2009
5/20  iGoogleで知る世相──ホームページ話


 私の使う「ホームページ」という用語は一昔前の「自分のサイト」という意味であることが多い。ホームページとは本来サイトのTopPageのことだ。この使用法はいわゆる「日本で定着してしまった誤用」なのだが、自分のサイトを作る方法を指導する「ホームページの作り方」のような本が多数出ているように、時間を重ね汎用となってもいる。
 今はブログの時代だから「ブログ」という便利な言葉がある。(別項に書いたが、これがWeblogの略だと知ったときはしらけた。)
 ブログと言えばホームページのような誤用もなく便利なのだが、私のこのサイトのように、自分の好きなことをそれぞれ分類して集めてあるホームページは、日々の日記であるブログとはまたちがう気がしてそうも言い難い。

 今回ここで使う「ホームページ」の話は本来の正しい意味での「ホームページ」であり、私の文章では初めての使用方になる。これからはなるべくホームページは本来の意味でのみの使用とし、今まで使ってきたホームページの意味あいは、「サイト」で統一しようと思っている。その分、最後になるここではあえて今までと同じに「ホームページ」と使い、混在させることにした。

 本来の正しい意味のホームページは青字旧風習の誤った使いかたのホームページは赤字にしてみた。そうすることによってブログやサイトなどと気を遣わず、思いっ切り「ホームページ」を連発してみたい。こういうことが出来るのもhtmlの魅力である。textじゃそうはいかない。



 ホームページを始めたころは、ブラウザのホームページを自分のホームページにしていた。ネットに接続しブラウザを開くと、真っ先に自分のホームページに繋がるわけで、そのホームページをやりたいがためにインターネットを始めたようなものだったから、この感覚は当然だろう。

 やがてインターネットは調べ物の世界になり、私はブラウザのホームページを自分のホームページからGoogleの検索ページに変更した。この辺も時の流れである。





 つい先日、同じGoogleではあるのだが、iGoogleというのを知り、それをホームページにした。これは今までのGoogleが検索ページだけだったのに対し、その日のニュースや乗りかえ案内、「急上昇ワード」などの欄がある「総合ページ」である。

 そういうものをホームページにするのは初めての経験であり、いまだにもの珍しいのだが、以前からYahooやgoo等をホームペーに設定しているひとにとってはすでに馴染んでいるものだろう。ブラウザを開くと、あらたなニュース一覧が載っているのだから便利だ。もしかして世の中って、そういうのをホームページにしているひとがいちばん多いのかもしれない。私はインターネットの読売新聞、産經新聞、サンスポ、ニッカンスポーツ等をひとつひとつそのサイトに行って読むが、それぞれのスクープもあるから、こういう総合サイトでおいしいとこだけ読むのがいちばん賢いのだろう。

 そういう便利なホームページがあることは前々から知っていたが、私はそれをホームページにすることを今まで意図的に避けてきた気がする。

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●YahooとGoogle

 自分のことなのに「気がする」のように他人事的な言いかたをするのは私の悪い癖だが、書いていて気づくのだからしょうがない。にぶいというのか何も考えていないというのか。
 Yahooには(正しくはYahoo Japanには、というべきか)あまりいい思い出がなく係わりあいたくなかった。インターネット接続をYahooにしていたころからその思いはあった。とにかくあの会社が嫌いである。契約していた頃ですらそうなのだから縁を切った今はもっと徹底している。

 世の中にはYahooと結託しているソフトウェアがかなりある。それをインストールすると検索エンジンをYahooに変更し、Yahooツールバーをインストールし、ホームページもYahooになってしまうという経験をたびたびしてきた。
 それらは普及している有名なフリーソフトが多かったから、当然なんらかの見返りがYahooからあるのだろう。すぐれたソフトを無料で使わせてもらうのだからそれぐらい妥協すべきとも思うのだが、どうにもYahooが好きになれず我慢できなかった。かってにそういうことをされると、こちらもむきになってホームページ設定を元にもどした。

