インターネット論考


  ■ホームページ考


●閉鎖にいたるふたつの理由


『作業記録』より

 高島俊男さんの『お言葉ですが…』が、最近は温厚なつまらない内容になってきた。連載は今年で九年目。高島さんほどの人でも個性は薄れる。ここのところ初期のものを読み返している。まさに玉稿の宝庫。雲南に住んでも座右の書にしよう。敬愛し尊敬しているからこそ最近のものに不満を感じる。なにはともあれあの内容を九年近く維持したのは偉大だ。

 博覧強記、碩学の高島さんが、週に数日も調べものをしつつ書き上げる連載でさえ九年もすれば薄味になる。結局素人がインターネットの誕生により、ホームページという言いたい放題出来る場を見つけ、長年積もり積もったあれやこれやを怒濤のように書き込んでも、一年もすれば射精した直後の男のように、こざっぱりした抜け殻になってしまうのは理の自然なのか、みんなそうして去っていった。ホームページとはそんなものなのだろう。
 読者からして、内容が多岐に富み波瀾万丈のものほどもえつきるのは早い。逆に、淡々と日常を綴ったものは持続する。
 かといっていくら「継続は力」とはいえ続けさえすればいいというものでもない。更新もしない抜け殻のようなホームページをただ存続させることに意味はあるのだろうか。あるいはあり地獄のように、たま〜に訪れる人を待つだけのものが……。

 ぼくの場合、自分のホームページを立ち上げて一年半、後藤さんのところでインターネットデビューしてから丸三年経った。早いものだ。果たしていつまで続くかわからないが、やめるときはスパっとやめよう。



 ホームページ閉鎖の原因は、「もえつきた」か「あらされた」のふたつが代表であるようだ。
 ぼくが文章を書くことにもえつきることはないだろう。たとえば《『お言葉ですが…』論考》なんて、高島さんのおっしゃっている初期のテーマひとつひとつに自分の意見を書きたいぐらいだ。すると一週間に一篇書いただけで九年持つことになる。

 あらされるもないよねえ。あらされるのは目立ったホームページだ。出るからたたかれる。絶対に目立たないようにやっていて、リンクもされないようチェンマイも云南も封印して、「亀造建説」なんて中小の土建屋みたいな名前をつけてひっそりといるんだからあらしがやってくるはずもない。
 先日知った「あのねスーパーリンク」というリンク集はすばらしく充実していて、アジア関係でないものはないってぐらいタイ関係のサイトもほぼ完璧に網羅されていた。でも当然ながらぼくのところは載ってない。そりゃそうだ。載らないようにひっそりとやっている。チェンマイや雲南で検索しても見つからないステルス・ホームページだ(笑)。唯一「メーサイ日本人会」ってのに無断リンクされてしまったが、あれは関係者が後藤さんの時代からぼくを知っていた人なのだろう。

 それでもどこかで見つけあらしってのはやってくるらしいけど、ここまでマイナーに徹していると、それが誰だかわかってしまう。因縁のある人に決まっている。お節介クンが送ってくれた2ちゃんねるのぼくの悪口で、さんざんぼくをボロクソに言った後、最後にとってつけたように「おれは書かれてないからいいけどな」と附け足してあるのには笑った。書かれてない人が義憤で2ちゃんねるに書き込んだのなら、現代まれに見る義士ということになる。そんなリッパな人は2ちゃんねるには関わらないでしょう。これって「書かれて腹立ったから書いてやった」と告白しているのと同じだね(笑)。
 正体がわかっていたらあらしは出来ないし、それはもう正体不明のあらしじゃない。犯人がわかれば対処のしようもある。攻撃力はこっちにもある。



 あらしに関してもうひとつ大事なことがある。たとえば2ちゃんねるなんかでネタにされ、ボロクソにやられたとしても、これはインターネットの大きな特徴だけど、「そこを読まなければ痛くも痒くもない」ってことだ。それは「インターネット論考-双方向性の一方通行」に書いた。相手を誹謗中傷し、さんざんいたぶったつもりで「きょうはこのぐらいにしておいてやる」なんて思っても、相手はそんなことがあったことさえ知らなかったりする。滑稽だ。これはつい最近体験した。

