2002年ドライヴ話
 らいぶさんと晦日(02/12/30)にメーサイ日帰り旅行をしたことを中心に、ドライヴ旅行について振り返ってみたい。
 主役はらいぶさんの愛車、シルバーグレイのホンダ・シビックである。ありがとう、ハードな行程だったのによくがんばってくれたね。

 らいぶさんのシビックは見た目が新しいのに走行距離が6万キロを超えているのでおどろいた。実際に新しいクルマなのである。チェンマイの郊外に住み、子供さんの送迎から日々の買い物まですべてクルマだから、毎日100キロ以上は乗るのだろう。今回ぼくが乗せてもらっただけでも3000キロぐらい走ってしまった。

★ランパーンへ


 このシビックでの長距離ドライヴは何回あるだろう。それまでにも近場では何度か乗せてもらっていたけど。
 え~と、一回目は、日附は日記を見て、と、02年10月23日である。

 これはチェンマイのコンドに住むTさんを久しぶりにランパーンの奥さんと息子さんに対面させてあげようと、らいぶさんの奥さんが提案したものだった。私は前日に中国から帰ってきたばかりなので、翌日の早朝出発はそれなりに強行日程である。でも大嫌いな中国から大好きなタイにもどってきて嬉しかったから苦にはならなかった。

 隣県のランパーン県とはいっても、Tさんの奥さんの家は、ランパーン県の中心であるランパーン市まで行ってもまだ半分ぐらい。そこからだいぶ奥のほうにあるパヤオ県に近い、交通の便が悪い不便な場所である。何度も行ったことのあるTさんが道案内するものの四時間ぐらいはかかることを覚悟していた。
 日帰りだから念のため早めに出発しようと、午前七時にらいぶ夫人が私のホテルまで迎えに来てくれる。このとき私はTさんのいるコンドのすぐ近くのゲストハウスに泊まっていた。Tさんと私のゲストハウス前で待ち合わせ、二人を拾ってもらう。
 運転はらいぶ夫人。同行は私とTさん。それに日本人Yさんの奥さん(以下Y氏夫人)である。旦那さんであるらいぶさんとYさんは共に日本でお仕事中。三十代後半の美しい人妻二人と不良おやじ二人の組み合わせ。実に楽しい(笑)。

 人妻二人は、Tさんの息子へのおもちゃ、洋服などお土産をたくさん持参している。Tさんも田舎では買えない果物等をお土産に買い揃えた。



 Y氏夫人は日本に九年暮らしていた。息子一人を連れて実家のあるチェンマイにもどってきたばかり。旦那さんは日本で単身赴任状態。一人息子はこちらに来てインターナショナルスクールに通っている。らいぶさんの子供達とも仲良しだ。らいぶ夫人とY氏夫人は共に獨身時代、看護婦をやっていた。当時の同僚で今も仲良し。その二人が揃って日本人と結婚したのは偶然だろうか。もちろん当時のらいぶさんとYさんに面識はなかった。奥さんを通じての知り合いである。

 二人は、日本人と結婚してしあわせになったタイ人女性の典型例だろう。子宝に恵まれ、亭主は優しくていい人で、故郷のチェンマイに家を建て、親兄弟と住み、クルマに乗っている。タイ人の誰もがうらやむいい夫婦だ。なかなかうまくゆかない日本人とタイ人だから、こんなしあわせな人たちと一緒だと気が楽でいい。いわゆる会話の中にタブーがない。

 Y氏夫人は日本語が上手だ。普通の速さで会話してもまったく問題がない。そのことにに安心して時々難しい日本語を私が口にしてしまうので、たまにわかりませんと言われる。それはネイティブスピーカーに近いぐらい上手なので、私が言葉にリミッターをつけないからであって、近頃の女子高生や女子大生でも同じくわからないと言うぐらいの難しい単語の場合である。私の言葉には英語はあまり出てこないが時折漢語が口をついて出る。いくらなんでもそこまではまだY氏夫人でもわからないようだ。

