02/3/11
鈴木宗男証人喚問──02/3/11~

(3/11)
 七時起床。証人喚問に宗男ちゃん登場の日。朝からワタシ、力がはいっとります。
ズームイン朝」を見ていたら、ミニコーナーで、「千と千尋の神隠し」に対するアメリカ人とヨーロッパ人の反応の差というのをやっていた。これは面白かった。「かおなし--英語じゃノーフェイス--は何を求めていると思うか」という質問に対する答を取材ヴィデオで流すのだが、アメリカ人がみな解らない、ハリウッド映画のほうがわかりやすくていいやと言うのに対し、ヨーロッパ人は、彼は友情を探しているのだろうと思うとか、自分自身の存在の象徴なのではないか、などと応えるのである。それもまたドイツ人やフランス人では微妙にまた違う。アメリカは画一的。なんだかこういうのを見ていると、自分のヨーロッパ好きアメリカ嫌いが証明されたようでうれしくなってくる。朝から一服の清涼剤ってやつだ。司会の福沢も、これはおもしろいですねえとはしゃいでいた。いやほんとおもしろいや。

 もうこの時間から各局とも「鈴木宗男議員証人喚問まで後一時間と十六分」みたいにカウントダウンしている。異常状況だ。


←02/1/30に、云南のテレビ画面を撮った写真

 ただいま午前九時。八時五十八分から国会が映し出され、席に着く宗男議員が大写しになる。NHKを録画予約しておいたが、チャンネルを切り替えてみると、すげえ。1、4、6、8、10、12と、全チャンネル国会生中継。かつてなかったとんでもない事態である。こういうものを見たくないテレビ中毒の主婦でも、全チャンネルがそうなら見ざるを得まい。見たならなにかを感じるだろう。よくもわるくもこれは画期的で凄いことである。宗男議員がとんでもない悪人だからこんなことになったというような報道もあるが、そうではない。これは小泉政権の誕生から眞紀子さん更迭を経ての流れである。いわばこれまたよくもわるくも小泉改革のもたらしたものだ。

 ただしこれは小泉さんの支持率90%以上なんてのが異常な間違った事態であるのと同じように、不健全であり不自然である。昭和天皇のご容態が悪くなり下血が続いていた頃、どこもかしこも思い出のフィルムを流し、昭和回顧一色になっている中、まったく無関係の演歌番組を流して視聴率を稼いだ12チャンネルの姿勢が正しい。今回も12チャンネルにはそれをやって欲しかったが、彼らはそれよりも宗男議員のほうが視聴率を稼げると読んだのだろう、他局と同じ国会中継に走っていた。視聴率命のテレビだからしかたないようだが、戦略としては間違いだろう。ぼくは最近「日経」系列の12チャンネルのニュースが気に入っていてよく見る。12チャンネルはお気に入りだ。でも世間一般がこの時間、コマーシャル無しのNHKや芸能ワイドショー特番形式の他局の中から、あえて12チャンネルを選ぶとは思えない。それはテレ東もわかっているはずだ。わかっていてなぜやるかというのにも理由はある。かつて中央の民放五局の視聴率競争を評するとき、「一強三弱」とか「二強二弱」とか変化する時でも、常に「一番外地」と揶揄されていた12チャンネルが、もう番外地ではないという自信と誇りをもったからだろう。実際テレ朝をなんども追い抜き順当に成績を伸ばしている。もう一番外地じゃないんだから、いまさら演歌番組の再放送なんてセコいことで数字稼ぎはしませんよという姿勢なのだろう。視聴率はとれず負けるとわかっているが、PRIDEにかけて隙間ねらいは出来ないのだ。やればいいのに(笑)。

 ぼくが宗男議員に関して絶対に許せないのは北方領土に関する一点のみである。彼よりもあくどい族議員など腐るほどいる。だからここまで騒ぐことが適切であるのかどうかには疑問でもある。週刊誌記者はハッキリと「宗男を書けば売れるから」と言っていた。問題は「この後」である。たたき上げで学閥もなく、力だけでのし上がってきた宗男議員が、こういう手法を取り金を集めたのは極めて常道でありわかやすいことだ。彼のここでの躓きは致命的となり、今後また総理候補として取りざたされることはないだろう。だが彼をスケープゴートにしてこの問題を終りにしてはならない。要は彼の向こうにいる極悪な連中の摘発だ。これをきっかけにあの悪相の古賀なんかの金集め汚職構造にも踏み込んで欲しい。

 お、今チャンネルを替えたら12チャンネルは株価のニュースになった。えらい。それでこそまともだ。あ、株化を画面の下に表示しつつの国会中継になった。こらこら欲張るな。以前のように視聴率稼ぎの演歌番組や、買い取ってきた「俺たちの旅」の再放送でもやれよ。12チャンネルらしく。

 バトル的に見た場合、前半は与党の質問だからたいしたことはない。やはり盛り上がるのは後半の野党か。世間の期待は共産党の外務省出身の佐々木議員や「アンカーやから責任重大ですわ」とはしゃいでいる社民党の辻元だろう。
 月曜日午前中の番組を生で観られるのは特殊な立場の人だけと解った上で言うが、こういうものは編集無しのものをしっかりと生で観るべきだ。先日の国会における田中眞紀子&宗男議員に関するその夜のニュースを観て痛感した。なんとでも編集できる。自分たちの意見に都合のいい部分だけを選んで編集し、何度でもそこをアピールする手法である。端的な例で言うと、眞紀子さんの「取り巻きが悪い」という発言と、それを問われて福田さんが「悪い取り巻きって私のこと?」と言ったのを繋げて、福田さんの発言をリピートさせ、流したのがある。ま、あの程度ならおもしろいけどね。
 「文春」がテレ朝のアンケートのいい加減さを取り上げていた。ああいうものを流した後、誘導質問で200人程度に電話アンケートし、58%だとか、なんと80%もの人がなんてやる人心操作はもう一種の犯罪である。そういう勘違いのもとに作り上げたのが久米なんていう中身のない怪物になる。

 とか書いている内にあっという間に二時間二十分が経過して国会中継あっけなく終了。宗男ちゃん圧勝。
 最後の辻元の暴言に対する逆襲は胸の空くような快感だった。考え抜いてきたのであろう「疑惑の総合商社」と言って後、切れ味のなくなった辻元が鮒みたいな口元をパクパクさせて、「ヤバいからどうのこうと」と暴言を吐いたのに、宗男ちゃんは正面から抗議した。「ツジモトセンセー、ツジモトセンセー、今のことばは撤回していただきたい!」と。正しい。テレビのニュースショーははこれを流すだろうか。すくなくとも久米や筑紫の番組じゃ流さないだろう。逆にうまく繋いで辻元が追い込んだように見せるのか。だから元を生で観なきゃダメなんだよね。正義の味方と勘違いしてのぼせあがったバカの暴言に、一歩も引かず言い返した宗男ちゃんはかっこよかった。
 死んでも観たくないような奴らの番組だけど、きょうは国会中継をどう自分らに都合のいいようにつなぎ合わせ編集するかを確認するために、しっかりと観よう。観なきゃ発言も出来ない。

