2005
7/1
ビデオテープを捨てる

 今朝、DVDへの移行が進み、たまりつつあったVTを捨てた。
 我が街はゴミの捨て方に厳しい。毎朝、ルール違反をしたいくつかのゴミ袋が収集から弾かれ、道路に「ルール違反」の貼り紙をされておかれている。長年住んでいるのになんでそんなことが守れないのだろうと不思議でならない。
 当初、このゴミ収集所は毎日朝の六時から夜九時まで開かれているし、道路際のアルミ缶、スチール缶、ビン等を分別して入れる大きなカゴは24時間出されているから、近辺に住む人がしらんふりして利用しているのかと思っていた。現実問題としてこういう形を提供しているアパート等は周囲にないから、出勤途上の若者が袋に入れたアルミ缶をここに捨てていくような形は多いように思う。便利な毎日オープンしているゴミ捨て場だ。
 それでも「ルール違反」としてさらし者にされたモノ(たとえば土や長い蛍光灯)はしばらくすると消えているから、違反者はこのマンションの住人なのだろう。長年住んでいる購入マンションの住人なのにルールを護れない人の気が知れない。こういうのは性格の問題であり、新人でもすぐに理解して適応できる人もいれば、長年住んでいても未だにわからないなんて人もいたりする。
 ビデオテープは「50センチ以下のプラスチックゴミと同じ扱いになる。透明または半透明の袋にビデオテープだけをまとめて出すこと」となっていたので、それに従った。50本ほどだった。かなり重い。
 今朝もルール違反として弾かれたゴミが五つ、六つほど道路に晒されてていた。見た目ではわからない。ということは持ってみると中にルール違反があるということか。これは収集車の人が瞬時にわかるのだろう。どこがルール違反なのか興味を持った。そして注意深くそのゴミ袋に自分のモノがないかどうかを確かめた。ない。ないよな、あれだけ慎重にやっているもの。この記録は伸ばしたい。

 VTを捨てるのは初めての経験になる。と書いて、あらためてまたそうなんだよなあ、と思う。ヴィデオデッキを使い始めて25年ぐらいだろうか。もちろん何らかの事故でワカメになってしまったり、どうしようもない画質のものを捨てたことはある。そうではなく、良質の画質で録画されているどこも傷んでいない大切なビデオテープをこんなにまとめて捨てるのは初めての行為なのだ。
 さほどテレビ好きではないし録画にも興味はない。一年で使用するVTは30本程度でしかなかったろう。それでも20年以上だからいつしか800本ぐらいにはなっている。本を見ればその人の趣味嗜好がわかるようにVTもまた雄弁である。私の場合、将棋、競馬、プロレス、お笑い番組しかないので誰が見ても苦笑ものであろう。まあ居直るなら、それらも20年以上揃うとなかなか壮観ではある。
 あと「旅関係」と分類された「世界不思議発見」「世界うるるん滞在記」等に代表される世界旅行ものがあるが、これは十数年前に突如として現れ、熱心に録画され、そして一昨年辺りからまったくの興味対象外となっている。また「語学関係」とされたNHK教育テレビの録画ものは、同じく十数年前に登場し、ほんの二、三年で消滅している。
 まことにこういう収集物は雄弁だ。今後私のこれらからはプロレスと競馬が消えてゆくだろう。プロレスに替わって『PRIDE』やK-1が録られるようになっている。競馬は「当たったものだけ」の収集になるはずだ。いやもうなっている。どんな名勝負と呼ばれるものでも大金を失ったレースは見たくない、というのが今の私の結論になる。逆に競馬ヴィデオを末永く楽しみたいなら馬券なんかやるな、となる。事実、競馬ヴィデオの収集家には馬券をやらない人が多い。私は競馬はギャンブルであり馬券を買ってこそ、と思っているので馬券を買わない競馬物書き、カメラマン等を信じない。ところがこの業界、そういう人の方が主をなしているのだからおかしな世の中である。

 VTを捨てるのに心が痛んだ。800本のVTをDVDに移植する作業の最初の終了品50本である。捨てるとはいえ同じ内容がより長持ちするDVDに移植されたのだから嘆く必要はない。なのに心が痛むのは「どこもわるくない品物を捨てること」だからだろう。いわゆる「もったいない」の感覚だ。
 それは初めて本を捨てたときに似ていると感じた。しかし本の方がもっと重かったはずだ。なにしろそこには移植もコピーもない。初めて本を捨てたのは二十数年前か。学生時代からこつこつと買いためた本を、本箱に並べて悦に入るような感覚から脱しなければならないと、見栄でもっている本をすべて捨てた。段ボール箱5箱ぐらいあったか。あのときはまさに清水の舞台から、の気分だった。収集車が持っていったあとも、これでいいのか、と数日間ぐじぐじしていた。

