漫画

2012

4/24
「岳」から「ゴルゴ13」─平山ユージと山野井泰史「情熱大陸」

 
「岳」はすばらしい。ジーンとくるシーンが多い。もともと涙腺は弱いのだが、このマンガは泣くように仕向けるのではなく、さりげなく泣きのポイントがあるのでたちが悪い(笑)。漫画大賞を受賞して当然と思う。すばらしい完成度だ。

 主役の「島崎三歩」がスーパーマンすぎるけど、出演者はみな苦難を抱えているし、山の遭難者はほとんど死んで行くし、無惨な死体もまた頻出するから、主役の彼が「ほがらかスーパーマン」でないと物語としてもたない。
「もたない」は「成立しない」ではなく、「バランスが保てない」になる。いわば70%がグレーなので彼の30%を原色のキラキラにして釣りあっている感じだ。
 左のこの温泉に浸かってニンマリしている能転気な画から想像して中身を読んだら、その差に愕然とするだろう。この画からは想像できないシリアスで重い漫画だ。
 
 時間を掛けて作られ、重ねられてきた作品を一気に読んでしまうのはもったいないので、こちらも時間を掛け、たいせつにゆっくり読んでいる。それでも全16巻(現在も連載中)の内、10巻まで読んでしまった。



 9巻のあとがきマンガ(作者のあとがきのようなもの)で「日本にはスーパークライマーの平山ユージがいる」とあった。名前は知っているが顔は知らない。「画像」を検索したら、YouTubeに彼のクライミング映像があった。ファンを指導している映像。むずかしい岩場をひょいひょいと昇って行く。握力の強さ。むろんそんなことだけではなく天性の勘をもったスーパークライマーなのだろうが。

 日本が世界に誇るフリークライミングの平山ユージとアルピニストの山野井泰史は十代のときから親しく、一緒にフリークライミングをやっていたと知る。平山が1969年生まれ、山野井は1965年生まれ。
 Yahooの検索結果なので真贋は知らないが、「山好きだけの常識」として、「山野井はフリークライミングでは平山にかなわないと判断してアルピニストになった」のだとか。
 


 アルピニストの山野井泰史さんのことは沢木耕太郎の「凍」で知っていた。2002年、ヒマラヤから帰還するとき、両手の指を4本、右足の指すべてを失った。奥さんもまた高名な登山家で、両手の指と足の指8本、さらには鼻まで凍傷で失っている。「凍」は、なんともすさまじい話だった。そのすさまじい話が実話なのだ。

 山野井さんのブログに行く。そうだそうだ、ふたりは奥多摩に住んでいたのだった。

 山野井さんのブログ。「山野井通信」
http://www.evernew.co.jp/outdoor/yasushi/yasushi4.htm






 YouTubeに山野井さんの「情熱大陸」があった。途切れ途切れになってしまいすんなり見られないのでダウンロードする。この方が手っとり早い。山野井さんが41歳の時だから2006年の放映か。奥さんは美容整形で鼻をつけたようだ。極限の世界で生きてきたふたりの信頼関係が見える。いい夫婦だった。9歳年上の姉さん女房が、年下の亭主がかわいくてしょうがないという感じ。

「情熱大陸」というのは良質のテレビ番組として有名だけど私はTBSが大嫌いなので見たことがない。挌闘家高田延彦と棋士渡辺明のときだけ録画しておいて見た。あと葉加瀬太郎の音楽は大好きでCDももっている。



 オープニングそうそう、凄いことを言っている。

山登りというものを知ったときから、ずっと発狂状態みたいなもんなんだよね。ほんと、誰かがぼくをとめてくれないと

 テレビで「発狂状態」なんて流れるのは珍しい。



 奥多摩山中の一軒家。家賃2万円だって。いいなあ、住みたくなった。家は窓もアルミサッシだったし、庭で野菜も作れるし。でもブロードバンドがないか。それと熊が出てあぶないらしい。山野井さんもクマに襲われている。

Wikipediaにこうある。
2008年9月17日、自宅近くの奥多摩湖北側の倉戸山登山道付近をジョギング中に熊に襲われ、顔などに重傷を負い、ヘリコプターで青梅市内の病院へ搬送された。右腕20針、顔面70針を縫い、9月24日まで入院する。


 たいへんな被害である。これは熊牧場の事故ではなく、北海道のヒグマの棲息地での話でもない。東京都奥多摩の話なのだ。
 当時の「山野井通信」を探すと、こんな表記があった。

熊の親子の方が先に僕の存在に気がついていたと思います。そこを下を見ながらランニングしていた僕が突進するようなかたちになったので彼女の怒りをかったのでしょう。
右腕は筋肉を損傷し20針くらい縫いました。顔は眉間の上から鼻にかけ70針ほど縫い現在でも大きく腫れています。

ブラックジャックより凄い顔、ランボーより傷だらけの身体。まさにボロボロ。


 子を連れた月の輪熊だったようだ。月の輪熊はふだんはおとなしいが、子を連れていると、護るために戦闘的になる。さほど大きくない月の輪熊でも、これだけ強い。怖い。それがもう300キロもある羆となったら……。
 しかしそんな目に遭っても山野井さんの動物好き、山好きは変らない。

生きている熊に触れられるなんて・・・感動、言葉が適切ではないと思いますが、貴重な体験をしたような気がします。
野生動物を嫌いにもなっていません、また山のへの興味も失っていません。