 午後から田舎のパソコンショップに出かける。
 咲き誇っているのが桜じゃなくて白梅だけど春爛漫って感じの暖かな陽気だ。暑いので窓を開けて走る。
 明後日からしばらく東京である。なにも慌ててショボい田舎の店で買わなくても秋葉原にすればいいのだが、すこしばかりがんばったご褒美として気分転換しようと出かけた。あれこれと不必要なパソコンソフトやゲームソフトを買い込む。買う前から不必要とわかっている(笑)。こういう無意味なパソコンソフトを買っていると、欲求不満の女性がストレス解消に買い物をするという気持ちが分かる。ショボい店などと書いてしまったが、田舎のパイパス沿いに大型家電店のパソコン店が何店か連なり、秋葉原とは比べるべくもないものの、そこそこのものを買えるのは、一昔前と比べたら夢のようだ。クルマ雑誌、エロ雑誌ばかりが充実している田舎の本屋のレヴェルの低さは相変わらずだが、それらと並んでパソコン雑誌もまた品揃えが豊富で不自由したことがない。それだけパソコンの時代なのだろう。

 ここのところのがんばりで、疲れがたまると出来る持病(?)の口内炎が久しぶりに出た。小さなものなのに痛くて食事が楽しくない。外国に一ヶ月以上行っていても--飲むのが日課になったヴィタミン剤のおかげなのかどうか--ぜんぜん出来なくなったのに、国内で出来たのだから相当に体は参っているのだろう。無理の利かない齢になった。

 帰りの車の中で中波ラジオを聞く。最近ラジオはNHKFMしか聞かない。宗男議員が話題になっているだろうとスイッチを入れた。思った通り、落語家くずれから局アナまで、みな知ったかぶりに宗男議員の悪口オンパレードだ。ただしすべて見てきたような嘘ばかりである。こちらは二時間二十分を、前回の時も含め、リアルタイムでしっかりと見ているから(ヴィデオまで録っている)こういう連中のいいかげさが手に取るように解る。
 ある局アナが言う。「イエスかノーかって訊かれてるのに、訊かれてもいないことを延々としゃべるのは時間稼ぎで腹が立つ」と。これは違う。ああいう質問にイエスかノーかなんて即答できるはずがない。これは宗男議員が正しいと断言できる。

 ぼくなりにたとえるなら。
 野党議員の質問は「あなたは李下で冠を正しましたね。イエスかノーかで応えてください」と言っているようなものである。正したことがあったとしてもイエスと言ったら自分の非を認めたことになる。相手の思うつぼだ。だから宗男議員が「その前にですね、私の被っていた冠の形とですね、風が強かったあの日の天気について言いたいのですが」と話し始めるのは当然である。李下で冠を正したり瓜田で靴を履いたりしてはいけない。政治家なら尚更のことだ。だがそれをいきなりイエスかノーかで応えろと言われたら、風に吹き飛ばされそうな形状の冠であったこと、その日が突風の日であったことを説明したくなるのは当然だろう。イエスかノーかなんて迫るほうが問題だ。だがそれに対して一斉に「イエスかノーかだけ応えてください!」「そんなことは訊いてない!」のブーイングとなるわけである。
 それはイエスとだけ応えさせて自分たちに都合のいいように相手を追いつめてゆきたいという戦法だから、野党は野党で正しい。それを拒む宗男議員も正しい。間違っているのは、その状況判断をせず、真剣に中継を観ることなく、雰囲気だけで「時間稼ぎだ」とか「ずるい」とか聴取者受けのためだけに言う局アナやタレントの姿勢である。

 質疑応答の形に関しては、どう考えても宗男議員のほうが正しい。何より彼は、かつての小佐野賢治のように「記憶にございません」のただひとことだけで逃げようとはしていない。それどころか言わなくてもいいことまで応えようとしている。あの小佐野さんの時はほんとひどかった。どんな質問にもただひとこと、「記憶にございません」だけなのだ。あのとき田中との仲を語る「刎頸の友」ということばが有名になり、流行ったものだった。すくなくともぼくはあの事件がなければこんな古い中国の表現は未だに知らなかった。(後日註・どうやら刎頸の友はこのときのコトバではないらしい。すみません。)
 きょう発売の「週刊現代」「週刊ポスト」の表紙にびっしりと並ぶとてもまともな感覚とは思えない宗男議員バッシングの見出しを見ていると、完全にこの国が狂っていると悲しくなってくる。国を挙げての異常な個人バッシングだ。

 夕方のニュースは想像したとおりの編集をしていた。「怒って怒鳴る宗男議員」である。 二時間二十分リアルタイムで見た者として、ぼくは自分の感想を記録しておく。
 その間、彼は極めて冷静に誠実に返答した。与党も野党も彼を追いつめることは出来なかった。最後の質問者である社民党の辻元清美が、いきなり「鈴木さんのお母さんもわたしと同じキヨミという名前だそうなので、その名前に誓って正直に応えてください」とカメラ目線で言った前振りからしてスベってしまい、その後も彼を追いつめることが出来なかった。せっぱつまった辻元が「嘘つき」だとか「ヤバいことがあるからそういう態度なんだ」とヒステリーを起こして捨てぜりふを吐き、質疑終了となった。終了となったのにあまりの暴言に宗男議員は我慢がならず、「辻元先生、辻元先生、人を嘘つきだとか、ヤバいだとか、そういうことを言うのは政治家としてどういうものかと。ましてこれは全国にテレビ中継されているんですから」と顔を真っ赤にし、声を荒げて抗議した。二時間二十分の中で声を荒げたのはこの一瞬だけであり、それも辻元の乱暴な言葉による侮辱に対してだった。
 だが、当然というか、夕方からのニュースは、どこもかしこもいきなりこの場面から始まり、宗男議員がずっと怒鳴り散らしていたかのように編集していた。そうして誰もが洗脳されてゆく。多くのテレビ屋は、最後の最後にどうしても撮りたかった映像を辻元が暴言で引き出してくれたことに、よくやったと拍手を送ったろう。これじゃもう暗黒裁判である。

 午後七時から零時まで寝てしまったため、見たくはないが見ねばならないと思っていた久米も筑紫も見ていない。見ていなくても夕方五時から七時のニュースTBSとテレ朝の姿勢は確認したから間違いないだろう。地盤、看板、カバンのなにひとつなかった鈴木宗男議員が、のしあがるための手法として数々の利権に絡み、そこから甘い汁を吸ったのは事実だろう。そうでなきゃあの人が自民党三位の政治資金を集められるわけがない。ぼくは北方領土に関する一件で絶対に彼を許せない。しかし最近の報道やきょうのニュース編集を見ていると、それ以上に狂っているのは日本のマスコミだ。