 らいぶ夫人も日本に四年いたのだが、こちらはほんの片言。話せないと言っていいだろう。
 二人の日本語能力の差は亭主の差。らいぶさんはタイ語を話すのはもちろん読み書きにまで進んだ。Yさんはあまり話せないらしい。よってY家では日本語中心となり、らいぶ家ではタイ語中心となった。どちらがよいのか判断は難しい。でもタイ語をマスターしてしまったらいぶさんや、日本語をマスターしてしまったY氏夫人のほうが、マスターしていない人より楽しみの幅が大きいとは思う。

 四人の会話は、タイ語を話せないTさんと、日本語を話せないらいぶ夫人を気遣って、私とY氏夫人がリードすることになる。我が道を行くTさんへのタイ語下手はともかく、三人で日本語の会話をしてらいぶ夫人を不快にさせないよう気を遣った。常識であるが。

 この後、らいぶさんとの楽しかったメーサイドライヴ旅行について書くわけだが、その楽しみの多くは、らいぶさんがタイ語を上手なこと、読み書きも出来ることによってもたらされている。あの楽しかった旅行も、もしも私たち二人がタイ語がまったくだめだったらと思うと様相を変えてくる。やはり異国においては、そこの言葉を話せることのメリットは大きい。



 さてこの最初のランパーン行には、取り立てて書くほどのことはない。いやほんとはたくさんあるのだが、まだ書くべきではないと判断して伏せる。いくつか記憶に残ったこと、そしてこの後のドライヴ旅行に関係あることだけを記しておこう。

 まず、行きにかなり激しい雨が降ったこと。
 そのことをぼくは「チェンマイ日記2002秋」で、「雨期の終りなのか、激しい雨が降る。ワイパーが利かないほど」と書いている。どしゃぶりだった。この十月末という雨期の明ける直前にとんでもなく激しい雨が降るのは毎年恒例なのだが、この年(02)に限っては違っていた。その後の暦上では乾期になってからも雨があり、年末や年が明けても降っているほどの異常気象にになる。しかしその時はそんなことになるとは露知らない。よって「雨期の終りの」などと書いている。

 次に、らいぶ夫人の運転が、あまり上手でなかったこと。これは後の文章の伏線になる(笑)。オートマなのだが、ちょっと発進加速が乱暴でがくがくしていた。



 楽しかったことのひとつに、二人の買い物好きがある。
 私は今までひとりで、友人と二人で、ガールフレンドと二人で、男友達大勢で、という形のタイドライヴ旅行を数多く経験しているが、複数の女性と一緒の経験はなかった。今回が初めてになる。それで思ったのは、やはり女性と一緒だとそれなりのおもしろさがあるいうことだった。しかもそれは、自動車のオーナーであり、運転手であるという、旅行のイニシアチブを握っている女性とのものである。単に複数の女性といっても水商売の女性をこちらのレンタカーに乗せていったのとはまた違っていた。

 タイのドライヴ旅行の楽しみとして、路肩での物売りがある。その土地の名産品や、特産の果物などを写真のように路肩で売っているのだ。
 このときは今までにないほどそれらの店に寄った。椎茸のようなお土産売りや、茹でトウモロコシ売り、果物売りなどが路肩に店を並べている。特に復路ではらいぶ夫人運転に助手席にY氏夫人という形になったので、二人してめぼしいものがあるとすぐに近寄って停車である。

 ガソリンスタンドで給油するときも、いつの間にかガムやキャンディを買い込んでいて、私やTさんに回してくれる。こんなことは男四人でドライヴしても決してなかったことだった。女性とドライヴするのもまた楽しいものだと、あらためて感じた。

 チェンマイに帰ってから、タイスキのコカで四人で夕食をとった。お二人は子供さんが待っているからと何度も断ったのだが、きょうぼくの友人のTさんのために遠出をしてくれたせめてものお礼につきあって欲しいとお願いして実現した。

