2006年4月〜
4/29(土)  第1便 チェンマイ到着

 チェンマイ到着早々激しい降雨に見舞われました。空港前の道路は冠水し、まるで川のようです。本格的な雨季を前に、市内のあちらこちらでも同様な事態が起こっているとか。タクシン政権の大規模な森林開発で保水力が落ちているため、との見かたもあるようです。

 先日妻の友人が車でプーケット方面へ出張したとき、ガソリンスタンドで給油を拒否されたそうです。チェンマイ、ランプーンナンバーの車はタイ南部では軒並み給油を拒否されるとのこと。タクシン元首相、相当憎まれているようです。一線を退いたとはいえまだ相当の影響力を保持し、また主要野党がボイコットした総選挙の行方とあいまって、この国の行く末はまだまだ予断を許しません。

 ウインドウズのアップデイトができずに苦労しています。エラー番号0x80072EFDのためで、WEBサイトで検索したら有名なエラーのようです。「関連のURLを信頼済みゾーンに登録」「キャッシュや一時ファイルを削除」「ファイアーウォールやアンチウイルスソフトを停止」「コマンドプロンプトでPROXYCFGを実行」など、WEBサイトで推奨されている事柄全てを試しましたが未だに成功していません。以前はすらすら行えたことなので、困り果てています。まさにお手上げ状態です(笑)。

 新学期を前に学校はお休み中ですが、殆どの学校でサマー(夏期講習)が行われており、我が家の子どもたちや近所の子どもたちも皆学校へ通っています。こちらではこの講習のことを「サマー」と呼んでおり、英語の「SUMMER」から来ています。今季節はルドゥーローン、暑季ですが降雨のためかそれほど暑さは感じず比較的過ごしやすい日々を送っています。夏期講習明けには家族旅行を計画しています。家族でためたTGのマイレージでフリーチケットを入手し、プーケットへ出かける予定です。



 前回(2005年11月〜12月)のお便りのときは「アホ日記」で盛り上がっていましたね。念のためその日記を見に行ったら、以前はアクセス禁止だったのに今回は見ることができました。
 全く更新されていない様子ですが、「2005年11月16日ローイグラトングの日」にあった「チェンマイ便り」のリンクが書き換えられていました。以前あった「出自不明の女性との生活に関する日記」(だったか?)の文言が削除されています。ニワトリ頭の筆者が、およそ見当違いのタイトルだったということに気づいて削除したとは思えないのですが(笑)。このお便りが管理人さんに宛てた私的なメイルであることは小学生にだって理解できることです。「高学歴」を自慢する筆者は一体何を学んできたのやら…。

 「出自不明」云々が私の家族に対する侮辱であることは明らかで、犯した罪は文章を削除しても決して消し去ることは出来ません。いきがっていると痛い目にあう、ということを覚えておいてください。ついでにちょっと前にあった2ちゃんねるでの書き込みにも反論を加えておきます。

267 :丸木 :2006/03/02(木) 18:36:49 ID:kMiuOAcg
今回の攻撃は聞いたようだなw
パソ通も出来ないじじいがメルマが便りなんかやるからこんな目に合うんだよ! 所詮俺やケイケイとおまいらでは人間のランクが違うんだよ!
これでもうチェンマイ在住者の代表みたいな「チェンマイ便り」なんて名乗るのはやめろよ。 なにがライブだよw おこがましいんだよ。 「チェンマイのおっさん便り」か「チェンマイ親父便り」に変えろ。 元娼婦の女房とひきこまってろよ!
お前らみたいな心も見た目も薄汚いじじいどものせいでチェンマイのイメージ悪くなるだろ。 チェンマイもケイケイのものなんだよ。ハイソで高学歴の街なんだよ!
加齢州のカメも氏んでよし。これ以上のさばると遠慮せんぞ!