(3/15)
 午後二時半から宗男議員の「離党会見」。テレビ画面には「まもなく離党会見をする」とニュース速報が流れ、日テレがワイドショーの中で生中継。宗男さん、悔し涙。元々初出馬の時から中川家との確執があり大嵐の中での船出だったから、力だけでのし上がったここまでの道のりを思えば、痛恨の涙だったろう。学閥的なバックアップのないまま力(=お金)だけでエスタブリッシュメントの頂点に駆け上がった日本の政治家は、田中角栄の例にあるように、必ずこういう形でその座を追われるようになっている。恫喝して従わせていた外務省の官僚にここにきて見事に裏切られ足をすくわれた。当然だよね、力で屈服させられているとき、内心では「なんであんなやつに」とはらわたが煮えくりかえっていたはずだ。それがエリートの誇りだ。水に落ちた時点で宗男さんが叩かれる犬になるのは当然だった。よかれあしかれ男の人生を語る感動的なシーンだった。
 それに対してマスコミがこりゃおもしろいとばかりに一斉におちょくりに出たのも予期できたこと。それはまあいいとして。野中広務のしかつめらしい顔でのもっともらしいコメントにはしらける。このことがトカゲの尻尾切りで終らないよう、この問題において大切なのは、これからである。

(3/16)
 朝八時から日テレの政治番組を見る。毎週楽しみにしている文珍の番組だ。タレントが政治番組をやっているようだから日本はダメなのだノヨウナ意見の時、必ず文珍とシンスケの名が出るが、文珍とシンスケではぜんぜん違う。一緒にしてもらいたくないと思う。

 そこで映画監督の大林宣彦がぼくとまったく同じ「鈴木宗男議員に問題があるのは確かだがすべてのマスコミがそのこと一色になり、はしゃぎまくっている日本は異常だ」という意見を言ったので安心する。そう感じているまともな人は多いはずなのだが、ゲストコメンテイターというタレントはみな「いかに上手に宗男ちゃんの悪口を言って拍手を受けるか」ばかり考えていて、こういうことを言う人は初めてだった。まったくもってその通りで、なんでひとりの政治家が叩かれると日本国中それ一色になってしまうのか。まるで「水に落ちた犬をたたかないと時代に乗り遅れる」と思っているかのようだ。スズキムネオの罪を通り越して、そっちのほうが気持ち悪い。附和雷同の典型だ。
 結局「進め一億火の玉だ!」という日本人気質を批判しているようでいて、日本人はウヨクもサヨクも、未だになにも変っていない。そういうものを非難し自分たちは戦後の新しい人種であるかのように振る舞うサヨクが、その先頭にいることは笑える。戦争を必死に煽り軍部を後援した当時の朝日新聞も、今ではそんなことなどなかったかのようにふるまい戦前をひたすら暗黒時代のように報じる今の朝日新聞も、まったく同じ体質なのである。


(3/17)
 朝七時半からフジテレビ「報道2001」を見る。宗男議員の離党会見をトップに流したが、最初に取り上げ論じたのは、よど号のメンバー(の妻)によって明らかになった「日本人女性、北朝鮮拉致問題」だった。小泉さんが「この問題をクリアしない限り北朝鮮との国交正常化はありえない」と明言したし、慎太郎さんの「不審船引き上げを中国に気兼ねしてやらないようだったら、この内閣はつぶれる。私も倒閣に動く」との意見も紹介されていた。これですこしは進展するだろう。娘さんを拉致され解決を陳情しても一向に進展しないご両親の無念さを考えたら涙が出る。まったくなあ、キチガイ国家にミサイル撃ち込まれても弱腰のこの国はいったい何を考えているのだろう。

 宗男問題に関する田中真紀子の「自民党には宗男的議員がまだたくさんいる」発言に関して、安倍晋三が「田中角栄に関してどう思っているのか眞紀子さんは明確にすべき」と辛辣なひとこと。まったくもって現在の自民党の体質を決定づけたのは彼女の父親なのだからこの問題からは逃げられまい。すると河野太郎が懸命に真紀子を庇う発言。主旨は「田中角栄と真紀子は親子だが別人格」というもの。オヤジもダメだが息子もダメだこりゃ。濃い顔だけはそっくりだが(笑)。
 もうひとりの議員(名前失念。すまん)が「いや、安倍さんのおっしゃっているのはね、真紀子さんは、お父上である角栄さんはすべてすばらしいが今の自民党はダメだと言っているのか、角栄さんが今の自民党の体質を作ったという非は認めた上での発言なのか、政治家田中角栄に対する意見をハッキリすべきということでしょう」とフォロー。その通り。安倍さんが言いたい放題の我が儘お嬢にキツいことを言ってくれるとスッキリする。朝から気分がいいや。



(3/20)
 中国で観た「田中眞紀子更迭問題」以降、「鈴木宗男問題」と連続するものだからすっかりワイドショーウォッチャーになってしまった。昨年の「自民党総裁選」以来である。世の中すべてがそうなっているからこの件に関する限り変人ではなく常識的であるが。

 きょうは朝から「週刊新潮」が報じた社民党のバカ女の秘書疑惑で大騒ぎである。昨夜深夜のニュースから騒ぎ始め、明日会見すると怯えた顔で弁明していた。あの女が大嫌いだからぼくが喜ぶかというとそんなことはない。興味があるのは各メディアの報道姿勢である。

「週刊新潮」と「週刊文春」を購入。ぼくの気を惹いたのは高島さんの『お言葉ですが…』。使用禁止の差別語に関することがテーマで、これはまたあらためて書こうと思うけれど、その中の一部にあった「男性、女性ということばと男と女ということばの使用法」に関してのくだりは興味深かった。

 小泉さんが田中眞紀子の嘘泣き(宗男の涙は本物。眞紀子は嘘泣き、ですね)に対して言った「涙は女の武器」を、朝日は「女の涙」と書き、産經は「女性の涙」と書いていたのだそうな。中国にいたので読んでいない。それに対して高島さんは当然のごとく「朝日の使用法が正しい」と言い、このことばについて訊かれた川口さんが「好きな男性の前でそんな涙を流してみたい」という応答に対しては、「好きな殿方の前でいったらもっとよかった」と意見する。が「もしも川口さんが殿方などと言ったら、すぐにあちらのほうからクレームがつくのか」と推理する。その通りなのだ。小泉さんが「女性」と言ったのか「女」と言ったのか知らない。たぶん「女」だと思う。その報道に対して朝日は、「フェミニストのみなさ~ん、首相がこんなひどい言いかたをしましたよお!」と「女」を強調したいからそうしているのである。正確にことばを伝えようとしているのではない。なぜなら、その他のことばも常にそういう自分たちの意図を込めて置き換えてきた歴史がある。産經はなぜなのだろう。朝日とは逆に小泉さんが揚げ足を取られないように気を遣ったとも思えない。そういう気のつかいかたをする新聞ではない。もしも小泉さんが「女」と言ったのなら、その意気やよしとばかりに「女」と表現するはずである。こういうとき日本にいず小泉さんの発言をリアルタイムで聞いていないのが悔しい。それにしてもこれはヴィデオで何度も観ているが田中眞紀子のあのパフォーマンス泣きは嘘っぽい(笑)。