 ここでも女性二人があれこれと全部面倒を見てくれるので、これも新鮮な発見のある楽しい時間になった。
 今までにも女性と一緒にタイスキに行ったことは何度もあるのだが、ほとんどは飲み屋のパッパラパーネーチャンや身分証明書のないミャンマー娘だったりした(笑)。よって作ることは上手で味に関しては文句なしでも、店員に対するクレームのような面では、なにしろ後ろめたい部分のある娘達だからして(店員も一発でそれを見抜いていて、見下したような態度を取る)あちらの不手際にもきついことは言えない。女子大生というのもけっこう経験しているが、これはどこでも同じようで、わがままであまり面倒見はよくない。

 その点、きょうはチェンマイの奥様二人である。経済的にも裕福な二人だ。タイ人ウェイトレスは素早くそれを見て取り、対応も鄭重になる。細かなこともびっしばし言ってくれてありがたかった。
 たとえばぼくはダシを取るために、食べはしないのだけど、いつものよう豚肉、牛肉、鶏肉とすべて頼む。注文してから、らいぶさんの奥さんが牛肉を食べないことを思い出す。ダシでもタブーだ。それは手をつけないままあまることになる。すると精算の時、「これは食べていないから引きなさい」とやってくれるのである。ぼくからすると食べても食べなくても「注文してしまった」から払わねばと思ってしまうのだが(まあ日本の場合はそうだよね)ここではそうでもないようだ。その他、ご飯を二人分頼んだものも、一人分しか手をつけていないので、これも引くようにと言ってくれる。すると向こうもなんのためらいもなく引くのである。なんだか今まで無用の遠慮をしていたんだなあと、大げさではなくちょっと感激してしまった。

 それとはちょっと関係ないが、関係あるかな、こういう店で複数で食事をしたとき、タイでは勘定の間違いが多い。頼んでないものが来ていたことになっていたり、二人分しか頼んでないのに四人分になっていたりする。タイのしっかりした女性は請求書を丁寧にチェックする。間違いがあると指摘する。それはよい習慣だ。豪快を装う日本人オヤジはそれをケチくさいといやがり、所詮数百円程度の違いだからどうでもいいやと言ったりする。ぼく自身は、自分では出来ない(手書きのタイ文字を読みこなすには時間がかかるし、料理の名前に疎いので)が、間違いが多いのだから厳しくチェックすべきと思う。今回はぼくが払うので奥さん二人にそれはお願いしなかった。すべきだったか。

 言わずもがなの不満を書いておくと、Tさんと、隣のテーブルにすわった日本人男性旅行客二人(およびどこかで調達してきたらしいこちらの娘二人)のタバコが煙くていやになった。タイ語を全然話せない二人が、ブロークンイングリッシュ(たとえそれが流暢な英語であったとしても通じないのだけど)と身振り手振りでワハハギャハハと盛り上がっているのを見るのは、ガマガエルが無理矢理鏡を突きつけられているようで、かつての自分を思い出し冷や汗ものだった。

 考えてみると、所詮旅行者であるぼくが今まで知り合ってタイスキの店にきた女性には、上記のように飲み屋のネーチャンから、不法就労のミャンマー娘、金持ち女子大生(チェンマイの女子大生にはきまじめなチェンマイ大学生と遊び好きのパヤップ大学生がいるが私の知り合いは圧倒的に後者になる)、その他、旅行会社の勤め人とかそれなりに多彩ではあるのだが、基本的に獨身娘であり、今回の人妻二人のように、高校の後、看護婦専門学校を出て病院で働き、結婚し出産し、子育てもし、良き妻であり母でありとすべてをクリアしてきた〃一人前の女性〃というのはいなかった。そりゃまあいないよね。そんな女性と旅行者が親しくなるはずがない。あくまでもこれはらいぶさん、Yさんの奥さんとしての縁だ。

 彼女らは女として自信を持っているから、何ごとにも動じないし、それは傍目からも頼もしく見えた。なにしろ警官の姿を見ただけで脅える不法入国者とのつきあいが多かったもので(笑)。
 いい勉強になったドライヴ旅行だった。

 というわけで、第一回のランパーン行きはこれで終了。次は二回目。




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