2008/2009/2010
3/31  萬年筆スペアインク入手苦労話──ブルーブラックの思い出

 なぜか突如として萬年筆のインクをブルーにしたくなった。なぜだろう。春だからか(笑)。

 私が初めて萬年筆を買ってもらった中学生のころ、そして高校生時代、なぜかインクはブルーブラックが中心だった。世の常識である。萬年筆のインクはブルーブラックが主流だった。
 ブルーブラックとは、青みのある黒。いや、黒っぽい青。新聞や本の活字は黒、鉛筆も黒、そんな中、青い色は唯一許された色彩として特別だったのか、みなブルーのインクを使っていた。萬年筆の文字はみなブルーブラックだった。当時を偲んでこの文章もその色にしてみた。

 私はなぜかその青色を嫌い、高校生のときからずっとブラックを使ってきた。初めての萬年筆はセーラーだった。パイロットが「キャップレス」を売り出して話題になっていた。やがてそれの缺陥と補償でパイロット社はたいへんなことになる。そういう時代。
 先日、またパイロットがあらたに「キャップレス」を売り出していることを知った。こだわっているようだ。そのうち買ってみよう。でも萬年筆は、キャップをとって準備する感覚がいいのであって、ノック式を必要とは思わないが。でも買った。当時は。
 高校時代、プラチナの萬年筆を買う。以降、私はプラチナ愛用者になった。

 インクは黒。一貫してそうだった。というか、そのころからブルーブラックは一気に下火になったように思う。なぜあのころあんなに人気があったのか。そしてまたなぜ一気に下火になったのか。
 若い人には「ブルーブラックの萬年筆」を使ったことがない人もいるのではないか。
 この場合、「萬年筆そのものを使ったことがない」は問題外。ひとであるなら、必ず一度は萬年筆というおとなの筆記具に興味を持ち、購入する、と思っている。それをしたことがないひとが、ここを読んでいるはずもない。

 萬年筆を使う機会は減った。私は自分の下手な字が嫌いで、ワープロを神の贈り物と感謝したほどだから、以降あらゆるものをワープロで書くようになった。それでも、文章はプリンタで印刷しても、宛名は自筆で書いてきた。いつも萬年筆だった。ふだんの筆記具はボールペンだが宛名や、書類のような格式?を必要とするものはみな萬年筆で書いた。
 みょうに、そういうこだわりはあった。



 何十年ぶりかで、突如としてブルーブラックインクが使いたくなった。まあ春になっての気分転換だと思われる(と相変わらず他人事風)。
 あるかたの影響もある。たまに手紙をくれる某作家がいつも青いインクなのである。これはブルーブラックではなく、ただしくブルーである。空色に近く、ちょっと明るすぎるほどの色。太字の萬年筆で、名入りの原稿用紙に書いた手紙をくれる。このことが印象に残っていた。
 とにかくまあ突如として私は、高校生のときすらほとんど使ったことのないブルーブラックのインクを使いたくてたまらなくなったのだった。

 さて、どこで買おう。この地域の文房具屋がおもいつかない。三十年住んでいた品川だとすぐに何軒も思いつくし、十八までいた田舎(父の介護で数年前まで住んでいた)も、それこそこうこうせいじだいにから利用していた本屋兼文房具屋が二軒浮かぶ。まあその二カ所にしか住んだことはないのだが……。いやチェンマイだってすぐに思いつく。DKブックセンター等。
 この街に住んで一年過ぎたが文房具屋を見た記憶がない。駅前のショッピングセンターの中の本屋にあったことは覚えている。本屋の中の文具コーナーだ。おもちゃも売っていてけっこうおおきい。まずはあそこに行くか。



 そのまえにインターネット通販で調べてみる。これはすぐに見つかった。近年すっかり名前を聞かなくなったプラチナだが、なんとか動いてはいるらしい。

 10本入り、正価が400円。消費税込みで420円。それを340円ぐらいに割り引いて売っている。それに送料300円のようだ。いざとなったらこれに頼るしかないが、まずは身近な文房具店だ。同じくネットで探してみる。

 すると「文房具専門店」がこの種の町にはもう存在しないと知る。やってゆけないのだろう。商売というものが家族四人で食って行けるもの、とするなら、いまどき文房具屋では成り立つまい。
 ネット案内では「本屋」で載っている。それらはみな行ったことのある本屋だった。文具は売っていない。

 近くに小学校がある。むかしは学校の近くには、おばさんがひとりでやっているような文房具屋が必ずあったものだ。まったく見かけない。数百メートル離れたところにホームセンターがある。そこで安く買える。大量仕入れで安く売るホームセンターに、そういう正価で売るおばちゃんの店は太刀打ちできない。これも世の流れ。文房具屋はホームセンターに吸収された、と解釈すべきか。



 まずはそのホームセンターに行ってみた。ここは私もしばしば利用している。ない。今時萬年筆のスペアインクなんて消費量がすくないし、ホームセンターの趣旨に合わない商品だ。あるはずがない。なかった。納得。

 次いで、駅前のショッピングセンターに行ってみた。大きなビルのワンフロアを、本屋と文具、ファンシーグッズで占めている。多種多様な品があるが、ここもないと思う。萬年筆を売っていないのだ。ショーケースに並べても数の出るものではない。回転の遅い、効率の悪い商品だろう。
 ここにいたって私は、「いまどき萬年筆なんてどれぐらいのひとが使っているのだろう」と懐疑的になっていた。それのスペアインクである。おそろしくマイナな品を探しているような気がしてきた。事実それは今の時代「おそろしくマイナな品」なのだろう。

 ところが、係の女に尋くとあるという。ほっとした。うれしい。都心の文具専門店まで出かける気はない。通販しかあるまいと覚悟していた。ここにあったか。よかった。
 すると、なんということであろう、彼女が案内してくれたコーナー(それはつまり案内しないとわからないぐらいわかりづらい場所ということである)には、パイロットとセーラーのスペアインクはあるのにプラチナだけないのだった。これはショック。
 そういやプラチナってまったく活躍を聞かない。筆記具好きの私の机の上にあるもの、三菱、ゼブラ、パイロット、セーラー、ペンテル、トンボetc……。プラチナは古い萬年筆が一本あるだけだった。

 落胆した。文具専門店にしかあるまい。基本は「万年筆を売っていること」だ。そうでなければスペアインクは置いてない。しかしこの街に、そんな店はあるのか。あるだろう。だって小中高とそろっているのだから。探せばあるはずだ。



 翌日の朝、好天に誘われ、あるに決まっていると決めつけて私は自転車で走り出した。走り回っていれば、ぶつかる。目につく。そうに決まっている。文房具屋のない町などあってたまるものか。桜は三分咲き、いい天気だ。
 そのとき午前十時。

 まずは一駅隣の駅前商店街まで走る。
 何度か行ったことのある駅前のちいさな本屋の主人が店の前を掃除していた。本屋が文房具も扱っているといいのだが、残念ながらこの店では売っていない。でも似たような業種だ。詳しいのではないか。尋ねてみる。この辺に文房具屋はないかと。
 ご主人は「いやあ、この町には文房具屋ってのがないんですよねえ」と嘆くように言った。「隣町まで行くしかないんですよ」と。その隣町の文具店とは、私が昨日寄ったホームセンターの文具コーナーを差しているようだった。

 意地でもう一駅隣まで走る。風はまだ冷たかったが、走っているうちに汗ばんできて上着を脱いだ。
 隣町にもなかった。警察官を見かけたので問うてみたが首をかしげている。文房具屋ってそんなにないものなのか。
 電車三駅間を走った。長年住んだ目蒲線(もうなくなったんだな、この呼称は)や池上線なんかだと駅間が短いのでたいしたことはない。自由ケ丘から旗の台までよく歩いたりした。ところがこの辺の郊外電車は駅間が長い。けっこうな距離である。かなりの運動になった。

 いつしか昼を過ぎている。萬年筆のスペアインクを探して二時間も走り回ったことになる。
 もうだめだとあきらめて帰る道すがら、のどが渇いたなと思っていたらスーパーがあり、そこでうまそうなかつをの刺身を見かけたのでビールと一緒に買う。帰宅する。一汗掻いて、うまいビールを飲んで満足してしまった(笑)。しかし本来の問題はまだ解決していない。



 通販で買うかと覚悟する。悔しいがそれしかないようだ。
 翌日、<TSUTAYA>に行く。これもけっこう離れている隣町の店だ。いまレンタルDVDとは無縁の生活なのに出かけていったのは、なぜかこの<TSUTAYA>は「受験参考書類が充実している」のである。地元のそういう需要の店になっているのだろう。ここで問題集を何冊か買った。ここのところ我ながらよく勉強している。
 そのとき、たいした期待もせずレジのにいちゃんに尋いてみた。この辺に文房具屋はあるかと。彼は丁寧に教えてくれた。裏道にちいさな店があるらしい。