 何事も慣れる。三年前に東京を引き払うときにはもっと大量に捨てた。でもさして気にならなかった。そんなものであろう。
 このとき引きずったのはレコードだ。三十年以上かかって集めたレコードをまとめて捨てた。500枚ぐらいだろうか。いやはやこれは重かった。心理的にもだが物理的にも重かった。50枚ほどを紐で縛ってひとまとめにしたが重いのなんのって。レコード蒐集家が家の床が抜けると心配する気持ちが解った。
 こういうのは、そういう「自分の歴史」を捨てることへのかなしみなのだろう。レコードの場合はのちにネットオークションとかそんなことをすればどんなに安く見積もっても30万円ぐらいにはなったと知ってほぞを咬んだ。私にはレコードをすり切れるほど聴くなんてことがない。だからみな新品同様なのである。洋物もそうだが、今年なくなったタカダワタルのレコードなどみな新品同様で揃っていた。たとえ売らなくてももっていて、ネットで知り合った彼のファンにあげてもよかったではないか。けっこう若いファンもいたりして彼らからすると宝物になったはずだ。だがそのときの私にはそんな発想が浮かばなかった。

 今回の引っ越しでは灯油をぶっかけて大量に本を燃やした。ゴミ集荷所に出しただけでめそめそしていた(?)ころと比べると大きな変化である。およそ400冊ほどを豪快に燃やした。これまた好事家には垂涎の初版本も山とあった。古本屋に来てもらうかとも考えた。ただ<BOOK OFF>のようなところに一律一冊10円のような値つけをされるなら、自分だけの想い出として灰になってくれと思ったのである。これがもしも故郷をもったままのあらたな旅立ちならともかく、二度ともどることはないという縁切りの引っ越しである。燃やすことはひとつの区切りになった。

 ビデオテープ捨ても初めてだったからすこし感傷的になっただけだ。なにしろ使い始めたころは本体はもちろんテープすらも貴重品だった。使い回しをした。すこしでも長く録ろうとCMのときは録画を中止した。みっともない。ケチくさい。でもそんな時代でもあった。
 モノを捨てるということはそれにまつわる自分の歴史を捨てることである。中身そのものはDVDに移植されて保存されるというのに、たかが用済みとなった古いビデオテープを捨てるのに感傷がつきまとうのはそれゆえであろう。でもそれも初めてだからだ。これで二回目、三回目になるともう平然と捨てているはずである。(だからこそ感傷を感じたときに書いておかねばならない。)
7/4  ゴムの木の話──なぜかお茶が


 私のゴムの木は三代目になる。田舎に帰るようになってから置くようになった。外国に長期出かけるときも親に水遣りを頼めるからである。
 そういうことを思いついたひとり暮らしの男が真っ先に手にするのは観葉植物だろう。中でもゴムの木は最も手にしやすいもののように思う。ハイビスカスが十二年になるがそれより先だった。あまり男は花は置かない。

 外国に出かける前、母と喧嘩して(というか基本的にいつも不仲なのだが、そのころは猫がふたりを取り持ってくれていた))ハイビスカスへの水遣りを頼めなくなり、何かの本で読んだ仕掛けを作ったことがあった。バケツに水を入れ、そこからタオルを撚った太めの紐を花の鉢へ通して置く。すると水が欲しくなったら鉢の土がその布を通して水を吸うというのである。バケツは鉢よりもすこし高いところに置く。
 これは私のことは嫌いでも一緒に買ったハイビスカスはかわいい母が、花を心配して水をやりに来たので、その装置がどこまで有効だったかは今もってわからないこととなった。
 花は手が掛かるがゴムの木なんかは一ヶ月水をやらなくても大丈夫なのではないか。そういう経験をしている。