 躰が動くようになると、また以前のように運動を始めるのだが、それでも以下のような記述もある。

鈴を持ってハイキング。日本カモシカが出てきただけで心臓が止まりそうになる。林道で栗を見つけただけで緊張する。しばらくはトラウマになりそうだ。



 今年のブログに「奥多摩に住んで20年」とあったから、27の時から住んでいるんだな。
 いや、今の時代、有線のブロードバンドがなくても、無線で十分にインターネットは出来るのか。奥多摩山中でもケータイは通じるだろうし。

 指を失ってから握力は20キロなのだとか。そのこともあってフリークライミングに転向したのだと思っていたら、それは基礎体力作りのためであり、そこからまた復活して「ポタラ北壁を完全登頂」している。

 つい最近のブログを読んでとても新鮮だったのは「暖かい地に住みたい」とあったことだ。今年の2月の文である。極寒の北壁に挑んで来たひとも落ちつくのだろうか。小豆島とか、探しているらしい。



 Wikipediaで経歴を読んでいたら、「ゴルゴ13の『白龍昇り立つ』に実名で登場する」と知る。

『白龍』はチベットの「次のダライ・ラマ」の脱出行の話だ。それは覚えていた。「なんでもかんでもスーパーマン」のゴルゴが、登山家としてもすごいことをやってのける回だ。が、そこに日本人登山家の名があったことは忘れていた。

 探しだして読む。たしかにあった。

 と書いて思いだした。たしかに当時読んだとき、このコマがあった。登山に興味のない私はふたりの名を知らず、「ふーん」と思っただけだった。

 この回の主役はこのシナの隊長。これがまたすごいひとで(笑)。
『ゴルゴ13』というのは、初期の頃はともかく、長期連載になると、ゴルゴは脇役で、主役はその回の「テーマ」であり、ほぼ「時事漫画」である。世界の時世、情報が主役だ。

 この回は「登山技術」がテーマであり主役だった。優れたアルピニストであるこの隊長が、「アルパインスタイル」について語る。れいによって部下が首を傾げる。それに隊長が延々と説明してやる。ゴルゴのいちばん笑えるシーンである。ほんとにこの手法はどうにかならないのか。って、もうここまで続いている作品に文句を言っても無理だが。

 私がいちばん惘れたのは、「自衛隊反乱による沖縄獨立」の話。正確なタイトルを調べる気にもなれない。目の届く本棚にゴルゴ系の資料本があるからすぐにわかるのだが。

 ここでも、いよいよ沖縄獨立に向けて決起寸前という前夜、中心人物の自衛官が沖縄の歴史に関して語り始める。すると命を賭してそれにかける自衛官仲間が、初歩的な智識に「えっ!」と驚いたりして、そりゃないだろうと思ったものだった。物語の背景をそういう手法で読者に説明するわけだが、そんなことを知らずにクーデターに参加している自衛官がいたらそれこそ問題である。「そんなバカ、いれるな」となる。というか、そんなのいるはずもない(笑)。

 この「白龍」の話もひどかった。「沖縄」同様、彼らはシナの誇る山岳特殊部隊なのである。それがアルパインスタイルを知らない。その他も、隊長が初歩的な登山のことを語るたびに、「えっ!」と驚く(笑)。こういう極寒の場で戦闘するのが仕事なのだから、それぐらいは知っていると思うが(笑)。

 ゴルゴってのはツッコミどころ満載でほんとに笑える。それは文庫判の後書きというか説明をしているヤツが、ほめているのか茶化しているのかわからないぐらい遊んでいるのでも明白だ。
 てなことを今ごろ気づいたのかと突っこまれそうだが、いやそれはリアルタイムで第1回から読んでいるものとして、初期から感じていた。大学生のころも、周囲に熱心なファンがいて異様に熱く語っていたが、私はさほど感動したことはない。それは超人的な射撃があり得ないというようなケチではなく、前記したような「物語のすすめかた」が矛盾に富んでいることが一番の理由になる。



 登山というもののしんどさは、登頂してからまた降りてこなければならないことだ。てっぺんに立って、「やったあ!」は、まだ半分でしかない。マラソンでいうなら、マラソンはゴールインしてぶったおれればいいが、登山は、そこからまた出発地点までもどらねばならないようなものだ。山頂を征服しようと無事に帰還しないと意味はない。とすると山頂にたどりついたのはまだ半分にも達していないのか。好きなひとは「それがまたいい」と言うのかも知れないが、そこが私にはわからない。



「情熱大陸」で、山野井さんが指を失うときの話をしていた。それまで世界中の高峰を征してきたが無事だった。
 2002年に夫婦で登っていたとき雪崩れに巻きこまれる。奥さんが落ちた。助けに行く。吹雪で岩の裂け目が見えない。手袋をしての触感ではわからない。手袋を脱ぎ素手で探る。そのとき凍傷で指を失う覚悟をしてやる。落ちた奥さんはもう死んでいると思っていた。それを助けに(確認しに)降りて行く。
 岩の裂け目を素手で探り、凍傷で失う指を、「いちばん使わない指はなにか」と考え、左手の小指にする。「ひとつの裂け目を発見するだけで、左の小指はもうだめでした」。その次は右の小指、そうして冷静に失った4本の指である。遭難し、意識朦朧で助けだされ、気づいたら病院で凍傷の指を切断されていた、とはちがう。

 沢木の「凍」で読んでいたが、本人が明るく語るのを見て、なんとも胸がつまる。極限の選択だ。願わくば自分にそのような選択をせねばならない瞬間が訪れませんように。



『岳』の7.8巻を読んだあと、すこし間を置いて読んだ9.10巻を読んだら、「平山ユージ」の名が出て来て、そこから『ゴルゴ13』に行き、山野井ブログから、YouTubeの「情熱大陸」見た、というお話。
 
   
   
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