 探しつつ、行ってみる。それは見事に「おばちゃんがひとりでやっているちいさな文房具屋」だった。あのぐるぐる回る三文判のタワーがある。教えてもらわなければ発見できない裏店だった。
 そこの片隅で、埃を被っているようなプラチナのブルーブラックスペアインクを見つけた。実際には埃は被っていなかったが、いかにももう何年も誰にもさわられていないような、そんなおもむきで、下段にひっそりと鎮座していた。事実そうだと思う。このちいさな文具店に来るお客でプラチナ萬年筆を使っているひとが何人いるだろう。10本入りスペアインクは一度買えばかなりの期間保つ。前の人が買ってから私が手にするまで、このインクはどれほどの期間をここで眠っていたことか。いとしい。やっと巡り会えた。
 



 帰宅し、萬年筆から黒のスペアインクを抜く。台所でペン軸を洗う。あたらしいブルーブラックのインクカートリッジを差し込む。
 早速原稿用紙に向かい、久々のブルーブラックで書いてみた。
 だいたいにおいてこういうものは期待外れに終る。期待が大きいだけに、たいして意味のない結果に落胆するものだ。すぐにまた本来の黒にもどったりする。

 が今回は意外にいい感じだ。
 青のインクを使うだけで新鮮である。
 そのことから刺激を受け、ボールペンとシャープペンでやる日々の数学や歴史の勉強もいい感じで進んでいる。

 なぜいきなり青のインクが使いたくなったのかいまだにわからないのだが、結果としてはいい目に出たようである。
 終ってみれば、入手に苦労したのもいい思い出か。


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【附記】──通販の価値──なにが珍品か!?

 私は通販の価値を、身近の商店では手に入らないものを買うことにあると考えていた。あるいは「日本で一番安い」である。コンピュータパーツなんかだと、送料や代引き手数料を引いてもまだ安いものが多い。これは秋葉原まで出かけるには電車賃もかかるから相殺される。

 しかしこの「近所の商店では手に入らないもの」に、萬年筆のスペアインクが入ってくるとは思わなかった。私にとって通販で買うものは、見かけることのない珍品か、数万円する物品の最低価格の品だった。
 萬年筆のスペアインクが入手しづらい珍品に属するとなると、今後こういう500円程度の品を300円の送料を払って買うような必要性が生じそうだ。

 ここでは、「それが出来る至便性」に感謝すべきなのだろう。都心の専門店まで出かけてゆかなくても田舎の家にいて手にはいるのだから。
 なのに私は、そういうものは近くの店で買えるものだと思って生きてきたので、「そういうことをせねばならない不便」と感じている。頭の切り替えが必要なようだ。

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【附記・2】──萬年筆の現状──4/11

 手持ちの「社名の由来」を読んでいたら、セーラーとパイロットが出ていた。「二大萬年筆メーカー」とあるから、プラチナは置いてきぼりにされたらしい。社名の由来としてもプラチナは載っていなかった。

 おもしろいと思ったのは、予想通りすでに萬年筆という商品は両社においても「売り上げは全体の5%以下」なのだという。それでもセーラーは萬年筆から始まったことにこだわり、社名を「セーラー万年筆」のままとし、パイロットは「(株)パイロット」と萬年筆の名を外したことである。

 セーラーが明治四十四年、パイロットが大正七年の創業。
 私の勘ではなく、私が高校生のころ、セーラーは低迷していたように思う。一大転機は「筆ペン」の発明だったとか。あれはセーラーが元祖だったのか。父なんか、メモ用紙へのメモですら筆ペンだった。対して私は筆ペンにはなんのなじみもない。素養がないから。

 今度小遣いに餘裕があったら、セーラーとパイロットの萬年筆を買ってみよう。



 パート2が出ていることを知らなかった。考えてみれば社名の由来を紹介するという、誰でも出来ることを書いてヒットしたというアイディア商品である。ヒットしたのだからパート2をやらないはずがない。

 どうでもいい本だが、雑学にはなる。一冊目を読んだ続きだ。読んでみたい。図書館にあるかな。




4/1  ひさしぶりの多機能ペン──高校生以来(笑)


 三菱uniのα-gelというペンを目にした。ペン関係でゲル・ジェルといえばインクのことだが、この場合はグリップ部分に使われている素材の名前らしい。あの高いところからタマゴを落としても割れないという、競走用シューズ等にも使われている特殊な素材だ。商標登録らしい。
 さわってみると、これがもうふにふにして気持ちがいい。



 筆圧が強くペンだこに悩んできた私は、ドクターグリップに出会って救われた。発売になってすぐに買った。外国に行くときも必ず持っていった。いつも机の上にはドクターグリップがあった。
 今でこそ太軸は機能として市民権を得たが、発売当初は異様に軸の太い珍品だった。初めて見た人はみな必ず「なに、それ?」と不思議がった。

 チェンマイの『宇宙堂』のナベちゃんに珍しがられた記憶がある。1993年頃か。発売されてどれぐらいなのだろう。思い出から換算して、最低でも十五年は経っていることになる。PILOT社の製品。



 現在、ドクターグリップのボールペンとシャープペンを愛用している。快適だ。なんの不満もない。



 なのに珍しい筆記具を見かけるとすぐに買う。こういう浮気性は直らない。でもこれがないとよりよい新製品には出会えない。

 前記、プラチナのインクカートリッジを探しているあいだも、目新しいボールペンを見つけては何本か購入した。書き味はみないい。先日買ったセーラーのボールペンもいい書き味だった。だが太軸の堅いプラスチックに、滑り止めの横リングが刻んであったから、指が痛い。私には10分も我慢が出来ないほどだった。筆圧が強い私にも問題はあろうが、この滑り止めのリングはよけいだと思う。みな帯に短したすきに長しで一長一短がある。ドクターグリップ以上のものには出会えない。

 そういう製品に出会うと、あらためてまたドクターグリップのありがたさを思う。今の若者は多種多様な商品があふれていてしあわせだ。高校生のころから筆圧の強さに悩んでいた私は、ボールペンの軸に綿を巻き、セロテープでとめてクッションにしていた。後の世に登場するドクターグリップの発想を自然にもっていたことになる。あのころはボールペンそのものも液だれがして質が悪かった。今はいいなあ。



 云南で中国製安物のボールペンを手にすると、高校生の頃を思い出す。液だれのするひどいもの。デパートに行くと、日本製のハイテックだとかゲルだとかのボールペンは高級品なので別コーナーに飾られている。誇らしい。

 ドイツとイギリスでは文房具を買ったが、その他の国ではほとんど記憶にない。日本製品が大好きで信頼しているから他国の商品を買う気にならないからだ。が、これ文房具というと語弊がある。筆記具に絞っておこう。ノートはどこの国でも必ず買っている。紙質が悪くても、それはそれで味になる。
 要するに、筆記具以外は妥協できるし、それぞれの国の味わいを認める餘裕があるのだ。筆記具だけは、気に入ったものでないといらついてしまう。あれほど長逗留したタイでもタイの筆記具を買ったことはない。いつも日本から持参したものを使っていた。


 
 筆圧が強いことでいいことはひとつもなかった。いつも右手中指の大きなペンだこが腫れている状態で憂鬱だった。毎日八時間ほど勉強していたころは、指が痛くてペンが持てないこともあった。

 そんな中、後に高島俊男さんの『お言葉ですが…』で読んだことは救いになった。それは、高島さんが知り合いの経営者に、どんなやつを採用するか、働き者を見抜くコツはあるか、と問うたときの答である。その経営者は、いろいろ迷った末に、ある日ふと気づいたのだそうな。「やる気のあるヤツはみな、答案用紙の裏側まで突き抜けるぐらい力の入った字を書いている」と。ダメなのが、薄い鉛筆で消え入りそうな細字を書いているヤツである。答案の中身にこだわらず、それだけを見て採用不採用を決めるようにしたら、それがもう大当たりだったとか。
 高島さんもこの答にはたと膝を打ち、教員生活を振り返っても、まことにその通りだと書いていた。黒々と強い筆圧で答案を書く生徒がみなやる気があったそうだ。

 これを読んだとき(近年の話である)、私も往時を思い出して懐かしくなった。いたなあ、HBがふつうの時代に、2Hとか3Hのうす~い鉛筆で、細かくちいさな霞んだような文字を書くヤツ(笑)。筆圧が強く、食い込むような字を書いていた私には理解不可能だったけど、彼らは彼らで、あの弱々しい薄いちいさな字を書くことが美意識だったのだろう。

 あのころは今みたいに0.3ミリとか、そんな細いものは出ていない。彼らは鉛筆を細く削り、そんな文字を書いていた(笑)。これはこれで先取りか。彼らの中に気の合うヤツはいなかった。

 私は営業マンとは無縁の人生を歩んだけれど、『お言葉ですが…』で知ったこの話には励まされた。

 で、思い出すのだが、ブログでも、ちいさな字でやたら読みづらいデザインのひとがいることだ。あれも同じ流れなのだろう。好きずきである。筆圧の強い私の場合は、当然のごとくでかい字で読みやすいことが第一になっている。