 この強引なやり方には、インストールするとき、「検索エンジンをYahooにする」「ホームページをYahooにする」のような項目があり、インストールの際、そこにすでにチェックが入っていて、安易にnextをクリックしてインストールすると、みなYahooにされてしまうことが多かったが、それでもこれはまだ良心的な方だった。
 なぜなら慣れてくればそこに気づきチェックを外せば逃れられるからだ。中にはもっと強引に「そのソフトをインストールすること、すなわち検索エンジンとホームページをYahooにすること」が前提になっているものもあった。これはキツい。インストールすると検索エンジンもブラウザのホームページもYahooになってしまうのだ。

 優れたソフトを不特定多数に無料で提供してくれる方々は神様のようなひとである。今の時代なら無料でも誰も鼻も引っ掛けないような低能力のソフトに、何千円何万円の金を百回二百回と払ってきたソフトオタクである私はそう断言できる。
 そのソフトをインストールする際、検索エンジンとホームページをYahooにすれば、その神様にYahooから微々たる額のお金が入るのなら(何十万、何百万のひとがするのだから塵も積もればであろうが)、心から感謝してそうすればいい。すべきだ。それが使用料になる。だがどうしてもYahooにするのはいやで、こちらも全能力を発揮して(つまり、そのソフトはインストールするが検索エンジンやホームページはYahooにはしないという裏技を駆使しての智慧競べだ)拒んできた。



 Googleはすでにそのころ世界一になっていたのだったかどうか。まだYahooの時代だったか。いや、それこそすぐにGoogleで調べればいいのだが。
 インターネットをやるのなら検索とは無縁ではいられない。大のYahoo嫌いの私にとってGoogleの存在は救いの神だった。私のGoogle大好きは、ナイツの「ヤホーで調べたんですけど」を聞いても不快になるYahoo嫌いの反動でもある。

 世界の国々もみな、アメリカ嫌いだからソ連とくっつき、ソ連嫌いだからアメリカとくっつきのようにして流れてきたのだろう。先日カストロと対談したことのあるひとの本を読んでいたら、カストロは民主主義が好きで本当はそうしたかったが、隣国の最強のアメリカとケンカしたからにはソ連とくっつくしか道はなく、ソ連とくっつくことは共産主義になるしかなかったのだと書いてあった。わかる感覚である。

 といって、Googleがデザインやら使い勝手やらでYahooに劣るのなら私はGoogle派にはならなかった。この辺は正直だ。自分の気持ちに従う。だからもしもそうだったらここに素直に、「Yahooは大嫌いだが、どうにもGoogleより優れているので、不本意ながら使っている」のようなことを書いたろう。だがGoogleはデザインといい使い勝手といい企業精神(本当にそれを私が解っているのかはあやしいが)といい、すべてにおいてYahooよりも良い会社だった。特に細かな点ひとつひとつをとってもデザインがYahooより私好みだったのは大きい。

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●iGoogleで知る世相

 というわけで、何年も前からそうしているひとにとっては今さらながらの話であろうが、私にとっては今ごろになって初めて知る「ホームページを総合ページにしておくことの便利さ」の話である。特に検索エンジン世界一の「Google急上昇ワード」には世の中を教えられることが多い。

 いま一応gooやYahoo、ライブドアのホームページを見てきたが、こういう形での一覧はやっていないようだ。検索エンジンとしてGoogleとライヴァルのYahooなら必ずやっていると思ったが。でもそれだとGoogleがYahooの真似になるから、そうでなくてよかったか。

 先日この欄のトップに「忌野清志郎」とあった。なぜかそのとき、「復活」とか「新アルバム」とかではなく「死」を思いうかべた。急いでクリックすると、やはりそうだった。まあ転移のときから覚悟はしていたが……。

「松本人志」のときは結婚発表だった。これもこれで想像していなかったので新鮮だった。彼は獨身のままだと思っていた。

 思い出した、私がこの「Google急上昇ワード」で最初に知った衝撃は「清水由貴子」だった。彼女のイメージはひとそれぞれだろう。アイドルとしての彼女、欽ちゃんとの絡みの彼女、「亀はダメよ、亀は」というおばさんになってからのCMの世代もあろう。私の場合はフォークギターをもって歌う姿になる。ファンだったわけでもないし、まあ地道にやっているのだろうと思っていた。このとき後の清志郎のときに感じたような「死」のイメージはまったくなかったので、どういう話題なのだろうとクリックしたら自殺だったので驚いた。いや清志郎のときそう感じたのも、彼女のこの経験があったからだろう。
 以来ここで「ここのところ名前を聞かない芸能人」の名を見ると悪いことばかり考えてしまいクリックするのが怖い。
 それでも山奥引き篭もり生活の私が、これのお蔭で世相を知る勉強になっているのは事実だ。便利である。