 言いたいのは「女性」と「女」の、今の時代における語感である。ぼくが名前も書きたくない社民党の鮒女に関して、「あの女性は」というのと「あの女は」というのでは、受け取り側の感覚はまったく違うだろう。言うまでもなく「女」には、見下げた非難の口調がある。本来はない。今の時代はあるのだ。だからぼくもその辺を微妙に使い分けていて、そういうことをやっている姑息な自分にうんざりする。男と女は男と女でいいのであり、男性女性などと使う必要はないのだ。高島さんは今後も男と女で行くと宣言していた。たのもしい話である。

 朝のワイドショーでは各局とも静観の模様。これは正しいだろう。午前十一時から疑惑の女が記者会見するというのだからそれを待つのが筋だ。が、ということは昼のワイドショーも観なければならない。一応基本は朝と深夜にしているので昼は勘弁してもらいたいのだが、きょうは特別だ。ということで午後のワイドショー。会見の模様。テレビカメラに向かって得意満面であの鮒のような口をパクパクさせつつしゃべりまくっていた女が、妙におどおどした顔で、目が泳いでいる。
 ぼくの感想は、どうでもいい話ということ。たぶん議員に慣れていない女が当選間際に犯したミスだろう。この女が嫌いだからといってこんなことで鬼の首でも取ったかのようにはしゃぐつもりはない。ただしこの問題に関する各メディアの報道姿勢には興味津々だ。
 ということで可能な限り観たのだが、なんといっても圧巻だったのは(笑)「ニュースステーション」。女の会見の模様をほんのすこし流しただけでキャスターの久米もひとこともコメントせず、しらんふりして次のニュースに進んでいた。すげえや。あきれかえった。

 この問題はこれから加熱してゆくだろうからしばらくは怜悧な目で観察することにして、本日ぼくを最も熱くさせたのは「ニュース23」だった。あのNGOの大西が出て、英雄気取りで鈴木宗男を告発したことを語り、いかにNGOが能力がありすばらしい組織であるかを自慢げに披露していたのである。そして筑紫哲也がひたすらそれを絶賛するというくだらなさ。NGOが国からの金で動いているのは常識であり、あの大西というのも大金をもらい、悲惨な地で豪華ホテルに泊まっていたというのは有名な事実だ。それでいて朝日に登場し、「お上は信用できない」と大見得を切り、それを読んだ鈴木宗男に恫喝され、それが田中眞紀子発言や鈴木宗男離党へと繋がってゆく。秘書疑惑の鮒女もピースボートというマリファナ大好きのNGO出身だった。この大西というデブが国家の金を使ってろくでもないことをしているカスだというのは近日中に確実に暴かれる。既にマスコミはもう動き始めている。面つきからして怪しいこのデブが泣き面になる日が待ち遠しい。こういうのを観ていると所詮筑紫哲也が「朝日ジャーナル」の編集長でしかないというのが解る。腹立ちはエネルギーになるからたまに観るのはいいかもしれない。というわけで今いちばんの興味は鮒女ではなく「インチキNGO」である。



(3/21)
 またも朝からワイドショーウォッチャーモード。しかしまあこういうのを見比べていると本当に局によって扱いが違う。観る局が決まっている主婦は確実にその局の思想に染まってゆくだろう。以前このホームページの冒頭でやっていた「朝日新聞愛読者お断り」に抗議してきた人の「朝日を読んでいる人にだってこんな人もいるんだから」はやはりおかしいと思わざるを得ない。まともな感覚(もちろんぼくの側からだ)をもっていたら、日々あれを読んでいたら腹が立つはずなのである。それが平気な人はこちらとは感覚が違うと判断する方が正解だろう。

 毎度の事ながらあきれたのがテレ朝。完全な「社民党秘書疑惑」の女を擁護モードである。唯一自民党側から出ていた平沢勝栄が、社民党土井党首の「こういうことを仕掛けた勢力に断固対抗してゆく」という発言に対し、「疑惑をもたれたのだから、党首としてそれをまず解明すると発言するのが筋。いきなり自分たちは正義であり悪と闘うという姿勢はおかしい」と言ったら、即座に写真家の加納典明が「だったら(鈴木宗男問題の時の)野中なんかも同じじゃないか」と反論して得意がっている。論理がおかしい。宗男を庇った野中を非難しておきながら、鮒女を土井が庇ったら、今度はそれを自分側の論旨とする。こういうのを観て主婦は「そうよそうよ、自民党にそんなことを言う資格はないわ」とでも思うのだろうか。「野中は悪い」だったなら、それと同じ事をしている土井も同じように悪い、にならなければならない。さらには「現在の秘書制度に問題がある」と、そっちのほうに問題をもって行ってしまった。あきれる。

 日テレはよかった。元政策秘書経験者が、きちんと筋を通した意見を述べていた。主婦向けの朝のワイドショーにもまともなものもある。



(3/22)
 そうだ、昨日ものすごく腹だったことがあるから書いておこう。
 テレ朝の朝のワイドショーの司会者が、首相の二十四時間の動向が逐一報告されている現状(各新聞には首相の一日を分単位で報告するコーナーがある)は必要ないではないか、あんなことはやめるべきではないか、という意見があるということに対し、「おそろしい時代になってきました」とコメントしたのである。
 政府与党の方針で首相の動向が見えなくなるのは暗黒時代になると感じているらしい。くだらん。問題はスパイ防止法もなく各国スパイのやりたい放題になっている日本の現状であり、新首相官邸を、どうぞテロをやってくださいというガラス張り(比喩ではなく実際の建築物がね)で作っていることのほうだ。この種のサヨクというのはなんでも戦前暗黒時代とバカの一つ覚えで繰り返し軍靴の響きを強調すればそれでインテリであり真摯に世を憂いているつもりになっている。それに同調して、そうよそうよ戦争絶対反対、いつも泣くのは女と子供なのよ、と思いこむ主婦も多いんだろうな。こういうことを言っている(司会の)男こそいちばんくだらんやつなんだよと言いたいけど、くだらんやつほど女にはもてるのは昔からそうだった。
 首相の一日なんて、箇条書きでいくつかの行動を示すぐらいで十分だろう。分単位で書くことのほうがよほど異様だ。