 ドクターグリップで満足しているのだが、たまには浮気もしたい。してみると、書き味はいいものの、指が痛くなる品ばかりで、やっぱりドクターグリップかと古女房の良さに気づいたりする。その繰り返しだった。
 浮気をするのにはドクターグリップにも問題がある。構造上の関係からか、あんなに軸が太いのに、芯は旧式の細い油性ボールペンなのである。ゲルインクの書き味が好きな私には物足りない。これもまた浮気に走る理由のひとつだ。書き味は指の痛くなる150円のゲルボールペンのほうがいいのである。もっとも世の中には昔風の油性ボールペンがいちばんだというひともいようから、このへんは好みの問題か。
 ドクターグリップの太軸、あのゴムのやわらかさに、あれにゲルインクが私の理想だ。

 ふとおもいつき、ここでインターネット検索をしてみた。するとこんな日記を見つけた。

《わたしは「ボールペンは絶対油性インク派」だ。そして、4色ボールペンが好きだ。》

 おお、なるほど(笑)。見事に私と正反対のひとがいるわけだ。同年配のおじさんだとおもしろかったのだが、どうやら二十代の女性らしい。このひとなんか、ぜったいドクターグリップなんて不細工な太軸のペンは持たないだろう。



 浮気ウンヌンと書いていると、夫婦のことみたいで面はゆい(笑)。ドクターグリップ(色白ぽっちゃり、ちと太め)がいちばんともう結論が出ている。酸いも甘いもともにかみしめて幾星霜の古女房だ。筆圧の強い私にはそれでなければだめなのだ。やっと巡り会い、長年連れ添ってきた理想の女房である。なのにあたらしいデザインの今風のネーチャンにも手を出してみる。浮気心。もしかして古女房よりいいのではないかと。若いだけに書き味はいい。でもやっぱり古女房じゃないとだめだともどってくる。


 


 というところで、このα-gelを知った。浮気話で例えると、女房とそっくり、女房の改良型だ。これはぜひ味わうべきであろう。自分に合うことがもうわかっている。ドクターグリップのラバー部分がα-gelなのだ。ケースの外側から押してみても、より柔らかいのがわかる。欲しい。ぜひとも欲しい。

 私はuni α-gelの多機能型ペンというのを買った。
 黒赤のボールペンとシャープペンが一緒のものである。こんなものを買ったのは高校生のとき以来だ。
 あのころは多機能であればあるほどすばらしいと思っていた。中学生のときには通販で買った12色ボールペンを使っていた。キュウリぐらい太かった(笑)。

 その後どういう心境の変化があったのか、私は多機能型を一切使わなくなってしまった。そして今に至る。



 ひさしぶりに買ってしばらくは、大学受験のころを思い出して懐かしかった。いま数Ⅰ、数ⅡB日の勉強をしているから、もろに当時と同じ状況にある。シャープペンで問題を解く。答合わせをする。まちがっていたら赤ペンでそこを指摘する。今まではそれを二本のペンでやっていた。それを今、カチカチと一本のペンで切り替えてやる。何十年ぶり。あのころはこれだったなあと思い出す。

 数学や統計学、世界史、日本史の勉強をし直すのは今回が初めてではない。何年に一度か熱心にやる。チェンマイに二ヶ月いるときは、必ず参考書を持っていき毎日数時間は勉強した。しかし日本でもチェンマイでも、この多機能ペンを使ったことはない。思いもしなかった。たぶん、私の中の美意識で、多機能ペンはかっこわるいものになっているのだ。代表があの三色ペンになる。こどものころは大好きだったあれが、いまはなぜかかっこわるく思えるのである。逆に格が上がったのが、無骨な萬年筆だ。これがかっこよく思える。それは今もずっと続いている。



 そんなわけで、高校生時代以来の多機能ペンを体験した。それはそれで懐かしく、かつ新鮮で楽しかったのだが、結論としては失敗になる。こういうペンは営業マンが手帳にちょいちょいと書くのに向いている商品なのだろう。黒赤のボールペンにシャープペンが1本にまとまっている。じつに便利だ。前記のどなたかが好んでいた四色ボールペンなんてのも、手帳にスケジュールを色分けで記入するときは便利なのだろう。

 だが今の私は大量に問題を解いている。毎日ノート一冊を消費するほどだ。多機能ペンのシャープペンは芯がすこししか入らないからすぐになくなってしまう。のっているときに芯の入れ替えもわずらわしい。そしてまた一本の中にあれこれ詰まっているから、芯の入れ替えも専用型と比べると多機能型はやりづらい。しかしそれは当然だ。そういう品なのだから。私の使用法がまちがっている。ハッキリ、今の私には多機能型ペンの購入は失敗だった。用途を考えずに選んでしまった。

 これを買ったのはボールペンとシャープペンを買うよりも、とりあえず実験用としていいかと思ったからだった。α-gelのペンが自分に合うかどうかはわからない。合わなかったとき、二本嫌いになるより一本のほうがショックがちいさいと考えた。それが高校生以来の多機能ペン購入の理由になる。
 α-gelはすばらしい。最高のものだった。このプニプニはたまらない。長時間使ってもまったく指が痛くならない。だったら別々に買うべきだった。いや今からでも買うべきだ。

 これから文房具店に行く。α-gelのシャープペン専用、ボールペン専用をそれぞれ買ってくるつもり。
 短い多機能ペン体験だった。たぶんこの多機能ペンは、これからは赤ボールペン専用として使用することになる。α-gelのよさは変らない。もしかしたら、出先に持ってゆき、多機能ペンとして活躍するときがあるかもしれない。もともとそういう商品だから、そうなったら彼も本望だろう。

 α-gelの良さを思うと、PILOTはかなり打撃を受けたと思う。この方面では長年ドクターグリップが獨走してきた。ライヴァルがいなかった。この商品の出現でだいぶシェアを食われたろう。とはいえその層がわからない。世の中に、私のように筆圧が強くてドクターグリップタイプでないとだめというひとは、どれぐらいいるのだろう。中学生高校生でも愛用者はいるのだろうか。ぜひとも知りたいものである。

 自転車に乗ってショッピングセンターまで、500円のペンを2本買いに行くだけでわくわくしている。文房具ってのはいくつになっても楽しいものだ。
7/3
携帯電話のUSB充電器

 
 これがあると携帯電話の充電がパソコンのUSB接続口から出来るようになる。便利だ。

 一昨日、100円ショップローソンで見掛け、自分の機種で使えるかどうか確かめて、きょう購入した。
 いまインターネット検索して、この写真をもらってきた。すでに話題になっている品らしいので、今ごろはしゃいで書くと笑われるかも知れない。私にはひさびさに新鮮な小物発見だったので、書く。

 正しくは「USB携帯電話充電器」。以下のURLの記事がわかりやすい。この文章の掲載は6月12日だから、それほどタイミングを逸してもいないのかな。




http://allabout.co.jp/computer/telecomfees/closeup/CU20030612A/

 写真の品はネット通販の1500円のモノ。たぶんこれはだいぶ前からあったのだろう。ところがここに来て普及が進み、100円ショップの商品として登場したのだ。これは大事件?である。1500円と100円じゃ意味が違う。



 私はこの写真の品を秋葉原で見つけたなら、二千円でも迷うことなく買っていた。それだけの価値がある。

 二年前、ビックカメラでiPod nanoを買ったとき、店員から奨められ「ふつうのコンセントからiPodに充電できる機器」というのを二千円で買わされている。iPodにはPCからのUSB充電機器しかついてない。いかにもアップルらしい。でもPCと連動して使う品なのだから当然か。




 店員に言われて買ったのは左の品。iPodからのUSBケーブルを接続し、家庭用コンセントから充電できるようにするものだった。
 言われるまま思わず買ってしまったが、私はPCの電源を入れていることが多いし、さらにはiPodをほとんど使わないことから、いまだにこれを使ったことがない。いやせっかく買ったのだからと一、二度使ってみたことはあるけれど。まあ、買う必要のない品だった。

 iPodに詳しくないので思わず奨められるままに買ってしまったが、すぐにこんなものは不要であり、同時にまた二千円は高すぎると思った。
 iPod人気で、周辺機器、小物は異常に高い。まあ必要機器というよりファンシーグッズの乗りだからそれでいいのか。ぜんぜん使わず抛り投げてあるiPodだけれど、携帯電話とこれが宝物の中学生、高校生は多いことだろう。

 先日、友人がパソコンを買うのにつき合った、というか私が撰んだのだけれど、店員が露骨に関係商品を買わせようとするのがひどかった。それに水を差す私がいることを明らかにいやがっていた。私がいなかったら友人は、セキュリティソフト等をあれこれ買わされていたろう。まあ私も上記の品を言われるままに買わされているのでおおきなことは言えないのだが。



 今回の「USB携帯電話充電器」は、iPodの逆になる。携帯電話に附属してくる充電器は家庭用コンセントから充電するものだが、これはそれをパソコンのUSB接続で充電できるようにしたモノ。しかもそれがなんと100円ショップで!