 直接的な被害は掲示板への書き込みになるわけだけど、それも書き込み禁止にすれば防げる。なにより、そんなもの閉じてしまえばいい。
 このことから逆算すると、あらしによって閉鎖に追い込まれたホームページってのは、「掲示板のような他者との交流を中心にしたもの」か「運営者が2ちゃんねる等での評判を気にする人」という結論になる。他者との交流を中心としたホームページではなく、2ちゃんねるあたりでなにを書かれようと気にしない性格であるなら、あらしによる閉鎖は防げる。理論上は(笑)。

 ぼくの場合は、2ちゃんねるのそんなとこなど読まないからなにを書かれても関係ないし、他者との交流はメイルでやっていて掲示板はただの連絡板でしかない。問題があったらすぐに閉める。これで安泰だと思うんだけど、どうだろう。

 メイルで悪口を送りつけたり、ウイルスを送ったりするいやがらせもあるんだろうけど、これなんかも見知らぬ人からのメイルは、開くことなく削除して以後受信拒否にしているから、まず大丈夫だろう。
 はてさてこの先、どうなることやら。自分がどんな理由でホームページを閉めるのか、他人事のように興味がある。
(以上、03/5/10の『作業記録』より転載。)





●もえつきるとあらされる

 上記の文章は、「(今じゃ壊れてしまった)VAIO-PCGC1R時代のホームページアドレスをコピーしたフロッピーディスク」が出てきたので、それをもとに当時「お気に入り」に入れていたタイ関係のホームページを二年ぶりに見て回ったら、好きだったところのほとんどが閉鎖になっていたことにおどろいて書いたのだった。
 そうして、あとで気づいたのだが、ぼくのホームページは01年11月11日に始めたから、03年5月10日は、ぴったし一年半後だった。こういうテーマを書くのには切りがいい。

 ここでもういちどホームページ閉鎖の二大理由(とぼくが思っているだけだが)の「もえつきた」と「あらされた」について考えてみる。
 いま上記の小見出しを「もえつきるとあらされる」と書いた。これは並列なのだが、「もえつきてしまうと、あらされることになる」と、あらされることの原因はもえつきたからのような意味になったのでカッコを附けて作り直した。日本語はむずかしい。
 まずは「もえつきる」から。



■もえつきる
 友人のサトシのホームページを例題にさせてもらう。
 一時は、プロレス、競馬、演劇、その他もろもろの話題で大いに盛り上がったサトシのホームページは、いま開店休業状態である。その理由を考えてみる。
 基本は、そこが彼の親しい友人とのテーマを決めての応答が中心だったことである。その意味で彼個人のものではなく友人と一緒に盛り上がるサイトだったと言える。当時のやりとりは今も過去ログとして保存されていて、ひさしぶりに読んでも熱い。ほとばしるような情熱である。
 今は動いていない。それは「もえつきた」のだろうか。サトシがもえつきて友人が去ったのか、友人が去ってサトシがもえつきたのか。

「もえつきる」と「あらされる」の二つに無理矢理分類するならそれはあきらかに「もえつきる」であろう。誰にもあらされていないし。
 しかしここにはもっと適切な言葉がある。それは「あきる」だ。文芸青年であるサトシにとってまだ放出したものは百分の一もないだろう。さらには日々蓄積されてゆくものもある。もえつきてはいない。ネタはくさるほどある。なのに動いていないのは、単にインターネットというもの、ホームページで意見を発表するという「遊び」に、彼が「あきた」のであろう。
 ガキ大将のサトシが声を掛けて原っぱでの鬼ごっこが始まった。みんな夢中になって遊んだ。夕暮れになってみんな家に帰っていった。それで鬼ごっこという遊びは終った。この解釈が正しいように思う。

 ではあすになったらまた鬼ごっこは始まるのか。
 終ったのではなく「休火山」なら、また大噴火がある。「あきた」とは一時は毎日手放さないほど気に入っていたオモチャに興味をなくしたことである。しばらく後にまたそれがおもしろくてたまらなくなり、以前のようにまた手放さなくなる、ということがあるのかどうか……。
 前記ネットにおける情熱の発露と枯れてしまう感覚を、「射精した後の男」と書いた。男は間をおけば何度でも立ち上がるのだが、こういう「あきた」にもまたそんなことはありうるのだろうか。