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 くだらない結末(笑)

 というわけでiGoogleをホームページに設定して一週間経過。
 ふと、くだらない事実に気づいた。
 たとえば「徹子の部屋」とか、あとなんだっけ午後のNHKの、あの誰かを特集する番組、スタジオパークだっけ? 見ないので知らないが(以前西原理恵子が出るので見たことがある)、ああいうのに出演すると一気にトップ10に入ってくるのだ。

 清水由貴子やキヨシローでこれを知った私は、懐かしい名前を見るとつい不幸を想像してしまうのだが、そんなことはめったになく(ないほうがいい)、ほとんどはその種の番組に出演したという程度のオチであることに気づいた。

 つまり私は、世と離れている自分の知らない、もっと広くて大きな日本的総合的国民的総意?で動くものと理解していたのだが、リクツはごく単純で、というかテレビの力が想像以上に大きくて、「さんま御殿」に出演しておもしろい発言をしたりすると、一気にのしあがってくるという、その程度のレヴェルなのだった。
 おおきな期待をしただけにすこしがっかりした。

 とはいえ世間的話題に興味のない私に、世の動きを教えてくれるありがたいシステムではある。
 世に後れまいと思ったら(まあ思う必要はないと思うが)リアルタイムでテレビに接せねばならない。私は私なりにテレビを見ているけれど、好きな番組を録画しておいて、深夜や明け方、あるいは午後と、好きな時間に見るようにしているのですこしタイミングがずれる。これはテレビに振りまわされない賢い方法であると思うが、一面テレビの最も大きな価値である同時代性の否定でもある。
 問題発言があり、大きな話題になり、翌日から連日ワイドショーで取りあげられた番組を、3日遅れで見たりする。たった3日でしかないのだが、私がそれを見て、「これって問題になるんじゃないの?」と思ったときにはもうそれは充分話題になって収束したあとだったりする。

 ま、たいしてことじゃないからどうでもいい。
 これからもまた役だってくれることはあるだろう。
 
S1バトルの罪

 ケイタイでだけ見られるを売り物にソフトバンクが始めたお笑い決定戦。優勝者に毎月1千万という高額賞金を出す。連覇も可能だ。

 R1優勝の浅越ゴエやM1では最後の挑戦も届かなかったトータルテンボスが優勝したりしている。

 孫正義が始めたこれによって、「年に一度の決定戦、M1優勝で1千万円、R1優勝で500万円」の価値が消えてしまった。浅越ゴエはすでに4月月間優勝でR1優勝の倍の金額を稼いでしまったし、トータルテンボスもM1優勝と同じ額を稼いでしまった。月間優勝は何度でも出来るそうだから、お笑い藝人にとってはいいバブルである。だがこれが奪った、いや消し去ったものは大きい。

 今まで売れなかった藝人がM1やR1で優勝、手にした「多額な賞金」で何をするか、が楽しみであり話題だった。「借金を返します」「やっと引っ越せます」のように。それが孫正義の札束で横っ面を張るようなこの催し物の設定で一気に消えてしまった。



 とはいえ後発のソフトバンクが携帯電話事業を活性化させるために話題を作るとしたら金額しかなかった。結託するテレビ局もM1がテレ朝、R1がフジなら、日テレになるのも自然。そのための月間優勝1千万円というのも事業規模から考えたらソフトバンクには容易な金額だったろう。
 シンスケが孝案し、オートバックスに優勝金額1千万を用意してもらって始めたM1とは企劃のスケールが違う。昨今の不況で「来年オートバックスは1千万円出せるのか」とすら噂されていた。そこにこの大型企画である。M1やR1が霞んだのは事実である。