 真っ先に思ったのは、先日テレビで見たプレスの風景。サミットの記者会見場で、ノートPCを打ちまくっている連中は、その合間にUSBポートに繋いでおくだけでケイタイが充電できるのだから助かるだろうなということだった。たぶん彼らはみなもう使っていて常用機器だと思う。



 もうひとつ思ったのは先日の自分のこと。
 六月前半、友人の家に世話になっていた。パソコンもインターネットもない生活だった。
 ケイタイの電池が減ってゆく。充電器を持参し忘れた。コンビニで乾電池からの充電器を買おうと思った。ケイタイ嫌いでもそれぐらいの知識はある。そこで、電話会社が無料充電サービスをやっているのを思い出す。携帯電話に関しては疎いのだけど、料金を払いに行ったSoftBankで見掛けた記憶がある。運よく友人の家から歩いて5分ほどの所にSoftBankがあった。そこでの無料充電を利用した。二日に一度出かけてゆくのがすこしばかり恥ずかしかった。でもこういうサービスを利用するという経験がないものだから、係員に使用法を教えてもらって充電し、その間パンフを読んだりしつつ待っているのも、それはそれであたらしい経験だった。

 今度からは(といってももうそんなことはあるまいが)友人のパソコンのUSB接続口から充電できる。ありがたい。その他、出先で役立つこともきっとあるだろう。
 なにより100円ショップの商品であることがうれしい。ちいさな品だ。必要なとき見つからないと困るので、みっつぐらい買っておいて、パソコンのちかくにひとつ、ウェストバッグにひとつ、いつも持ち歩くバッグにひとつ、と入れておくことにしよう。



 私はノートパソコンは旅先でしか使わないし、携帯電話も重用していないから、この便利グッズに飛びつくほどの需用はない。それでも咄嗟に思いうかぶことはあった。

 まずはこれがいかに便利かと前記URLでも一押しされている旅先のこと。
 私の海外旅行に変圧器は必須アイテムだ。右のような携帯用の小型のものだけでもいくつ買ったろう。いまも海外の何個所かに置いてある。云南の家にももちろん置いてあり、妻が確実にあると言っているのだが、それでも万が一のことを考え、今度行くときもまたひとつ買って行くつもりでいる。

 電子メールが普及していずファクスの時代、私はノートパソコンと一緒にCANONの小型プリンタを海外まで持参した。パソコンで書いた文を変圧器を利用して印刷し、日本にファクスしていた。
 パソコンと8ミリビデオは世界電圧対応だったが、それ以外はみな日本の百ボルト専用である。変圧器は手放せなかった。



 私のケイタイは海外用ではない。それでも常に持参する。電話帳として。ケイタイを使うようになってから手書きの電話帳を作らなくなってしまった。なんという物ぐさだろう。もう十年以上作っていない。本来なら薄っぺらな小冊子で済むことなのに、私は海外まで携帯電話を持ってゆく。飛行機に乗る直前まで電話が出来るし、帰国してもすぐ使えるから、これはこれで役立っている。
 電源は切っておくのでだいぶ保つが、それでも携帯電話用充電器も持ってゆく。これには変圧器が必要だ。
 これからはこのUSB充電器だけでいい。持参するノートパソコンから充電できる。
 上の写真はどの機種でも使える1500円するものだからけっこうゴテゴテしているが、機種毎に売っている100円ショップの品は、携帯電話とのコネクタとUSBコネクタだけのちいさなもの。ちいさいちいさい。すでに実験したが問題なし。快適に充電できる。
 これで身軽になれる部分は大きい。



 海外に二ヵ月ほど出るときの荷作りは真剣勝負だ。何を入れるか、なにを省くか、もうグラム単位である。私は衣類は持たずに行く。それはどこでも買える。その分、旅先では買えないものを詰めこむ。それこそ着の身着のままだ。前回、パンツも靴下も持たずに行ったら、さすがに途中の一泊する課程で靴下を替えたくなり、なのに近くに衣料品店がなく入手に苦労した。

 それほど容量が限られた荷作りには気を遣う。あちらで買えるパンツや靴下の代わりに詰めこむ日本食品の価値は絶大である。
 携帯電話に関する機器が減ったところで微々たるものだ。でもそのことによって入れられる削り節や御茶漬け、七味等がどれほどの価値を生みだすことか。
 オーデコロン等もドラッグストアで売っているプラボトルに入れかえて軽量化する。そこまでやっての荷作りだから、たとえほんのすこしであれ、あちらにいるときは使わない携帯電話関係品が軽量化されることは大きな益になる。



 それにしても、こういう便利グッズを100円で発売してくれるのはありがたい。心から感謝する。今までは、1500円で売れる便利グッズは、まるで価格協定のように他社も1500円だった。いまはいきなりのこんなことが起きる。正しい商競争である。

 自転車の前カゴに張るゴムが古くなったので買いたいと思った。ほとんど使わないが、たまに役立つこともある。以前のものはちかくの100円ショップで買ったものだった。その店は残念ながら閉店してしまった。いま私のちかくにある100円ショップはローソンだけだ。
 きょう西友の売場を歩いていたらそれを899円で売っていた。いいゴムを使っていて丈夫で、そもそも品が違う、のかも知れない。でもそうは見えなかったし、100円ショップの品でなにひとつ不満はなかったから、買う気にはなれなかった。そもそもそれは100円ショップで売っていたから買ったのであり、それほど必須のものでもない。

 諸物価の値上がりで100円ショップは苦しいようだ。がんばって欲しいと思う。やがて100円の値は維持できなくなるとしても、こんなふうに1500円で売られている品を100円で売ってくれる姿勢は応援せねばならない。
8/29  メガネ買い失敗



 また安物買いの銭失いをしてしまった。恥ずかしい。海外に行くときにもってゆくスペアメガネを作っておくかと考えていた。
 ビックカメラの中で眼鏡屋を見掛ける。「フレーム4800円」というPOPが目についた。思えばこれが失敗の始まり。その向こうに「レンズは12800円」とある。2万円以下で作れるから、壊れてもいい補助メガネをひとつ作っておくかと考える。

 店員に「いまのメガネに不満はないか」と問われる。べつにないと応えたため、検眼もせずまったく同じものを作ることになった。これが失敗の二番目。
 思えば乱視のせいか、すこしぶれるようになっていた。不満はあったのである。さらにはフレームは大きさが違う。そこに検眼もせずにレンズをいれたら焦点がズレるに決まっている。これも重要だ。ばかなことをしたと悔やむ。しかし店員も店員だ。こちらがいいと言ってもあちらが「フレームの大きさが違うので検眼しましょう」と言うべきではないのか。いかにも素人のような女店員だった。まあ安易に返事をしたこちらが悪い。

 4800円のフレームはさすがに安っぽい。安いのだからしょうがない。旅先で壊れてもいい予備だからと割り切る。地味目なものを一、二度掛け、これでいいやと安易に選ぶ。いいかげんなことばかりしているが、思えばこれがいちばん悪かった。
 料金17800円を払い、三日後に取りに行くことになる。



 三日後、受けとり、帰宅して掛けてみる。フレームがきつい。外すと揉みあげに掛けていた痕が残るぐらいだから相当にきつい。直せばいい。ところがそこが安物。このフレームはきっちりと鉄で出来ていて固い。へたに拡げたら折れそうだ。
 私は小顔らしい。自分でそういうことを考えたことはないが(むしろ男は顔がデカい方がいいと思っている)今までに何度か顔が小さいと言われたことがあるから、すくなくともデカくはないだろう。その私にこんなにきついのでは、顔のおおきいひとは掛けられまい。なんちゅういいかげんな作りなのだろう。もしかして女物か?