 競馬狂中年に関しておもしろいことを体験している。毎週競馬場に通ってくる熱心な競馬ファンのおじさんだった。獨身三十代だ。あまりもてそうにない。彼らはある日恋人が出来たら競馬場に来なくなった。つまり「競馬」という遊びは、恋人のいない隙間を埋める代償だったことになる。「恋人」というよりおもしろいおもちゃが手に入ったら古いおもちゃは存在価値がなくなった。そういう例を複数知っている。そういうものなのだろう。
 ぼくの場合は恋人を競馬に巻き込んだり、競馬が原因で遁げられたりしているから、狂いのレヴェルが彼らとは違っていた。自慢にならん。とはいえぼくも、金のかかる大切な家庭というものをもっていないからこその放蕩だったのは間違いない。

 サトシは、ホームページよりおもしろいオモチャを手に入れて「あきた」のだろうか。それはどんなおもちゃだろう。今度それとなく聞いてみよう。



 別の例。サトシのところとリンクしている友好関係のホームページがあった。テーマはプロレスである。主催者は二十代前半の青年だった。これまた熱く燃えていた。
 ところがプロレスそのものにしみじみと彼を失望させる出来事が起き、彼はホームページを閉めてしまう。その後またテーマをべつにして復活したようだが、かつてのような熱気はない。彼の場合は「もえつきる」と「あらされる」のどっちだろう。
 無理矢理この分類に当てはめるなら、プロレスに「もえつきさせられた」か。あるいはプロレスそのものに心の中を「あらされた」か。いずれにせよ他者は関係ない。彼の心の中の問題である。
 私は、プロレス大好きのこの青年が、プロレスに失望してやる気がなくなってしまう様を、自分がもしも彼の年齢だったなら、と假定しつつ、ちょっと痛々しい思いで見ていた。
 これなんかは「今の」私とは無縁の感覚であるが、世の中には同じような理由でホームページを開き、そして傷つき閉鎖してゆく人は多いのだろう。好きなタレントの応援ホームページを作り、その人の言行に失望したり、興味を失くして閉鎖してゆくのも、この分類に属する。



 『作業記録』から転載した文にあるように、現実に怒濤のように一年ぐらい書き込み、ある日パタっとやめ、コザッパリと去ってゆく人は多い。その理由は私の指摘が正しいと思う。怨念の稀釈だ。
 何度か例として書いているが、西村寿行の作品は、初期と超売れっ子になってからでは内容がまったく違っている。おどろおどろした怨念のような炎は、次第に陽気になり、しまいにはユーモアまで醸し出すようになった。初期は憎い敵を殺し、食い尽くすところまで行ったが、後期は手を出さず許してやるまでになっている。それが人の常であろう。絶対に作家になってやるんだと中学を出てから四十まで職業を転々としつつ燃やしてきた紅蓮の炎は、ベストセラー作家となり年に三億を稼ぐようになったらうすれる。それは人間として自然の流れだ。形は違うが高島さんの場合もそれになろう。

 選ばれた彼らですらそうなのだら、市政の人々が、永遠に続くと思いこんでいた鬱憤不満をホームページ上で吐き出し始めたら、ほんの一年後には湯上がりの老人のようにコザッパリと枯れてしまうのは、これまたごく自然の出来事となる。人の悪口なんてそうそう言い続けられないように、鬱憤不満の文章もそんなにあるものでもない。だいたいが不満ばっかり並べ続けられるようでは実人生が不幸である。それがたとえば「ぼやき漫才」のように飯の種ならともかく、まともな人なら、不満を言うより楽しいことを考えたくなるだろう。

 ホームページを閉鎖する理由である「もえつきる」には、能力が枯渇し、なにもやることがなくなって、うつむいて去る場合もあれば、体の中の毒素を吐き出し、さわやかな気分で閉める場合もあるだろう。もっと楽しいものを見つけて意気揚々とそちらに行く場合もあれば、自分には向いていなかったと唇を噛む場合もあるだろう。
 いずれにせよ「もえつきて」閉鎖する場合、ホームページという個人メディアに未練はないように思う。もっと続けたいとしても、創作であれ評論であれ紀行文であれ、文章にせよ写真にせよ絵にせよ無償有償で提供するソフトウェアにせよ、発表するものがなにもないという情況は、せつなくはあってもサッパリはしているだろう。すくなくとも「あらされる」ことによって閉鎖に追い込まれるのとはまた違っている。