 しかし地上波で年末に仰々しく放送される年々歴史を築いてきたM1とは企劃の意図そのものが違うし、ケイタイ、それもソフトバンクのケイタイで見ることを前提に企劃されているこれを同一線上で論じることは無意味とも言える。
 問題は「出演者が同じ事」である。S1に出ている連中はM1やR1と同じ藝人なのだ。だからすでにS1で月間優勝を成し遂げたコンビがM1で優勝しても、「これでやっと借金が返せます」的なことはもう起きない。ましてそれが月間優勝を三度成し遂げて3千万を手にしていたコンビだったりしたらM1の優勝金すら貧乏くさく見えてしまう。オートバックスがやっと用意した貴重な金なのに(笑)。

 当然、「あれは携帯電話の中だけのことですし」「M1とは全然意味が違います」のようなM1擁護の声も藝人の中から起きるだろう。だがそれでも、S1がM1やR1の価値を著しく低めたことはまちがいない。それがソフトバンクの狙いなら見事にハマったことになる。

 それは「お年玉を千円くれるおじさんがいて、毎年それを楽しみにしていたこどもに、自分が一番好かれようとお年玉を1万円あげる新しいおじさんが出現したようなもの」である。
 そのこどもは、毎年千円くれるおじさんが今でも一番好きで、新しいおじさんにはあまり興味はないのだけれど、1万円もらえることにより、毎年あれほど楽しみにしていた千円の価値が霞んでしまったのも事実なのだ。

 優勝した漫才コンビが1千万円をふたりで分けて何に使うかというのは楽しい話だった。それが消えた。ピン藝のR1は500万だったからここでも釣り合いは取れていた。それをS1が壊した。
 ソフトバンクのやることは不粋である。私は月間優勝200万円程度で、年間最優秀作品に1千万円でいいと思うが、話題性を考えるとそれでは弱かったのだろう。
 企業戦略としては正しい。藝人も思わぬバブルに喜んでいることだろう。
 でも藝の世界で不粋はよくない。



 Jphoneの流れからVodafone、Softbankと続いてきた。十数年使っているので替えがたい。でもYahooとも縁を切ったことだし、ケイタイも縁を切ろうか。だけど電電公社嫌いの私はNTTはだめだし、ちょうどいいのがないんだよなあ。
10/5  ブログ再開よもやま話

 10月1日から1年3カ月休んでいたブログを再開した。せっかくの再開だからすこし趣向を凝らそうとして「千字随筆」を思いついた。それの説明はブログ文を引用する。

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2009年10月02日04:50
カテゴリ
インターネット生活
千字原稿──500字原稿2回

▼ブログを丸一年以上休んでいた。その間、友人のブログのコメント欄に何度か投稿している。ひとと関わらない私には珍しい。友人の不慣れにつけこみ悪意の嘲笑書きこみのようなのが目立ったからだった。まことに人の本質は悪であると思う。どうにも性善説は信じられない。顔が見えず正体がばれないとなるとひとは悪意を剥きだしにする。彼がなにかひとを不快にするような極論を発信しているのならともかく、それはごくふつうの、とてもよく出来た身辺雑記の歳時記だった。私は義憤に駆られその種の書きこみに対応しコメントしていた。▼といって激しくやりあったのではない。彼が近所の猫の写真をアップすると「誰が猫の写真なんか見るんだ。そんなものは見たくない。もっと書くことがあるだろう」と書きこまれたりする。それに対し自分の猫の思い出を語り、いつも猫の写真を楽しみにしていますという短文を書きこんだりした。歳時記である彼のブログにとって日向ぼっこする猫の写真等はたいせつな要素だった。ごくふつうの対応だが、私は単細胞の瞬間湯わかし器だから自分のブログにこんなことを書かれたらすぐに沸騰し、直截的な反論を書いていた。友人のブログだから波風は立てられない。私にしては上出来のやんわり対応だった。それなりの効果はありその種の書きこみは見る見る減っていった。友人の感謝が嬉しかった。▼そのブログのコメント投稿は1回500字までと決められていた。どこでも字数制限はあるのだろう。私が以前関わったものではTeaCupの掲示板があった。あそこはたしか2000字制限だった。500字というのは今までで最小の字数制限体験になる。▼一応字数制限の原稿には慣れている。原稿用紙8枚とかだ。すぐに12枚ぐらいになってしまい、それを8枚まで削るのは、それはそれで仕事として楽しい。嫌いではない。その反動からか字数制限のないホームページの文章が好き放題に寄り道して冗長になっていることにも気づいていた。▼最短でも8枚程度の体験しかない身に500字は短い。意見を書くとすぐに一杯になってしまう。いつしか500字を2回書いて投稿することが多くなっていた。そのたびに友人は「長文の書きこみをいただいてウンヌン」と応えてくれる。こちらとしては短かすぎて書ききれず困っているのだから長文と書かれるとなんとも面映ゆいのだが、他の投稿はみな一、二行だからその場においてはたしかにとんでもない長文ではある。