 さらには、これは今使用しているメガネのコピーなわけだけれど、フレームの大きさが違うから当然レンズの焦点がズレてやたら見辛い。使い物にならない。やはりこれはきちんと検眼し、あらたに作るという方法をとるべきだった。失敗した。悔やんでも後の祭り。悪いのは私だ。



 結局、住んでいる町のパリミキでまたあらたに作った。丁寧に検眼してくれた。乱視は軸がずれるのであらたにメガネを作るときは検眼せねばならないと教えてもらった。たしかにあまりにイージーだった。
 写真のチタンフレームは、軽くてしなりがあってすばらしい。でも使えもしないメガネを作ったりしたために予算がない。我慢。今回も安物のフレームだが、じっくりと撰び、また店員も耳のあたりもしっくりくるように、しっかりと直してくれたので上記のようなことはなかった。店員の応対がぜんぜん違う。
 私のずぼらな性格が原因だ。高い授業料になった。2個分の金でひとつ作ったらいいものが買えたのに……。

 2009
6/10  ワールドバンドレシーバー話

 先日来なにがきっかけだったか長年ほったらかしにしてあったSONYのワールドバンドレシーバー(世界中のラジオが聞ける高性能ラジオ。以下WBRとする)を出してきてラジオを聞いている。

 世界各地を旅行していた90年代、旅先で使おうと思って買った。機械は得意のはずなのになぜか私にはこれが使いこなせず長年宝の持ち腐れになっている。
 ビデオ録画予約も出来ないような機械音痴のおやじならいつものことと気にしないのだろうが、こどものころから大の機械好きだったし、今も学歴的には文系出身であるが本人は理系くずれと思っている私としては釈然としない。パソコンだってメーカー押しつけの製品ではなくもう10年以上自作しているという誇りがある。

 もっとも「パソコン自作」というのは(私に限らず誰でも)買い集めた部品を組みたてるだけなのでプラモデル作りに近い。どうもこの「自作」というのはちょっと照れ臭いと前々から思っている。かといってCPUの自作など出来るはずもないのだが。

 それでもパソコンケースを開けたことすらないひととは一線を画しているという誇りはある。プラモデル作りのようなものとはいえ、それなりの智識と熱意、根性がなければ出来ないことなのだ。だから高性能とはいえたかがラジオを使いこなせかったことはけっこう私のトラウマ(笑)になった。それで未だに捨てられず(といってもぜんぜん使っていないから新品同様だ)時折こうして出してきてはチャレンジすることになる。



 使いこなせないというとなんやら操作が難しいようだが、なんてことはない、操作が面倒なだけである。多機能だとどんなものも使用法が面倒になる。

 好きだとその使用法をマスターする。出来る。出来るから楽しくなる。多機能をすみずみまで使いこなせる。ますます好きになる。逆もまた真。

 そういや私はこのWBRに続き、最近では携帯電話がわからなくなってしまった。ケイタイを使いはじめてそれなりに長い。15年にはなる。しかしケイタイであれこれやろうとは思っていない。よくあるおじさんの言い訳だが「電話機としてのみ使う」だったから、その他の能力についてゆけなくなってしまった。

 ホームページに載せる写真はデジカメで撮っているし、メールはPCから書く。中高生はともかく、ケイタイでメールを書きまくるおとなはおかしいと思う。PCなら1分で出来ることを10分もかかって書くのはいやだ。とはいえケイタイには電車の中でも喫茶店でもどこからでもできる「モバイル」という特典があるけれど。
 いまもってブログにケイタイから写真をUPする方法を知らない。必要もないのでやり方が判らない。あのなんだっけ、QRコードか、あの接写の方法も知らない。これも未だにやる必要が生じてないのだから知らなくて当然だ。完全な時代遅れである。まさか最先端機器が大好きな自分がそんなことになるとは夢にも思わなかった。

 とはいえそんなものが単なる慣れであり、その気になればすぐにマスターできるものであるのも事実。私からすると典型的文系で機械音痴の〝博奕屋〟梶山さん(http://blogs.yahoo.co.jp/arakantetsu )が、ブログを始め、いつしか長文をケイタイで書き、びんびん写真をUPしている。梶さんに出来るのだから私がその気になれば簡単なはずだ。まあ今後もこのスタイルのホームページで行くつもりなので、ブログの達人になることはないだろうけど。



 本題にもどって。
 WBRは世界中のラジオを受信できるから帯域が広い。日本の、たとえば競馬中継をやっているラジオNIKKEIを聞こうとしたら、そこを選ぶまでがたいへんなのだ。その点、遥かむかしにJRAからもらったちいさな「競馬中継専用ラジオ」(写真)は、スイッチを入れたらすぐに競馬が流れてくる。どうしてもそっちを聞く。これたしか「第1回ジャパンカップウェルカムパーティ」でもらったんじゃなかったか。何年前だ(笑)。

 ということでこの写真をもらいにソニーのサイトにいって驚いた。これ正価で9千円もする。価格com最廉価でも7500円だ。手の平に入るちいさな短波専用ラジオである。そんなにするものなのか。知らなかった。



 FMとAMがついているWBRは、AMだと500から15000MHzぐらいまで帯域がある。NHK総合が594、短波のラジオNIKKEIは9325MHzだ。そこまでゆくのがたいへんなのである。こんなのをいちいちボタンを押して周波数を変えつつ動きまわってはいられない。

 このラジオNIKKEIの9325という数字はつい先程調べて知ったばかり。つまり私は写真のちいさな専用ラジオでいつも競馬中継を聞いていて、WBRでラジオNIKKEIを聞いたことはなかったのである。今回初めて聴いてみたらさすがに明瞭で聞き易い。これでやっとまともに競馬中継が聞けるとうれしくなった。

 使いこなせていないのは私の能力ではなく精神の問題になる。好奇心、執着心の闕如だ。
 好きな局を探しだしてプリセット登録すればワンタッチで呼びだせるようになる。そういう機能がついている。それがなきゃたいへんだ。それを利用すれば世界中の興味のあるラジオ局がボタンを押すだけですぐに聞けるようになる。100局も登録できる。その作業をするのが今の私には面倒なのだ。
 好奇心旺盛な高校生時代にこのラジオを与えられたなら、私は世界中のおもしろい局を選別して聞きまくり大きな文化的成果を得ていたろう。まさに宝の機器である。だがおっさんになって物ぐさになった私には、それがとてもしちめんどくさい作業に思えてやる気にならないのだった。



 ひさしぶりに押し入れから引っぱりだした。ありがたいことにうれしいことに、心から思うのは、ラジオであるからまった古びていないのである。壊れていない。買ったときと同じ状況で今も使える。同じ頃に買った30万円以上したノートパソコンなど今一銭の価値もない。それどころか廃棄するには金が掛かる。金がないとき、この廃物になったノートパソコン連を見るのはつらい。ざっと計算して200万、ソフトを含めたらもっとかかっている。いまこの金があったらなあと虚しく思ったりする。

 その点このラジオは現役である。写真は現在のソニーの製品で42000円。この種のラジオのフラッグシップモデルである。私のはこれの旧型(といっても見た目はまったく同じ)で、背面にカセットテープによる録音機能がついていて(カセットってのが時代を感じる)49000円だった。その当時、写真と同じ録音機能のないものはやはり42000円だったように記憶している。十数年前の話になる。この種の品は時代に流されないだけに安くなることもないようだ。物価差を考えるとどうなのだろう。十数年前と同じ値段というのは。



 これを買ったきっかけは、チェンマイ在住のイサオさんがちいさな短波ラジオを持っていて、それで大相撲中継を聞いていたのに刺激を受けたからだった。当時は衛星中継なんてものはない。
 毎日計ったように午後2時に『サクラ』にやってきて私と将棋をするイサオさんが、ある日からぷつっと午後4時過ぎにならないとやってこなくなる。日本で大相撲が始まったのだ。チェンマイの午後4時、すなわち日本の午後6時に結びの一番を聞いてから出かけてくるのだった。

 これを「いいなあ」と思った。異国で聞く日本の大相撲中継。ラジオというのがいい。私がラジオで聞いた大相撲は栃若時代初期か。18歳の関取、若秩父が話題になっていたころだ。若秩父と同い年の私の姉は18歳の新鋭の活躍に目を輝かせていたが(姉も父の影響で私と同じく相撲好きだった。というか当時はたしかに〝国技〟と言えるほど世間の注目を集めていた)、それはラジオ時代だからであって、後に映像が出るようになると若秩父人気は一気に下降した(笑)。わかっているひとには言わずもがなだが若い人も読んでいるだろうから念のために書いておけば、彼はルックスに難があったのである。



 ああそうか、思い出した。このラジオを引っぱりだしてきたきっかけは「SLGの経験値稼ぎ」である。ここのところまた大好きなFEの古いVersionをやっている。何度やってもおもしろい。数年ぶりにやると新鮮である。傑作だ。途中、単純でつまらない経験値稼ぎをせねばならない箇所がある。単純作業を繰り返す経験値稼ぎは愚行だが、後半の重要場面でぐっと楽になるからやらねばならない。この辺は「やりこみゲーム」の鉄則だ。
 それをしている間、深夜から明け方にかけて耳許でちいさな音で何かを聞きたいと思い、PCから音楽を流したりしていたが、それにも倦きたのでこのラジオを引っぱりだしてきたのだった。



 それであらためて確認したことを書いておくことにする。
 上記の文だと私に機械を使いこなすだけの今期がないことがすべての原因のようだが、今回これを使ってみて当時を思い出した。

 ハッキリ書く。このラジオ、値段は高いくせに性能が悪いのである。
 買ったとき、そりゃあ今どきたかがラジオ5万円を払ったのだから、その名の通り世界中の放送局が受信できてあたらしい世界が開けるのではないかと期待した。
 ところが案に相違して世界中どころとりあえず聞きたい東京のFM放送や民放すら入らないのだった。

 私の家は茨城県の平地である。霞ケ浦の近くだ。だが相性が悪いのか家で聞くラジオは電波状況が悪い。山ひとつなく東京から100キロ圏内なのになぜなのだろう。当時愛用していたPanasonicの大型ラジカセは、音質からCDやカセットテープの取扱い、リモコンの操作に到るまですべてが満点だったが、なぜかラジオだけはノイズが多く聞くに堪えなかった。