■あらされる
 もうひとつの大きな理由(とかってに私が二つに分類しているだけだが)の「あらされる」について考えてみる。

 かつて「あらされる」とは──いや、こんな言いかたが出来るほど詳しくないんですけど(笑)──掲示板に不快な書き込みをされることだった。連続してそれをやられ、主催者が削除しても、次第にそのことによって掲示板自体が停滞し、常連が去っていってしまう、そういう場合がほとんどだった。いわば人気のある掲示板を清流に集う魚とするなら、川に毒を投げ入れ、魚が寄ってこなくしてしまう方法である。

 今もそれはあるだろう。私がよく読んでいる「朝日新聞をみんなでたたきつぶす掲示板」というところは、時々サヨク系からとんでもないイヤガラセを受けている。あれを見て思ったのだが、技術のない私からすると、イヤガラセの書き込みとはひとつひとつせねばならないものなのだが、どうやら技術のある人からすると、百も二百も連続して掲示板に自動で書き込んだり出来るようである。以前すさまじいそれを見たが、どう考えても手作業でやったとは思えなかった。秒単位で連続書き込みなのである。おそろしいものだと思った。私なんかあれをやられたら閉めるしかない。

 そこはなんらかの対処法を講じたようだ。なによりも思想的なつながりの同志が多かったからそれでつぶされることはなかった。むしろ連帯を強めていた。
 個人だったら大変である。私もかつてこれまたこっそりと「掲示板Mone's World」をやっていた。今は本体を持っているから掲示板を荒らされても「閉めればいい」なんて気楽に言えるが、掲示板だけだったらそれは即閉鎖になる。
 掲示板へのイヤガラセ書き込みとは、古い手法のように思うが、今も最も効果のある方法なのだろう。



 気に入らない掲示板に本人が直接イヤガラセを書き込むのをかつての「あらし」の主流とするなら、今の主流は2ちゃんねるを利用する方法である。(と、思う。よくわかっていない。)

 かつてのあらそうとする本人が直接掲示板に書き込むのを、日本刀を持っての殴り込みとし、スキルを応用して複数のイヤガラセを自動で掲示板に書き込むのを機関銃の乱射とするなら、2ちゃんねるを利用するのは、上空からのクラスター爆弾投下のようなものである。2ちゃんねるにスレッドを立てることにより、自分の手を汚さず、正体を隠したまま、悪意ある他者を煽り、彼らに実攻撃をさせようというものである。これほど卑劣な手段もない。近代的であり鬼畜のアメリカ的である。
 社会問題にまでなったので、現在の2ちゃんねるは以前と違いIPを保存するようになった。私もこれで助けてもらった。このことはまた詳しく書くことがあるだろう。ヒントだけ言えば2ちゃんねるは決して匿名性が護られてはいない。

 以前2ちゃんねるで「後藤茂さんについて」というスレッドが立てられ、後藤さんと私がやり玉に挙げられた。あの560の書き込みがあるログは今も保存してある。あれを見ると、人それぞれの書き込みの癖が出ていて、どれが誰かがわかる。おもしろいものだと思う。その分析は、そのうちテーマとしてやるとして。



 私自身の感覚では、ホームページを開設してちょうど一年半、ありがたいことにあらしとはまったく無縁できょうまで来た。まったく波風の立たない平穏な日々である。
 一度だけ掲示板に、ししまると名乗る人が現れて、法的措置を執るとかなんかわけのわからないことを書き込んだことがあった。あれも削除した後、ぼくなりの考えを『作業記録』に書いたらその後はなにもない。あれが本物の「ししまる君」だったのかどうか知らないが、ほんのさざ波とはいえ、波風の立ったのは、あれ一度きりである。
 どこにも顔を出さず、どこともリンクせず、こっそりやっているのだからあたりまえのことでもある。悪意をもった世間の暇人も、ここまではやってこないということだろう。