 ゴムの木はみな1メートルぐらいの背丈で値段もみな980円とかそんな感じだった。
 初代は順調に育った。ごくふつうに水や肥料をやっていた。私がよけいなことをしなければ今もって元気だったろう。しかし順調なのはいいが太くならずひょろひょろと上にばかり伸びるのである。数年で2メートル近くになった。上に伸びて葉を附けるたびに下の葉を落としてゆく。よって2メートル近くあるひょろひょろのゴムの木で、葉は1メートル以上にしか附いてないというヘンなかっこうの木になった。みっともない。分けることにした。なんていうんだっけ、分け木じゃないし、そのときは本まで買って覚えたのにのど元過ぎればでことばが出てこない。あとで思い出したら附記しよう。
 真ん中の辺りの皮を剥き、そこに水をたっぷりと含ませた水苔を巻きつけ、上からビニールを巻く。すると水苔の中に根が生えてくる。それが充分になったらそこから切断して目出度く一本は二本になるって寸法だ。経験者の父母(もちろんゴムの木ではないが)にも教えを請い自信満々だった。
 が、これが失敗して枯らしてしまった。あとから母にあそこがどうのこうのと指摘されたが、何年も部屋の中で一緒に暮らしてきた木を自分のミスで死なせてしまった身には今更もうどうでもいいことだった。

 しばらくの後、二代目を買う。いまだに猫は飼えないが同じかなしみでもやはり植物はショックの度合いが低いようだ。
 この二代目が奇妙なゴムの木だった。うんともすんとも言わないのである。いや木はもともとしゃべらない。なんというか、半年経っても一年経ってもまったく変らないのである。葉っぱが一枚増えるでもいい、あるいは落ちるでもいい、背が1センチ伸びるでもいい、なにか変化があって欲しい。なのになんの変化もないのである。生きてるのか死んでるのかすらわからない。葉っぱが枯れないのだから生きているのだとは思う。もしかしたらゴムの木とはそういうものなのかも知れない。初代が元気良すぎただけで基本的にはあまり動かないのか。いやいや、やっぱり葉っぱが増えてゆくのがほんとうだろう。
 とにかく変化がない。それで私はいじりすぎてしまった。肥料をやったり水をやったり頻繁にしすぎたのである。動けと、変化しろ、と。ある日、具合が良くないと知る。調べてみると根腐れを起こしていた。ご臨終である。

 ほぼ十年で二本枯らしたことになる。初代は私のミスだ。よけいなことをしなければ今も元気だった。ゴムの木の寿命がどれほどかは知らないが(大木になるのだから長命だろう)8年ぐらい経っても元気いっぱいだった。二代目もそうだ。何もしなければ今も生きていた。が、これはさほどショックではない。なんの変化も見せないあちらが悪い、という気持ちがある。だってあれではプラスチック製のインチキ植物を置いておくのと同じである。

 そして今の三代目になる。二本の失敗で学んだことはそれなりにある。「よけいなことはするな」だ。なにもしなければいいのである。だいたいにおいて草花素人で水をやらずに枯らす人はあまりいない。ほとんどが水のやり過ぎで枯らすのである。見当違いの溺愛でバカな子供を作るのと同じだ。私も経験で学んだので、今度は水をやらずに枯らしてしまうぐらいの気持ちで臨んだ。

 この三代目は基本的に二代目と同じだった。半年経っても一年経っても変化がない。二年経っても変化がない。買ってきたときとまったく同じである。背の高さも葉の枚数もなにひとつ変らない。またも生きているのか死んでいるのかわからないゴムの木である。おもしろくないこと限りない。その間私はほとんど水をやらなかった。それこそ液体肥料を混ぜた水を月に一度ぐらいしかやらなかった。たまにやりたくなっても、今のこの状態で生きているのだからよけいなことをしてはならないと言い聞かせた。二代目から学んだことである。そんなわけで死にはしないが生きているのかどうかもわからない地味なつきあいとなった。
 一方もうひとつのハイビスカスは季節になれば満開の花を数え切れないほど咲かすし、寒くなると葉を落とすと変化が多い。季節の中で生きている。一緒に暮らしている実感がある。これと比して、いくら花の咲かない観葉植物とはいえ、このゴムの木の変化のなさには愛想が尽きつつあった。ほんとにこれでは人工物を置いておくのと変わりない。