 クルマは最高だった。軽自動車についているラジオなのだが、これはFMもAMも明瞭であり、クルマの中がいちばん楽しかったと言えるぐらいだ。当時エルコンドルパサーがフランスの凱旋門賞に出走し、その生中継(=深夜)をラジオでやるというのでカーラジオで聞いた。それでないと聞けなかった。

 茨城の平地であるから電波障害は考えにくい。また安物のカーラジオがこれほど受信状況がよいのだから、悪いのはそのPanasonicのラジカセのラジオ部門となる。そう考えるのが自然だ。
 
 音楽はPCやラジカセで聞いていたが、それとはまたべつに「漫然とラジオを聞く楽しみ」というのがある。かといったそのためにクルマの中にこもるわけにはゆかない。PCで作業しつつラジオを聞きたい。
 そんなときに買ったのがこのWBRだったから、そりゃあ期待は大きかった。何度も言ってセコいようだが、たかが小型ラジオに5万円だしたのだから期待は高まる。きっとFM,AMが明瞭に入るのはもちろん、北朝鮮や南米のラジオなども受信して、今まで知らなかった世界が拡がるのではとわくわくした。



 だがこのラジオ、ぜんぜんダメだった。いちばん聞きたかったニッポン放送やJ-WAVEすらまともに入らないのである。
 
 それは、この種のものはアンテナを充実させたりいろいろやらねばならないのかも知れない。附属の室内用ワイヤーアンテナがあったからそれを張ってみた。かわらない。
 理由はわからないが私の住む地域はラジオが入りにくいらしい。それはPanasonicの大型高級ラジカセもまったくダメなのだからそうなのだろう。その割りになんであんなにカーラジオは明瞭なのか?

 その後、秋葉原でそれを相談し、アンテナを探したこともあった。1万円以上するのでなんだかこれ以上たかがラジオを聞くのに金を掛けるのがバカらしくなり買わなかったが。

 そうなのだ、このラジオ、値段が高い割りにちっともよくないのである。
 現に今もニッポン放送を聞こうとしたら──いま私のいるのは東京都下だが──ぜんぜん入らない。FMもナック5ことFM埼玉だけで(笑)。ひどいラジオである。

 以下、「ひとり引っ越し」の時に聞いた「ラジオ深夜便」を聞いて当時が懐かしかった、とい話を書くのだが、それもこれもまともに入るのがNHK総合ぐらいだからである。

 なんだか「WBR、ちょっといい話」でも書こうと思って始めたのに、結果として恨みつらみになってしまった。



 WBRでNHKの「ラジオ深夜便」を聞いていると、数年前の茨城から国立への「ひとり引っ越し」を思い出してしんみりする。2005年の春だからちょうど4年前になる。感覚としては「まだたった4年しか経っていないのか」になる。遥かむかしのように思える。
 齢を取ってからのこの時間感覚は不思議だ。つい数年前のヒット曲のように思っているのがじつはもう20年も前のものだったりするかと思うと、この引っ越しのようにもう10年以上前のことのように感じるのに、まだたった4年だったりするものもある。

 父が死んで茨城の家を出ることになり、友人が紹介してくれた国立市のマンションまで毎日軽自動車で荷物を運んだ。高速を使って10回以上も往復するのなら引っ越し屋に頼んで1回で決めた方がよほど安く早く楽だったが、これはこれで楽しかった。もう二度ともどることのない故郷を喪失することだから、自分なりにすこしずつ確認して去りたかった。

 夕方に茨城を出る。東関東自動車道路を使って、夜東京に着く。この「夜型」にしたのは、マンションの共同駐車場が空くのが夜だったからだ。夜着いて、荷物を降ろし、時にはいくら室内で荷物整理をし、それから帰ってくる。
 往路は首都高を使うことが多かったが、復路はのんびり青梅街道を走った。午前3時の不夜城新宿駅を通ったりするのは、午前3時に新宿にいたことはいくらでもあるが、素面でクルマを運転して通るのは初めてなので新鮮だった。周囲がタクシーばかりになると、まるで自分もタクシー運転手であるかのような錯覚に陥った。



 このころ初めてNHKの「ラジオ深夜便」というのを聞いた。後にムック本を見掛けたし、ある種の「ラジオ深夜便文化」あるいは「全国的コミューン」とも呼べるような有名な存在のようだが、NHK嫌いの私は聞いたことがないし、まったく興味のない知らない世界だった。
 もしも知っていたとしても、東京や茨城で聞いて好きになるとはなかったろう。

 ところがこういう状況で、午前1時、時に新宿駅前あたり、時には夜明けの間近の東関東自動車道路だったりすると、この淡々とした語りで進行する「ラジオ深夜便」がせつせつと心に染み込んでくるのである。

 昼に出かけて夕方に着き、荷物整理をして深夜に帰ってくるような日程の時もあった。
 そんなとき、昼間はテリー伊藤や高田文夫の賑やかな放送を聞きつつ行くのが楽しい。そして夜は、この「ラジオ深夜便」がなんとも言えずいいのだった。
 この「ひとり引っ越し」がなければ私は永遠に「ラジオ深夜便」の味わいに気づかなかった。またそれがあったとしても、怖いもの知らずの時期だったら気づかなかったようにも思う。最愛の父を失い、石持て追われるように故郷を捨てるときだったから心に染みたように思う。

 ラジオ深夜便について語るほどの智識は何もないのだが、おぼろに記憶しているのは、古い対談や語りを再放送していたことだ。五木寛之を聞いた憶えがある。



 そして唯一明確に記憶しているのが、「落語」である。ラジオ深夜便の中には落語のコーナーがあり、ちょうど私がひとり引っ越しをしていた2005年5月から6月にかけては「金原亭馬生特集」をやっていたのだった。いろんな意味で、そのときの私には馬生がよかった。

 自分のホームページで確認すると、私が「馬生に夢中」と書いたのは、05年の3月である。その前から聞いていてやっと馬生のよさがわかったころだ。その二ヶ月後の「ひとり引っ越し」で毎晩「ラジオ深夜便」で馬生だったから、なんともいいタイミングだったことになる。

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 馬生の思い出
2010
12/7
 カナル型イヤフォンの効力



 カナル型イヤフォンを買った。埋めこみ式の遮音性の強いタイプだ。前々から興味を持っていた。
 いまいちばん売れているタイプのイヤフォンだから、今ごろ新手の小物を買ったとばかりにこんなことを書くのもまぬけなのだが、私としては書いておくに価する経緯があっての購入だった。

 電車や街中でイヤフォンを耳にすることはめったにない。常にそうしている連中を病的だと毛嫌いしているぐらいだから、その最たるものになるこの小物は物品としての興味を持ちつつも敬遠していた。耳にイヤフォンを当て、目は携帯電話を見ている。あれはもう病人としか言いようがない。電車の中は病人だらけだ。

 カナル型とは耳栓のように耳穴にねじ込むものだ。ふつうのイヤフォンとちがってほとんど他の音を遮蔽する。それこそ周囲の状況とは無関係に自分だけの世界に閉じ篭もるヤツのアイテムだ。私とは無縁のものだった。

 ニューヨークだったか、街中を歩くときのイヤフォンによる音楽聴取を違反として取締まっていた。映像としてスクランブル交叉点の人ごみの中のそれをしている連中を流していた。自らつんぼ状態になって歩いているのだ。日本はまだ法令化していないのか。急ぐべきだ。

 聴覚障碍者はそれを意識して常に周囲に気を張っている。その自覚のないのが耳を塞いで歩いたら危なくてしょうがない。目を瞑って歩くのはいないのに耳を塞いで歩くのが大勢いるのは、見えるから大丈夫と勘違いしているのだろう。相手からの注意警告が聞こえない怖さを知らない。ブレーキの壊れたクルマが警笛を鳴らしつつ歩道に突進してきても気づけないのだ。その点、聞こえないことに慣れている聴覚障害者は周囲の状況から機敏に判断するだろう。そこがちがう。聴覚を遮断するのはまことに愚かな行為である。なのに蔓延している。
 そもそも音楽とはそんなにまでして聞くものでもないだろう。まさに頽廢的な風景だ。ちかごろでは歩きながら、自転車に乗りながらそれをしているのもいる。自動車の警笛等が聞こえない。こんなのを撥ねても自動車側の過失にされる。たまったものではない。

 室内で私は四六時中音楽を流しているが、いつもスピーカーから音を出している。大気中に流れる音楽が好きなのだ。というか音楽ってそういうものだと思っている。と書くと当然のようだが、iPod世代には部屋にいるときもイヤフォンで音楽を聴いているのも多いのだろう。