 しかしこれは「私自身の感覚では」と断ったように、ほんとはそうではないのかもしれない。
「双方向の一方通行」に書いたが、一年ぐらい前、2ちゃんねるのどこかの板(私は今まで版と書いていたが、板が正しいらしい。きょう『正論』の大月リュウカンとひろゆきの対談を読んで知った)で、「油来亀造について」というスレッドが作られ、悪意にあふれた応答があったらしいのである。それを「2ちゃんねるを利用したあらし」とするなら、私に対してもあらしは存在したことになる。

 でも私はそれを知らないし、その害が私のところに掲示板やメイルで直接及んでくることはなかった。だからこの場合は、あったかもしれないが、ないのと同じである。これは「あらし」に対する解釈の基本だろう。現実にいやな思いをしてこそ「あらし」である。2ちゃんねるでなにをやられようと当人がそれに気づかなければ、ないのと同じだ。上空からの無差別爆撃だが、無関係の方向に落ちている限り、どんなに強力な爆弾であれ害は及ばない。そういうことになる。
 一年半、あらしとまったく無縁で来られたのは、当然なのか、幸運なのか。そしてこれからあらしと関わることはあるのかどうか。これまた他人事風に興味津々である(笑)。
 



■閉鎖していったサイト

 勘違いしていることもあった。
 『T-thai(定退)』が終ったのはいつだろう。昨年の春だったか。当時私はいわゆるネットサーフィンをまったくやらなくなっていたので終了に至る流れを知らなかった。
 それでもそのだいぶ前になるが、主催のアオキさんに、タイの土地の名義権利者になっている娘と一緒になってしまえばいい、新たにこどもを作って餘生を楽しく過ごしてくださいとメイルを送り、そういわれても今からこどもをつくるのもたいへんで、と苦笑混じりの返事をもらったことがあった。

 人づてにその娘と結婚したと聞いたときはハッピーエンドでよかったと思ったものだった。つまり『T-thai(定退)』の終了を、私は良い意味で「もえつきた」と解釈した。アオキさんの文章も日本の制度に対する鬱憤をぶつける面が多かったから、三年も書き続ければ、ちょうどいいガス抜きになったろう。それであたらしい恋を見つけ、無事ハッピーエンドなら、すべてめでたしめでたしだと思ったのである。

 ところがつい先日、それを一行だけ既定の事実としてメルマガに書いたらぜんぜん違うと複数の人から指摘された。アオキさんが『T-thai(定退)』を閉鎖した原因も2ちゃんねるであらされたからだというのである。そういうスレッドが立ち、三十歳以上年下の娘と結婚したアオキさんを揶揄する書き込みが連続したことが閉鎖の直接的な原因だったという。とすると決してハッピーエンドではなかったのか。本当だとしたら後味の悪い話である。

 いまだに信じられない気分なのだが、複数の友人からの情報だから間違いないのだろう。ただ、それを知っても私は「もえつきる」と「あらされる」に分類するなら、ホームページ『T-thai(定退)』は、めでたく「もえつき」てお開きになったと思っている。直接閉める原因はそのあらしであったかもしれない。でもアオキさんの「タイ物語」が一区切りついていたのも確かだろう。2ちゃんねる問題は踏ん切りをつける一要素でしかなかったのではないか。そんな気がする。



 その他、以前けっこう読んでいたサイトがいくつも閉まっていた。『T-thai(定退)』騒動の頃、にぎやかだった「NetThai」というのもなくなっていておどろいた。理由がわからない。もっともあのころから「資金援助をして欲しい」と主催者が書いたりして問題にはなっていた。私はよろこんでカンパをする気持ちを持っていたがその後、縁遠くなり、今回覗いたら消えていた。どうなったのだろう。いつも思うのは、あそこまで熱心にホームページ運営をやっていた人は、インターネットから離れ、いまなにをしているのだろうということだ。

 やはりこういうのは定期的に接してないとわからなくなるのだと今更ながら思った。それですこしだけ気になる閉鎖したネットに関し、詳しい人に何通かメイルを書いて質問してみた。答のメイルをもらってからまた続きを書こう。
(03/5/20)



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