「これでもうチェンマイ在住者の代表みたいな」
誰がチェンマイ在住なのですか? 私は何度も「里帰り」と書いているように在住ではありません。

「代表みたいな…なんて名乗るのはやめろよ」といっておきながら、「おっさん」もしくは「親父」を付け加えろと主張する矛盾にお気づきでしょうか。お気づきでないなら、もう一度日本語を基礎から勉強しなおすことをお勧めします。

268 :丸木 :2006/03/02(木) 18:46:41 ID:kMiuOAcg
(略)
おれは四年製国立大学の大学院を出てるんだよ!
(略)


と、自らの高学歴を自慢なさっているようですが、「丸木」氏の卒業なさった「大学院」では日本語の読解力を問われないのでしょうね。

「元娼婦の女房とひきこまってろよ!」
なぜ「丸木」氏がこう断定するのか、根拠をお尋ねしたいと思います。「アホ日記」の筆者でさえ、以前は「出自不明」と書いていたのですから。私は「出自」や「娼婦」か否かで人と接する感覚を持ち合わせていないので、この文の意味するところは不明ですが、「丸木」氏の尊敬する「ケイケイ」の以下の文章を再度通読することをお勧めします。

2005年11月21日 コクられるためには、コクらなきゃいけない
なお商売上の営業活動として「恋愛サービス」を提供しているような娼婦に関しては、けっしてその限りではないということをここに付け加えておく。タイ人娼婦との恋愛が「タイ人との恋愛」として語られてしまっては、娼婦ではない大多数のタイ人があまりにも気の毒でならないし、なによりタイ人とのまともな恋愛をしている他のフツウの日本人のメンツだって損なわれる。まったく、「タイ人女性」と「タイ人娼婦」を一緒くたにされてしまってはたまったものではない。しっかりと区別しておいてもらいたいものだ。彼らにはタイ人をバカにするのもいい加減にしろと言わずにはおれない。


「お前らみたいな心も見た目も薄汚いじじいどものせいで」
お会いしたこともない「丸木」氏がなぜ「見た目も」と断言できるのか、不思議でなりません。「心」が「薄汚い」とはこの文章を書いた人のことをいうのでしょうね。


 いずれにしろ、「バンコク留学生日記」の筆者並びに「丸木」氏には犯した罪を償っていただきますので、首を洗って待っていてくださいね。 <らいぶ>






 
 日本のテレビは朝から晩までゴールデンウイークと繰り返し、うるさくてたまりません。縁のない身分なので聞かないようにしています。
 昨日は浅草寺に行きました。たいへんな人出でした。まああそこはいつも混んでますけど。
 ひさしぶりのお寺だったので、煙を体に捲いて無病息災を祈願していたら、以前らいぶさん一家と行ったタイのお寺を思いうかべました。(いま宿酔いでぼけていて思い出せないのですが、あの有名なお寺はどこでしたっけ? 義弟の結婚式の途中で寄ったような……。奥さんが有名なお寺だからぜったいに行かなきゃと言っていたあそこは……。)

タクシンのこと
 給油拒否の話はすごいですね。タクシン憎しが北部の人間憎しになっているのですか。
 ぼくはああいう金のある人が権力を握ったら追い落とせないのではないかと案じていたら、民衆の力で表舞台からは引っ込ませました。タイの人々はたいしたものだと思います。

ニワトリ頭のこと
 消したというので確認しに出かけました。あの記述は以下のアドレスにまだあります。残っていた方がいいのですけどね、こちらとしては。
 世間知らずのボーヤは、こういう非礼を犯しながらしらんふりできると思っているのでしょう。このままではすませません。その辺は母親も気づいているようです。ぼくは親に責任を取らせるつもりです。

http://www.diaryinbangkok.com/archives/cat2/cat19/



デジカメ期待
 今日はまだ頭が動いてないのでこの辺で失礼します。うぅ……宿酔い。
 ともかくメイルを受け取ったのですぐにアップせねばとがんばりました。現在朝の7時。昼ぐらいまでダウンしていたいところですが今日は天皇賞なのでそうも行きません。
 前回から導入されたデジカメの活躍を期待しております。
 『サクラ』方面の情報もよろしく。(ky)
5/2(火)  第2便 新年のお祝い
  今年のソンクラーンは4月13日〜17日でしたが、私の到着を待って新年のタムブンを行いました。ソンクラーンはタイの新年、西洋式の新年(1月1日)とはまた違ったタムブンです。
 贈り物に供花、聖水などを添え、妻の両親や親戚筋などを訪問しました。贈り物に手を添え、ワイ(合掌)をして感謝の言葉を述べると、謝辞が返ってきます。タイの新年らしい厳格な儀式でした。