 カセットウォークマンからCDウォークマンにに移るぐらいのころだった。親の世話をするため茨城に住んでいた。仕事で上京するとき、運悪く下校途中の高校生に遭遇してしまうことがあった。うるさい。たまらない。無内容の下品な会話。そのとき初めて「音消し」として使用した。しかし音量を最大にしてもさほどの効果はなかった。よって極力彼らと出会わない時間を選ぶようにした。これの方がはるかに役だった。今回カナル型イヤフォンの効果を確認し、あのころこれがあったならと思ったけれど、やはり精神衛生上も彼らとの接触を避けるのがベストの方法だったろう。

 外国に出かけたとき、その風景にどんな音楽が似合うだろうといつも持参していたウォークマンだったが、このころからただの「音消し」アイテムになっていった。いまも出かけるときはバッグにiPodが入っているが、これもそういう事態に遭遇したときの「非常用」である。



 カナル型イヤフォンに興味を持ったのは図書館でだった。それまでの私は「カナル型」という用語すら知らなかった。

 不思議なもので、静かな図書館では静かだからこそちいさな物音が気になってしまうのである。電車の中で、酔っぱらい同士が大声で会話していても、ゴトンゴトンという線路の音と同じく気にならないのに、携帯電話による会話が気になり苛立つのと似ている。あれは会話ではなく一方的な不自然なものだから気になるのだろう。

 図書館で私が最も気になったのは「ひそひそ声会話」だった。図書館での勉強になれていない小中学生が厭きてしまって始める。あるいは二人連れの女子校生が携帯電話を覗きながら囁きあう。まったく何しに来ているのだろう。
 その程度の音が気になって苛立つと書くことは恥ずかしい。しかし街中の生活音もノイズも平気なのに、図書館でのそれが気になってならず、原稿用紙に向かう筆が、ノートパソコンに置いた指が、止まってしまうのは事実だった。ひとが会話したり、音楽が流れていたり、交通の騒音が聞こえてきたりする喫茶店の中で同じ事をしていても平気なのに、図書館の中ではその程度のことが気になってならないのである。

 私は対策としてノートパソコンに入れてあるクラシック音楽をイヤフォンで聴いた。それでもそれは忍びこんでくる。クラシック音楽の静かな間に、ひそひそひそひそと。よけいに気になった。まあこどもたちのそういうマナー違反がそもそもの問題なのだけれど、ここはそれにはこだわらず「音消し」の話として進める。

 この場合、音消し用に聞いているのがストリングス系の静かなクラシック音楽であることが問題だ。隙間のない音楽を聴けばなんとかなるだろう。しかしそれだと今の私は肝腎の書く作業が出来なくなってしまう。
 そういう音楽を聴きながら勉強しているのであろう高校生たちは図書館にも数多くいた。中には図書館の最も目立つ光景なのだが、机に突っ伏して寝ながら聞いているのもいた。
 かつて私もそれが出来た。深夜放送の賑やかな音楽とDJの饒舌なしゃべりを聞きつつ数学の問題を解くことが出来た。いつのころからかダメになった。まずコトバがある音楽がじゃまになった。もちろんおしゃべりは問題外だ。考えて文章を書くとき、コトバはじゃまになる。それを老化というなら認める。が、そうなりたいとも思わない。いまを正しいと思っている。とにかくそうなった。いま私はBGMとして「コトバのない音楽」しか流さない。



 クラシック音楽を聴くイヤファンの隙間から忍びこんでくる不快なひそひそ声会話を気にしつつ、「カナル型ならこれを防げるのだろうか」とぼんやり考えた。
 それでも私はまだ距離を置いていた。それはいつも見かける神経質そうな図書館の名物男のせい(おかげ)だった。

 40代半ばと思われる彼は多分司法試験を落ちつづけているひとなのだろう。容姿は、坊主頭に濃い髭の剃り跡、目がぎらついている。青が好きらしく、いつも青いアノラックと青い大きなショルダーバッグを持っていた。ちょっと異質だ。こんなのが齢を取ってから司法試験に受かってもまともな弁護士になるとは思えない。まあ合格しないだろうけど。

 毎日開館と同時に自分の場所と決めているらしい席に一目散に走って席取りし、大きなバッグから取り出した法律関係の何冊もの本を机の上に積みあげる。机の真ん中にフレーム製の書見台を設置し、そこに最重要なのであろう本をセットして、睨みつけるように暗記を始める。
 その彼の耳には黄色い耳栓が、これでもかというぐらい強くねじ込んであった。しかしそれでも鋭敏(笑)な彼の耳は多くの音を拾ってしまうらしく、誰かがペンを落としたような些細な音でも素早く振り返ってはキッと睨むのだった。

 かくいう私も、彼が有名人物と知らず後ろの席にすわり、ThinkPadを設置していたら、起動の時のピッというビープ音を(最近の機種は鳴らないのも多いがThinkPadは鳴る。私もこれは消したいのだが)すかさず睨みつけられた。そのあと階下におり参考資料をもってもどってくると、その数分の合間に抗議したのであろう、すぐに係員がやってきて「コンピュータのうるさいのがいるので注意してくれというクレームが寄せられた」と言われた。

 事なかれ主義の私もこれには納得できず、その場では他のひとに迷惑が掛かるので、あちらに行きましょうと係員を受けつけの方にいざない、私はまだ何もしておらず抗議を受ける覚えはないと意見を言った。迷惑を掛けたなら認める。謝る。反省する。しかしまだ何もしていない。ピッというちいさな音の1秒だけだ。

 係員の方もそれが有名なクレーム男であるのは知っていて、あくまでも自分はクレームを受けたから立場上あなたに伝えただけだと言いたそうだったので(さすがにそれは言えない)、私も矛を収めた。
 不快なので席を移った。危うきには近寄らなければいいのだ。それ以前に彼の振りまいている異様な負のオーラが強く、直後の席ではとても落ちついて文章を書ける雰囲気ではなかった。

 餘談ながら、このことがあってからそれとなく彼を観察してみた。
 勉強するための「ひとり席」を確保したいので10時の開館5分前に着くように出かける。そこにはもう50人ほどが並んでいる。私はその最後尾になる。前の方を見遣ると、いつも前から3人目ぐらいに彼はいた。いつも青いアノラックを着て、同色の大きなバッグを肩から提げているのですぐに判る。開館30分前には並んでいるのだろう。彼は開館のドアが開くと同時にダッシュする。階段を駆けあがる。自分の席と決めているのであろう四階の個人席を確保する。いつも同じ席だ。50番目ぐらいの入場者である私は彼よりもだいぶ落ちる個人席を、なんとか取れたり、タッチの差で取れなかったりする。「ひとり席」が取れず「長机」になると煩わしいことがあれこれ起きる。かといって彼のように並んでまで席取りをする気にもなれなかった。

 毎日彼はそうして会館前から並び、開館と同時にダッシュして席取りし、午後6時に帰った。閉館は午後8時。私はそのちかくまでいるので、毎日彼が6時になると身仕度して帰るのを見かけた。そういうふうに彼は毎日皆勤して8時間図書館にいるのだが、どこに行っているのか、席を確保すると午前中にも席にいないことも多く、そしてまた昼のチャイムと同時に席を立って午後2時ぐらいまでたっぷりと昼食タイムを取っていた。私は飯抜きでがんばるので、そのことも確認できた。つまり、一見やる気に満ちているのだが、その実あまり勤勉ではないようなのだ(笑)。合格は遠いことだろう。
 
 そういう経験があったから、彼を他山の石として、異常に音に神経質になったり、耳栓をするような行為はかっこわるいと避けていた。図書館のそれは、そういうひそひそ声会話をするこどもや女子校生、神経質な司法試験受験者の席から遠ざかればなんとかなるものだったから。



 音が気になる時はそこから離れ、なんとかカナル型イヤフォンという耳栓とは無縁でいようと努力する私に、逃げようのない問題が起きた。

 9月から隣のマンションの外壁補修工事が始まったのだ。駐車場にプレハブ小屋が建てられているので何かが始まるとは思っていたが、それは想像以上に大掛かりな、そして長期に亘るものだった。
 初日、朝の9時にガガガーというサンダー(工事機具)の音を聞いたときは何事が起きたのかと跳ね起きて窓の外を覗いた。さらには足場となるパネルを組むクレーンのグイーンという音が続く。

 私の部屋は3階建ての3階。隣にこのあたりでは一際目立つ7階建ての大きなマンションがある。周囲はほとんどが二階屋の一戸建てで、私のアパートですら目立つほど大きい。ここに大型マンションが建築されることは驚異だったろう。近隣住民の反対運動があり、9階建てを7階にさせ、日照権のことも細かく交渉されたらしい。よってそのマンションと私の住まいとの合間には充分空間があり駐車場になっている。陽当たりも最高だ。
 ごくふつうのことと受けとっていたが、その後おなじような立地の建物を見ると、私の周囲ほど隣の高い建物と充分なスペースの取られているところはないことに気づいた。日蔭になっているひどいところも多い。みなさん、がんばったのだろう。先人に感謝する。