 マスコミのいい加減さと映像の怖さでいつも思うのはハマコーこと浜田幸一前議員のことだ。椅子をぶん投げている映像ばかり出して乱暴者としての彼をアピールするするが、あれは自分らの気に入らない国会を停止させようとした野党の連中(もちろん中心は社会党ですな)が椅子を積み上げてバリケードを作ったことに対し、こんなことをしてなんになるんだと、その積み上げられた椅子を放り投げている瞬間なのである。映像で流すなら、前後の事情を説明するべきだし、野党のバカが椅子を積み上げてバリケードを作っている場面(国会ですぜ、大学のサヨク集会じゃない。なんちゅうなさけないことをやってるんだ)を流してこそ公平な報道だろう。映像というのは編集する人間の意図でなんとでもなる。
 この時期、国会中継を生で観て、それを編集したその後のニュースショーを観る機会が多かったので、あらためてそのことを痛感した。それがあるから半端な報道に接したらかえってわからなくなる、もとを見ないとと、餘計にテレビを観てしまう。気楽に生きるには政治オンチのほうがらくだな。



(3/25)
 雨が降っている。軒を叩くパラバラという音と、梢を揺らす風の音がする。やさしい春の雨だ。本来なら桜を呼ぶ雨なのに、今年はもう桜を散らす雨だ。明け方に寝た後、雨の音を聞きつつ午前中はうとうとしていた。朝のワイドショーを見なかったのは久しぶりだ。
 十一時に起きだし、昼のワイドショーを見つつ自作機組み立ての続き。

 朝昼晩とやっているワイドショーにも、それなりの流れがあるのだと知って笑える。その場その場で節操なく変転してゆくのだ。
 テレ朝でいうなら、朝のワイドショー、昼の大和田莫のヤツ、夜の久米と、プロデューサーは違えども、所詮同じ局内のものだから、連動して変節するのである。つまり、夜の久米があまりに辻元寄りであったなら、殺到する抗議の電話を考慮して、昨日はべったり辻元寄りだった朝のワイドショーが、私たちも辻元さんの批判だってするのですよとばかり、すこしだけ辻元批判になるのである。すると、テレ朝だけは信じていたのにという社民党支持者からの抗議がまたやってくる。それを押さえて昼のワイドショーはまた辻元べったりにもどったりと、その変節度合いがなんともくだらなくて嗤える。土井たか子の秘書に教えてもらったとは辻元も言えないのだろうねえ。

 午後から国会中継があった。平成十四年度の予算が成立した。小泉さんはこの一年でぐっと老けた。それだけ激務なんだな。巨泉が逃げ出したのは当然だ。親友の辞職に巨泉がコメンテイターとして久々にテレビに登場し、あいかわらず同情の餘地があるなどとくだらんことを言っている。すっかりジジイになっていて醜いことに驚いた。あいつは辞めるとき、せっかく当選したのだからもっとがんばればと言う女房(昔のアイドル、浅野鈴子だっけ。忘れた)に、「これ以上やっていたら死ぬ」と言い、それが女房説得の決め手になったそうだが、たしかにこの一年で十歳ぐらい齢を取ったように見えた。怖ろしい世界である。巨泉のようなのでは通用しないと実験してくれただけでも価値はあったろう。そう考えてみると、通用してしまった横山ノック西川清江本等の面の皮の厚さがわかる。

 宗男事件以降、顔を見るだけで一日が不愉快になる松岡利勝を見ないですむのは助かる。あの辺の最低最悪族議員のお掃除はなるのだろうか。あいつらと比べたらたしかに辻元のやったことなんてのは取るに足らない微少なものなんだけどね。その辺は好き嫌いとはべつに言っとかないと。ただ、本人もそう思ってちゃいかんでしょう。社民党(笑)なんだから。

 オレがあの女に関して絶対に許せんのは、キチガイ国家の拉致問題に関して、「北朝鮮には戦後補償をしていないのだから、九人や十人帰ってこなくてもしょうがない」と発言したことだ。なんちゅう論理だろう。これだけでこの女が議員バッジをつける資格のないことが解る。内縁関係の夫が赤軍なのは公然の秘密だが(きょうの『東スポ』がやっと報じたと友人が教えてくれたがまだ読んでいない)、日本人としての基本的な常識に欠けている。昨日こいつの育ちとそれに関する発言を特集していたが、やはりというか当然というか家庭は不幸であり、片親育ちであり、父親に対する反発をもっていたんだね。そういう基本的であたりまえのことにテレビというメディアはつっこめないからつまらん。父親のいない家庭で育った娘は、ああいうふうにねじれるという典型だ。大阪の人間はもういちどあれを国会に送り込むようだと全国からその神経を疑われることになる。まあそのセンスはノックの件で証明済みだが。

02/4/8
加藤紘一辞職
(02/4/8)

 国会中継をみる。質疑応答のさなか、突如加藤紘一辞職表明。
 ぼくはむかしから小泉さんが好きだったが、そのころから総理になれるとは思っていなかった。友人たちも無理だろうと言っていた。逆に思想的にあまり好きでないが間違いなくなると思っていたのが加藤さんだった。世の中若欄物である。

 話し言葉モードのATOK15が「わからんもの」を前記のように訳したけど、なんだかなさけなくて涙が出そうになる。二十年前のFEPのようで懐かしいともいえるが。まだまだこんなものなのかね。「若欄物」ってのはどういうものなのだろう。わからん。

 小泉さんが総理になれたことの基本は、総裁選に出たことだ。前回で三度目だった。失礼な話、一度目も二度目もまったく勝ち目のない、それこそよくいえば「男には負けるとわかっていても闘わねばならないときがある」だが、悪く言えば、「成れなくたって出て目立てばいいんだも~ん」的な泡沫候補的なものでもあった。そこに時代の風が吹いた。その風を小泉さんが受けられたのは、負けると確定している総裁選に二度も出馬していたからだった。その意味じゃ「受けられた」なんて言ったら失礼だ。受けるべき存在になるための努力を小泉さんはしていたことになる。ごくごくミニマムな世界でこんなことを言うのも恥ずかしいが、ぼくなんか負けるとわかっている世界には出ない。売れないと思っている本なんか出さない。だけどこういうことも、どこでなにがどうなるかわからないのだから、売れないと著者が判断している本を出してくれるという奇特な出版社があるのなら、出すべきなのかもしれない。ぼくは小泉さんが大好きで、だけど総理にはなれない人だと思っていたから昨年四月は取り乱すほどはしゃいでしまったのだが、そこから学ぶべきもっとも大切なことを未だにないがしろにしているのかもしれない。

02/11/20
李登輝元総統来日不可



 台湾の李登輝元総統が三田祭で講演すると聞いたので出かけようと思っていた。学園祭実行委員会がそれを認めず、校内での講演からホテルへと変更になったときも、そちらに出かければいいやと気楽に考えていた。しかし事態は悪い方向へと進み、外務省が査証を発行しないことから李さんは訪日を断念した。腹立ってならない。そこまで中国の顔色が気になるのか。なんというなさけない国であろう。