 今年になって私は「寿司屋の粉茶」を飲むようになった。それまで飲んでいた「手軽にカテキン」は、成分を抽出したサラサラの粉である。すべてお湯に溶けてしまう粉末茶だ。量も小さじにほんの少々。薬のよう。ところがこれは同じように茶碗に入れお湯を注いで飲むのでも、量をたっぷり入れるから、茶碗の底に粉茶が残る。単に茶葉を粉砕しただけのものだから(砕けてしまった茶葉だけを集めた、というべきか)当然である。まともな人は急須を使って飲むのだろう。袋にもそう説明がついている。
 しかし私流はこれをスプーンですくい、寿司屋にあるようなでかい茶碗(私の場合は相撲茶碗)に入れて直接お湯を注いで飲む。私はパソコンに向かいつつ、電気ポットからお湯をついでは、そのやり方で何杯も飲んでいた。すっかり日々の習慣として定着していた。いやほんと、お茶を飲んでいる量なら自慢できる。
 もともとこれが気に入ったのは、一にうまいからであるが、流しのない二階に住んでいたので、茶葉の始末がいらないという手軽さも大きかった。インスタントコーヒーを飲むのと同じ感覚である。ところがこの「寿司屋の粉茶」は始末がいるのだった。

 一杯飲むと一杯分の粉茶が底に沈んでいる。そこにスプーンでもう一杯茶葉を入れて飲む。これを繰り返す。さすがに三杯も飲むと茶碗の底に沈んだ粉茶がじゃまになってくる。これを一度捨てて四杯目はきれいな茶碗にしたい。そのまま手元のゴミ袋に捨てても水分はほんのすこしだし問題ないのだが、私はそれをゴムの木の鉢に捨てたのである。三杯分の粉茶はスプーン三杯分。水が20ccぐらいか。水のやりすぎで腐らしたことがあるから水には慎重だ。冷えたのが残っていても自分で飲み、茶碗の底1センチぐらいの水をぐるぐると回して、茶葉と一緒に鉢に撒いた。
 それを日に何度かやる。やがてゴムの木の表面の土は苔でも生えたように緑色になった。

 けっこう残酷な気持ちだったように思う。
 飲まれたあとの茶葉がゴムの木に悪いとは思わない。肥料になるはずだ。でもいくら液体肥料をやっても変化なしなのだからこんなのはなんの効果もないだろう。以前水のやり過ぎで枯らしているし、月に一度の水やりぐらいでいい。現に土はパサパサに乾いて心配になるのだが、そのやり方で二年間つつがなく生きてきた。いくら20cc程度の水でも日に何度かやっていたらまた同じ事になるのではないかとそれの方を案じていた。
 残酷とは、そうなったらなったでいいやと思っていたからである。二代目と同じようになんの変化もない三代目に飽きつつあった。命のあるものと一緒にいるつもりなのだから、やはり生きていることを主張してこそ、ではないのか。二年経っても三年経っても葉っぱ一枚増えるでもなし減るでもなし、背が伸びるでもなく、ただそこにあるだけのゴムの木に私は倦んできていた。もしもこの粉茶を捨てること、そのときの水の量で、このゴムの木がまた根腐れを起こして死ぬのなら、それはそれでいいと思っていた。

 そうして一ヶ月経ったころ、なんと買ってから三年目、初めて新芽を出したのである。その後もお茶は与え続けた。成長は止まらない。劇的変化だった。それまでも観葉植物用の液体肥料等はずいぶんとやってきたのである。化学肥料や堆肥、油かすを与えたこともあった。なのにうんともすんとも言わなかったものが、茶カスを捨てていたら一気に動き始めたのだ。
 写真の上半分、五、六枚ある若葉は、みなここ一二ヶ月のものである。ピンクの芯も成長力旺盛な初代では日常だったが二代目、三代目では初めて見た。それまでのなんの変化もない三年間が嘘のようである。人でいうなら三十過ぎてから背が伸び始めたようなものだ。あるいは四十過ぎてから覚えた浮気か。とにかく劇的変化だった。
 今もって自分のやったことが正しかったのかどうか解らないが、すくなくともこのゴムの木に関してはよかったようである。あちらが元気な内はこちらも同じ事を続けようと思う。
 そういえばお気に入りの「寿司屋の粉茶」ももうすぐ切れる。国立じゃどこで買えばいいのだろう。
05/7/20
 花村萬月の鉄卵──図書館の利用法
 新宿図書館で借りてきた数ヶ月前の小説雑誌に花村萬月が「鉄卵」のことを書いていた。鉄分摂取に南部鉄瓶は高いので近くのスーパーで見かけた鉄卵を800円で買ってきたとか。卵の形をした鉄の固まりである。湯を沸かすときこれを入れると鉄分が溶け出す。立ちくらみなどがする鉄分不足の人に効果があるとむかしから言われているらしい。花村さんもそうして沸かした湯で冷たい番茶を飲みまくっていたら貧血が治り、いまや一日たりとも手放せなくなってしまったとか。
 彼はタバコをやめたそうで、やめた人の常として、いかに体調が良くなったかを強調し、あれはやはりいいところがないものなので皆さんもやめたほうがよかろうと意見を述べていた。鉄卵を入れたお湯で淹れた番茶ばかりを飲んでいるので最近まったく水を飲んだことがないという。私の寿司粉茶と同じだ。