 その分、空間があるから工事のときは私の部屋のあたりが最もダイレクトに騒音被害を受ける。大家と話していたら、一階が住まいの彼らはさほどうるさくもないらしい。朝の9時から始まり夕方5時まで絶え間なく続くこれは、日々室内でパソコン作業したり、空き時間には読書をしたりすることが日常の私にとって大きな災害となった。
 当然のごとく静かな図書館のひそひそ声会話どころではない騒音は、PC用外附けスピーカーからの音楽をフルヴォリュームしても消せず、イヤフォンを耳にして最大音量にしても効果のないほどひどかった。

 さいわい10時開館の図書館があったから毎日そこに避難するのだが、人夫達のガハハハという下品な笑い声はもう8時過ぎから聞こえるし、9時から始まるガガガ、ドガガという音は図書館に向かうまでの1時間程度とはいえ日々を憂鬱にし、正直私はノイローゼ(すっかり死語になったが)になりそうだった。なにより「なにもわるくないおれが、なぜ逃げるように毎日家を出ねばならないのだ」というストレスが溜まる。

 足場が組まれ建物は完全にシートで被われた。マンション住人は窓も開けられず、日中も電気を点ける生活だが、彼らには自分達の住まいがあたらしく生まれ変るという楽しみがある。こちらには何もない。あまりに腹立って工事について書かれている板の所に出かけてみた。すると、なんと、工事終了予定日が12月24日。そのとき9月初旬。これから三個月以上もこの音に苦しむのかと思ったら眩暈がした。



 ついでながら。
 私は自分も多種多様な肉体労働のアルバイトをしてきたし、それが好きだったから、力仕事、汚れ仕事をやるひとに親近感をだいている。仕事上がりなのであろう汚れたニッカボッカ姿の若者とコンビニ等で出遭うと、がんばれよと心の中で声を掛けたりする。しかし今回、朝っぱらからガハハ、ギャハハという下品な笑い声が聞こえてきて、10時と3時の彼らの休憩時間にも毎日それを耳にしていたらすっかりいやになってしまった。とてももう親近感とかがんばれよなんて思えない。
 そういうことで言うなら、前記の心の中でがんばれよと声を掛けた若者も、コンビニのレジで金を払いつつケイタイで大声で話し始めたりして、なにも金を払って店外に出てから話せばいいだろうと反感をもつようなことも度々だった。

 先日読んだ椎名誠さんの私小説に、家の前の畑が分譲住宅になる時の様子が書かれてあった。工夫たちが道路の木陰で休憩するときの大声の会話や、去ったあとには道路に吸い殻が散らばっている様子とか、同じ事を経験していたので椎名さんの溜め息に同感した。



 工事が休みの日曜日は天国だった。朝から「報道2001」を見て、音楽を聴き、10時からは将棋番組を見る。午後は昼酒を愉しんだりしつつ競馬中継。日の降りそそぐ静かな部屋でくつろぐことがこんなにも愉しいことなのかと目が覚める思いだった。

 逆に月曜は地獄だった。図書館が休みで行けない。朝からもう工事の音がうるさくてたまらない。ヘッドフォンやイヤフォンを耳に当て、最大音量にして音消し音楽を聴くが、そもそも音楽とはそんなふうにして聞くものではないと思っているし、なにより耳を塞ぐことが不快だから苛立ちばかりが増大する。
 しかたないので電車に乗って郊外に出かけ、見晴らしのいい場所で本を読んだりしたが、自分に非があるのならともかく、なんでこんな目に遭わねばならないのだと惨めでならなかった。



 ということで私は敬遠していたカナル型イヤフォンと、オーバーヘッド型のヘッドフォンを買った。ヘッドフォンはオープンエア型しかもっていなかったので、耳をスッポリ覆うオーバーヘッド型の購入は初めてだった。

 自分の音楽歴を思うと、ほんとにこれらの品には興味がなかったんだなと気づく。私はいわゆる「ウォークマン」を、本家のソニーや類似品のPanasonic、外国製の安物と、合計30台ぐらい買っている。カセット型、CD型、MD型。なのにイヤフォンに凝ったことがない。いつも附属品を使っていた。
 ヘッドフォンもこの30年でふたつしか買っていない。しかもたいしたものではない。一応7.8千円はしたから安物というわけでもないが、音楽へのこだわりと比すとずいぶんいいかげんだ。馬券で10万、20万を毎週のようにスッていた景気のよかった時期なのだから、小物好きとして「5万円のヘッドフォンを買ってみた」なんて話があってもいいのだが、まったくない。
 ウォークマンを外国に持って行って凝ったのは、あちらで買ったラジカセや日本から持参したミニスピーカーに繋いで音を出すということだった。このころからもう私はイヤフォン好きではなかったのだろう。



 カナル型イヤフォンは2000円程度からあり6000円ぐらいのものが音楽好きにも売れ線のようだった。3万円、5万円という高級品もある。これは今回資金的に無理だったが、もしあったとしても、それで音楽を聴くことが嫌いなのだから、今後も私とは無縁の品になる。

 ビックカメラが試聴コーナーを設置していたのでいろいろ聞きくらべた。あれはいい企劃だと思う。「あなたのiPodで聞きくらべてください」となっている。自分のそれを持って行き、そこにあるイヤフォンをあれこれ繋いで音を聞き比べられるのだ。
 1万円ぐらいのどちらかひとつを買う予定だったが両方欲しくなってしまった。総予算は変らないからひとつひとつの品質が落ちてしまったけれど、音楽を聴く主力にする気はないので私には充分な一品になる。



 ではこれらの購入で隣のマンション工事の音とは無縁になれたのかというと、そういうことでもない。たしかに遮音性は抜群だった。「来るなら来い!」とばかりに購入してきたそれを用意し、工事の音が始まると耳に当てた。それまでのイヤフォンとはちがい、オーバーヘッド型もカナル型も、しっかり遮音してくれた。あまりに効果抜群なので、もしかしたらいま工事はしていないのかと外してみると、しっかり騒音が聞こえてきた。この効果には目を瞠った。いい買い物をしたと今でも満足している。

 しかしかといってそれで「快適」になったのかというとそうではない。それはあくまでも「苦痛から逃れられた」のであり快適とは程遠い。だって私はそんなものを耳に当てて大きな音で音楽を聴くことが好きではないのだから。
 私の好きなのは、静かな部屋に程良い音量で自分の好きな音楽を心地良く大気中に流すことなのだ。快適は静寂から生まれる。閑静を0とし、そこに好きな音楽を大気中に流してプラスになる。工事音というマイナスの地点が始まりでは、なにをしてもやっと0に近づく程度でしかない。

 カナル型イヤフォンもオーバーヘッド型ヘッドフォンも遮音性はすばらしく、しみじみ買ってよかったと思う良い製品だったが、毎日のように使用していたかというとそういうわけではない。相変わらず私は平日は図書館に通い、静かな日曜日を楽しみにして過ごしていた。
 最大の効用は「いざとなったらそれがある」という安心感だった。ブルーマンデーの憂鬱は変らなかったが、それなりの音が聞こえてきても割合平然と仕事が出来るようになった。それは単に慣れただけなのだろう。でも「いざとなったらこちらにはこれがある。おまえらの騒音などその気になれば断ちきれるのだ」と思えることは心強かった。

 体調を崩すと健康のありがたさを実感するように、閑静が得がたい贅沢であることを確認した出来事だった。
 12月24日。クリスマスに工事が終る。私はキリスト教信者ではないので例年そんなものとは無縁だが、今年ほどそれが待ち遠しいことはない。

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 いよいよ大詰め

 12月21日、火曜日、朝の8時からいつにないうるささ。寝たのが明け方だったのでこれはキツい。
 たまらんなあと外を覗くと、この三ヵ月工夫たちの住まいでもあった(何人かが泊まっていたようだ。工事機具の保守であろうか)プレハブ小屋が解体を始めていた。あと三日で終るのかと思うとほっとする。長かった。ほんとに長かった。
 かといって耐えられるものでもない。プレハブ小屋の解体だからそりゃあもううるさい。今日は第三火曜日。図書館は休み。逃げられない。ひさしぶりにカナル型イヤフォンを耳にして、ハイドンのピアノトリオを聴いている。朝からイヤフォンは惨めだが、あと数日で終るのだ。そう思って耐えよう。

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 音質はよくない

 無事工事も終り、耳栓が必要なくなったある日、純粋にイヤフォンとしてカナル型イヤフォンを使用してみた。
 感想として、この売れ筋商品であるJVC(日本ビクター)のカナル型イヤフォンは、かなり高音がキンキンする。金属的な感じ。ちょっとキツい。好きにはなれない。
 まあ非常用音消しとして購入したのであり、ほとんど使わないからどうでもいいことだ。こんなものは不要であることが理想だ。

 それよりも、音質も気に入ったPanasonicのオーバーヘッド型ヘッドフォンだが、これを被っていると頭が痒くなる。もちろんヘッドフォンの問題ではなく私の問題だ。帽子のような効果なのだろうか、ともかくほんのすこし装着しているだけで頭が痒くなり、はずして掻きむしる。困った。こっちのほうが切実だ。


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