 まずは三田祭だが、学園祭の実行委員会がサヨク系であるのは昔も今も同じである。ぼくが初めて関わったときもそうだった。そのときの実行委員長が現在民主党議員である海江田万里氏だった。ぼくはこのとき大学一年。海江田さんは四年でベ平連の活動をしていた。当時から目立っていた人で現在の姿は予測できた。副委員長がぼくの属していた音楽サークルの団長だった縁で、ごく下っ端の兵隊として関わったのだった。その人は今、テレビ局のプロデューサーになっている。初めて覗く世界だったから、それはそれで新鮮だった。学園祭実行委員会の手伝いは一年でやめた。まだ彼らサヨクを論破できる知識など皆無だったが、本能が「これは違う」とささやいていた。単純に言い切れば慶應のおぼっちゃんのサヨクごっこである。
 海江田さんの政治的主義主張を今のぼくは一切認めない。ただし彼が当時から今に至るまで一貫しているのはたしかである。同じ事を言っている。それはぼくにとって愚としか思えないが、あの人は学生時代からあんなだった。競馬にも興味があるらしく、数年前の府中競馬場の特別席で会ったことがある。
 そんな感じで学園祭実行委員会なんてのはどこもかしこも似たようなのがやっている。拓殖や国士舘等の一部の大学以外はサヨク思想に冒された学生の牙城だ。三田祭実行委員会が学内での李さんの講演を認めなかったことは、単なる学生たちの勢力争いの結果だからどうでもいいと思う。主催しようとした学生が実行委員会に敗れたのである。ぼくとしてはそういう企画を立てる後輩がいるというだけで誇らしい。ホテルでの代替え開催でいいと思っていた。しかしヴィザが出なくて訪日できないとなると話は別だ。

 慎太郎さんが総理だったなら外務省を怒鳴りつけて即座に発行させただろう。日本にとって台湾は、心から信じ合える世界でも数少ない(唯一のとは思いたくないが)国だ。李さんの訪日を阻んで、そのことになんの意味がある。台湾の地震の時、慎太郎さんはすっとんでいった。隣人が困っているのを助けるのは当然だと言った。阪神大震災の時の台湾も同じ心遣いを見せてくれた。同じ事を村山とか野中も北朝鮮に対して言っているが(嗤)。
 阪神大震災の半分は人災だ。村山の無能(および奴を祭り上げた連中)によって死んだ人は二千人以上いるだろう。慎太郎さん(のような人)が首相で、即座に自衛隊総力出動を発令していたなら被害者は半減したはずである。あいつらはテレビが報道する燃え上がる罹災現場、崩れた高速道路を首相官邸で見ながら、さてどうするかと相談していたのだ。そんな奴に国民の命を預かる資格はない。

 若い頃から応援していた小泉さんが首相になったときは嬉しかったが、あの靖國神社前倒し参拝で失望した。あのとき初めて小泉さんに疑問を持った。ぼくの期待しているのとは違う方向に行くのではと。それは残念ながら当たってしまった。本来小泉さんは、自民党政権としてはかつてない革命的なことをやり、反対勢力につぶされて短命政権に終るはずだった。短命ではあるがそこにおける志は後に繋がり、歴史的な評価を得る、と、そんな存在のはずだった。それが思ったよりも支持が高いので欲が出てきたのだろう。政権を維持すればもっとやりたいことが出来ると方向を転換し、牙を治めてしまった。小沢一郎と野中広務の勢力逆転を見れば解るように、権力者はその地位にいなければただの人である。小泉さんは派手な打ち上げ花火より線香花火として居座る路線を選んだ。李さんの査証発行を首相権限でやってくれなかったことは、ぼくにとって靖國参拝以来の失望になる。経済音痴と呼ばれ不景気が続こうとも支持しているぼくのようなのにとっては、こういう形の失望がいちばん痛い。気力が萎える。残念でならない。

 きょうの『産經抄』は李さんが台湾で書き上げた講演原稿を「全文読んで、しんそこ感動した」と書いている。どうすれば読めるのだろう。『正論』が掲載してくれるだろうか。台湾の人々に、なさけない国でもうしわけありませんと土下座したい心境である。

(以下の記事は讀賣新聞より)

李登輝前総統ビザの不発給、小泉首相が決断
 台湾の李登輝・前総統の訪日査証(ビザ)発給問題で、政府筋は14日夜、「ビザを発給しないと決断したのは小泉首相だ。しかるべき人たちに相談したようだ」と述べ、停滞する日中関係の一層の悪化を避けるために首相本人が判断したことを明らかにした。

 また、茂木敏充外務副大臣は同日の衆院決算行政監視委員会で、李氏のビザ発給が困難な理由について、「私人による私的な訪問と評価するのは極めて困難だ。(慶大での講演で)学生に語ることでなく、この時期に日本を訪問することを目的としていると考えざるを得ない」と述べ、中国共産党大会が開かれている最中の訪日には政治的意図があるとの考えを示した。

(11月15日00:56)

台湾の李登輝前総統が今月下旬の訪日を断念

 【台北15日=若山樹一郎】台湾の李登輝前総統(79)の代理人は15日、李氏の今月下旬の日本訪問を断念、訪日のための査証(ビザ)申請は行わないと明らかにした。

 李氏側では「慶大生の要望にこたえ、訪日したかったが、日本の外務省がビザを発給しないと伝えてきた。誠に遺憾だ」としている。また、日本の一部で12月中にも李氏訪日を求める動きが出ていることについては「今後のことは改めて考えたい」と語った。

 李氏は今月11日、慶應大学の学園祭「三田祭」で講演したいとして、23―25日の3日間の滞在許可を求めるビザを申請したが、講演会が中止となり、翌12日に取り下げた。しかし、講演会を企画していた学生サークル側が都内のホテルで別の講演会を企画し、李氏に改めて出席を呼びかけたため、再申請するかどうか検討していた。

(11月15日20:25)
11月17日付・讀賣社説より

 外務省は、いつまでこんな対応を繰り返すのか。 台湾の李登輝・前総統に対する訪日査証(ビザ)の発給問題である。
 慶應大学の学生サークル主催の講演会に出席しようとした、李氏のビザについて、外務省は、発給しない方針を打ち出した。李氏も、今回の訪日を断念したという。

 発給拒否の理由を、外務省は「私人による私的な訪日と評価するのは、極めて困難なため」としている。李氏は、二〇〇〇年五月に総統を退任し、いまは公職を離れた、一人の私人である。犯罪者などではなく、入管難民法など国内の法令に照らして問題がない以上、私人のビザは、淡々と事務的に発給の手続きを進めるのが筋だ。
 英国は、李氏の総統退任後、程なくして訪問を受け入れた。チェコも一昨年十月に、国際会議に出席する李氏の入国を認めた。米国は昨年、五年間有効の数次ビザを発給している。
 ビザ発給は日本の主権にかかわる問題だ。外務省は今回、何を根拠に、私的な訪日ではない、などと判断したのか。
 与野党の議員から「外務省の説明は到底、受け入れられない」といった声が相次いだのも、当然である。外務省には、昨年四月に李氏が病気治療のため訪日ビザを申請した際も、書類が提出されていたのに「申請の事実はない」などとウソまでついて、ビザ発給を拒もうとした“前科”がある。
 中国は、李氏を台湾獨立勢力の後ろ盾と位置づけ、一貫して李氏の訪日に強く反対している。その中国に対する、外務省内の、いわゆる“チャイナスクール”が、度が過ぎた配慮をしたために起きた醜態だった。それから教訓を得なかったのか。