 ということですこし調べたら、緑茶は鉄分の吸収を下げるらしい。だから貧血気味の人が鉄分の多い料理、レバー等を食したあと緑茶を飲むのはよくないのだとか。珈琲も紅茶もだめだがなぜか番茶はいいそうでみなそうしているらしい。
 花村さんは「鉄卵」と書き、そのあとに「鉄玉子?」としていたが、商品としては「鉄玉子」が正しいようだ。800円である。利用者は多いらしく検索したらすぐに多くのヒットがあった。

 このことを知ったあと、なぜか「南部鉄瓶を手作りしている岩手の人からの商品紹介」がメイルで届いた。初めてであり削除したあとは二度と来ない。その偶然をなんとも奇妙に感じた。これで私がそういう商品のサイトに行ったなら、どういう方法か知らないが訪問者にメイルを出すことはあり得よう。あるいはここに書いたようなことを公開したなら、あちらがそれを送ってくることはあり得る。だが私は花村さんの文を読んだだけで「南部鉄瓶か。機会があったら買いたいものだ。どれぐらいするんだろう」と心の中で思っただけなのである。なんとも不思議なタイミングだった。

 この鉄玉子、私も欲しいのだが、電気ポットはだめらしい。入れて沸かすとポットが壊れてしまうようだ。普通のヤカンでお湯を沸かすとき使うとすると二重手間になる。ガスで沸かした湯を電気で保温する形だ。どうしよう。貧血で悩んではいないが妙に興味を持ってしまった。

 そうそう肝腎なこと、いちばん書きたいのは鉄玉子のことではなかった。
 数ヶ月遅れの小説雑誌を何冊か借りてきたのである。その中にこういう随筆があったりして楽しませてもらった。それで、もしかしたらこれって図書館利用の王道(?)かもと思ったのである。
 私の場合、欲しい本は買う。「読んでみたいが、買うほどのものでも……」を借りて読むのが図書館の利用法だった。今回読破してあらためて「藤沢周平全集は買おう」と思った。ほとんどは単行本でもっている。それでもやはり全集を揃えたいと思った。こういう見直しと確認もまた図書館の価値であろう。
 そしてもうひとつ、上記のように興味のある記事があると買っては、ごく一部だけをを読み、すぐに捨てていた月刊小説誌のようなものを借りることが、最も価値のある利用法なのではないかと思い至ったのである。今までは本屋で立ち読みし興味がある号だけ買っていた。興味のある号、ない号とハッキリしているときはいい。困ったのはつまらない号で買いたくはないのだがほんのひとつふたつ興味ある記事があるときだ。かつてはそれでも買っていたのだがその辺の無駄に目覚めた今は買いたくない。そうか、こんなモノにこそ図書館だった。
 図書館では最新号は借りられない。最新でも月遅れの号になる。さすがに最も興味のあるパソコン誌は月遅れの号では興ざめだが小説誌なら数ヶ月遅れたところでなんの問題もない。それどころか単行本と比べたらずっと早い「新刊」である。
「図書館で雑誌を借りる」は私のあたらしい利用法になりそうだ。

【附記】 パソコンソフト解説書
 毎日出入りしていると「パソコンソフト解説書」を借りている人をよく見かける。「よくわかるエクセル」とか、そんなタイトルの本である。これも有効な方法なんだなと他人事風に思った。
 かつて私は使いもしない『一太郎』等に常にそんな解説書を買っていた。使う予定はないがもしかして使うとき役に立つだろうと備えたのだ。よって「一太郎8のすべて」なんてのがまったく使わないのにソフトのVersionと並んで9.10.11と揃えられてゆく。結局今回の引っ越しでみな捨ててしまった。ただの一度も開かれることのない美麗な本であった。まったくもったいないことをしていたものである。今も『ホームページビルダー』や『DreamWeaver』の解説本がズラリと揃っている。これは役だってくれているけれど。
 これも有効な方法のように思う。貸出期間は2週間だから、やる気のある人なら覚えられるだろう。そうしてまた借りてやるだけやって、やはり手元に一冊置きたいと思ったら、それから買ってもいい。みんな上手に利用してるんだなと感心した。さいわいいまのところ借りたいソフト解説書はない。

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