 先日、妻の看護婦時代の同僚のお父さんの法事へ出かけました。
 話がそれますが、やたら「の」が続く悪文の代表例みたいです。最近仕事柄、法文と睨めっこばかりしているので、こういった助詞の連用に慣れてしまいました(笑)。
 法文には一定の決まりがあり、例えばよく使われる「及び」と「並びに」には決められた使用法があり、結婚式などで「新郎並びに新婦」といわれるのは、法文担当者にいわせれば「新郎及び新婦」でなければならないそうです。

 話を元にもどします。日本では初七日、七七日、一周忌…、といろいろあるようですが、タイでは亡くなって百日目に行うのが一般的なようです。いわゆる大乗と上座部佛ヘの違いでしょうか、よくわかりません。
 リタイア後はいずれ一時的に出家するつもりなので、佛事に関することはそのときにしっかり勉強したいと思っています。
 タイの僧侶は戒律により午前中の食事が義務付けられているので、読経のあとすぐに食事となります。参列者は昼間から酒などたしなむわけですが、警察官や軍人、役人なども仕事を一時抜け出し、一杯(いっぱい?)飲んでから真っ赤な顔でまた仕事にもどっていました。因みに妻の元同僚のご主人も日本人の駐在でしたが、今はご家族揃って日本にお住まいなので今回の法事はご欠席です。

 家族旅行は6日〜11日、プーケットと決まりました。大津波の被害の直後はお化けが怖いから一生行きたくない、といっていた妻や子供たちでしたが、裏のママー御曹司ご一家が先日遊びに行ってきたと聞き、絶対行きたいとのことですんなり決定となりました。本来ならば季節的にはモンスーンの時期なので、海辺のリゾートとしてはプーケットよりコサムイ方面のほうが良かったのですが、子どもたちの主張には逆らえません(笑)。私にとっても二度目のプーケットですので、のんびり過ごせたら…と思っています。

 「アホ日記」のリンク、確認しました。あんな昔のところにあったのですね(笑)。時系列的にも「アホ丸出し」です。まっ、もともとだからしょうがないか(笑)。  <らいぶ>





 
妻の看護婦時代
 へえ、奥さん看護婦だったんですか、「出自不明の女性」だとばかり思ってました。
 ってわざとらしいか(笑)。あのバカに無礼なことを書かれてもらいぶさんが平然としているのはその餘裕からと知っていましたが。
 こういうことに関して責めたらニワトリ頭はなんと応えるのでしょう。「知らなかったから出自不明と書いたのだ。今までの文のどこを読んでもそんなことは書いてない」でしょうか。屁理窟坊やは本気でそう言いそうです。

 でもそうじゃないですよね、この世に「出自不明の女性」なんていません。ニワトリ頭の彼ですら船橋市習志野台の建築業者の息子という「出自」があるようにね。他者に対してそういうことを言う発想そのものが無礼なんです。

 ぼくに対する「タイ人妻とタイ人身売り妻を混同してタイ人社会を不当に貶める」ってのもどういう意味なんでしょうか。いくら考えてもわからない。でも無礼なヤツを殴るのに意味なんかどうでもいいですけど。

 彼の親兄弟の写真が続々と集まってきています。スーパーで買い物する母親とか。
 これってネットで公開してもいいのかな。法に触れて裁判? いや裁判したいんですけど(笑)。だったらやるべきか。剛毅ブリにも「家に突撃しろ」と言われてるし。