 
改行や行空けをすると字数が不確かになる。「きっちり千字」にこだわりたかったので新聞のコラム欄にあるような改行せず▼で区切るパターンを用いてみた。
 しかしこれあまり意味はない。というのは、これは新聞の狭いスペース、1行13字とかの場を隙間なく活かすための苦肉の策である。ネット世界にはスペースは充分ある。こんな読み辛いことを敢えてする意味はまったくない。その証拠に『産經抄』等も、スペースを気にしなくてもいいネットでは、一応▼は残しているが普通に改行し行空けして表示している(笑)。

 改行のある普通の文章にするとどれぐらい読みやすいのだろう。後半部分をそれにしてみる。


2009年10月02日05:05
カテゴリ
インターネット生活
千字原稿──ブログ復活

▼友人のブログへの「500字2回投稿」にはもうひとつの難しさがあった。文章の分割点である。500字2回投稿合計千字だからといって千字でひとつの文章を書いたら分けられた部分が不自然になる。500字ずつの前半後半の文章にせねばならない。誰も気にしていないだろうが書きこむこっちにこだわりがある。
 私にはその文章をブログのちいさな投稿欄でまとめるのは困難だった。愛用のテキストエディターを起動し500字の前半後半の文章を書くようにした。こうなるとブログへのコメントも仕事と同じく真剣勝負になる。

▼それで思った。こんなことよりも自分のブログを復活せねばと。さいわい自称アラシ対策係の効果はあり、友人のブログは落ちつきを取りもどしていた。私がいなくなってもたいした問題はあるまい。なにかあったらまた書きこめばいい。瓢箪から駒が出た。

▼丸一年以上ブログを休んでいた。ホームページは続けていたがブログのようなリアル感はない。ブログを休むことで世の中がみなブログ一色になった理由がよくわかった。「連帯」ということばが適切かどうかわからないが、ブログをやっていると「誰かと繋がっている感覚」がある。それはホームページとはちがうものだ。ブログ獨自の魅力になる。

▼私の目的は自分のための記録を遺しておくことであり他者への発信感覚は不要だ。むしろそこから生じる軋轢を避ける感覚の方が強い。
 それでもまたやってみようと思ったのは、ひさしぶりにブログの発信欄を開いたら丸一年も休んでいるのに今でも毎日チェックしてくれるひとがいると知ったからだった。たぶんそれはソフトウェアによる自動チェックであり、それほど大仰なことではないと思うが、私は感激した。ありがたいと思った。

▼どうせ再開するならすこし毛色のちがうことをやろうと思い、友人のそれとの絡みからこの「千字原稿」を思いたった。極力「ぎりぎり千字」にするため改行を止めた。新聞のコラム等にある形である。
 私は改行の美を計算した文頭一文字空けの日本語が好きだ。こういう形は好みではない。そのうち倦きると思う。しばらくはこの形で頑張りたい。テキストエディターに「千文字フォーム」を作った。
 と、ここで早くも字数オーヴァーだ。どこか20字削らないと。いやそれ以前に復活1回目から「千字原稿2回」になっている。ワンテーマ千字で収まっていない。最初から破綻しているのか。しょうもない。ともあれがんばろう。


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 やはり断然読みやすい。改行なしは無意味か。

 せっかく「千字限定」として、何度も何度も推敲削除して一篇千字に収めているのはいいとしても、そもそもここからして前後編となり「2千字原稿」になってしまっているのがなさけない。