 今回の対応にも無用な対中配慮が見える。日中関係が重要であることに異論はない。だが、それは、外交の自主性を放棄して、中国の主張をすべて受け入れなければ維持できない、というものではないはずだ。

「中国に媚(こ)びている」と批判されるチャイナスクールの姿勢は、かえって、日本国内の嫌中感情を増幅させる結果になっている。中国・瀋陽の亡命者連行事件が、その端的な例である。
 それにしても、こうした不見識な対応をいつまで続けるのか。福田官房長官は記者会見で、「外務省に任せている」と語ったが、主権意識が薄い首相官邸であってはならない。 国のありようが問われている。外務省の姿勢を正すのは小泉首相の役割だ。
(11月17日09:07)
11月19日産經新聞朝刊一面
【学生に伝えたかったこと】 「公に奉ずる」精神 日本人の誇り語る  【台北18日=河崎真澄】

台湾前総統の李登輝氏(七九)は今月下旬に予定していた訪日のためのビザ(査証)申請を最終的に断念したが、産經新聞は十八日までに、李氏が慶應義塾大の学生サークルの求めに応じて二十四日に都内で行う予定だった講演の原稿全文を入手した。

戦前の台湾で農業近代化に向けた水利事業に生涯を尽くした日本人技師、故・八田與一の事績を引いて、混迷の時代を生きる日本の若者に「日本精神」に誇りをもって生きるよう温かい口調で語りかけていた。
 「日本人の精神」と題する講演草稿は李氏本人が今月初めに執筆した。原文は旧漢字と旧かな遣いの端正な日本語で、戦前の日本教育を受けた李氏の思いが、軽やかな口語体で綴(つづ)られている。  講演はあくまで学生を念頭におき、「日本人としての誇りと生き方」に関する考えかたを一人の先人として述べた内容。台湾当局の意向や対中牽制(けんせい)など、政治意図はまったく感じられなかった。  
「日本の学生の熱心な気持ちに応えたい」と講演を楽しみにしていた李氏は、「一度引き受けた約束を実現できなくて残念だ」と語っているという。  日本統治時代の台湾で東京帝大土木工学科出身の八田が「公に奉ずる」精神を実践し、十年の歳月をかけて完成させた灌漑(かんがい)土木プロジェクト「嘉南大●(かなんたいしゅう)」が、不毛地帯だった嘉南平野を穀倉地帯に変えた意義と、台湾の人々が今も八田に抱く感謝の気持ちを素直に語っている。ダムや水路など「ハード」のみならず、いかに農作業すべきか「ソフト」まで心を砕いた行動力や、肩書や民族の違いで人を区別しなかった八田の人間性に、李氏自身が強く惹(ひ)かれているようすをうかがわせた。  この実在人物を「日本精神の表れ」と李氏はとらえており、「日本精神」こそが国際化時代を生きる日本人に欠かせぬアイデンティティー(帰属意識)であり、日本の資質と実力だと説く。
聴衆の学生に、「皆さんの偉大な先輩、八田與一氏のような方々をもう一度思いだし、勉強し、われわれの生活の中に取り入れよう」と呼びかけて原稿を締めくくっていた。
2002/11/20産經新聞朝刊「産經抄」
 訪日を断念した台湾の李登輝氏(七九)の講演全文を読んで、しんそこ 感動した。慶大学生サークルの求めに応じ三田祭で話をする予定だった もので、「日本人の精神」という題がついている。今月初めにご本人が 執筆したそうだ。  
▼李さんが学生に訴えようとしたものは、台湾の水利事業に尽くした 故・八田與一の生涯が示す「公に奉ずる」精神だった。その精神こそが 日本および日本人の精神的価値観であるという指摘だった。八田は技術 者としてだけでなく人間としても優れ、肩書や人種や民族の違いで差別 などしなかった。  
▼李さんの講演に、司馬遼太郎『台湾紀行』で“老台北”として登場 する蔡焜燦(さいこんさん)氏(七五)がでてくる。蔡さんも現代の日本人 が失った「日本の心」を熱っぽく語る“元日本人”なのだった。
▼講演されるはずの草稿を読んで、この秋、世界文化賞を受けたゴダ ール監督(七一)が最近の日本映画を批評した言葉を思い出した。「日本 民族の顔が見えるような作品がない」と。混迷の時代に生きる日本の若 者たちに、李さんが語りかけようとしたこともそれに近かったのだろう。  
▼さて、この講演のどこに台湾当局の主張や、反中国の政治的意図が ある? 政治家ではなく、ひとりの私人として「日本人よ、胸を張れ、 自信を持て」と語っているだけではないか。言論の自由が保障される民 主国家が、ビザを発給しない理由など何一つないのである。  
▼そうか、わかった。中国へのご機嫌伺いを優先した日本外交はまた もや世界に恥をさらしたが、外務省は李講演を予測して深読みしたらし い。つまり「胸を張れ」という日本の若者に対する李さんの励ましを、 外務省に対する叱責(しっせき)ととった。そう誤解してビザを拒否した のだろう。
03/7/25
国会乱闘
(03/7/25 金曜)


 国会が強行採決でれいによって待ってましたと大仁田登場。カメラ目線。くだらん。乱闘騒ぎで男たちの背中に飛びつくバカ女がいた。子供の頃の馬跳びのよう。ピンクのスーツを着た知らない女だ。衆議院のほうでいつもこれをやっているバカ女の代表は社民党のナカガワトモコだった。今回のは誰だろう。(後に自由党のモリユウコという女と確認。)

 先日の自民党議員のレイプ発言ウンヌンで得意げに代表質問していた民主党のオカザキトミコ(当然元社会党。でもそれはホームページで隠しまくっている)ってのは、韓国でバッテンのついた日の丸の前で反日運動していて国賊だと問題になったヤツじゃないのか。国会の場に経つ資格がない。

 次の選挙で社民党が何議席になるか楽しみだ。しかしカンナオトはその社民党も取り入れようとしているらしい。そういう寄せ集めが政権を取ることに賛成し応援する国民っているんだろうか。カンは前回の選挙の民社党と自由党の票を合わせると自民党を超えると言っているから大勢いるんだろうけど、それが政権を取ったらどうなるか、なにが出来るかもまた見えているなあ。もしも政権を奪取したら、椅子争いからすぐにまた分裂していくつかの小党になり、分裂したどっかを取り込んで自民党が政権を取りもどしに行くんだろう。新進党の分解は政権を取って驕った小沢が旧社会党系を冷遇して反発され、それが自民党とくっつくというウルトラC(当時そう言った)が原因だった。となると民社党に取り込まれた元社民党が自民党とくっついたりして(笑)。笑えないよねえ、実際そういうことがあったんだから。
 ここのところ人名は太字で書くようにしているがこの辺のバカ女はそれすらする気になれない。手間暇がもったないからしない。

