──2003前半


03/4/23

タケノコとキャベツ
(03/4/23)

 ここ数日、タケノコを食べていた。今年に買い目になる。あらあら、「今年、二回目になる」。こういうてにをはを除いた文章がIMEは苦手のようだ。
 初物は十日ほど前だったか。母方の親戚がもってきてくれた。今回は父方である。例年より遅かったし、今年はタケノコは不作だそうだ。

 単に食べるだけならいつでもどこでも買えるものだが、竹山をもっている親戚が季節になると旬のものを届けてくれるのは田舎の風物詩である。老齢の両親に届けてくれる親戚の人も高齢になった。この辺の世代は情のある親戚づきあいをしている。果たしてこれは、親がいなくなり、兄がこの家を継いだ後も、親戚の、いわゆる従兄弟とのつきあいという形で、今後も連綿と続いて行くのであろうか。こういうものも大家族制の名残であり、むかしだったならこの季節、大きなタケノコを何本も届けてもらうと大喜びだったはずである。いまの時代、食べたいだけの量をスーパーで買ってきたほうが気楽であり、ものをもらえばお返しもいるし……、なんて感覚も芽生えてくる。田舎における人情が年ごとに薄くなって行くのを感じる。かくいうぼくも、親のやりとりを昔の日本人はいいなと思いつつも、自分自身はわずらわしいと感じるほうである。

 ぼくもそういう季節のものを、お世話になっている人に郵送しようかと思うのだが──過去にはなんどかやっている──京都のタケノコのように絶品なわけでもなく、簡単によりおいしいものが近所のスーパーで買えるのなら、かえって気遣いをさせてしまうのではないかと躊躇する。結局無難なメロンとかそんなものしか最近ではしないようになった。

 貧しい時代、田舎というのは共同体であった。農作業も一緒にやったし、冠婚葬祭も助け合いだった。それが裕福になったなら、もともと地所はおおきいし、家々も離れている。経済的裏つけさえあれば固有に行動できるのだ。よってしらじらしいつきあいになって行く。いまの田舎のつきあいは、アメリカの田舎のようだ。

 一方で、隣に誰が住んでいるかわからないと言われ、人情もつきあいもいっさいないように言われていた都会の、団地とかマンション等で、狭い地域に一緒に生きると必要性から、むかしの田舎のような共同生活感が生まれている。順番で管理人をやったり、会議があったり、ゴミの出し方がどうのと相談したりする都会のマンション購入者の生活は、今の田舎よりもずっと親密である。江戸時代の長屋を思い出す。だろうね、あれは現代の長屋だ。



 タケノコで思い出した。そういえばこんなこともあった。

 やたら「自然の味」とか「ホンモノの野菜」なんてことを口にする都会育ちの編集者がいた。味のわかる人なのかとうれしくなり、わざわざ田舎から父が作った無農薬のキャベツを郵送してやったのだ。老齢の父が丹誠込めて作るほんのすこし、十個の中の一個である。絶品だ。生でかじると甘く、薫りが強く、大地の恵みを実感する。動物ってのは正直なもので、近所の農薬だらけの出荷用野菜には一匹もいないのに、父のキャベツのところには、雲霞のように蝶々が寄ってくる。虫ですらうまいものはわかる。ネットを張って防いだものだ。
 値段的には、近所の八百屋で百円で買えるものを千円の郵送料をかけて送ったことになる。日頃からあこがれている本物に接した彼の驚嘆と賛美を期待していた。

 しかし案に相違して彼はそれがわからなかった。へらへらの促成キャベツを刻み、冷水で養分を抜いてしまったトンカツ屋あたりのあれを、キャベツだと思って食べている人だから、本物の味の強さに対応できなかったのである。それは彼がかってに描いていたおいしいキャベツとはあまりに違っていた。お粗末な話である。

 とはいえもういちどしかし、しかたないとも思うのである。たとえばそれは、いつもファンタを飲んでいた人に果汁100パーセントのジュースを飲ませたようなものだ。必ずしもそれが無果汁のファンタよりもうまいとは言い切れない。味の好みは人それぞれだ。問題は「ファンタなんてのはダメ、ジュースじゃない。果汁100パーセントこそが本物のジュースだよ」と彼が、ファンタを飲みつつ言っている矛盾である。

 彼は時折いまも酒席で、「本物の野菜の味は」なんてしかつめらしく口にしたりする。私は苦笑している。それは本物の野菜の味を知らずに育った都会人が口にする、ファッションとしての美味論でしかない。

 あ、ついでに言っておくと、農家の連中は、都会への出荷用は農薬たっぷりで作り、自分たちの食べる分は、「あんな毒入り食えるもんか」と別に作っている。百姓がいつの時代でも愚直で正直で被害者であるというのは、戦後民主主義が封建制を批判するために作り上げた面が多々あり、実際の農民は、昔も今も十分にしたたかである。むしろこの世でいちばんお気楽なのは、なにも知らずにそれを食べている都会人であろう。


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