 新聞における▼使用の例は猫の額を利用するための苦肉の策であり何の意味もないことが証明されている。それを今ごろ敢えてネット上でやろうとしている私がいかにバカかということだ。いやほんと、これは何の意味もなく恥ずかしいから早々に止めた方が良いようだ。もしほんのすこし意味があるとしたら、携帯電話で読むとき、読みこみが早く読みやすいかも、と思うのだが、そんなこともないか。それ以前に私のブログ読者にケイタイから読む人はいない。



 ただ「千文字限定のこだわり」としては勉強になった。40字25行で書いているのだが、改行や行空けを使った漠然とした「千字以内の文章」と、この手法による「ほんとにほんとの千字」はまた微妙に違う。

 好きなだけ好きなことを書けるホームページを長年やって来て、だいぶそのことに関する反省があった。一番の反省がその「量に区切りがない」ということから来る長文だった。いくらでも書けるし、後で気づいたことは【附記】として附け加えられるから、それはインターネット世界の特徴であり特長でもあるのだが、緩慢でくどい文章になる。

 この場合インターネット世界特有の短文しか読めない若者のことはどうでもいい。あくまでもこちらの世界の話。以前「バンコク留学生」というくだらないものと関わったとき、あちら側の青年にそれを言われ、そのことに気づいた。「おれたちは長い文章なんか読めないんだよ!」って、しりませんよそんなこと(笑)。

 このことは今も反省しているし、今回の「千字原稿」はいいきっかけになった。これからはたとえば高島俊男先生に関して書く《『お言葉ですが…』論考》等も、「1テーマ2000字」とか、そんな感じで枠を作って書こうと思う。2000字にこだわる必要はないので枠は緩めだが、1テーマを2000字で論じ、【附記】は1000字に限るとか、そんなふうに自分を律することには効果があるように思う。

 今回この「千字」をやっていて──いま確認したらもう13回も投稿している。13000字書いていることになる──アップ前に何度も何度も削除とつけたしを繰り返した。たいして読者がいるわけでもない文章だし、1200字だろうと1000字だろうと言いたいことに変りはない。まして1020字をなんとしても1000字にしようとの努力に何の意味があるのだろうと我ながら疑問に思ったこともある。
 しかしこれは意味がある。確実に価値がある。いまそれを確信している。



 もうひとつホームページにおける自分の文章で反省している癖があった。否定文が多いのである。
「AのことをBと言うひともいるが、私はCだと思う」の形。とにかくこれがやたら多い。これを見つけると極力書きなおしてきた。「Aのことを私はCだと思っている。Bという解釈には興味がない」のように。
 ホームページという自分の意見を述べる場では、どうしても世間一般、あるいは先達の意見を紹介せねばならない。すると概して「~だが、私はこう思う」になってしまうようだ。

「千文字限定」だとそういう流暢なことをしていられない。いきおいセンテンスは短くなる。「AはBが一般論。私はC派である」のように。これはあらたに身に着けたのではなく以前から出来た。容量に制限のないホームページだからいつしか冗長になっていたのである。

 林真理子の古いエッセイに「ゴム附きパンツは履かない」という内容のものがあった。私生活だから、休日だからとウエストを締めつけないジャージのようなゴム附きパンツを履いていると体形に関してだらしなくなってしまう。いつも躰がたるんできたことを自覚させられるような形の服を着て戒めるようにしようという反省を込めての随筆だった。あのひとの小説はひどいがエッセイはたくみだ(笑)。
 ブログの文章を千字に限定して推敲したり、センテンスを短く統一したりするのは、この「ゴム附きパンツは履かない」に類同する。自戒は大事だ。特に指導してくれるひとのいないフリーランスの人間は積極的にそれをせねばならない。



 のように書くと再開したブログにノっているようだがそうではない。むしろ白けている。それもまたブログに書いたので引用。

2009年10月04日18:53
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インターネット世相

早くもブログギブアップ宣言!?──中川昭一氏の訃報


再開してたった三日で早くもギブアップ宣言である。ブログだ。どうにもダメである。私には合わない。
▼午後4時に中川昭一氏の死を知った。おどろいた。私なりに中川氏に関して書きたいことが山とある。れいの泥酔事件の時から氏に関してまとめようと思いつつ先延ばしにしてきたことを悔いた。もう間に合わない。どんなことをしても間に合わない。