 いま2ちゃんねるを見たらこんなのが貼ってありました。

タイの娼婦達に謎の夢想や妄想を抱いて、それを自らのアイデンティティーとして嬉々としている人の脳味噌の中には、もしかしたら四次元空間の巨大なお花畑が広がっているのかもしれない

 最新の日記のようです。といっても3月初旬。もう5月なのにねえ(笑)。今頃なにやってんだか。
 脳みそがお花畑なのはおまえだろうと思ったら、そういう書き込みでした。誰しも考えることは同じようです。無意味な「四次元空間」てのが笑えるな。

タイの娼婦達に謎の夢想や妄想を抱いて、それを自らのアイデンティティーとして嬉々としている》って、自分やんけ。笑えるな毎度。彼は今世界一の「タイの娼婦研究家」でしょう。研究家がほめすぎなら「世界一のタイの娼婦粘着男」と言えます。

 実態を知っているから、どんなオチをつけるつもりなのか、おかしくておかしくて。


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「の」が続く悪文の代表例
 法文こそ悪文の典型のように思いますけどね。
 あまりに教科書的なATOKに文章を注意されるとムっとします。たとえば地震を「ぢしん」と書くと「じしんの誤り」とすぐに反応します。「ち」が濁ってなんで「じ」になるのお、と反論しつつわざとやってますが。
 そんな中で唯一助かる機能がらいぶさんの書いているそれで、「の」が続いたりするとATOKは教えてくれます。興が乗って書きまくると同じ助詞が連続したりするので助かります。

 七七日は四十九日ですね。こんな言いかたも葬式に無縁のときは知りませんでした。そちらの百日目は聞いたことがあります。佛ヘの違いはおもしろいですよね。ぼくはもうどうでもよくなってきました。たとえば七周忌とか十三周忌とかあるけど、それが六年目でも十二年目でも、故人を個人で偲ぶなら、坊主とは関係ないし、どうでもいいだろうと思うようになりました。
 

大乗と上座部佛ヘ
 小乗は大乗から見た差別用語ですもんね。上座部とかテラワーダと言わないと。
 先日、「障害者」を「障がい者」と表記しようという運動があると報じられていました。これは本来なら「いま知ったニュース」になるわけですが、らいぶさんのお蔭で去年のかなり早い時期に知ってました。そういう現場にいるらいぶさんから、社民党系の連中が「障害の害の字は良くないと障がい者と表記するようにしている」と聞いていました。
 しかしそれは片端とか不具のような間接的な言葉を身体障害者という直接的な表現に置き換え、漢字制限で障碍は障害に統一、となったら、当然起こりうる問題でした。
 表日本に対しての裏日本、山陽に対しての山陰もいけないんでしたね。アサヒに投稿するプロ市民によると、ブラジルを「日本の裏側」と言うのもいけないんだそうです。
 こういうのもK1と同じく「脳みそがお花畑」の人なのでしょう。

リタイア後はいずれ一時的に出家するつもり
 あの僧衣を着た坊主頭のらいぶさんの姿が目に浮かぶようです。え〜と、10年ぐらい前に撮った気に入った写真が一枚あったな。チェンマイの水辺。あった、これこれ。緑と蜜柑色の対比がいいでしょう?



 あ、これじゃなくて(笑)、



 こっちのほう。

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ママー御曹司ご一家
 ご近所の商標「ママー」の息子さん一家ですね。先日パスタを茹でて、そのとき使ったナポリタンソースがママーだったのですが、あれもそちらのママーですか? 料理がうまくなる一方の自分が怖い(笑)。

 雲南にもママーのラーメンは大量に輸入されています。雲南のタイ族が漢民族の作った中国製インスタントラーメンより、タイからの輸入品で高くても、同じタイ族の味付けを好むのには、民族の味を考えて唸ったものです。ぼくの妻もその典型でした。
 かくいうぼくは、日本から「かつを風味の本だし」や味噌、わかめ等をもちこんで、インスタントラーメンの麺はあちらのものを使い、味の方は醤油味、塩味、味噌味と自分流に調理してました。それだけでまったく別物になります。民族の味ですねえ……。


