランプリ」であり、出場メンバーで争い一番になれればなんでもいいのだ。たとえば「すべったときのごまかしかた」のようなテーマだ。

 これにM1で優勝出来なかった連中が、優勝者を審査員にして挑む。そのナントカワンに優勝すると指名したM1優勝者と立場を交換できる、という遊び。番組の中の一コーナー。これほどM1優勝者を尊重し、同時に茶化して遊んでいる番組はなかった。主なお笑い番組は録画し、厳選してDVDに焼いているのだが、この「くりぃむナントカ」は月曜午後11時台の番組でもあり録画していない。悔いている。企劃案が秀逸なのだろう、おもしろいのが多かった。人気が出たので水曜日午後七時の「ヘキサゴン」にぶつけ、潰れてしまった。テレ朝はつまらんことをする。

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 餘談。
 私は志村けんの「だいじょうぶだぁ」をほとんど全部ヴィデオで持っている。後にDVDに焼いた。あれだけの人気番組でありDVDになっているのだろうと思っていたら、DVDにはなっているものの、例の田代まさしの事件により、彼の関わっている部分は映像化されていないという。とするとおもしろさがかなり落ちる。なら私の持っているのはお宝になるのか。
(これは未確認で書いた。もしかしたらガセかも知れない。だって「淸水健太郎があれだけの罪を犯したので、彼の出演しているヤクザ映画はDVD化されていない」ということはないでしょう? だよね。彼の出ているヤクザ映画はDVDになって今も販売、レンタルされているよね? ま、これは<TSUTAYA>に行って確認してこよう。)

 ネットで検索し「だいじょうぶだぁ」はDVD化されてないと知る。版権は井沢オフィスがもっているので田代に関する自主規制のようだ。放送期間は1987年から1993年とある。そうだったか。その辺私の記憶はいいかげん。となると私のこれはけっこう宝物だな。今でもたまに特番をやったりするけどあのころとは勢いが違う。いまやっている深夜のつまらない30分番組で過去のコントをすこし流したりもする。太地喜和子が亡くなったのはいつだ。1992年か。もう17年も経つのか。嘘みたいだ。志村けんのファンである彼女はよく「だいじょうぶだぁ」に出演していた。彼女の本名が志村なのもおもしろい。彼女が主演したときのコントを見たいけどきちんと整理してないから探さねば出て来ない。おもしろかったなあ、石野陽子や松本典子が出ていたあのころは。



 餘談2。
 M1優勝戦と競馬の有馬記念は同日になることが多かった。今年の有馬記念はM1の一週間後である。これはM1がまとも。かつてこんなに遅く有馬記念が行われることはなかった。28日である。信じがたい。

 餘談3。
 競馬に関することを検索していたら競馬評論家の水上学というひとのブログに行きあたった。するとそのひとが今年のM1に関して、「ナイツが優勝するという噂が高い。それだけはいやだ。だって彼ら、センスゼロでしょ」ノヨウナコトを書いていた。
 Sに彼らが優勝候補と聞いたので調べたら、「大本命」と予想しているM1好きがこちらでも多かった。そんな中、水上さんという私と同意見の少数派と出逢えてうれしかった。面識はない。血統関係のひとかな。M1優勝戦の後日、水上さんは「ナイツが優勝しなくてよかった」とまた書いていた(笑)。かなりのアンチだ。

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 キングコングが口にしたレッドカーペット

 優勝を狙うと春先から大言壮語し、決勝にすら残れなかったキングコングの片割れが、「客にレッドカーペットの連中が来ていた。失敗した」と語ったとか。
 検索したら見つかった。ラジオでの発言らしい。

西野
ちがうねん、今年のM1で言うたら、あ、今年はもうアカンって思ってしもうてん
ネタの最中っていうよりも、もっともっと前やな、
ノンスタイルが出て行って1つめのボケを言ったくらいかな、あかんと思って
自分が知ってたM1の感じと今年は完全に違うぞと。あーこれはやってもうたなと思って
あ、これしゃあないと思って。今レッドカーペットのお客さんが来てしまっている
これは全然やり方が違ってたな、しゃーないか来年行くかと思って、それやな


 なるほど、「レッドカーペットの客が来ていた、彼らに受けるネタは用意していない、笑いの方向性を変えねばならない、でもそれはもう間に合わない。客の想定がまちがっていた。じゃあ今年はしかたない。諦める。よし来年に懸けよう」ということか。

 発言の意図はわかる。さほどメジャーでもないオードリーがネタ以前に春日の存在だけで受けていたのは、レッドカーペットを好きな人達が大勢来ていたからだろう。会場にいる客は重要だ。それは大阪の会場でまったく受けなかったおぎやはぎの一例でもわかる(笑)。

 ナイツの自信は、自分達のことを知らない浅草の演芸場の客を相手にし、それで笑いを取ってきた、にある。何にでも笑うその辺のネーチャンを相手に、テレビで人気が出たのではないのだと。
 この日のオードリーの人気は確かにレッドカーペットを基点にしていた。浅草の寄席の客を相手に、春日が「やあみなさん、夢でお会いして以来ですね」と言っても受けない。「春日、クリスマスは空いてますよ」と言っても受けない。それが自然に受けいれられていたのは、そういう客が来ていたからだ。



 西野のこの意見は正しい。だけど上から目線のこの意見にキングコングが該当するかは別問題だ。該当しまい。「客がそうだと判っていたら、レッドカーペットの客用のネタを用意した。そうすりゃもっともっと受けることが出来た」ということになる。だが彼らが毎週レッドカーペットに出たとしても、一番の笑いは取れまい。彼らよりもおもしろい連中は山といる。この意見そのものは正しいが、それを発言する彼らは極めて傲慢だ。というか勘違いしている。どこまで自分達を過大評価しているのだろう。
 
 今年のM1優勝戦の舞台が、レッドカーペット的になっていたのは事実だ。だがそのことと決勝にすら残れなかったキングコングのつまらなさは無関係である。



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