▼第一報は何時だったのだろうと調べる。ネットはわからない。テレビは午前11時のフジテレビが最速のようだ。検索下手の私なのであまり当てにならないが死亡時間からしてまちがいなかろう。いつものよう早朝起きをして午前10時までテレビを点けていた。そのあとネットに繋がずPC作業をした。ちょうどその合間の出来事だった。

▼早速ブログに書きこもうとした。うまく行かない。丸一年休んでいるあいだにもともと巧くなかったのにさらに下手になったのだろう、忘れたか、あるいはブログの方が変ったのか、新聞からの引用を青字にしようとしても出来ない、見出しを太字にするのはなんとかなったが。

▼この千字文章はテキストエディターで書いている。テキストエディターでそれらは出来ない。『ホームページビルダー』を使えば出来るが、ならホームページに直接書けばいい。二重手間だ。なによりブログの書き込み欄の文字がちいさくて見辛い。いらついて、ここに書くことを放棄した。

▼ブログの価値というのは、日に何百万ものアクセスがあるというタレントの人気ブログのように、携帯電話からこまめに写真をアップし、数行のコメントをつけるような形のものがベストなのだろう。私のやろうとしていることはブログ向きとは言えない。しっかりした長文の意見を書き、美麗な写真や資料もアップしているすばらしいブログがあることも知っているが、私には今まで通り『ホームページビルダー』で作る旧態のサイト形式の方が向いているようだ。前々からわかっていたが今日あらためて確認した。

▼中川さんに関しては、あの泥酔事件のこととともに、父親の不可解な死、鈴木宗男との関係、弘兼憲史の漫画「加治隆介の議」のモデルになったことも書きたい。そこには(違法らしいが)「加治隆介の議」の画も添えたい。その作業をブログでやるのは私にはたいへんだ。ホームページなら簡単に出来る。慣れた作業だ。やはり私には今じゃ時代遅れらしいが昔風のホームページが合っている。早速そっちで作業しよう。



 ここで簡単にやっていることを、ブログの発信覧で作るのはたいへんだった。それは以前から解っていた。私は以前ブログの文章の冒頭に  のような自分で作ったジャンルを表す画像をつけていた。文章だけのブログをすこしでもカラフルにしたいと願ってのことだった。

 これをアップするだけでもけっこう面倒だった。貼りつければいいというものではないのである。こういうのでもきちんと「画像アップ」としての手順を踏まねばならない。
 もうやる気はない。今後ブログは文章だけにしようと思っている。味気ないが、だったらホームページに来てください、というしかない。

 この面倒さが初めてだったら問題はない。ブログをやるのはそういうものだと理解できる。ところがホームページ作りでは簡単だった。すでにその実績があった。「アチラで簡単に出来ることを、なぜコチラで苦労してせねばならないのか」である。

 友人から「あたらしくアップしたところに印をつけてくれないか」と言われたので、TopPageの新しいファイルの横にを附けた。こういう簡単なことですらブログでは面倒だ。足が遠くなるのは仕方ない。

 が、一歩引いて考えると、やはりこれは私の問題のようだ。上記の画像ファイルアップも、ブログを本拠地とし、その形が整っていればたいして面倒ではない。ところが私の場合は長年かけて作りあげてきたホームページという本拠地がすでにあった。それに匹敵するだけのものを新たにブログに作るのがたいへんだ、というだけの話なのだろう。
 まあそのような見解はともかく、ホームページ作りに慣れてしまった私が、同じような形のブログを作るのは難儀である。あくまでも私のブログは簡略形式の「出店」と割り切ろう。



 と、再開したブログに関する話は尽きないが、ひさしぶりにブログを書く場(=アクセス数などが表示されている)に接して意外な感を受けた。いちばん本気である【木屑鈔】よりも【芸スポ萬金譚】の方がずっとアクセスが多いのだ(笑)。どうやらキムタクの「Change」のことを書いたときから固定ファン?が着いてくれたらしい。

 おそろしいもので、それを知るとどうでもよかった【芸スポ萬金譚】に力を入れようと思ったりするのである。アクセス数というものを意識し、ランキングだとかそんなことに目覚めて夢中になる人の気持ちが分かる。