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 今日、東京は一日中小雨模様です。いま風呂を立てています。やはりシャワーじゃ物足りないので風呂にしました。
 チェンマイ郊外のらいぶ御殿もバスルームは大きいのにシャワーでしたね。家族はみなシャワーだから当然です。早期退職してあちらに住むようになったら、日本人パパの贅沢としてそのうちバスタブを入れたいとらいぶさんは言ってましたね。
 あ、風呂の湯が満杯になったようです。それでは。(ky)
5/12  第3便 プーケットのバカンス

 プーケット出発の前日、「後輩のOさん」と連絡が取れお会いすることができました。食事の後「コージー」へ。数年ぶりでしたが、管理人さんやTさんたちと行ったときとは雰囲気が大きく変わって健全なお店(笑)になっていました。
 入口のドアーは取り払われ、階上は閉鎖されています。店内に流れるのはタイの伝統音楽で、フロアーでは付け爪をした女性がタイ舞踊を披露していました。もっとも店内が静かだったため、話ができて好都合でしたが。政権が変わればまた元のようなお店にもどるのでしょうか(笑)。
 昔話やししまる豪遊伝、アホ留学生の話題で大いに盛り上がり、深夜まで飲み明かし楽しい夜となりました。
 Oさん、ありがとうございました。この場を借りて御礼申し上げます。チェンマイ里帰りの際はまたお会いしましょう。

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 さて、翌日からプーケットです。空港到着後、親戚の出迎えで市内のコンドーへ。
 オートロック、エアコン、ケーブルTV、冷蔵庫、ホットシャワー付で1泊400バーツ、月極めで4千バーツとのこと。新築間もないためどれも新品、清潔な部屋でしたので、ビーチへ遊びに行くには若干不便ですが、ここを拠点とすることにしました。

 とりあえずパトンビーチへ、大津波後の復興著しく賑わっていました。ビーチ沿いの店舗は殆どが新築と思われ、新興の観光地のようです。しかし、大きく折れ曲がりながらも天に向かって伸びる椰子の木や整地のみの空地なども残っており、被害の大きさを物語っています。

 パトンのレストランはどれも観光客向けで高いだけとの親戚の忠告により、郊外のシーフードレストランへ。新鮮な魚介類に舌鼓を打ち、子どもたちも大満足の様子でした。地元では有名なレストランとのことで、入口には訪れた俳優たちなどの写真が飾ってあります。また、制服姿のタイ航空スタッフの姿も見かけました。因みに値段も一人400バーツ弱とかなりお手頃でした。



 翌日は空港近くのナイヤーンビーチへ(写真1)、静かな落ち着いた感じのビーチです。観光客もまばらで、まるでプライベートビーチのようでした。パトンとは違い、復興は今一つのようです。大津波の被害を受けて閉鎖されたホテル(かつてはタイ航空の客室乗務員等の定宿だったそうです)が無残な姿をさらしそのまま残っています。実はこういった被害の様子をデジカメに収めていたのですが、知らぬ間に縁起が悪いからと妻に消去されてしまいました(笑)。ここに紹介できないのが残念です。



 続いてお隣のパンガー県のNGOプロジェクト施設(写真2)へ。
 ここは大津波で両親を失った子どもたちや、様々な理由で養育を放棄された子どもたちのための施設で、ドイツのNGOが運営しています。まだ建設途中ですが、完成後は学校や図書館、円形劇場、職業訓練施設、ボランティアの宿泊施設等々、様々な施設が建設され180人余の子どもたちを受け入れる予定とのことです。蛍が飛び交う山間の良い環境の中にあります。プーケット滞在中お世話になった親戚(妻の従姉妹)の彼氏がここの責任者で、そういった縁で訪れたのですが、人手が足りないのでぜひ手伝って欲しいと誘われました。リタイア後の選択肢がまた一つ増える、良い出会いとなりました。