 日本では子供のなりたい職業で政治家の順位が低い。こんな国会の乱闘を見せられていたらそうなるだろう。収入も、利権でも絡まない限りとりたてて高いわけではない。政治家は決して金の欲しいヤツがなる職業ではない。発展途上国の獨裁大統領でもない限り、民間で稼いだほうが金は貯まる。子供で金を稼ぎたい親は野球選手、サッカー選手、芸能人を目指す。必然、政治の世界は仕事内容を理解している二世議員が増えることになる。非難されるばかりの二世議員だが、実態は政治家とは何かと子供の頃から仕事を見てきているから無知なヤツが立つよりもずっといいという説もある。社民党のあのバカ女(なんだっけ、ミズシマじゃなくて)なんて、当選して施政方針を尋かれ「これから考えます」ってニコニコしながら言ったぐらいだ(ハラヨーコとわかる)。なあにがマドンナだよ(笑)。あんなのから比べたら二世議員のほうが政治家のたいへんさと政治家である喜びを見て育ってきているから数段ましとの説は説得力がある。でもそれを否定していたカンナオトが高校中退してぐれていた息子(あれだけ女房の強い家庭に育ったらぐれもするだろう)の立候補を容認するのはおかしい。最大野党のトップがカンナオトなんだものなあ、日本の政治は貧しい。田舎都市の市民運動のリーダー程度だろう、あいつの器は。

 前述の当選してから政策を考えると言ったバカ女、ハラヨーコの名前が出てこないので初めて社民党のホームページに行ってみた。まだ衆議院18人、参議院6人がいるんだね。なるほど、合計24人いればカンが取り入れたいと思うだけの票になるか。
(7/26 土曜)
 昨日の国会のニュース。
参院外交防衛委でイラク復興支援特措法案を強行採決、委員長席附近で激しい攻防を繰り広げる森ゆうこ議員(中央上)と大仁田厚議員(その下)ら  

 会期末国会で、プロレスさながらの大乱闘が演じられた!与党3党は25日夜、参院外交防衛委員会でイラクへの自衛隊派遣を可能とするイラク復興支援特別措置法案を強行採決。この際、松村龍二委員長の元に多数の与野党議員がなだれ込んで、乱闘に発展。委員長を守る自民党・大仁田厚議員(45)に対して自由党の森ゆうこ氏(47)が、太腿もあらわにボディープレス。プロレスラも真っ青の猛攻に、与野党の議員はあ然!?となった。(7/26 スポニチより)


 電流爆破マッチで決着つけろや(笑)。お定まりの猿芝居。
 『東スポ』はこれが一面だったとか(笑)。しばらく買ってないのでしらん。日本国民として恥ずかしい。


(7/28月曜)
 朝、ワイドショーをつけると、どこでも「大仁田とモリユーコの乱闘騒ぎ」を取り上げていた。週末を挟んでいたからだろう。
 大仁田はそれなりに有名人だからどうしても「モリユーコトとは誰か」になる。本人はもとより新潟選出だとかで地元の人に今回の感想を聞いたり大特集である。そんな中、日テレが「前回の乱闘騒ぎのモリユーコ」というのを流していた。乱闘に加われず周囲をうろついているだけなのである。今回はあいつなりに意を決してやったのだろう。普段はパンツスーツなのにあの日に限って計算尽くでスカートに履き替えたそうだ。「下着が見えちゃったかしら」って47の女のそんなものは見たくないが。
 それでこれだけの注目である。「してやったりとほくそ笑む」の心境か。あのことであげた知名度の効果は計り知れない。かくいうぼくもあれがなかったらこんな女の名前さえ知らなかった。自由党から今度の吸収合併で民主党だから、今後も覚えることはなかったろう。あの女がどんなに政治に真摯に取り組み、価値のある代議士案を提出し地道に何十年も活動したとしても(そんなえらい政治家もいっぱいいる)、今回のように日本全国の話題になることはなかったろう。
 採決されるとわかっている法案に対するパフォーマンスの茶番劇だ。今回の報道と過熱ぶりを見ると、やはりこれもまた「やる機会があったらやらねば損」と思わされる。あれしか出番のない大仁田も、あの女のお蔭で露出度が増えた。やりましたねと二人で握手してるんじゃないか、いやほんと。これまた間違いなくナカガワトモコも、「ほんとはあたしのほうが本家なのに……」なんてモリユーコに嫉妬しつつ臍をかんでいるだろう。
 テレビを消した後も、なんともむなしい気分が残った。
(7/31 木曜日)
やっぱり(笑)

大仁田が森ゆうこ議員に「リング用意する」

 国会議員レスラの大仁田厚(45)が、自由党の森ゆうこ参院議員(47)にリング上での対決を要求した。大仁田は29日、都内で会見を開き、森氏に対して「神聖なる議場は、あなたのお立ち台ではない。きちんとリングを用意する」と宣戦布告した。(7/30ニッカンスポーツ)

03/11/9 開票速報
 午後八時からは全局で開票速報。ん? 12チャンネルもそうだったか? 確認していない。演歌の特番をやっていても不思議ではないが(笑)。ちゃかしてはいない。日本経済新聞系列の12チャンネルのニュースはそこそこにいい。
 お祭りの総仕上げだ。徹夜でテレビにかじりつく。
 午後八時。番組が始まる。日テレにした。始まった瞬間「田中真紀子当選確実」。おいおい開票0%だで。
 NHK、TBS、フジ、テレ朝と見て回る。TBSとテレ朝を見ていると不愉快になり、いそいで日テレにもどす。よけいな仕掛けがない分、NHKがいいか。

 いちばんうれしかったのはドイタカコ落選。兵庫7区にもまとなも有権者がいたかと思う。自民党候補の応援演説に駆けつけ、「拉致被害はでっちあげ」と言っていたドイを非難した有本恵子さんのご両親もよろこんだことだろう。
 いちばん悔しかったのもドイタカコ比例で復活。すなおに消えろよ。社民党このまま2人で終れと願ったが結果的に比例で6人になった。社民党18→6。共産党20→9。正しい傾向だ。関西のみにくいおばば、ナカガワトモコも無事落選した。万歳。醜い女が国政の場から減った。社民党のヒロスエことハラヨーコってバカもいなくなったな。今回はものすごくすくない票。さすがに前回この女に投票した愚かな有権者も目覚めたか。だいたいが何をどう考えるとあんな女に投票できるんだ。ツジモトの実刑も近い。まあ執行猶予がつくか。次回で社民党完全消滅してもらいたい。

 自民党系落選でいちばんうれしかったのはマツオカトシカツ。落ちて当然と祝杯を挙げようと思ったらしぶとく比例で復活した。ああいう典型的族議員は落とさなきゃだめだって。
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