 とはいえ私も一度だけバブルを経験しているので、それに流されることはない。
「フジテレビの報道2001で黒岩キャスターが橋下知事を侮辱したとき」である。私は素直に怒りを感じ番組を見ると同時に反論を【木屑鈔】に書いた。その反応が早かったこと、内容が正確に書かれていたこと(自画自賛)、そしてこれがいちばん大きいことだが、どなたかが2ちゃんねるに「とにかくまずこれを読んでみてください」と好意的に紹介したこと、その亜流スレにも「ここがいちばん正確に伝えています」と絶讃されて紹介されたことで一日3000のアクセスがあったのだ。いやあ気味が悪かった(笑)。びびってしまった。

 それからどうなかったかというと、私はそういうことを書かなくなったのである。ひたすら沈静を待った。そういうことを書くブログだと目を附けられ期待されるのを怖れた。
 この姿勢には賛否両論あろう。せっかくのチャンスを活かして人気ブログにのし上がればいいのに、という意見もあるかも知れない。
 ただ私には見えている。見てきている。そういう形で注目されると、注目され続けるためにそういうネタ探しを始めてしまうブログを。本末転倒になってしまうのだ。ひととはそういうものである。それは自滅への道だ。

 一部の人からの期待をスカして逃げた私の姿勢は正しかったと今でも思っている。ほんとうに私の意見を支持してくれる人は、そこからホームページに来て、読んでくれる。賛同したらメールをくれる。そうしてその後も親しくやり取りをしている人もいる。2ちゃんねるからの流れでやってきた有象無象に支持されるために日々の努力をする気にはなれなかった。

 ブログを再開してなにか意味はあったのか!?
「千字随筆」という思いつきには価値があった。いまそれだけは言える。

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10/8記入

 『ホームページビルダー』にブログ投稿機能が附いたのはVersion11からだった。今が13。もうすぐ14が出る。一年に一度のVersion Upなので3年近く前だ。私がブログを始めたのはその頃だから最初から利用できたことになる。
 思いおこせば、何度かその機能を知り利用しようとしている。でも使いづらく投げた。

 もう11のそれがどうだったか忘れてしまったけれど、でも今回使ってみた13の使い易さは11とは違うように思う。確実にVersion Upで使い易くなっている。今回の13のそれは満点だった。私が「ブログでやろうとしていて、でもホームページのようにサクサクできないので不満が溜まり、そのことからブログが嫌いになったこと」を「すべて解決していた」のである。

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10/16

『ホームページビルダー』にブログ投稿機能があると知り、以来画像を挿れたホームページと同じ感覚の投稿が可能となった。助かっている。だが『ホームページビルダー』で作ったブログ記事をそのままサイトに読みこむことは出来ないと知る。

私は『ホームページビルダー』で作ったブログ用記事は、そのままホームページビルダーのファイルとして利用できると考えていた。そうすれば自分のサイトにブログ記事を取りこみつつ同時進行するから、ブログから引退し、ブログを削除しても、ブログに書いた記事はすべてサイトに残るわけである。理想的な進行になる。だが残念ながらそうではなかった。

文章はコピー&ペースト出来るが、たとえばこのブログ記事用に拝借した「茨城空港の写真」「佐賀空港の写真」は、そのままホームページビルダーファイルに貼ると見えなくなってしまう。ブログと同じ内容をサイトにも作ろうとしたらもういちど写真を拝借に出かけコピーと保存をしなければならない。けっきょくは二度手間になる。

いまはみなブログ中心だからこんなことを考えているのは私ぐらいかも知れないが、どうにも相手様にファイルを預けるブログより自分のハードディスクの中に保存するサイトの方を信頼してしまう身としてはこういう考えかたをしてしまう。

とはいえ『ホームページビルダー』とライブドアブログには何の関係もないのだから当然だ。『ホームページビルダー』がライブドアの出しているソフトならともかく。むしろここまでブログ作成機能を取りいれたことに感謝すべきなのだ。

そう言いつつもここのところ見事にブログにばかり書いている。サイトにファイルを作っていない。やはり便利で楽な方に流れてしまう。楽だものねえ、ブログ投稿の方が。みんながブログに走ったのがよくわかる。困った。

 という文をブログ用に書いたがこちらに載せることにしよう。ちょっとブログばかりやっている自分がいやになってきた。反省。
 


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