 三日目、プーケットで一番有名なチャローン寺院へ。佛塔へ登ると周りの景色が一望できます。
 絶対に地獄へ落ちないというお経を唱えお参り。
 続いてプーケット動物園へ、チェンマイ動物園と比べるとかなり小規模の動物園です。娘にチケットを買わせたのですが、ここの係員はなかなかのツワモノで、私はしっかり見破られてしまいました(笑)。発展途上のタイゆえ仕方がないこと、腹を立てても意味がないので外国人料金500バーツの入園料を払っての入園となりました。動物の種類も数も少なく、これといって見所のない園内ですが、唯一ワニ、象、猿のショーを売り物にしているようです。内容はたいしたことがないのですが(笑)。四日目はバーンペー滝(写真3)で水遊び、一日のんびり過ごしました。



 五日目はピピ島クルージング(写真4)へ、片道約2時間の船旅です。
 ピピへはスピードボートなど速い船もあるのですが、小型船は恐いと妻の一言で大型船で行くことになりました。ここでも親戚の顔で格安での乗船、タイ人料金を更に割り引いてくれました。妻には「あんたはあまりしゃべらないでね」と念を押されましたが(笑)。親戚の彼女、かなり顔が広くあちこちで優遇を受けました。感謝。
 さて、ピピも大津波の被害を被ったところですが、ほぼ復興されていました。珊瑚礁への被害は少なかったのか、シュノーケリングでは素晴らしい眺めを得ることが出来ました。
 家族も大満足、今回の旅のハイライトとでもいうべき思い出に残る船旅となりました。最終日は予定を早めて帰路につきました。疲労困憊(笑)。

 帰国が迫っています。長いようであっという間の滞在でした。
 Yさん、メイルありがとう、この便りをもってお返事とさせていただきます。中古車雑誌等、これから入手します。
 管理人さん、寄せ集めCDもって帰ります。皆さん、帰国後お会いしましょう。それではこれにて。 <らいぶ>






 Oさんとうまく会えたようで安心しました。大学で知的な仕事をしているOさんとチェンマイ大学50歳入学を目指すらいぶさんだから、話が弾んだことと思います。

 ぼくはコージーが出来たときから知ってますが一貫して好きになれませんでした。経営者からもらった毎回割引になるメンバーカードはNo.7でしたから、ほんとに初期からのつきあいになります。でもカウンターバーからゴーゴーバー、三階のビリヤードまで、肌が合いませんでした。
 ですからいかがわしかった時代(笑)にも、格別の想い出はありません。らいぶさんとのチェンマイでの想い出でもほとんど関係のない場ですよね。また、どこよりもコージーが好きと毎晩あそこにたむろしていてた日本人連中もいましたが、その人達とも親しくなかったから、よく出来ているものです。

 らいぶさんと前回行った時って、「風」さんが一緒だったんじゃなかったっけ。奥さんとこどもさんも一緒でしたよね。あれほどの恐妻家を見たことがないと苦笑したものでした(笑)。風さん、元気なのかな。音信不通です。


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 プーケットは高級ホテルだとばかり思っていたので、出費がだいへんだろうと心配していました。ちょうどいいところがあったのですね。
 ぼくもプーケットは海岸より市内のほうが想い出があります。市内の旅社に長くいて、バイクで海岸まで通っていました。その長居していたホテルがOnOnHotel(安安旅社)で、のちにディカプリオの「ザ・ビーチ」に出てきたときは懐かしかったものです。

 津波の爪痕が残る画像は欲しかったように思いますが、奥さんが消してしまって正解なのかも知れません。むずかしいところです。
 津波による屍体というのは災害の死者の中でも最も汚れたものになります。あの復興に活躍したボランティアの医師団には感激しました。みなマスクをしていました。腐臭がたいへんだったでしょう。ひどい言いかただけど、ほんとに屍体が汚くて臭いから……。遺体にすがって泣くとかそんなレヴェルじゃありませんものね。

 帰国したら連絡をください。みんなで集まりましょう。あたらしく増えた仲間にも声を掛けたいと思っています。無事の帰国を願っています。(ky)

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